【パーティ追放殺人事件】カスパルの証言

 治療院はユースティティアと同様に国家が運営する医療ギルドだ。

 各地に分所があり、その中でもアバンダンティアの都市エリアにあるものは最新鋭の設備が整ったギルドの総本山とも言える施設だった。


 治療は回復魔法で行われると思われがちだが、それはあくまで一時的なものでしかない。

 傷や病気を治したあと、回復魔法で消耗した患者自身の生命力を取り戻し、日常生活へと送り出すまでがギルドの活動内容となっている。


 俺たちは平時から人でごったがえす受付で腕章を見せ、事情を説明すると上層階にある広々とした個室へと案内された。

 相当な費用が必要だが、ギルドの規模と精錬した魔法石の売り上げを考えると微々たるものなのだろう。


 事件のあったあの洞窟も、先日ダマスカスダリルの所有物として登録され、さらに業績を伸ばすことが予測されている。


 ドアをノックし、病室に入る。

 大きなベッドの背もたれに寄りかかり女性たちと話すカスパルの姿があった。


 写真で見た通り、でこが見えるくらい赤い前髪を立ちあげた活発そうな青年。

 薄い水色の患者衣を着ていて、その隙間からお腹に包帯が巻かれているのが見える。


 彼のかたわらにいたのは先のとがったハットと杖、緑色のローブを纏った魔法使いの女性。

 そして、胸元の白い十字架がアクセントになっている黒のローブを着た聖職者の女性だ。

 いずれもダマスカスダリルのメンバーリストに記載があり、見覚えがあった。


 こちらに気づいたカスパルが「ユースティティアの方ですね」

 俺たちはベッドの脇まで移動して。

「お加減はいかかですか」

「話せる程度には」


 魔法使いと聖職者の女性が「私たちは失礼します」と言って退室する。


 それを見守ったあとで「クリスは見つかりましたか」

「すみません。現在、捜索中です」

「……そうですか」

「捜索にあたり、いくつかお聞きしたいことがあってうかがったのですが、よろしいでしょうか」

「構いませんよ」


 声色や表情、返答にいやらしさの欠片もない。

 いかにも高青年といった雰囲気を放っている。


「クリスさんとはどういうご関係ですか」

「大事な友人、信頼できる旅の仲間です」

「友人ですか」


 少し笑って「ご存じだと思いますが、僕は二型転生者で現生者として生きてきた記憶がないんですよ。クリスは幼いころから僕を知っていますが、転生した後も昔と変わらずに接してくれているようです」

「当時から関係は変わっていないと」

「ええ。昔の僕にそういう気持ちがあったのかもしれませんが、今はギルドの運営や日々の鍛錬について色々と教わっているだけです」


 恋人というより師匠と弟子、姉と弟といった印象を受けたと宿屋の主人や村人も言っていた。


「それに、ちゃんと恋人がいるので」

 アルが不躾に「あの2人のどっち?」


 おい、と制して俺はカスパルの反応を待った。

 ストレートな質問は正直なところ助かる。


「違いますよ」

「じゃあ、ほかのギルメン?」

「ええ。たぶんお会いになっているかと」

「もしかして。受付にいたジーナ・パスコー」

 カスパルは少し驚いて「よくわかりましたね」

「ショートヘアのめっちゃ可愛い子だよな」

 そうです、と嬉しそうにカスパルが答えた。


 俺が遅れてダマスカスダリルの屋敷にやってきたとき、応対してくれたのもジーナだろう。

 栗色のショートヘアの女性。

 ゴツい皮ジャケットと身体のラインがわかるようなタイトパンツを着ていた。

 顔立ちや髪型は少年っぽいが、所作に女性らしさを感じる人だった。


 話がそれたのでもとに戻すように「クリスさんの行先に心当たりはありませんか」

「すみません。彼女個人のことについてはよく知らなくて……」

「人付き合いが苦手だったという話は聞いています」

「ええ。パーティの仲間とも仕事上でしか付き合っていませんし、友人や恋人がいたのかもわからないんです」


「そうですか。次に事件前日の行動なんですが、カスパルさんはクリスさんとイリッド村に滞在されていますよね」

「もうそこまで調べられたんですね。確かに、彼女に相談があってあの村に行きました」

「モメていた、との話がありますが」


 カスパルは少し考えたあとで。

「質問を返すようで悪いんですが、宿屋のご主人から疫病の話は聞きましたか」

「村人の半数が感染して、行商人が治療した話ですね」

「実は……。あの病を流行らせたのが、行商人だという噂がありまして」


 初耳だ。頭のなかで簡単に話を整理して発言する。


「薬を売るために死なない程度の病を流行らせたと」

「そうです。クリスをイリッド村に誘ったのはこの件を話し合うためでした。話を聞いた彼女は激昂してすぐに行商人に詰め寄ろうとしたのですが、僕がなだめたんです。証拠がありませんし、乱暴なことはしたくなかったので。そんな弱腰な僕を見て、お前は変わったとクリスがさらに怒ってしまい……」


「行商人はまだあの村に?」

「あまり考えたくはないんですが、僕はあの死体が行商人だと思っています」


 俺たちはさらに質問を重ね、あの夜に起こった惨劇のピースを埋めていった。


 経緯をまとめると、カスパルが部屋に戻ったとき翼竜が飛び立つのを目撃し、胸騒ぎがした彼は翼竜を追って洞窟に向かったそうだ。

 ダマスカスダリルが馬車で物資を搬入していたこともあり、洞窟までの道はある程度舗装されていてモンスターも寄り付かない。

 カスパルは息を切らしながら走り、洞窟へとたどり着いたときにはもう――死骸の山が燃えていた。


「3つ質問があります」

「なんでしょうか」

「まず、クリスさんの気性について。これまでの証言で悪人を許せない性格だと推測はできますが、怒りに任せて行動するような人だったのでしょうか」

「……難しいですね。昔の僕ならまだしも、3年ほどしか彼女と接していないので。ただ、どこか張り詰めたような危うさはありました」


「次に、行商人の噂はどこで聞いたのでしょうか」

「イリッド村の道具屋です」


「そうですか。最後に、行商人を呼び出した方法です。クリスさんは人付き合いが苦手だったとお聞きしています。にも関わらず、人気のない危険な場所に行商人を呼び出すことに成功しています。どのような方法を使ったと思われますか」


 少しイラついたように「そこまでは知りませんよ。疫病の件をユースティティアに報告するぞと脅したのか、色じかけを使ったのか。とにかく、僕が言えるのはここまでです」


 気分を害してしまったようだ。

 俺たちは謝罪とお礼を言い、聴取を切りあげて個室を出た。


 治療院の廊下を歩きながらアルに向かって「どう思った?」

「グレー」

「同感」


 所感が一致したことが嬉しかったのか、アルがハイタッチを求める仕草をしてきた。

 嫌々ながらも突き合う。

 顔がウザい。


 カスパルの言動は明らかに嘘をついているというものではない。

 本当のことに嘘を混ぜているような印象だった。


「アルは本部に戻ってマイさんに報告してくれ」

「りょーかい。ケイはどうすんの」

「ダマスカスダリルで聞き込み」

「仕事熱心だねえ。非番だったんだし、まるっと俺に任せて休めよ」


 階段のある踊り場で立ち止まり、アルを見るとにこやかに笑みを浮かべていた。


「魔法使い」


 反応なし。


「聖職者」


 反応なし。


「ジーナ・パスコー」


 ビクっとアルが肩を震わせる。


「……マジか」

「違う、よく聞いてくれ」

「変だと思ったんだよ、フルネームを知っているし。お前まさか……」


 カスパルは怪しい。

 裏があって、それが犯罪に関わるようなら拘束して牢獄行きとなり彼氏彼女の関係も破綻する。

 あらかじめ知り合いになっておいて、傷心の彼女を慰めれば――というゲスな考えが浮かんだ。


「なんとなく想像していることはわかるけど、そこまで外道じゃない」


 タイミングがいいのか悪いのか、アルのテクストが鳴り、取り出してページをめくる。

 該当箇所を開いて俺に見せると、書かれていたのはジーナからの食事の誘いだった。

 ばつが悪そうに「彼氏いないって言ってたし、不可抗力なんだよ」


 俺は大きくため息をついた。


 教練校時代、俺はアルの修羅場を幾度も目撃し、なんなら別れ話に付き合わされたこともある。


 女性の好みはさまざま。

 どちらからともなく恋に落ち、相手は彼以外のことを考えられなくなり、教練に多大な影響を及ぼす。


 自ら別れを切り出すことはせず、同時進行する数がどんどん増えて底なし沼だのヤマタノオロチだのという不名誉なあだ名をつけられていた。


 ユースティティアの評判を落とすほどの浮名が本部にまで届いて退学になりかけたこともあり、俺を含む同期の仲間たちに。


『付き合う人は1人だけ』

『職場の女性や事件関係者に手を出さない』

『というか死ね』


 という鉄の掟を守るよう諭されている。

 最後の掟以外は今のところ守られている。


「カスパルのことを聞き出すチャンスだろ」

「捜査情報が漏れるピンチでもあるけどな」


 しゅんとして「うぅ、だめか……」


「行っていい」


 嬉々として「マジ!?」


「聞き込みな。さっき言った3人に。ついでにクリスの衣服、カスパルのグリーブを借りてきてくれ。調査課に回すから」

食事デートは?」

「どういう答えが返ってくるかわかってて聞いてるよな」

「ハイ、スイマセン」

「俺は報告をすませたら帰るから」

「おう」

「……一応言っとくが、職場で――」


 食い気味で「それだけはない。マジでない。女神様に誓うレベルでない」


 俺は治療院の前でアルと別れ、本部に戻って報告をした。



 それから数日間、事件が進展することはなかった。



 カスパルは治療を終えてあの屋敷へと戻っていた。

 彼の証言を裏付けるべく道具屋を問い詰めたところ『行商人がマッチポンプをした』というデマを流したことを吐いたので厳重注意をした。

 道具屋を差し置いて薬を売ったことが許せなかったらしい。


 また、彼が履いていたグリーブの足跡がイリッド村から洞窟へと続く道に残っていたため、証言の信憑性が増している。

 クリスの逃亡によって停止命令を受けていたギルドの業務も再開した。

 しかし、現場となった洞窟は今も侵入禁止となっている。


 行商人については偽名を使っていたらしく、戸籍やうちの登録データと照合ができなかった。

 ただ、宿屋の主人や村人の証言を頼りに人物像と似顔絵を作成した。


 年齢は40前後、あごヒゲをたくわえたかっぷくのよい現生者の男性。

 都心部から離れた村や町を周りながら自ら調合した薬を売り歩いていた。

 材料は現地調達していて、イリッド村の近くにいい採取スポットがあるので長く滞在していたそうだ。


 事件が起きる前日、酒場で昼食をとっている姿を目撃されているが以降の行動は不明。

 娘の命を救った恩人ということで宿賃を貰っておらず、宿屋の主人も行動を把握していなかった。

 彼が泊まっていた部屋を調べたが荷物など身元の手がかりになるようなものは見つかっていない。


 事件に息詰まると、自然と現場に足を運ぶようになる。


 何か見落としはないか。

 これまでに得た情報から現場で手がかりを掴めないかと。

 ひとつ気になる部分があったのでマイさんに報告し、調査を行うことになった。


 聞き込みをした3人ついてもわかったことがある。


 魔法使いアヤ・ニシウラ、聖職者マリア・ナカノはいずれも三型転生者であり、年齢は18歳と19歳。

 彼女たちはあちらの世界で友人だったらしく1年前にこの世界にやってきた。

 ユースティティアが転生者として登録し、ダマスカスダリルを紹介している。


 受付嬢のジーナ・パスコーは現生者かつ世代表記なしの20歳。

 ジーナは飲食店で働いていたところをカスパルに見染められて入団した。


 アルいわく、聞き込みの際にかなりの勢いで言い寄られたが、くちびるから血を流すほどの我慢をして乗りきったそうだ。

 彼女の行動はアルの気を引きたいのか、カスパルのために情報を引き出したいのか判断しかねる。

 事件関係者と三角関係になっても困るので色男には再度釘をさしておいた。


 さらに数日が経過し、とある村でクリスの目撃情報があがった。

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