第099話 試験前日はリラックス
ホテルに戻ると、3階まで上がり、自室である304号室に入った。
そして、ヘレンがベッドでゴロゴロし始めたのでテーブルにつき、読書をする。
しばらくすると、ノックの音が聞こえてきた。
「どうぞ」
そう答えると、扉がちょっと開き、エーリカが顔を出した。
「お疲れ様です」
「ああ……1人か? レオノーラとアデーレは?」
「一緒に勉強してたんですけど、キリのいいところまでやるそうです。すぐに来ると思いますよ」
「そうか……まあ、入れよ」
そう言うと、エーリカが部屋に入ってくる。
そして、奥のベッドに腰かけると、べたーっと伸びているヘレンを撫で始めた。
「久しぶりの本部はどうでした?」
エーリカが笑顔で聞いてくる。
「挨拶が大事なんだなって改めて思った」
「それはそうですよー」
エーリカが苦笑いを浮かべると、またもやノックの音が響いた。
「開いてるぞー」
そう答えると、レオノーラとアデーレが部屋に入ってくる。
「――やふー!」
「お疲れ様」
なんかレオノーラのテンションが高い。
「元気そうだけど、どうした?」
「やっと勉強が終わったからね。それよりも何の話をしてたの?」
レオノーラが隣に座りながら聞いてくる。
なお、アデーレはその対面に座り、エーリカはベッドでヘレンを抱えて遊んでいる。
「挨拶は大事って話」
「大事だねー」
「ホントにね」
ちくり。
「勉強はどんな感じだ? 試験はいけそうか?」
「やるだけのことはやったし、後は明日にそれを出すだけだね」
「そうね。ここまで来たら明日に備えて早めに休むだけよ」
「頑張ります」
自信はありそうだな。
「まあ、落ちてもたいしたことではないし、気楽にやってくれ」
しばらくすると、ホテルマンが食事を持ってきてくれたので皆で食べだした。
「食事も一級品なんですね……」
庶民代表のエーリカはちょっと気が引けているみたいだ。
「美味しいけど、エーリカが作ってくれる料理の方が美味しいよ。ね?」
え?
「そうだな。でも、今はこの食事を楽しもうじゃないか。あまり来る機会もないし、滅多に食べられないんだぞ。この豚肉のソテーなんか非常に美味い」
「それ、鴨肉よ」
あ、はい……
「ジークさんは明日も魔剣作りですか?」
エーリカが聞いてくる。
「そうだな。一応、期限は1週間ということになったからそれまでは遊んでいいぞ」
「お店に行きたいです」
何のだよ……
「エーリカさん、リートを案内してくれたお礼に連れていくわ」
「わー! ありがとうございます!」
うん、女は女同士で行ってくれ。
そもそも俺は錬金術関係の店以外はスーパーとパン屋くらいしか知らん。
「ジーク君、魔剣はどんな感じなんだい? 良いのが作れそう?」
今度はレオノーラが聞いてくる。
「雷の魔剣を作ることになったわ」
「なんかかっこよさそうだね」
「実際、かっこいいと思うぞ。実用性は微妙だけど」
まあ、小学生が好きなのは火より雷だろ。
「自慢用の魔剣だしねー。一応、手伝いをするって名目だけど、手伝うことはある?」
ねーな。
「クリスのアトリエを借りて作業をしているんだが、暇な時でいいからドロテーの相手をしてやってくれ。クリスがまだ帰ってきてないようで陰気カラスになってる」
「まだ帰ってないんだ……ドロテーちゃん、可哀想にね」
「あいつはお前の髪が好きだから頼む。今日なんて仕事をしながらずっとしりとりをしていたわ」
なお、全勝した。
俺に勝てると思っているんだろうか?
「しりとりって……」
「ドロテーが好きらしいぞ」
何度も再戦を申し込んできたし。
「ふーん……あ、報酬はどうなったの?」
「そうそう。抽出機と分解機の他に魔力草もくれるてっさ。いっぱいあるから好きなだけ持っていけって」
太っ腹本部長。
口に出したら殴られそうだ。
「おー! それは良かった! これで腰を痛めずに済む!」
「私も良かったわ。外は怖いし」
「ジークさんがぱっと見、何もしない感じも外見が悪いですしね」
ホント、ホント。
こちらの気遣いができるのはさすが聖女エーリカだ。
「これで帰ってからの仕事の目途も立った。試験が終わったら気兼ねなく遊んでいいからな」
「ジーク君、デートしようよー」
レオノーラはデートが好きだなー。
「どこに?」
「皆で観光しようよ」
それデートか?
いや、俺は学習した。
雰囲気が大事なのだ。
当人がデートと言えばデートだろう。
「いいけど、王都に観光するところってあるか?」
長年王都にいたアデーレに聞いてみる。
「お城とか中央の噴水とか大聖堂なんかもあるわよ」
城、噴水、大聖堂……
「それ、楽しいのか?」
まったく惹かれないんだが……
「初王都のエーリカさんに付き合ってあげなさいよ」
「ジーク君、どこに行くかじゃなくて誰と行くかだよ」
そうだったな……
「まあ、1週間あるしな。ドロテーも誘って、気を紛らわせてやるか」
「良いと思うよ。鳥は外に出てなんぼでしょ」
出かけるか……
よく考えたら王都出身だけど、ほぼ観光地なんて行ったことないし、案外、行ってみたら楽しいかもしれない。
「ジークさん、他にも本部で何かなかった?」
今度はアデーレだ。
そして、若干、心配そうな表情をしている。
「特には……あ、同期のことを教えてくれてありがとうな。助かったわ」
「会ったの?」
「魔剣の材料をもらいに魔導石製作チームの共同アトリエに行ったらマルタがいた。アデーレに聞いてなかったら完全に気付かなかったな」
あぶねー、あぶねー。
「それは良かったわ。マルタはあなたのことを結構言ってたから」
「平均50点か?」
「それ」
今は人間性が35点あるから67.5点ある。
「危なかったわ。まあ、そんなもんだな。後はテレーゼの目が死んでたくらいだ」
「それはそれで……でも、確かにマルタも電話で死ぬほど忙しいって言ってたわね」
きつそうだったしな。
「ジーク様、アウグストさんの件があるでしょ」
すでに食事を食べ終え、丸まっていたヘレンが顔を上げた。
「あー、あったな……」
忘れてた。
「アウグストさん? 会ったの?」
「階段ですれ違った。髪切ってたからわからなかったわ」
「あー、確か、ジークさんが異動になってすぐに切ったわね」
なんか嫌だな、それ……
「それで最初はわからなかったんだけど、向こうから絡んできやがった」
「本当に仲が悪いのね……」
いや、むしろ……
言っていいものかわからないのでチラッとヘレンを見る。
「おっしゃって良いと思いますよ。アデーレさんも知っておいた方がもしものためになりますし」
「いや、両思いかもしれんだろ」
「ないと思いますが、その時はキューピットです。別にいいじゃないですか」
なるほど……
「言わなくていいわよ。全部わかったから」
アデーレが嫌そうな顔をする。
「嫌いなのか?」
「そりゃね……」
そうなのか……
関わり合いや関係性を知らんからわからんわ。
「ジーク君、友人であり、師匠である人間を貶めた人間を好きになれっていう方が無理だよ。私だって会ったことも見たこともない人だけど、嫌いだもん。しいて良いところを上げるなら言うなら間接的にでも君をリートに連れてきたことだね」
レオノーラが教えてくれる。
「なるほどな……」
身内の敵は敵か……
クリスも言ってたわ。
俺達はその後も話をしながら夕食を食べ、この日は翌日に備えて早めに解散した。
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