【パーティ追放殺人事件】ユキノの決意
事件について話しこんだおかげで日が傾きかけたころ。
俺たちは革職人の家を後にして宿屋に向かっていた。
ポータルの転移制限は1回残っているが、夜道を歩いて洞窟に向かうのは危険だと判断した。
このままイリッド村のあの宿屋で一泊する予定だ。
俺は歩きながらテクストを使い、マイさんと簡単なやりとりをしていた。
ユキノは記述が見えやすいように持っているランプをこちらに向けてくれている。
テクストで先ほど得た聴取の内容を報告し、カスパルとクリスの監視を続けてほしいと頼んだ。
どちらかか両方を今確保してしまうとデリアに危険がおよぶ。
それに、さらわれているという状況から、クリスが何らかの証拠を持っていてカスパルは人質を使って取り引きをすると考えていた。
やりとりを終えるとユキノがランプをもとの位置に戻す。
「これからどうしますか」
「3つやることがある」
「はい」
「ひとつは、レントリ一家の冒険レポートを作ること。イリッドやサマロアだけじゃなく、ほかに立ち寄っていた村をふくめて彼らがどんな冒険をしたのかを調べる」
ユキノが真剣な表情でこちらを見ながら聞いている。
「次に、あの洞窟の採掘権利について調べる。ユースティティアに申請されている履歴を調べればレントリ一家と結びつくなにかが見つかるかもしれない」
俺は一呼吸をおいて。
「最後に戦闘訓練。今回は人質救出をふくめてチームの連携を高めておく必要がある……ってとこ」
「わかりました」
「マイさんから指示があると思うけど、ユキノは戦闘訓練をメインにしてくれればいいから」
「あの……」
「?」
彼女は続けて、少しだけ声を張り「あの!」
「えっ、なに?」
ハキハキと喋る彼女にしては珍しくしどろもどろになっている。
「その、なんというか、えっと……うーんと」
言葉が出るまで待ったほうがいいと思い、俺は不思議そうに彼女を見ていた。
「レントリ一家の冒険レポート、私にやらせてもらえませんか」
「それは……」
レントリ一家が訪れていたのは一般ポータルのない辺境の村々だ。
徒歩や翼竜を使ってひとつひとつを回り、証言をとらなければならない。
まともな宿や食事のない村もあるだろう。
それだけならまだマシだが、最後の戦闘訓練は全員参加となる。
聞き込みをしながら定期的に本部と行き来する必要があった。
「一番キツいやつだぞ」
「はい」
「イリッド村の老人みたいに証言を拒む人もいる」
「それでも、あの夫婦やクリスさん、デリアちゃんのために何かしたいんです」
「気持ちはわかるけど……」
「それに……」
「それに?」
顔を少し赤くしてふり絞るように。
「き……き、気を使わないでもらいたいんです!!」
しんとした。
張りつめたような重さというより、緩んだ軽い空気だが。
俺は心の中で、そういうことか、とつぶやいた。
耳から体の中に入った言葉がすとんと腑に落ちていった。
これまでの自分の行動を振り返る。
イリッド村での食事、冷蔵庫でのやりとり、今回の担当決めまで。
要所で気を使っていたのが伝わっていたのだろう。
「私が新人だってことは理解しています。満足にできない仕事もあります。でも、ケイさんやマイさん、アルさんたちと一緒に戦いたいんです」
拳をぎゅっと握りしめ、勇気を出して言っているように感じた。
俺は少しだけ考えてからユキノにしっかりと目を合わせる。
「間違った方向に進みかけている、今を正すんだもんな」
これまでとは違う意味で恥ずかしそうに「それは……」とユキノがつぶやく。
「茶化しているわけじゃない。ひとりでじゃなく俺たちで正すってことだろ」
「は、はい!」
「わかった。俺が明日、本部に戻って報告するから。ユキノはそのまま村を回ってくれ」
「はい。ありがとうございます!」
溜めこんでいた言葉を紡いだおかげか、ユキノは晴れ晴れとお礼を告げた。
美しさとあどけなさを持ち合わせた顔でこちらを見ている。
俺からもひとつ言いたいことが浮かんだので、話してみることにする。
「俺からも一個だけいいか」
「なんでしょうか」
「イリッド村で食事しただろ」
「はい……。なにか粗相がありましたか」
「マナーとかそういうのじゃなく、ああいうとき待たないでくれないか」
「ですが、先に食べるというのは」
「状況によるのはわかるよ。ただ、俺たちだけでメシ食うときは先に食べてかまわないから」
直接的な理由を言うと引かれそうだが、気を使うことをやめるなら嫌なことは伝えたほうがいい。
「スープが冷めるのがすっごい気になるんだよ」
「え?」
「温かいものを出されてるんだから温かいうちに食べるのが礼儀だろ」
「わかりますけど……」
自然と漏らすようにユキノが「細かくないですか」
「うっ」
なんだろうか。マイさんやアルに言われるよりダメージがある。
「さすがに、その、めんどく――」
「やめろ」
「さ」
「それ以上はオーバーキルだ」
ユキノがふふふと笑いながら「い、ですよ」
俺たちは止めていた足をふたたび前に進めはじめた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます