【パーティ追放殺人事件】再捜査
俺とユキノは調査員が来るのを待ち、簡単な旅の準備をしてからイリッド村へと向かった。
サマロア村から洞窟のポータルへ転移し、ダマスカスダリルの資材搬入路を使い、早足で2時間ほどかけてイリッド村の酒場に到着した。
酒場の主人からふたたび昼食を勧められたものの道中で軽食をとったという理由で丁重に断る。
彼の娘が履いていた靴をどこで手に入れたのかを聴取した。
どうやら村はずれに革製品を作る職人が暮らしているようだ。
先日の聞き込みでは留守だったのか。
注意をうながす手紙をポストに投函しただけで、住人の顔や部屋の中までは確認できていない。
家の前までやってきてドアをノックすると革製のエプロンを着用した白髪まじりの男性が現れた。
「なんだい? あんたたち」
俺は腕章を見せながら「ユースティティアです。イリッド村の宿屋の主人から紹介されてきました」
「都会の人に売れるようなものは何もないよ」
「こちらを見ていただきたいんですが」
透明な袋に入れた革靴を男性に渡す。
「確かにうちの靴だ」
「汚れもキズも少ない最近購入されたものだと思います。女剣士のクリスティーナ・シリーさん、もしくはイリッド村に宿泊していた行商人に心当たりはありませんか」
「……知らんよ」
「本当ですか」
「知らないものは知らない」
男性が取っ手を持ちドアを閉めようとしたとき――。
「待ってください」
ユキノが戸の部分に手をかける。半開きの状態で。
「私たちがクリスさんを追っているのは確かです。ですが、彼女がすべての犯行を……人を殺したとは思えないんです」
「………」
「何か事情があってカスパルさんを傷つけて……。逃げないといけなくなったんじゃないかと思います。それを知りたいんです」
「……知ってどうするんだ」
「間違った方向に進みかけている、今を正します」
「あんたみたいな女の子にそんな力があるのか?」
「それは……」
言葉を詰まらせたユキノを援護するように、俺はドアに手をかけて。
「ありますよ」
「なっ!?」
「俺たちにはね」
ドアを開くか閉じるかの拮抗が続くかと思われた。
しかし、あなた、という女性の声が聞こえたことでその均衡が崩れる。
男性が声に反応して力をゆるめる。
ドアが完全に開き、小屋の奥にケープをまとった初老の女性がいることに気づく。
男性がすぐに彼女のもとへと駆け寄り、イスに座らせた。
「休んでないとダメじゃないか」
「でも、クリスさんやデントリさんたちのことを聞きにきているんでしょう」
「……ああ」
「話したほうがいいわ」
やりとりから察するに夫婦だろう。
優しく笑いかける女性にうながされ、俺たちは小屋の中に招かれる。
男性がぶっきらぼうに、何が聞きたいんだと問う。
「クリスさんと、先ほどおっしゃられていたデントリという方についてです」
「長くなるぞ」
かまいません、と返すと男性が彼らとの出会いや関係を語っていく。
はじまりはイリッド村で病が流行ったころ。
もともと体の弱かった初老の女性が病にかかってしまう。
男性が村に助けを求めたときにやってきたのが、行商人であるルイス・レントリだった。
彼が作った薬によって病が治り、男性がお礼をしたいと申し出る。
彼は遠慮がちに娘の靴を作ってほしいと言ったそうだ。
「デリア・レントリですか」
「ああ。そこまで調べたんだな」
「彼らとクリスさんとの関係は?」
「……仲間だと言っていたが、詳しいことまでは」
ダマスカスダリルのギルドメンバー表にはレントリという名は記載されていなかった。
仲間とはどういうことだろうか。
初老の女性が「たしかルイスさんが有益な情報を持っていて、クリスさんたちのギルドにそれを伝えたから仲良くなったとか」
「それって、魔法石の洞窟のことですか」
「私もデリアちゃんから聞いただけだから詳しくはわからないけれど」
なるほど、とつぶやいて俺はあごに人差し指と親指をあてて考えはじめた。
ルイスは薬草を採取するなかであの洞窟を発見し、ダマスカスダリルに協力を仰いだのだろう。
採掘スポットの採掘権利は発見者個人もしくはギルドにある。
あれだけの規模の魔法石を個人で掘削し、モンスターから守り、加工するのは個人では不可能だ。
大手のギルドと協力するのは自然な流れで、クリスが言っていたようにあの洞窟の採掘権利になにかが隠されているのかもしれない。
ユキノが間をつなぐように「デリアちゃんはここで暮らしていたんですか」
初老の女性が驚いて「どうして?」
あちらに、とユキノが手でさした場所に女の子の人形や小さな服が入った箱が置かれていた。
「……はい。ルイスさんは別に宿をとっていたようですが、奥さんのネリーさんと娘のデリアちゃんはうちに滞在していました」
「奥さんもいらしたんですか」
「ええ。でも、ルイスさんもネリーさんもあの夜に出ていったきりで……」
「2人ともですか」
顔を見合わせてから夫婦が悲しげにうなずいた。
遺体があったことは公表されているが、数までは伝えられていない。
彼らはレントリ夫婦がそろって亡くなったのだと考えているようだ。
ルイスは言うまでもないが、ネリーも姿を現さないところを見るともう……。
俺たちはさらに聴取を続け、事件前夜のレントリ夫婦とクリスの動きを把握する。
前夜にデリアを寝かしつけた後、用事があると言ってネリーとルイスが外出。
そこから戻ることはなく、朝に疲弊した状態でクリスが現れた。
彼女はルイスが殺され、それを自分のせいにされたと言っていた。
詳しく聞くと、前夜の食事に睡眠花の粉をもられ、眠ったまま翼竜で洞窟に運ばれたそうだ。
獣の焼ける臭いと炎のまぶしさで目覚めたとき、血のついた剣を持ち薄笑いをうかべるカスパルを見てすべてを悟ったと。
ユキノが「どうしてそのままユースティティアに行かなかったんですか。全部話してくれれば」
「私たちもそう言ったさ。だが、クリスさんが反対したんだ。証拠や証言がないとあんたたちは動いてくれないだろ」
「それは……」
「ルイスさんたちのことを調べるのにも時間がかかるし、何より私たちやデリアの身に危険がおよぶと言ってな」
荒事を専門にする集団を雇うような連中だ。
ユースティティアの現状についても認めたくはないが、彼女の判断は正しい。
「だから、デリアちゃんを連れて逃げたんですか」
「身を隠すとは言っていた。あとは……なにか、証拠になるような物があるからそれを取りに行くと」
「証拠ですか」
「ああ。ネリーさんがサマロア村の近くに隠したらしい。デリアはその場所を知っていたんだ」
クリスは証拠を見つけ、わざと目撃情報を流して俺たちをサマロアへ向かわせたのかもしれない。
ただ、俺たちと同じようにカスパルに気づかれて襲撃を受けた。
「なあ、クリスさんとあの子はどうなったんだ」
答えを知っているものの伝えるわけにはいかない、と考えてごまかすように。
「すみません。捜索中です」
「たのむ。クリスさんたちを助けてやってくれないか」
「私たち、すごくお世話になったの。クリスさんは村にいる間、よく手伝いに来てくれて私たちができない力仕事も率先してやってくれた。デリアちゃんも子どもがいない私たちに懐いてくれて……」
泣きだしそうになるのをこらえながら初老の女性がそう言った。
ユキノが女性の手を握る――いや、優しく包みこむように触れながら。
「大丈夫です。私たちがなんとかしますから」
根拠は示していない。
ただ、彼女の蒼く澄んだ空のような瞳がその言葉の正しさを示していた。
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