第100話 良い意味で!


 翌日、朝早くに起き、準備をし終えると、3人娘が訪ねてきた。


「おはようございます」

「良いベッドだったねー」

「ぐっすりだったわ」


 3人娘の顔色を見る限り、ちゃんと寝れたようだ。


「おはよう。緊張してるか?」

「それがまったくしてません」

「多少はすると思ったんだけどね」

「私は腹をくくった。落ちても2人と並ぶだけよ」


 アデーレって、強気なのに意外とメンタル弱いんだよな。

 気を付けよう。


「今回落ちようが、受かろうが、お前らなら数年後には5級程度にはなれてるから安心しろ」


 間違いない。

 というか、エンチャントができるのに9級や8級に落ちてくれるなよ。


「ジークさんにそう言われると心強いです」

「5級を程度呼ばわりだもんね」

「こういう時こそジークさんについてきて良かったと思うわね」


 ふう……人間性35点の俺にはメンタルケアが一番難しいわ……


「朝食を食べに行こう。午前中は筆記試験だし、食べないとダメだ」

「バイキングでしたね……」

「危険なネーミングだね」

「気を付けないといけないわよ」


 女はめんどくせーな。

 試験で脳を使うんだから大丈夫だっての。


 俺達は1階に降り、レストランで朝食を食べた。

 3人娘はちょこちょこと食べていたが、徐々にペースを上げていた。

 ヘレンは最初からフルスロットルだった。


 朝食を食べ終えた後はホテルを出て、試験会場である会館に向かう。


「多いですね……」


 会館に到着したのだが、休みの日の朝だというのに多くの人がおり、おそらくこのほとんどが受験生と思われる。


「9割がお前ら以下だから大丈夫だ。どんな結果だろうと問題ないし、今日は奢ってやるから好きなだけ飲み食いしろ」


 金はある。


「よし! 行ってきます!」

「潰れてもジーク君に連れて帰ってもらおう」

「じゃあ、行ってくるわ。あなたも魔剣の方を頑張って」


 3人娘は頷いて、会館に入っていった。

 それを見送っていると、会館の屋根にいたカラスが飛んでくる。


「ドロテーか」

「おはようございます、ジークさん。お弟子さんは良い顔をしていましたね」


 ドロテーが左肩にとまった。


「そう見えたか?」

「はい。メンタルケアが上手くいったかと思います」

「ジーク様なら当然です」


 右肩にいるヘレンが深く頷く。


「ジークさん、遠くにアウグストの野郎が見えました。この場を離れて、さっさと本部に行きましょう」


 アウグスト?

 あいつも試験を受けるのか……


「わかった。行こう」

 

 俺達は本部を目指して歩き出した。


「ドロテー、悪いが、今日一日はあいつらを見てくれないか? 大丈夫だと思うが、アウグストが気になる」

「確かに気になりますね。あんなに仲の悪いジークさんよりアデーレさんでしたもんね」

「大事な試験時に気が散ってもらっても困る。あいつは邪魔だ」


 あいつの試験結果なんてどうでもいいが、これまで頑張ってきたあいつらの邪魔だけはしてほしくない。


「わかりました。このドロテー様にお任せを!」


 ドロテーが飛び上がり、会館の方に飛んでいった。


「ジーク様、何かあると?」


 ドロテーを見送っていると、ヘレンが聞いてくる。


「前世もだったが、恋愛関係のもつれというのは厄介だ。それで崩壊するグループを何度も見てきた」


 学校、バイト先、会社……

 恋愛というのは良い時は良いんだろうが、こじれると周りまで迷惑するくらいに厄介なものなのだ。


「ジーク様はこじれないんです?」

「俺の使い魔はお前だけだ」


 浮気なんてせん。


「いや、そういうことでは……えへへ」


 ヘレンが頬ずりをしてくる。

 非常に可愛い。


 俺はヘレンを抱えると、撫でながら本部に向かった。

 そして、誰もいないエントランスを抜け、階段を昇っていく。


「さすがに今日はいないみたいだな」


 3階まで昇り、クリスのアトリエを目指して廊下を歩いていのだが、これまで誰ともすれ違っていない。


「休みですし、錬金術師にとっては大事な試験の日ですからね。ですが、ちらほらと人の気配はしますし、昨日の魔導石製作チームの御三方の匂いはします」


 休みの日も出勤か。

 あいつら、休みあるのかね?


「まあ、静かで良いか。アウグストが試験を受けているということはここで会うことはないということだ」


 ドロテーに見張らせたが、試験でも会わないかもしれないしな。

 単純にあんなに人がいるから会う確率は低いし、たとえ、見かけたとしても試験という大事な時はさすがに試験に集中するだろうし。


 俺はそう思って、クリスのアトリエに行き、仕事を始めた。

 今日はドロテーがいないため、丸まって寝ているヘレンを眺めながら静かにベースとなる剣を錬成していく。

 そのままずっと心穏やかに仕事をしていると、ノックの音が部屋に響いた。


「どうぞー」


 そう答えると、扉が開き、テレーゼが部屋に入ってくる。


「お疲れ様。お仕事はどう?」

「順調だな。そっちはどうだ?」

「あはは……」


 ダメっぽい……


「適度に休まないと逆に効率が落ちるぞ」

「わかっているんだけどねー……でも、それすらできない状況。じゃないと若い子が別のチームに行っちゃう」


 お前もまだ若いだろうに。


「エースは大変だな」

「ハァ……あ、ジーク君、ご飯に行こうよ。もう昼だよ」


 そう言われて時計を見ると、すでに12時を回っていた。


「いつの間に……じゃあ、行くか」

「うん。昨日のところでいい?」

「ああ」


 俺達はアトリエを出ると、階段を降り、本部を出る。

 その間、やはり誰ともすれ違わなかった。

 そして、昨日行った定食屋に行き、日替わり定食を頼んで食べだす。


「午前中は筆記で午後が実技だったよね? あの子達、大丈夫かな?」


 テレーゼが心配そうに聞いてくる。


「エーリカは問題ないと思う。アデーレは実技、レオノーラは筆記かな……」


 エーリカは準備万端だから問題ない。

 レオノーラは実技の方は問題ないが、筆記が課題だった。

 アデーレはその逆。


「ふーん……」

「お前は3級を受けないのか?」

「受けれたら次かなー? 実技が微妙だけどね」


 3級は群を抜いて、難易度が高いからな。


「3級には受かっておいた方がいいぞ。アウグストも今回の試験を受けているらしいし、あいつが受かったら並ぶぞ」


 アウグストは5級なのだ。


「いや、別にいいけど……親しくもないし、関わり合いがある人じゃないからどうでも……それに試験は自分のために受けるものだよ」

「いい子ぶりやがって」

「いい子なの。それよりもちゃんと迎えにいってあげなよ」


 迎え?


「子供じゃないんだからいらんだろ」

「私は師匠が迎えきてくれたら嬉しいと思うな。あの人は絶対にそんなことしないけど」


 絶対にしないな。

 試験を受けると言っても頑張れの一言だし。


「まあ、どうせその後に食事に行くんだから迎えにいくか。帰り道だし」


 タイミングを合わせるだけだ。


「それが良いよ。ちゃんとポイントを稼いでおくべきだよ」


 人間性40点になれるかねー?


「そうするわ」

「うんうん。あとさ、ドロテーちゃんは?」

「あいつは試験会場を見ている。アウグストがいるって聞いたからウチの連中というか、アデーレの邪魔をする気がしたんでな」

「あー、昨日の……仕事で差をつけられるだけじゃなく、好きな子まで取られちゃったわけだしね」


 差は逆だけどな。

 俺は辺境であいつは王都で華の飛空艇製作チームだ。


「ヴォルフもだけど、そこをとやかく言われたくないわ。もし、あいつらが本気ならリートに来いって話だし」


 ヴォルフは来てもいいが、アウグストは支部長と本部長に頼んで拒否するけど。


「こんなこと言いたくないけど、相手がジーク君なのがなおさら気に食わないんじゃないかな?」

「だろうな。嫌われてるし」

「でも、コリンナ先輩もマルタちゃんも首を傾げてたよ。『誰、あいつ?』って」


 それは良い意味で変わったということで前向きに捉えていいものなのだろうか?

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