【パーティ追放殺人事件】検証そして

 イリッド村の宿屋に泊まり、翌朝ユキノと別れた俺は洞窟の入口にいた。


 低級モンスター除けの効果もある規制線をくぐり、暗闇に足を踏み入れる。

 沿道のたいまつは消されているので、手持ちのランプをたよりに足元に気をつけながら進む。


 現場は保持されていてツルハシやスコップ、大きな木箱などはそのまま残されている。

 悪臭の原因だったモンスターの死骸は取り除かれていて、替わりに湿ったにおいが漂っていた。


 魔法陣を素通りして犯行現場に近づく。

 ごつごつとした岩の床には2メートル四方の黒く焦げた跡があり、事件の面影を残している。


 俺はルイスを弔うようにしゃがんで両手を合わせた。


 テクストが鳴り、手帳を開く。

 マイさんが所在を確かめてきたので、洞窟にいることを伝えると本部の4階で落ち合うことになった。


 ポータルを使って本部に戻り、エレベーターで4階に上がる。

 ここは調査・研究課のフロアであり、事件にまつわるさまざまなものを検証している。

 その一室に入ると、白を基調とした洗練されたデザインの壁や床、机やイス、機材が並んでいた。


 調査員たちが仕事をするなかで黒い制服を着こなす上司を見つけ、おつかれさまですと声をかけた。

 書類に目を通していたからか、ユキノの件を怒っているのか。

 定かではないがこちらを見ることなく片手をあげて返事をした。


 こういうときは先手必勝だと思い、すみませんでしたと言いながら頭をさげた。


「なにが?」

「勝手な判断でユキノを調査に向かわせました」


 ああ、それねと淡白なリアクションが返ってくる。

 怒られると思っていたので拍子抜けして顔をあげる。


「朝起きたらユキノちゃんから山のようにテクストが届いていてね。自分が志願したからケイのことを責めないでほしいって」


 ほっとしたのが半分。

 気を使うなと言ったわりに彼女自身が一番気を使っているじゃないか、という変な憤りが半分という気持ちになった。


「不満そうな顔しているけれど、先輩として謝れるのはいいことよ」


 俺は話題を変えるように「カスパルとクリスの様子はどうですか」

「どちらも動きなし」

「嵐の前の静けさ、ですね」

「荒れる前にしっかり準備しておかないとね。ちなみに、洞窟の採掘権利についてはアルに調べさせてるから。ケイはここで例の件の検証を見学して」


 捜査が停滞したときに報告をした気になる点についてだろう。

 何かわかったんですか、と問うもそれはこれからのお楽しみ、とはぐらかされた。


「準備ができるまで昨日の報告をお願い」


 わかりました、と言って革職人の夫婦から得た証言を話した。

 マイさんは時おり小さくうなずきながらレントリ一家やクリスに起きた悲劇に思いをめぐらせているようだった。


「……報告ありがとう。ちなみに、ケイはどう思う?」

「もう少しクリスの言い分を補強するようなものが欲しいです。今のところカスパルの証言を裏付けるような物証や証言しか出てきてませんから」

 うんうんと大げさにうなずきながら「さっすが、うちのエース!」

「おだてても何も出ませんよ」

「本当に?」


 少しの沈黙のあと、はあとため息をつく。

 マイさんは次にやるべきことをわかっていて俺を試しているのだろう。

 回りくどく話したのは間違いだった。


「遺体の殺傷痕から何かわかりませんか」

「犯人の身長とかね。オーケー、依頼しておくわ」


 クリスはカスパルより10cmほど身長が低い。

 遺体の殺傷痕から剣が刺入された角度を割りだせば、どちらの犯行なのか証明できるかもしれない。


 そうこうしているうちに調査員たちが働き、検証の準備を終えたことをマイさんに報告する。

 俺たちは、この部屋の奥にある頑丈なドアを開けて中に入った。


 全面が無機質な灰色の金属で覆われた部屋だった。

 広さはうちの部隊のデスク・会議部屋と同じくらい。

 天井に空調機器はあるものの何もない簡素な空間が広がっている。

 その中央にぽつんと岩の床パネルが置かれていた。


 マイさんが岩の材質、温度や湿度などなるべく現場の状況を再現したと説明してくれた。

 作業をしていた調査員のひとりが1メートル四方のその上に、布で巻かれた人形のようなものを置く。


 人間を模した人工肉に、ルイスが着ていた衣服の素材の布を巻いたものらしい。

 さらに、小型の獣系モンスターの死骸を数体被せるように置く。

 最後に、床に広がるまでたいまつの油をたっぷりとかけた。


 その場にいた全員がマスクを着用したことを確認すると、マイさんが合図を出し、調査員が死骸の小山に火をつける。


 ぼうぅ、という瞬発音とともに炎が天井付近まで一気にあがる。


 マスクごしにもわかる。

 あの洞窟で嗅いだ嫌な臭いがする。

 それを鼻に感じながら炎が消えるのを待った。


 炎がくすぶることなく鎮まったことを確認し、俺たちは煙がたつ黒焦げの死骸の小山に近づいた。


 外見はあの現場とほぼ同じ。

 しかし、ひとつだけ違う部分があった。

 俺はしゃがんで死骸ではなく岩の床を見た。


 あの洞窟では、はっきりとわかるほどの黒い焦げ跡が残っていた。

 しかし、目の前にあるのは薄い焦げ跡であり、人形や死骸をどかすとその違和感がさらに強調された。


「たいまつの油じゃないとなると……炎魔法か」

「みたいね。あらかじめ現場の魔力反応を調べてもらったら、炎魔法が使われた形跡があったから」

「ほかには何も?」

「……微量だけど焼けた粉骨が出たわ。人間の」


 現場をはじめて見たとき、イリッド村との行き来で通るとき、捜査に行き詰まって訪れたとき。

 妙な引っかかりを感じていた。


 突発的な犯行にしてもポータルの近くで殺害し、遺体を処理するのはリスクが高すぎるのだ。


 深夜とはいえダマスカスダリルのメンバーに目撃されれば一発で犯人だとバレる。

 しかも、あのあたりには遺体を処理するにはうってつけの場所がいくつもある。


 血のついた剣という物証さえ残しておけば、最悪モンスターに遺体を食べさせてもいい。

 それらの選択肢を選ばない、いや選べなかった理由がなんなのか――。



「あそこでネリー・レントリも殺された」



 炎魔法で骨になるまで焼かれたことで床に跡が残り、それをカモフラージュするためにルイスと死骸の山を作って焼いたのだろう。

 魔法で殺害されたことがわかれば、魔法を使えないクリスの犯行だと証明できないからだ。


「これで、どちらを信用するか決まった」


 マイさんは冷たく刺すような怒りの感情を忍ばせてそう言った。


 それから数日の間、俺たちは定期的に集まり人質救出を目的とした戦闘訓練を重ねていた。

 辺境の村からの往復でユキノが少し疲弊していたようだが、訓練中は疲れを見せることなく自身の役割を果たしていた。


 訓練以外ではともに行動することなく個別に証拠を固めていった。


 マイさんは、遺体にある殺傷痕からクリスよりも体格の良い人物の犯行であることを突き止めた。

 アルは洞窟の採掘権利を調べ、ダマスカスダリルが単独で申請を出す前にルイス・レントリとの共同権利を申請していたことを確かめた。


 ユキノは数日かけていくつかの辺境の村を回り、レントリ一家についての情報を集めていた。

 彼らは採取した薬草から作った薬を各地の道具屋で販売しながら旅をしていたようだ。

 どの店でも評判が良く、似顔絵を見せなくても彼らを認識している人がたくさんいた。


 俺はユキノの旅のフォローをしつつ、関係者の情報を再度洗っていた。

 マイさんに事情を話し、時が来たら好きにしろとの言葉をもらっている。


 いくつもの思惑が絡み合った塊がゆっくりと解かれ、ひとつの線に変わったころ。


 俺たちはクリスとカスパルが動き出したことを確認した。

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