第103話 飲み食い
「それで試験はどうだったんだ?」
「多分、大丈夫だと思いますね」
エーリカが頷く。
「筆記も実技もか?」
「はい。筆記はちゃんと勉強したところが出ましたし、実技も上手くできました」
謙虚で遠慮がちのエーリカがここまで言うなら問題ないんだろうな。
「それは良かった。レオノーラは?」
「私も大丈夫だと思う。筆記の苦手だったところもちゃんとできたし、実技も問題なくできた」
レオノーラも大丈夫か……
まあ、2人は9級試験だしな。
体調面がバッチシなら落ちることはないだろうと思っていた。
「アデーレは?」
「私も大丈夫だとは思う……筆記は問題ないし、実技の方も失敗はなかったし」
そうなのか……
「じゃあ、なんで疲れ切ってたんだ? ため息までしてたし」
「試験とは関係ないところで問題があったのよ……」
そう言ってたな。
「なんだ? アウグストでも来たか?」
そう聞くと、アデーレが驚いた顔になった。
「わかるの?」
「え? 本当に来たのか?」
「ええ……昼休みに……」
何してんだよ、あいつ……
「ドロテーはどうした? もしかしたら来るかもと思って、ドロテーに見張らせてたんだが……」
「あー、それで……」
何、この反応?
「何があったんだ?」
「私達が昼休みに食事をしていると、アウグストさんがやってきたのよ。それで色々とあって、レオノーラとドロテーさんがアウグストさんに暴言を……」
えー……
「ドロテーは何してんだ? アウグストが近づかないように見張るために頼んだのに」
なんで一緒になってケンカしてんだ。
意味ないだろ。
「ドロテーは戦闘用の使い魔ではないですけど、好戦的ですからねー……」
ヘレンがしみじみとつぶやく。
「ハァ……レオノーラはなんでだ?」
レオノーラは明るいけど、大人しいから暴言を吐くとは思えんのだが。
「いやー、あれはないよ。ないない。典型的な自分を上げるために他人を落とす男だね。しかも、落とす対象が君だったり、リートときたもんだ。ケンカ売ってるとしか思えない」
俺はわかるが、リートもか……
「そんなにか?」
「うん。聞いてて不快だったね。せっかく楽しい昼食だったのに」
「私は課題の実技試験前だったからもうね……」
人のことを言えないが、空気が読めない奴だなー。
あいつ、そんなんだったのか?
「俺はなんとなくわかるが、リートも落としたわけ?」
「だね。王都以外は田舎っていう考え」
「王都からは遠いし、辺境だけど、田舎って程でもないと思うんだがなー……結構、栄えてるし、あれならこの国の町でも上の方だろ」
最初に見た時にちょっとびっくりしたし。
「王都の貴族にはそういう考えがあるんだよ」
ふーん……
「しょうもな」
「しょうもないんだよ。でも、私は好きであそこにいるし、君達と一緒に仕事をして、楽しく過ごしているんだよ」
レオノーラはいつも楽しそうだしな。
「それで暴言ねー…バカは相手にしないに限るぞ」
「あれは言わないといつまでもアデーレに絡んでたよ。ああいうのはスパッと切らないとストーカーになっちゃうんだ」
怖いねー。
「アデーレ、そんなのがいたらエーリカに言えよ。ルッツが何とかしてくれるだろ」
「そこは俺が守ってやるじゃない?」
専門家に任せた方が良いと思うんだが……
「……雰囲気、雰囲気」
ヘレンが小声でアドバイスをくれる。
「よし! 5級の魔術師の力を見せてやろう!」
「おー! ジークさん、かっこいい!」
「素晴らしい私達の旦那様だね!」
「期待しているわ」
いやー、こいつら、酔ってるな。
皆、弱いしな……
「まあ、アウグストのバカはともかく、3人共、手応えがあるなら良かったわ。給料も上がるし、新築の仕事場だし、良いことづくめだな」
「まだ結果は出てませんけどね」
「いやー、未来は明るいねー」
「そうねー……あ、明日はどうする?」
アデーレが聞いてくる。
「俺は明日でベースとなる剣を仕上げてしまいたい。お前らはせっかく試験が終わった翌日だし、王都を堪能にしろよ」
「そうしようかしら? エーリカさん、買い物でも行く? ジークさんは絶対に買い物に付き合ってくれないでしょうし、明日は買い物が良いと思うの」
「そうですね。でしたらお願いしたいです」
うーん……
「俺、そんな風に見えるか?」
レオノーラに聞いてみる。
「見えるというか、事実でしょ。女の買い物は長いよ?」
買い物が長いという意味すらわからない。
買い物で買う物って最初から決まってるし、それを買って帰るだけだろ。
「3人で楽しんでくれ。俺は猫とカラスと戯れている」
「そうするよ。でも、観光には付き合ってね」
「一緒に行きましょうよー」
「噴水の虹は綺麗よ?」
惹かれない……
でも、やはりどこに行くかよりも誰と行くかだろう。
「行くよ。地元のことを何も知らんし、もしかしたら面白いかもしれんしな」
まあ、知見を広げるのは悪くないことだろう。
実際、昔の俺なら絶対に行かなかったであろう海での釣りは楽しかった。
俺達はその後も飲み食いをし、良い時間になったので店を出て、ホテルに向かって歩いている。
ただし、歩いているのは俺とアデーレだけだ。
「本当に潰れるとは……」
「まーたこの子をベッドまでエスコートよ」
俺がエーリカを背負い、アデーレがレオノーラを背負っている。
非力そうなアデーレには悪いが、さすがに2人は背負えないのだ。
俺達はなんとかホテルまで着くと階段を昇り、3階にやってくると、まずはエーリカの部屋に入り、ベッドに寝かせた。
「エーリカ、ここに二日酔いの薬と水を置いておくから起きたら飲めよ」
「はーい!」
酔ってんなー……
「ハァ……アデーレ、変わろう」
「よろしく」
エーリカを寝かせると、レオノーラを受け取り、背負う。
そして、2人で隣のレオノーラの部屋に来ると、ベッドに寝かせた。
「薬と水を飲めよ」
「わかったー!」
こいつら、テンション高いな……
「ハァ……」
再びため息をつき、アデーレと共に部屋を出た。
「弱いくせになんであんなに飲むかね?」
「それだけ嬉しかったんでしょ」
いや、まだ合格が決まったわけじゃないぞ。
というか、もしかして、受かったら連れていくことになっているサイドホテルの時もこれになるのか?
「たかが9級だろうに……」
「たかが9級でもされど9級よ。何よりもあなたを信じてきての結果だからね」
だからまだ結果は出ていない……
いや、それだけ自信があるなら受かっているんだろうけども。
「アデーレは潰れないのか?」
「私はあの2人程、弱くないもの。というか、エーリカさんに至っては弱いワインを2杯だけよ」
レオノーラも弱いが、エーリカはもっと弱いからな……
まあ、意識はあったし、笑っていたから問題ないんだろうが。
「ふぅ……アデーレ、アウグストをどう思う?」
「何も。でも、今日のはいただけない。仲間を悪意を持ってバカにされるのは腹が立つわ。レオノーラが怒るのも無理ないわね」
わからないでもない。
自分のことはどうでもいいし、まあ、身に覚えもあるから仕方がないと思えるが、リートをバカにされると腹が立つ。
土地柄なのかはわからないが、エーリカをはじめ、穏やかで良い人が多く、住みやすい町なのだ。
「アデーレ、もし、俺が王都に戻るようなことがあってもリートに残るか?」
「難しいことを聞いてくるわね」
そうだな……
一応とはいえ、師弟関係だ。
「いや、すまん。忘れてくれ」
「その質問、絶対にエーリカさんとレオノーラにしてはダメよ。あなたがどう考えているかは知らないけどね」
どう考える、か……
「レオノーラはともかく、エーリカには非常に言いにくいからしない。それに戻ってきて、本部を見たが、戻ってきたいという気持ちがまったく沸いてこない」
忙しそうだし、変なのに絡まれるし……
「それは重畳。その言葉を寝ている2人の耳元で囁いてあげたら? 良いことがあるかもよ?」
こいつも酔ってんな……
「言うとしても素面の時の方が良いだろ。お前も寝ろ。明日はその2人と買い物に行くんだろ?」
二日酔いかもしれんが、そんなに飲んでいるわけではないし、薬もあるから大丈夫だろう。
「そうね……ジークさん、改めて誘ってくれてありがとう。結果はまだ出てないけど、手応えはあった。あなたのおかげでここまでできたし、良い職場に来れたと思っているわ。これからもよろしく。では、おやすみなさい」
アデーレは優雅にそう言うと、自分の部屋に入っていった。
「ああ。おやすみ」
返事をし、俺も部屋に入る。
そして、風呂に入り、さっさと就寝した。
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