【パーティ追放殺人事件】取り調べ

 森に囲まれたサマロアとよばれる村に、俺たちがやってきたのは早朝のことだ。


 前日の夜、酒場の閉店間際にやってきた客が手配書のクリスと酷似していた。

 彼女は、宿に泊まることなく食糧を買いこんで森へと消えたそうだ。


 夜のうちにユースティティアへ情報があがったが、狂暴なモンスターが活発化する夜の森を探索するのは危険と判断したマイさんが朝まで出動をストップしていた。


 事件のあった洞窟からサマロアまでの距離、徒歩での移動速度を考えても充分にたどり着ける場所だった。


 この村には幸いなことに一般ポータルが存在し、うちの部隊の4人と調査課が数名派遣されていた。


 捜索はおもに俺、ユキノ、アルが担当する。

 3人は厚手の黒いズボンと戦闘用コート、耐熱や防寒効果のあるブーツ、伸縮性と丈夫さを両立させた白いグローブを着用し、腰のあたりに十手に近い長い金属の棒を携えている。


 アルだけはレザーベルトのついたアサルトライフルを肩からぶらさげている。

 見た目は似ているが構造はあちらの世界のものと違い、内蔵された魔法石に魔力をチャージして魔法弾を発射する。

 アルは弾丸に特殊効果を付与して使うが、飛び道具としてだけならほかのギルドメンバーも使える。

 ただし、俺は魔力の性質上使えない。


 捜索人数が少ない理由は、マイさんが現在進行形で地面に描いている魔法陣にある。

 描き終えたのかよし、とつぶやいて手のひらを地面に押しあてる。

 魔法陣が光り、2体の獣が召喚された。


 1体は銀色のオオカミ、もう1体はあちらの世界のワシに近い大型の鳥だった。

 どちらも喋れはしないが人語を理解する。

 また、離れた場所でもマイさんと視覚や聴覚といった五感をリンクさせることができる。


 戦闘用の強力な召喚獣もいるが、自身もしくは他者の血肉を代償にしないと召喚できない。

 なので、通常の任務でお目にかかることはほぼない。


 俺はお座りをしているオオカミの召喚獣に近づく。

「フェリル、元気だったか」

 わふ、と返事をしたので、俺はしゃがんでその背中をなでた。

 グローブをしていてもわかるほど柔らかくなで心地のよい毛なみだ。


 その近くでは、ユキノがコートの腕にワシの召喚獣であるラプタを乗せて交流していた。


 少し離れた場所でアルがマイさんに何かを言ったようで、太もものあたりに蹴りをくらっていた。「今、触覚をリンクしたらどうなるんですか」とか聞いたんだと思う。


「うちの子たちを可愛がってくれるのはいいけど、そろそろ仕事しようか」

 ハードワークの数少ない癒しなのに。

 心惜しいが、調査課のメンバーからクリスの衣服、彼女が酒場で購入した食糧と同じ物を受け取り、フェリルに嗅がせた。


 匂いを追って3人と1頭、空から1羽が森の中へ入っていく。


 獣道ではあるが、足場はしっかりしていて進行を阻むような草木もない。

 何度か低級モンスターに襲われたものの数分で返り討ちにして先を急いだ。


 膝ぐらいの深さの小川を飛び越えたあたりでクリスの匂いが途切れた。


 さて、どうするかと思った矢先、テクストが鳴ったので取り出してページをめくる。

 マイさんからだ。


『ホクトウ 100メートルサキニ ケムリ』


 サマロア村からは東に進んでいたので、左手側に角度を合わせて前進する。

 煙を目視できる距離まできたらラプタに状況を確認させた。


 誰もいない。


 発生源に突入すると野営の跡があり、大きめの背負いカバンが1つ。

 さらに、小さな背負いカバンが1つ残されていた。

 焚火はくすぶっていてまだ温かい。


 フェリルが大きめのカバンの匂いをかぎ、クリスの持ち物であると判断して小さく吠えた。


 アルが周りを見回しながら「近くに何人かいるな」

「クリスさんですか」

「いや、彼女に魔力はない。アルが気づくレベルってことは厄介だな……」


 現場保持のためフェリルをその場に残し、アルが先導するかたちで走り出した。

 草木を踏みしめるたびに緑の匂いが舞い、息づかいと鼓動が徐々に早くなる。


 魔力を持つ強力なモンスターと遭遇したのか。

 あるいは、手配書を知る冒険者に見つかり戦闘になったのか。

 状況ごとにどういう対応をとるのかを考えていた。


 しかし、その思考は無駄に終わる。


 森の中を走り抜け、日が差し込むような開けた場所に出る。

 そこで、クリスらしき女剣士と短剣を持った男たちが戦っていた。


 男たちは目や鼻の位置に穴を空けた布袋を被っている。

 布はぴんと張っていて視界や呼吸には支障がないように見える。

 個々の実力はクリスが上回っているが、数で押し負けている。


 クリスと戦っている3人のほかに、1人だけ離れて様子を見ている男がいた。

 格好は同じ。

 ひとつだけ違うのは、小さな女の子を脇に抱えていることだ。


「ひっ……ぅ……お姉ちゃん」

 嗚咽する女の子に対してクリスは「デリア!」


 俺たちの存在はまだ気づかれていない。


「おいおい、どういうことだよ」


 こっちが聞きたい。


「どうしますか」


 クリスの太刀筋が鈍りはじめる。

 あまり考えている暇はなさそうだ。


「介入する。男たちのほうは任せた――」


 おいっ、という声を背中越しに聞きながら腰につけていた十手を掴み、彼らの戦いに割って入る。


 ひとりの男の短剣を弾き、後ろにさがらせて互いに距離をとらせた。

 俺に続いてユキノとアルがやってくる。


 特徴的な黒いコートを見たことでユースティティアだと男たちが気づき、舌打ちをして逃げ出す。

 そちらをアルたちに任せ、俺は手負いの女剣士と対峙した。


「クリスティーナ・シリーさんですね」


 深い蒼色のプレートアーマー、ガントレットシールドと片手剣、鉢金のような兜は特徴と一致。

 装備品や端正な顔、鎧のすき間から見える肌は土ぼこりで汚れている。

 長かった緑髪はうなじあたりで切られていた。


「邪魔だ。どけ」


 相手が多人数から一人に変わったことでクリスが剣を両手で持ち、構えを変える。

 彼女は荒れていた呼吸を整え、十手を構えた俺のもとへ――。


 瞬時に踏み込んできた。


 激しい剣戟が響き、続いて金属同士が幾重にも叩きつけられる音が森に広がっていく。

 受けるときは弱化で威力を抑えているが、まともに喰らえばひとたまりもない。


 次々と浴びせられる剣戟により、相手に触れて弱化を付与するのも難しかった。


「はあああああ!!」


 ブレのない水平線を描くような横薙ぎ。

 俺が紙一重で避けると剣風が衝撃波になり、後ろにあった木々をなぎ倒した。


 落ち着いて話ができる雰囲気ではない。

 体力と思考力を消耗するのであまり気は進まないが、俺は戦いながら取り調べをはじめた。


「事件の前夜、そして当日に何があったのか教えてもらえませんか」


 クリスは剣撃で返事をする。

 答える気はないようだ。


 カスパルは何を隠しているんですか。

 行商人はあなたが殺したんですか。

 あの男たち、ダリアと言ったあの女の子は誰なんですか。


 彼女は剣撃による黙秘を続ける。


「人質をとられているから答えられないんですか」


 ぴくっと鉄仮面のようだった表情が揺らぐ。


「……ダマスカスダリルに保管されていた冒険のレポートを見ました」


 剣を交えながら「魔法石の採掘スポットには強力なモンスターが集まりやすいうえ、近年ではほとんどのスポットが発見され、数自体も少なくなっています。そんな中で、あなたたちは新たな採掘先を次々と発見していますよね」


 俺が放った十手の一撃をクリスはシールドで受け流す。


「レポートに書かれていたのは過酷な冒険譚だけではありませんでした。いつも最前線に立ち、強力なモンスターの攻撃を受け止め、仲間を守る者がいたことです」


 剣撃を十手で受け止め、顔を近づけて。


「このままだと、あなたが守りたかったものをすべて失いますよ」


「……っ」


「答えられる範囲でいいです。何か手がかりをください」



「……あの洞窟の採掘権利を調べろ」



 そう言って強烈な前蹴りを放ち、俺は後方に吹っ飛ばされた。

 着地時の背中の衝撃を弱化で逃がす。

 横薙ぎによってできた切り株にもたれながら前方を確認すると、クリスの姿はどこにもなかった。


 立ち上がって全身の土ぼこりを払っていると、森からユキノとアルが現れる。

 彼らは、後ろ手を縛られた男を連れていた。


「ケガはありませんか」

「なんとかね」

「容疑者を逃がしたのにずいぶんと余裕だなー」


 クリスの蹴り足が触れたときに魔力をこめたので、数日間はおおよその位置をつかめる。


「そちらはお手柄のようで」

「アルさんが援護してくれたので一人だけは確保できました」


 俺のおかげ、を身体で現すようにふんぞり返る同僚を無視し、俺は風通しのよくなった空を仰ぐ。

 旋回していたラプタに手で合図を送り、腕に止まらせる。


「聴覚リンク」


 クワッと返事をしたので続けて。

「安全を確保したので調査員をよこしてください」

 クワッ。

「ラプタは俺の魔力がついたクリスを追ってくれ。あとで応援を向かわせる」

 クワッという返事とともにラプタが上空へと戻っていく。


 俺たちは男を連れてクリスが野営していた場所へ向かう。


「何か話したか」

「全然。話さないというより話せないっぽいな」

「沈黙魔法か」


 表沙汰にならない荒事を行う者たちにはこういった魔法をかけることが多い。

 依頼主や所属先が特定される情報を声に出したり文字に書いたりする発信に制限がかかる。


「何か聞ければよかったんですが」

「顔や血液や指紋、魔力の性質から身元を割り出すこともできるから充分お手柄だよ」

「そうそう。やられただけとは違うって」

 すっとぼけるように「誰のことだ?」


 とりとめない会話を続けているうちに野営地に到着した。


 アルとフェリルはモンスターの警戒を行う。

 俺は手袋を付け替え、残された大きめの背負いカバンを調べはじめた。


 テントや男物の衣服、薬を調合するのに使うすり鉢が出てきた。

 クリスは行商人のカバンを使い、ここまでやってきたのだろう。


 小さめのカバンはユキノが調べていた。

 女の子向けの衣服やおもちゃ、本が出てきた。


 野営地から少し離れた場所にいたアルが戻ってきて。

「そこに落ちてたんだけど」


 アルが持っていたのは光沢のある茶色いなめし革の小さな靴だった。

 既製品とは思えない丁寧な仕事で作られている。


 不意にユキノが俺の袖を引っぱり、そちらに顔を向ける。


「どこかで見たことありませんか」

「靴? ……確かに」


 2人でうんうん唸っているとアルが知りもしないのに一緒に唸りだした。

 しっしっと手で邪見にあつかう俺に対して、犬じゃねえんだからとアルがつぶやく。


「犬……けも……あっ! シチュー」


 ユキノが発したシチューという単語と靴がつながらず困惑しているアルをよそに、俺もどこで見たのかを思い出した。


「イリッド村だ」

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