第101話 明日にしてほしかった…… ★


 私達は午前中の筆記試験を終えると、近くのパン屋で昼食を買いにいった。

 そして、会館の敷地のベンチに腰掛け、パンを食べている。


「どうだった?」


 隣でパンを食べているエーリカさんとレオノーラに出来を聞いてみる。


「多分、大丈夫だと思います」

「私も。これはもらったね」


 表情を見る限り、自信はあるようだ。


「アデーレさんはどうでした?」


 逆にエーリカさんが聞いてきた。


「私も大丈夫だと思う」


 元々、筆記は自信があった。

 ケアレスミスがあっても合格点には余裕で届いていると思う。


「いやー、ジーク君様様だねー。これで9級かー」


 レオノーラは完全に受かった気でいる。

 まあ、レオノーラは子供の頃からやっているし、9級の実技試験を落ちはしないだろう。


「私は午後が本番よ」

「8級ですもんね……」


 当然、9級より8級の方が難しい。

 まあ、私達の師は差がないと思っているんだろうが……


「レオノーラは余裕そうね?」

「ジーク君に教えてもらったしね。大丈夫だって」


 この子は本当にジークさんに懐いているな……

 リートに行く前にジーク君の弟子にしてもらって奥さんになったと聞いた時は正気かと思ったが、ジークさんは確かにリートに行ってから変わっていた。

 学生時代も本部にいた頃も使い魔の猫としかしゃべらないことで有名だったのに。


「まあ、やるしかないからね」

「アデーレは心配性だなー。試験なんてさっさと終わらせて遊ぼうよ。1週間もあるんだよ」


 1週間か。

 そんなに休んだのは就職してからはないわね……


「一応、ジークさんの手伝いもあるけどね」

「やることないでしょ。肩でも揉む?」

「邪魔ね」


 そんなことされたら集中できない。


「まあ、頑張りましょうよ。ジークさんも大丈夫って言ってたじゃないですか」


 エーリカさんが持ち前の明るさで元気づけてくれる。

 この子はこの子でジークさんを妄信している。


「そうね……」


 ジークさんを……そして、自分を信じよう。

 やるだけのことはやったし、ずぶ濡れになったが、エンチャントもできるようになったのだ。


 気合を入れて、パンの最後の一口を食べ終えると、上空からカラスが飛んできて、レオノーラの肩にとまった。


「ん?」

「あれ? ドロテーちゃん?」

「いたんだ……」


 レオノーラもエーリカさんもクリスさんの使い魔であるドロテーさんに気付いた。


「皆さん、こんにちは。早速ですが、面倒事の襲来です」


 ドロテーさんがそう言って、会館の方を見る。

 すると、見覚えのある男がこちらに向かって歩いているのが見えた。


「面倒事……」

「んー? 誰?」

「お知り合いですか?」


 あの男を知らない2人が首を傾げる。


「アウグストさんですよ」

「アウグストさん……」

「ほう。あれが我々の敵か……」


 ドロテーさんが答えると、エーリカさんが身をこわばらせ、レオノーラが目を細めた。


「昨日のジークさんの話で来るとは思ってたわ……」


 でも、それは本部だと思っていた。

 まさか試験の昼休みに来るとは……

 せめて、終わった後に来てほしかった。


「アデーレ、久しぶりだな」


 アウグストさんが私達の前に立ち、挨拶をしてきた。


「ごきげんよう。アウグストさんも試験かしら?」

「ああ。4級試験だ。さすがに厳しかったな。そっちはどうだ?」


 4級か。

 この若さで4級を受けるのはすごいのだが、私達はそれ以上を知っている。


「私は8級ですね」

「アデーレは9級を持っていたのか?」

「ええ。受付にいましたが、勉強して取りました」


 我ながらよく頑張ったと思う。


「そうか……リート支部だったか?」

「ええ……あ、こちらは同僚のレオノーラとエーリカさんです」


 2人を紹介すると、エーリカさんがぺこりと頭を下げたが、食べるのが遅いレオノーラはもぐもぐとパンを食べ続けた。


「本部のアウグストだ。リートからは遠かっただろう?」

「あ、はい。でも、飛空艇で来れたので楽しかったです」


 エーリカさんが答える。

 レオノーラは師匠をリスペクトし、ガン無視だ。


「それは良かった。飛空艇製作チームの人間としては嬉しいな」


 おー……アウグストさんにそんなつもりはないんだろうが、私達にジークさんから奪った地位を自慢するとは……

 我関せずで美味しそうにパンを食べていたレオノーラから笑顔が消えたわよ……


「あ、はい……ありがとう、ございます」


 エーリカさんが困惑している……


「それでアウグストさん、どうしたのかしら?」


 レオノーラが怖いからアウグストさんの意識をこっちに戻そう。

 この子は大人しい子だが、噛みつく時は噛みつくし、絶対に譲らない。

 だから親とぶつかったのだ。


「どうしたって……ちょっとした挨拶だよ。こんなところで会うのは奇遇だからな」


 奇遇……


「そうですか。アウグストさんが元気そうで良かったです」


 帰ってくれないかなー?

 噛みつきそうなのが1人と1羽いる……


「そちらも元気そうで良かった。しかし、なんでリートなんかに異動になったんだ?」


 なんか……

 おい、素でわかっていないジークさんじゃないんだから言葉を選びなさいよ!

 私達はそこを気に入っている人間なのよ!

 というか、エーリカさんに至ってはそこ生まれ、そこ育ちの生粋のリート人よ!


「レオノーラとは古くからの友人ですし、受付はつまらないですからね。錬金術をしたいんです」


 とりあえず、ジークさんの名前を出さないようにしよう。


「そうか? 君は受付が合ってると思ったんだが……」


 イラッ……


「いやー、向いているかもしれませんが、やりたいことをしたいんですよ」


 冷静に、冷静に……

 しかし、せっかく受付をやめたのに同じようなストレスが……


「ふーむ……しかし、君なら本部でも十分にやれるんじゃないか? もし良かったら推薦できるが……」


 ありがたいことを言ってくれる。

 だが、それはまだ本部にいた時に言ってほしかった。

 そして、私が9級なのことも知らなかったのになんで『君なら本部でも十分にやれるんじゃないか?』という言葉が出てくる?

 なんで推薦できる?

 この男の心が透けて見える。

 ジークさんへの対抗心が大半だ。

 私という錬金術師を見ていない。


「ありがとうございます。ですが、私はリートで楽しくやっていますので……」

「ジークがいるのに楽しくできるのか?」


 あちゃー……

 もうしーらない。


「君と話をしているよりかは100倍も楽しいよ」

「失せろ、七光り。このドロテー様のタックルを食らいたいか?」


 ほらー……


「な、何だ、君達は!?」

「君がジーク君を嫌いなのはわかるよ。人にはそれぞれ好き嫌いがあるからね。でも、私達はジーク君を慕っているし、彼は敬愛すべき同僚で頼もしい師匠なんだよ。人の悪口を言う時は人を選びたまえ」

「レオノーラさん、かっこいい!」


 ドロテーさんが器用に羽で拍手する。


「レオノーラとか言ったか? よくあんな男をそう思えるな」

「思えるさ。楽しくやっている人達のところに来て、石を投げてくる君よりもずっとね」


 ホントにね……


「ふん! アデーレ、悪いことは言わないから戻ってきた方がいいぞ。ジークもだが、こんなガキがいるようなところでは仕事なんかできん」


 ハァ……面倒だわ。

 午後から課題の実技試験があるというのに……


「アウグストさん、ジークさんは学生時代からの付き合いで良き友人です。また、私を誘ってくださり、錬金術を教えてくださいます。私は彼に不満はありません。それとレオノーラは子供の頃からの友人ですのでこんなガキ呼ばわりされたくありませんし、いくらなんでもレッチェルト家の御令嬢に向ける言葉ではありません。失礼に当たりますので訂正を」

「チッ! 貴族か……」


 舌打ち……


「訂正しなくてもいいよ。興味ないからね。私達は君の言う『リートなんか』で頑張っていくし、楽しく生きていく。それについて、他人にとやかく言われたくないし、邪魔はしないでくれたまえ」

「そうだ、そうだ! 王都の魔女ツェッテル一門を敵に回したぞ!」


 このカラス、煽りに来たのかしら?


「ふん! 減らず口を……まあいい。邪魔したな」


 アウグストさんはそう言って、会館の方に戻っていった。


「アデーレ」


 会館の方を見ていると、レオノーラが声をかけてくる。


「何?」

「君、男運ないね」


 はい。

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