第087話 アニマルセラピー


 朝、エーリカの部屋に行き、朝食を食べると、部屋に戻り、最後の準備をする。

 そして、待ち合わせ場所であるアパートの前で待っていると、ヴォルフがやってきた。


「よう、もう出るのか?」

「ああ、早めに出て、試験会場を案内するんだよ」


 その後はホテルで勉強だな。

 俺は本部長のところに行くけど。


「そうか……なあ、アデーレさんと付き合っているってマジか?」


 アデーレ?


「付き合ってないが、なんでだ?」

「いや、本部でちょっと噂になっているんだよ。アデーレさんが彼氏を追うために転勤希望を出したって」


 そういう風に見えないこともないか。

 わざわざ華の王都を離れ、辺境の町に転勤したんだから。


「そういうわけじゃない。ヘッドハンティングしたんだよ」

「わざわざアデーレさんを? お前の同門でいいじゃねーか」


 声をかけられる奴がアデーレしかいなかったんだよ。


「あのエリート共が来るわけないだろ」

「まあ……でも、なんでアデーレさん?」

「別にいいだろ。クラスメイトだったんだぞ。別におかしいことではない」


 親交は一切、なかったけど。


「ふーん……」

「別にお前でもいいぞ。リート支部に転勤願を出せ。錬金術師が4人しかいないんだ」


 ヴォルフが何級かも知らんが。


「嫌だよ。王都が良いし、お前にこき使われるなんてごめんだ」

「じゃあ、俺達の支部をさっさと建ててくれ」


 仕事しろ。


「わかったよ」


 ヴォルフは表の方に戻っていった。


「アデーレ、アデーレとうるさい奴だったな」

「アデーレさんは美しい方ですので……」


 えー……そっちー?


 そうだったのかーと思っていると、当のアデーレとレオノーラが扉を開け、部屋から出てきた。


「あら? 早いわね」

「ヴォルフ君? 何の話をしてたのー?」


 ヴォルフの後ろ姿を見たレオノーラが聞いてくる。


「アデーレが美しいって話」

「え? 口説かれてる?」


 アデーレがまったく表情を変えずにレオノーラを見る。


「そう見える?」

「全然」

「まあ、まったく感情が動いていない表情だしね」


 ヴォルフのことだし、感情なんか一切、動かんわ。


「どうでもいいだろ。それよりも忘れ物はないか? 受験票だけは忘れるなよ」


 当たり前だが、受験票がないと試験は受けられない。

 取りに戻れる距離じゃないし、それだけは忘れてはいけない。


「忘れないわよ」

「ちゃんと持ってるし、何度も確認したよ」


 多分、大丈夫そうだな。


「お待たせしましたー」


 最後にエーリカがやってくる。


「エーリカ、忘れ物はないか?」

「大丈夫です! 受験票も筆記用具もバッチリです!」


 さすがにしっかり者は大丈夫そうだ。


「レオノーラ、大丈夫だな?」

「君が私のことをどう思っているのかがよくわかるよ。大丈夫だってば」


 ホントか?

 まあ、信じるか。


「じゃあ、行くか」

「はい!」

「私、飛空艇が好きなんだよねー」

「私は好きじゃないわね」


 俺達は支部をあとにし、空港に向かった。

 そして、チケットを購入し、王都行の飛空艇に乗り込むと、出発を待つ。

 なお、隣にはレオノーラが座っており、窓の外を見ている。

 正面はアデーレであり、その隣にはエーリカだ。

 ヘレンは膝の上。


「エーリカ、王都は初めてって言ってたけど、まさか飛空艇に乗るのも初めてじゃないよな?」

「さすがに乗ったことありますよ。子供の頃に乗りましたし、去年も出張というか研修で色々と行きましたもん」


 そういや最初、レオノーラも研修で出張してたな。


「研修なんか行ったことないな」

「私もないわね」


 アデーレはなー……


「なあ、アデーレ。ヴォルフって随分と気安い感じがするが、本当に同じクラスじゃないんだよな?」

「ええ。隣のクラスだったはず。ああいう人なんじゃないかしら? 本部でも結構、話しかけてきたし」


 それは違う理由な気がするがな。


「そうか……じゃあ、普通に知らないって言っても良かったかもしれんな」

「いや、同期だし、同じ学校なんだから知ってた方がいいでしょ。向こうは当然、あなたも知ってるって感じで声をかけてたじゃないの」


 自意識過剰な奴だ。


「お前がいてくれて良かったわ。何かの仕事で一緒だった奴かと思った」

「こっちはひやひやしてたわよ。そしたら助けを求める目で見てくるもの……」


 良い弟子であり、頼もしい友人だ。


「俺が前にこの飛空艇に乗っていた時は同じクラスの連中の顔と名前を必死に思い出してたわ」


 アデーレのことを忘れていたから。


「その記憶にヴォルフさんはいなかったわけね」

「そういうこと。なあ、その同期とやらは他にもいるのか?」

「いるわよ。本部にはあと2名の女子がいる」


 女子か。

 まあ、錬金術師は女が多いからな。


「同じクラスか?」

「いや、別のクラスよ。本部で同じクラスだったのは私だけね」


 ちょっとちくり。


「一応、名前を教えてくれ」

「薬品生成チームのエルヴィーラさんと魔導石製作チームのマルタさんよ。どっちも開発部」


 知らねー……


「そいつらを誘ったらリート支部に来ると思うか?」

「来ないわね」


 断言しおった。


「何か理由でもあるのか?」

「詳しくは言えないけど、私がリート支部に行く際にその2人が送別会みたいなのを開いてくれたのよ。その時の話を聞く限り、絶対に来そうにないわ」


 理由は俺っぽいな……

 すげー言葉を選んでいるし。


「全然、増えそうにないなー。ヴォルフも嫌だってさ」


 アデーレが好きなら来いよ。


「私が言うのものなんだけど、せっかく本部に配置されたのにわざわざリート支部に行こうって思うのは相当な不満があるか変人よ」

「変人?」


 アデーレを指差す。


「相当な不満」


 まあ、そうだろうな。


『まもなく当機は出発いたします。当機は王都行ですのでお間違えの方は係員に申し付けください』


 俺達が話をしていると、出発の時間になった。

 そして、ちょっとすると、飛空艇が動き出し、浮かび上がる。


「おー、高いなー」

「ですねー」


 窓際にいるレオノーラとエーリカは楽しそうに外を見ていた。


「飛空艇が好きじゃないんだっけ?」


 一切、窓の方を見ないアデーレに聞いてみる。


「怖いのよ」


 やっぱり……

 そうじゃないかと思ったわ。


「お前、本当にビビりだな……」

「私はここで何も言わずにそっと手を握ってくれたり、肩を抱いてくれる男性が素晴らしいと思うわね」

「正面にいるくせに何を言っているんだ?」


 どうやんだよ。


 仕方がないので膝の上にいるヘレンを掴み、アデーレの膝の上に置いた。

 すると、アデーレがヘレンを撫でる。


「すごい安心感ね」

「ヘレンは心を落ちつかせてくれるんだ」

「へー……試験の時に……ダメか」


 うん、ダメ。

 さすがに試験の時は使い魔でも試験会場には入れない。

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