【パーティ追放殺人事件】聞き込み

 ユキノと2人で翼竜に乗ってイリッド村に降り立ったのは昼前のことだった。


 上空から見た印象は牧草地が広がるのどかな集落といった感じ。

 ユキノが持っていた資料によると、ほとんどの家が畜産や狩猟で生計を立てているようだ。


 村の入口には翼竜を珍しがる数人の子どもたちとそれを引率する白髪まじりの女性がいる。

 俺は女性に歩み寄ろうとするユキノを引きとめて。


「手順は?」

「最初に腕章を提示したら名前を名乗り、事件の詳細は伏せたうえでいつ、どこで、だれが、なにを、なぜを意識して質問します」

「それでいい。けど、マイさんから何も聞いてないのか」

「いえ、とくには。注意点はありますか」


 あるにはある。

 ただ、体験してもらったほうが早いと俺は考えていた。


 ユースティティアの教練校では教えないセンシティブな問題で、業務を遂行するうえで必ずと言っていいほどそれに直面する。

 マイさんも同様の考えだと思うが、フォローを俺に任せるのはやめてほしかった。


「まず、全員が協力的なわけじゃない。後ろめたいことがあってもなくても他人のことを話すのに嫌悪感を抱く人がいる」


「はい」


「次に俺たちユースティティアを快く思っていない人がいる。設立から数十年で歴史も浅いうえ、ギルドメンバーが不祥事を起こしたこともある。この場合も相手の反応が悪い」


 ユキノは透き通るような目で俺の顔を見つめている。

 すべてを見透かされているような感覚がして、聞き込みに向いているなと思った。


「最後に。これが一番重要なんだが、腕章を見せたときに相手の態度が露骨に悪くなることがある。敵意の対象が俺ならユキノが率先して質問するように。逆の場合は俺から質問する」


「敵意ですか」


「どういうものかは、すぐにわかるよ」


 俺たちは女性のもとに向かい、腕章が見えやすいように左肩口に手をそえてフルネームを名乗る。

 彼女が俺の腕章と顔をちらっと見る――反応は薄い。


 しかし、ユキノの腕章と顔を見た瞬間、近くにいた子どもたちを自らの身体で隠すようにさがらせた。


「すみません。少しお聞きしたいことがあるのですが」


 露骨な反応を受けた後輩だが、それを顔や態度に出すことなく優しい声でそう言った。


 女性の返答はない。

 いや、する気がないのだろう。

 騒いでいた子どもたちも険悪な雰囲気を察したのか黙りこんだ。


 埒が明かないので俺は話題を変えることにした。


「のどかでいい村ですね」

「……何しに来たんだい」

「休暇だったら嬉しいんですけど、仕事なんですよ」

「………」

「このあたりに宿や食事をとれる場所はありますか」


 女性は躊躇しながらも食事処が併設された宿屋の場所を教えてくれた。


「助かります」

「用がすんだら出てっておくれよ」

「わかりました。最後にひとつだけいいですか」


 ユースティティアに登録されていたクリスの写真を見せる。

 鉢金のような兜を着用し、編み込んだ長い緑髪を後ろにたらしている。

 深い蒼色のプレートアーマー、左腕にはガントレットシールドがつけられていて、もう片方の手で90センチほどの剣を持っている姿だ。


「知らないね。そいつが何かやったのかい」

「詳細はお伝えできませんが、危険な人物です。見かけたらユースティティアに連絡をお願いします」


 隣にいたユキノがありがとうございました、と頭をさげる。

 女性は鼻で笑い、子どもたちを連れて去っていった。


 俺はもやもやとした気持ちを整えようとふうと息を吐く。

 べたついたそれが喉の奥に引っかかって出ていかない。


 少しの沈黙のあとでユキノが口を開く。


「私のせいですみませんでした」

「いや、場所が違ったら俺もああなるから」


 100年ほど前にはじめて転生者が確認された。

 あちらの世界の知識と経験、転生で得た特別な魔力を使って暴虐のかぎりを尽くした――。

 というのが年老いた現生者たちの共通認識となっている。


 尾ひれがついた逸話もあるが、両者を巻き込んだ大きな戦争があったのは歴史書にも掲載されている。


「今は両方の文化や価値観、血筋が交わってずいぶんマシになったけど、それでも事件が起きる。転生者を一括りにして恨んでいる人がいて、恨みを返すように転生者が現生者を蔑むことがある。争いがエスカレートして何か起こってから俺たちの出番ってわけ」


 ユキノは黙って俺の話を聞いていた。


「すぐに慣れるのは難しいけど、ああいう人もいるんだって知っておくと心持ちは楽になるから」

「……はい」


 俺たちは村にある家屋を一軒ずつまわり、カスパルやクリスに関する情報を集め、注意をうながした。

 クリスの足取りは掴めず一部の家でそっけない態度をとられた。

 しかし、ダマスカスダリルのメンバーが頻繁にこの村を訪れていたことがわかった。


 道具屋によると冒険者向けの商品をほとんど買い取るほど気前が良かったらしい。

 カスパルやほかのメンバーの人当たりも良かったのでよく覚えていたそうだ。

 ただ、メンバーの中で女剣士だけは仏頂面で表情が常に強張っていて笑顔もなかったと言っていた。


 俺たちが最後に向かったのは、白髪まじりの女性から場所を聞いた宿屋だった。


 外観はこの村で一番大きくて立派。

 入ってすぐに宿屋のカウンターがあり、右手には階段がある。

 ここを上ると宿泊フロアだ。


 建物の大半をしめるのはカウンターの左手、開けっ放しになった二枚扉を抜けて入る酒場・食事処で、大広間に等間隔に丸テーブルと丸イスが置かれている。


 時刻は昼過ぎ、いくつかのテーブルが食事をとる村人で賑わっている。


 俺たちは宿屋のカウンターにいた主人に身分を明かす。

 転生者を泊めることもあってかユキノにも愛想よく対応しているので聞き込みを任せることにした。


「カスパルという冒険者についてお聞きしたいのですが」

「あの青年ね。昨日もクリスさんと2人で泊まりに来ていたよ」


 重要な話が聞けそうだ。ユキノが事情をかいつまんで話し、先に注意喚起をした。


「あのクリスさんがね」

「意外ですか」

「そうだね。美人さんなのに無口で表情が硬いのはキズだけど、連泊していた期間も暇があれば村の外に出てモンスターと戦って鍛錬していたよ」


「真面目な人だったんですね。カスパルさんについてはどうですか」

「愛想も羽振りも良かったよ。年寄り連中はあれだけど、商売をやっている俺たちからすると上客だったね」


 印象は道具屋とも一致している。ユキノは続けて。


「クリスさんとパーティメンバーの関係はどうでしたか」

「うーん、パーティに馴染んでいなかったかな。カスパルさんとは姉弟みたいな感じでよく話してたけど、ほかのメンバーと会話したり出かけたりする様子はなかったよ。あのパーティ典型的でね、カスパルさん以外は美人さんか美少女だろ。クリスさんが一番の古株らしいけど、ありゃ女性陣で相当バチバチやってただろうね」


「どうしてそう思われたんですか」

 宿屋の主人は興が乗ったようで「いや昨日もね、酒場で夕食を出したんだけど、クリスさんの方がえらい剣幕で怒っていてね。お前は変わったとか、怒号が聞こえたと思ったら途中で退席してそれっきりだよ」


「何をモメていたんですか」

「そこまではさすがに。でも、女性関係であることは間違いないね。俺の勘がそう言っている」

「勘ですか」


 彼の口から淀みなく流れ出てくる情報とゴシップに飲み込まれそうなユキノをフォローすべく、俺はほかに何か変わったことはありませんでしたかと問う。


「……村で最近病が流行ってね。死人が出るようなものじゃなかったけど村人の半数くらいが家にこもることになって、うちが食事の世話をしていたんだ」


 ユキノが相手に寄り添うように「たいへんでしたね」

「そりゃね。あの時期に宿泊していたカスパルさんたちにも迷惑をかけたし、何よりうちの娘の症状が酷くてね」

「大丈夫だったんですか」


 宿屋の主人がカウンターからこちらへ出てきて、酒場のほうを手でさして「ご覧のとおりさ」

 誘導に従うかたちで酒場のドアに近づき、視線を向ける。


 そこには客に声をかけられ、笑顔で応えている少女がいた。

 布巾を手に持ち、空いたテーブルを軽く掃除をしながら店内を回っているようだ。


「大きな町の治療院に連れていこうとしたんだが、宿泊客に薬の行商人がいてね。彼から貰った薬がよく効いて、今ではすっかり元気だよ」


 年齢は12、13といったところ。

 赤みがかった髪を後ろで結び、三角巾でまとめている。

 シャツにスカートにエプロンという質素な服装。

 質の良さそうな茶色い革靴をぱたぱたさせながらこちらに向かってくる。


「いらっしゃいませ。2名様ですか」

 宿屋の主人はここぞとばかりに「ところでお二人、昼食はすんだのかい」

「まだです」


「だったらうちで食べていってくれよ、獣肉のシチューが絶品なんだ。下処理をしっかりしているから独特の臭みもないし、口の中で溶けて旨味が広がるよ」


 ユキノがどうしますかと聞いてきた。


 勤務中かつクリスが逃亡しているため気を使っているのだと思うが、彼女はイリッド村に来ていないようだし、このあと本部に戻って会議がはじまるとしばらく拘束されるし、なにより朝食を抜いて駆けつけたこともあってお腹も空いているし、でもう選択肢がひとつしかなかった。


「では、お言葉に甘えて」


 親子は嬉々として俺たちを窓際のテーブルへと誘導した。

 注文をとると娘はそそくさとキッチンへ向かう。

 父親はここから見る景色の素晴らしさをひとしきり語ったあとで元居たカウンターへ戻った。

 時を同じくして娘が注文の品を2つ持ってきてテーブルに置いた。


 大きめに切られた肉と根菜が浮かぶ濃厚な茶色いスープ。

 その隣にあるのは外は硬めで中はもちっと柔らかいパンだと説明を受けた。


 幸せなにおいと湯気が一緒になって鼻を抜けてゆく。


 2人で女神に祈りを捧げる。

 食べはじめようとしたときに「あっ」という声とともに重要なことを思い出した。


「どうしました?」

「宿屋の台帳を見せてもらうの忘れてた」

「私が頼んできますね」と席を立とうとするユキノを制して「先に食べておいてくれ」と言う。


 礼儀がしっかりしている後輩のことだから食べずに待っているだろう。


 気をつかわせて申し訳ないという気持ちと。

 一を聞いて十の情報を返す宿屋の主人に話しかけるとシチューが冷めそうだな、という一抹の不安を覚えながら小走りで宿屋に向かった。

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