従者となった凶乱の大魔王は二度目の人生でも最強を目指す

ネイン

第一話 転生

 炎上した洋館の一室に幾つかの死体が転がっており、その中で腹部から血を流しながらも目を覚ました一五歳の少年がいた。


「――っ! 体中がいてぇ……」

  

 黒い髪に黒い瞳を有する少年は混乱していた。彼の脳内には二つの記憶が混在していたからだ。一つは現世で生まれて一ニ歳に至るまでの記憶。もう一つは最強の魔術師の称号として大魔王と呼ばれていた遥か昔の記憶だった。


 少年は痛みに耐えながら上体を起こす。朧気おぼろげながらもで燃え盛る室内を見渡し、本棚にある一冊の本に目を留める。


「『凶乱の大魔王』」


 彼は本のタイトルを小さな声で読み上げた。


(思い出した)


 その瞬間、彼は大魔王と呼ばれていた前世の記憶を取り戻した。


 ――遥かいにしえ。大陸最強の魔術師がいた。


 彼は強さと非道さを併せ持つが故に『凶乱の大魔王』と呼ばれた。貧欲に力を求めた結果、逆らう者は皆殺しにし、大陸最強の魔術師でありながら最高権力者になった。


 彼は『凶乱の大魔王』に次ぐ強さを持つ七人の魔術師に称号と領土を与えた。


 魔術師達はそれぞれ 『残虐の魔王』、『傲慢の魔王』、『暴食の魔王』、『魅惑の魔王』、『逆鱗の魔王』

、『腐敗の魔王』、『呪縛の魔王』という称号で呼ばれていた。


 しかし、ある日。魔王達は『凶乱の大魔王』の持つ秘伝の魔術を狙って反旗を翻した。


 魔王達は誰しもが、


 (『凶乱の大魔王』が有する秘伝魔術を手に入れれば大陸最強になれる)


 と思っていた。しかし、七人の魔王達は単独では『凶乱の大魔王』に太刀打ちできない。故に七人は一先ず手を組んで、『凶乱の大魔王』に戦いを挑んだ。それでも勝てるか怪しい戦いだった。


 暗雲漂う中、『凶乱の大魔王』――ヴェルティアは空中で七人の魔王と相対していた。

 

「魔王共よ、徒党を組んで俺に勝てると思ったか?」


 ヴェルティアの言葉に『魅惑の魔王』は怪しげに笑う。

 

「ウフフ……真っ向勝負では勝てないわ。真っ向勝負ではね」


 その言葉に『腐敗の魔王』が反応する。


「そう、真っ向勝負では勝てぬ。かといって搦手からめてもお前に通じない」


 ヴェルティアは彼の言葉に反応して眉を上げる。


(こいつらの言葉の節々からは余裕を感じる。何を企んでいるか知らないが念のために一瞬で消し炭にして……!)


  その瞬間、ヴェルティアの思考は途切れた。何故なら、腹部に強烈な痛みを感じたからだ。


「ぐふっ……」


 ヴェルティアは吐血する。彼は背後から魔剣で心臓を一突きされた。刺したのはヴェルティアの弟子である『大魔王の右腕』と呼ばれるラフーゴという名の男性だった。彼はヴェルティアに命じられ、ヴェルティアの背後に控えていた。


「はははっ! 我が師よ! 身内に刺されるとは思いませんでしたか?」


 ラフーゴは声高々に笑っていた。対してヴェルティアは苦々しい表情だった。


 その光景を見た『魅惑の魔王』は微笑んでいた。


「大魔王ヴェルティア、お前は悪逆非道と呼ばれ権謀術数に長けているが、最も信用していた部下に刺されるなんて思ってなかったでしょうね。お前の得意分野を突いたからこそ生まれた隙よ」


 ヴェルティアは『魅惑の魔王』の言葉を聞きながら、腹部に突き抜けている剣の刃を見る。


(この剣、先日ラフーゴのやつが所望していた魔剣グラムだな。結界を破壊し、生物に刺せば全ての臓器を破壊する魔剣、まさかこの俺は刺し殺すために所望していたとはな)


ヴェルティアは状況を把握しながら体内にある臓器が破壊されていくのを感じていた。


「ラフーゴ……何故、裏切った……!」


「魔王と結託し、師の秘伝魔術を奪うためですよ!」


「馬鹿めが」


ヴェルティアは肩越しに憐れみの目をラフーゴに向けた。


(魔王共が素直に俺から奪った魔術をお前に伝えるわけないだろ。俺の秘伝魔術をいつかはお前に伝えようとは思っていた。だか、これは俺の落ち度だ。人を少しでも信用していた俺が愚かだった)


 ヴェルティアが顔を上げると魔王達が彼に止めを刺そうとしていた。しかし、不敵な顔を見せるヴェルティアを見て攻撃を躊躇した。


「愚かな魔王共と弟子よ! これで秘伝魔術を奪ったつもりか! 奪われるくらいならお前らには俺諸共死んでもらおう!」


 ヴェルティアは瞳孔を開き、魔王達を睨みつける。魔王達は怯むが『腐敗の魔王』は冷や汗を掻きながらも平静を装う。


「今のお前に何ができるというんだ! 死にぞこないが!」


「『全てを無に返せ! 凶乱流秘伝魔術・奥義・爆滅死屍累々ばくめつししるいる』」


 ヴェルティアは人差し指と中指を立てて魔術を発動させる。その瞬間、彼を中心として嵐が吹き荒れる。全魔力を消耗することで自身の体を中心とした大規模な爆発を起こす彼の秘伝魔術の一つだ。この魔法を発動すれば自身の体は塵と化すので、生涯に一度しか使えない自爆技でもある。


「ま、まずい!」


 ラフーゴと魔王達はその場から去ろうとするが、


「逃れられない!」


『魅惑の魔王』は動けない状況に困惑する。


「俺の秘伝魔術が単なる自爆技だと思うなよ。お前ら如きでも見えるだろ、俺の魔力で作られた糸によって体が縛られているのがな」


 魔王達は焦燥しながら目に魔力を宿して自身の体を確認する。魔王とラフーゴの体はヴェルティアの心臓から伝ってる魔力の糸で雁字搦がんじがらめにされていた。


「その糸は俺が死なない限り消えない。つまりお前らの運命もこれまでだ」


「ま、待って! 私達が一気に死ねば、この大陸は混乱に陥ってしまうでしょ!」


『魅惑の魔王』は困惑しながら言葉を吐きだす。


「何抜かしてやがる、そもそもお前らがこの大陸を混乱に陥れてる最中だろうが。あばよクソ野郎共!」


 そうヴェルティアが吐き捨てた瞬間――――辺り一体が明滅し、周囲一帯は地形が変わるほどの大爆発が起きた。


 体が塵になって意識が薄れたヴェルティアはとある魔術を行使した。


(『御霊よ! 再び甦れ! 転生魔術・輪廻転生!』)


 こうして彼は転生を果たしたのであった。


 ――そして、現在。


 元大魔王の少年は腹部から流れる血を抑えて立ち上がる。


(本来の転生魔術は赤子の状態でも前世の記憶をすぐに取り戻すことができるが、あのときは詠唱を略さなければ魔術の行使が間にあわなかった。そのせいか不完全な状態で転生することになって記憶を取り戻すのが遅れてしまった)


少年は鏡台の前に立つ。黒い髪と黒い瞳を有し、体の線が細い自分を見た。そして前世の自分と今世の自分の記憶が融和し、新たな自分が形成されるのを感じた。


(俺の前世の伝記本である『凶乱の大魔王』を見て記憶が蘇ったんだろう……いや……それだけじゃないか)


 彼は腹部から流れる血を見て、ラフーゴに背後から刺されたことを思い出たしたのも記憶を取り戻した一因だろうと思った。


(状況を整理する前に怪我を治すか)


 彼は魔力を怪我した部位に集中させて自己治癒力を向上させることで止血した。


「ふぅ…………チッ、とんでもない状況で記憶を取り戻しちまったな」


 舌打ちをしながら辺りを見渡す。


 室内は燃え盛り、辺りには魔術師の死体が幾つも転がっている。


(確かここで他の魔術師と一緒にいたところを急に襲撃されて殺されかけたな)


 先ほどのことを思い出し歯軋りを立てる。


「くそ!」


 少年は目の前の鏡を殴ってヒビを入れる。


(記憶を喪失していたとはいえ大魔王と呼ばれた俺が不覚を取るとは……! この身体は魔術師としてあまりにも未熟だが、それを考慮してもあんな奴らに負けるとはあまりにも情けない)


  彼は自分自身に苛つきながら割れた鏡を見て口を開く。


「俺の死因は僅かに甘さと情が残ってたからだ。今世こそはくだらない感情を捨て大陸最強の魔術師となり全てを支配してやる。このヴェルナー・ガードがな」


 前世が『凶乱の大魔王』だった少年は今の名を口にし、決意を固めていた。

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