【パーティ追放殺人事件】初動捜査

 鉱石の採取ギルド『ダマスカスダリル』の拠点は街の郊外にあった。


 白を基調とした美しい外観のそれはもともと貴族が使っていた屋敷で、資金難におちいった持ち主がダマスカスダリルに売却して今にいたる。

 内部には大小のさまざまな部屋があり、高そうなツボや絵画が等間隔で置かれた無駄に長い廊下でつながっていた。


 俺は廊下を歩きながら乱れた服装を整えてゆき、奥にある両開きの大きなドアを開ける。


 窓から朝日が差しこみ、中央の床に描かれた転移用の魔法陣である『ポータル』を照らしている。

 部屋の壁際にはギルドメンバーが使うであろう武器や防具、ポーションなどのアイテムが陳列されていた。

 魔法陣のそばにいた大人と子供の境目にいるような女性がこちらに気づき、話しかけてくる。


「おつかれさまです。ケイさん」


 細いが芯のある声であいさつしてきた彼女はユキノ・カブラギ。

 白く柔らかそうな肌に透き通るような碧い瞳、髪型は金色の長い髪を後で束ねたハーフアップ。

 身長は同年代では平均的で体重はヒミツ。スタイルが良く制服が生える――。


 とうちのギルドの広報誌のイチオシ!ルーキーコーナーに書いてあった。

 表紙を飾った号が完売したこともあり、最近では入団募集のポスターといった広告塔にも使われているが、本人はあまり乗り気でないようだ。


 着用している制服は俺のものとデザインや色はほぼ同じ。

 白いシャツにネクタイ、黒いズボンかスカートのどちらかを選択し、厚手の黒いトレンチコートを羽織ることで国家治安維持ギルド『ユースティティア』の正装となる。


 大きな違いはコートの左の肩口につけた腕章のデザインだけだろう。


 ユキノの腕章は女神を模していて、あちらの世界の記憶や経験を引き継いでこの世界にやってきた『転生者』を意味する。

 俺の腕章には、この世界で生まれて意識を持った『現生者』の証となる竜のモチーフが刻まれている。


「おつかれ。2人は?」

「先に現場に向かっています」

「……大丈夫か」

 困ったように笑って「はじめて、ではないので」

「気分が悪くなったら言えよ」

「ありがとうございます」


 どうぞ、とユキノから渡された手袋をつけながら2人でポータルに入る。


 街との行き来やダマスカスダリルの管理下にある鉱山洞窟への出入りはここから行われる。

 対象はかぎられていて、人間であれば身に着けている装備もふくめて手荷物程度なら1日の3回まで利用できる。

 馬などの生物は転移で気を失うなど体調不良になることがあり、体積が大きいものも転移先で欠損する場合があるので基本的には非推奨となっている。


 光に包まれ、まばたきの間に景色が洞窟に変わっていた。

 すぐに、獣の臭いと肉が焼かれたような焦げ臭さを感じて周りを見回す。


「臭い、ですよね。後ほどご説明します」


 そこは魔法石の採掘場所になっていて、広々とした空間にツルハシや木箱、洗浄に使う水の入ったタルなどが点在している。

 中央あたりに台座で固定された杖があり、上空には白い光を放つ球体が浮かんでいる。


 それが左右に小さく揺れていて、空気が流れていることがわかった。

 異臭が滞留していたらマスクなしでこの場にいられなかっただろう。


 蛍光色の洞窟内で岩壁や床を調べている者たちがいる。

 群青色の制服を着用する彼らは、ユースティティアの調査・研究員で現場の痕跡を採取し、解析する役割を担っている。


 その中の数人がこのエリアに入るための通路から一番遠い場所にいて、見知った女性と話していた。

 ユキノとともに彼女のもとへ向かう。


 窮屈そうな白いワイシャツにネクタイ、長い脚が映えるズボンを着こなし、羽織った黒いコートの肩口に竜のモチーフが光る。


 うつむいて書類を確認しているようで、垂れ下がってきたくすみのある茶色い前髪を指でかきあげると、目の前にいた調査員が男女問わず色めきたつのがわかった。


 上司のマイ・クリスタだ。


 顔をあげたマイさんがこちらに気付いておつかれと言ったので、おつかれさまですと返す。

 ほかの調査員が仕事に戻り、3人になったところで。


「非番の日にごめんね」

「人員不足ですし、初動が大事なんで仕方ないですよ」

「うん。いい心がけね」

「……休むことも仕事のうちだって誰か言ってましたけどね」

「まあ、それはそれ、これはこれということで」


 ワーカホリック気味な上司は快活に笑い、ユキノの方を向いて。


「だからこそ、ユキノちゃんには期待しているの」

 どう返したらいいのか迷いながらも「が、がんばります」


 いきなりブラックな部分を見せつけるのは新人教育によくないと思う。


「ということでユキノちゃん、研修もかねて概要をお願い」

「わかりました」


 一呼吸おいて。


「本日の明け方、採掘ギルド『ダマスカスダリル』の勇者カスパル・ダリルが、同メンバーである女剣士クリスティーナ・シリーによって刀剣で刺されました。被害者は腹部に重傷を負った状態でポータルで転移し、治療院に逃げこんでいます」


『勇者』はギルドマスターをさす役職であり、ギルドの経営やメンバーでパーティを組んで冒険をするときのリーダーを務める。

 剣や魔法といった戦闘における得意分野は勇者によって違う。


 ユキノは続けて俺たちが会話しているすぐ近くを手でさして。


「そして、あちらに」


 洞窟の闇に溶けこむように黒く焼け焦げた獣系モンスターの死骸がうず高くつまれている。

 あの異臭の正体だ。


 死骸の山から少しずつ目線を下に落とすと、焦げた人間の腕が伸びていた。


「身元不明の遺体が1体見つかっています。カスパル・ダリルの証言によるとクリスティーナ・シリーによって殺され、それを目撃したため被害にあったとのことです。クリスティーナ・シリーは――」


「カスパルとクリスでいいわ。続けて」


「はい。クリスは現在逃亡中です。カスパルが逃げる前にパーティからの追放を宣言したためダマスカスダリルのポータルは使用できません。ほかのギルドにも情報を共有したのでギルドポータルは使用不可。一般ポータルについては身元確認で弾かれるので身分を偽らないかぎりは使えません」


「自力で逃げたのか」

「その可能性が高いです。ポータルの転送記録に翼竜や馬が記載されていません。旅の準備もしていなかったようです」


「根拠は?」

「ダマスカスダリルの共用装備や携帯食糧、アイテムの在庫を資料と照らしあわせて簡単にチェックしましたが減っていませんでした。正式な確認作業は調査課に引き継いでいます」


「どこかで補給する必要があるな」

「ここから3時間ほど歩いたところにイリッドとよばれる村があります。それ以外の集落へは徒歩だと3~4日はかかります」


 とユキノが言い終えて一時の沈黙が流れる。


「マイさんの指示ですか」

「半分はね。このあたりの地理とか装備の話は私もはじめて聞いた」

 ユキノははっとして「すみません。出すぎた真似でした」


 俺は教えることがなくて困ったようなありがたいような感情のまま「その逆」と言った。

 絞り出すようにマイさんが「即戦力すばらしい」


 涙目になりながら拍手をする上司に賛同するように拍手を重ねると、ユキノはどうしていいかわからず2人の顔をきょろきょろと見回していた。


 強めの一拍を打ち、これからどうしますかとマイさんに尋ねる。


「うーん……。まずはチームを2つに分ける。調査課と現場を守るのは私とアルで担当するからケイとユキノは近隣の村でクリスに関する聞き込みをお願い。追いつめられて村人を襲うことも考えられるから注意喚起もしておいて」


 了解、わかりました、とそれぞれが答えた。


「調査課の作業が落ち着いたら本部に戻って情報をまとめましょう。『テクスト』で連絡するわ」


『テクスト』はこの世界における通信手段のひとつで手帳型の簡易魔導書だ。

 短い文字を送受信できるが、長文・音声・画像・映像などは持ち主の魔力や魔法による影響を受けやすいので扱えないよう制限がかけられている。


 多少の不便はもちろんある。

 ただ、遠隔で催眠魔法や攻撃魔法を使われてしまうと俺たちの仕事が数十倍にも膨れあがるだろう。


 不意に甲高くて短い音が鳴り、3人がコートのポケットから手帳を出した。

 ページをめくると文字が浮かび上がってくる。洞窟の入口を守っているはずの同僚からだ。


『スマン、イッピキニガシタ』


 マイさんは手帳に目をやりながらあんのバカとつぶやき――。

 すぐに顔をあげて大声で「みんなこっちに集合!」


 危険を察知した調査課の面々が洞窟の奥へと走ってくる。

 ユキノは誘導を手伝い、俺は通路の前まで走った。


 通路はまっすぐ伸びていて沿道の壁にはたいまつが等間隔に設置されている。

 その明かりが遠くから順番に揺らぎ、何かが走ってくることがわかった。


 ふうと息を吐き、少しだけ空気を吸いこむ。


 獣の臭いとともに通路の暗闇からそれが飛びかかってきた。

 両腕をクロスして魔力をこめ、攻撃を受け止めて後ずさる。


 蛍光にさらされたのは二足歩行の犬獣人だった。

 体格が良く、腰を折り曲げている状態でも俺の身長と同じくらいの大きさがある。

 顔は犬に近く、鋭い牙のすき間からよだれがしたたっている。

 手の爪は大きいうえに尖っていて、薙ぎ払われただけで人間が真っ二つになりそうだ。


 グルルルルという唸りがやみ、犬獣人が四足歩行に戻って攻撃態勢をとる。


 モンスターの中には理性のある種もいる。

 しかし、目の前にいるそれは獣の本能のままに狩りをし、獲物をむさぼる種なのだろう。


 俺は身構えるのをやめて攻撃してこいと言わんばかりの棒立ちになった。

 犬獣人はその誘いにのってくる。


 斬撃と打撃が混じった鈍い音がして――。

 

 俺は、痛みを伴わない程度の衝撃を受ける。


 犬獣人は俺の顔にあてていた手を離し、困惑しながら後ずさる。


 初撃でしかけた魔力が手、腕、肩というように侵食していくのがわかり、暴者は力なく膝をついた。

 洞窟の奥に目を向けるとマイさんが調査員を持ち場に戻している。

 ユキノがこちらに駆け寄ってくるのが見えた。


「大丈夫ですか」


 彼女が持っていたタオルを受け取り、土と獣臭が残る顔をふいた。

 余裕ぶって顔で受けるんじゃなかった。


「すごい特性ですね」

「泥臭い戦い方しかできないけどな」


 生まれ持った魔力の性質は人それぞれで一生変わることがない。

 火や水、雷といったわかりやすい属性もある。

 バフ・デバフ、体力・状態異常の回復や使役獣の召喚などもこの性質に該当する。


 複数の性質を扱える者もいる。

 その中でも、自身に影響のある効果と触れたものの能力の一部を『弱化』させる力は珍しいと言える。


 俺は弱っているモンスターを手でさして「これ、どうする?」

「焼けた死骸の山と照合したいから残してくれ、とマイさんが」


 付与した魔力が弱いので、数時間もすればそれが抜けて自由に行動できるだろう。

 データを集めたあとの処分はマイさんに一任されている。

 今回は俺たちがモンスターの生息域に入ったことで起きた戦闘なので生きているなら野に帰される。


「じゃあ、聞き込みに行くか」

「はい。村にはポータルがないので、外で待機させている翼竜で向かってくれとのことです」


 マイさんのほうに視線を向けると笑顔で小さく手を振っている。


「準備がいいことで」

「見習いたいです」

「ワーカホリックになるからほどほどにな」

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