第086話 なんか旅行みたいだ
テレーゼとドロテーが王都に帰って数日が経ち、いよいよ王都に向かう前日となった。
この日は最後の勉強となるので3人娘の総おさらいを見ることにした。
エーリカは錬金反応なんかの化学が苦手であり、レオノーラは物理系が苦手だ。
アデーレはそのどちらも大丈夫だが、実技が不安。
だが、その辺りの苦手科目を重点的に勉強していったし、問題はないと思う。
前から準備をしていたエーリカはまず落ちないだろうし、レオノーラとアデーレも良い線いっていると思うからいつも通りにやれば落ちないだろう。
「ねえねえ、ジーク君、試験が終わった翌日、王都でデートしようよー」
レオノーラが余裕がありそうに誘ってくる。
「悪い。多分、仕事だ」
「仕事? 例の魔剣作り?」
「ああ。多分、2日じゃ終わらん。お前らは先に帰ることになるかもな」
いかんせん、前に作った炎の魔剣を超えないといけない。
こんなことならBランクに留めておけば良かったわ。
「そっかー……」
「亭主関白ですまんな」
「まーだ根に持ってる……まあ、仕事なら仕方がないよ。ましてや陛下の依頼ならね。貴族の私からしたら口が裂けても『仕事と私のどっちが大事なの!?』って言えない」
貴族も大変だな。
別に言わんでもいいが。
「そのセリフはたまに耳に入るが、比べるものじゃなくないか? 仕事と家族なら家族の方が大事に決まっているだろうし、そもそも家族のために働いているのではないのか?」
まあ、嫁も子供もいたことがない俺は知らんがな。
「その通りだけど、仕事を頑張りすぎて家族をほったらかしたら本末転倒でしょ。もちろん、仕事だからどうしようもないことはあるだろうけどね」
うーん……
「めんどくせ」
「大丈夫。同じ職場じゃないか。私は理解がある」
はいはい。
「あのー、ジークさんが帰れなかった場合、私達は試験が終わって帰ってきたら何をすればいいんですかね?」
エーリカが聞いてくる。
「火曜石は無理だろうし、回復軟膏かねー? ルッツに言って、兵士を借りて森に採取でも行ってこいよ」
「あー、そうですね。じゃあ、そうします」
「外……」
「また腰を痛めるのか。作った回復軟膏でも塗ろうかなー?」
3人共、微妙に嫌そうだ。
「嫌なら本部長に言って、魔力草を分けてもらうか? 本部は余りまくってるだろ」
「それ、いいんですかね?」
多分、ダメ。
「少しくらいならバレないし、いいだろ。咎める奴はいない。たとえ、監査が入って魔力草がちょっと少ないって指摘されても錬成ミスで消失って言い張ればいい。たいした金額じゃないんだからスルーだろ」
そもそも監査はもっと大きい事業を見るから魔力草なんか見ない。
「そうですかねー? じゃあ、ちょっと頼んでみてくださいよ。外は怖いですし」
「私も怖いわね」
「そもそも歩くのも疲れるよ」
レオノーラは運動しろ。
将来、太っても知らんぞ。
「わかった。頼んでみるわ。じゃあ、試験が終わったら回復軟膏作りな。もし、俺が残るようだったら適当に作っておいてくれ」
アデーレがレシピを知っているし、難易度が低いアイテムだから俺がいなくても問題ないだろう。
「わかりましたー。じゃあ、そうします」
「納期はあるし、ゆっくりでいいからなー……ん?」
試験が終わった後の予定を話していると、呼び出し音が鳴った。
「お客さんですかね? ちょっと出ます」
エーリカが立ち上がり、玄関の方に行く。
そして、扉を開けたのだが、そこにいたのは客ではなく、支部長だった。
「あ、支部長。お疲れ様です」
「ああ……ジーク、王都から支部の建て直しを担当する錬金術師達が来たぞ」
おっ! 来たのか。
「ようやくですか。留守中に来たら支部長に対応してもらうことになるから早く来いって思ってましたよ」
「いや、それぐらいするぞ」
またまたー。
新聞を読むのに忙しいでしょ。
「まあ、話をするだけですからね。それでそいつらは?」
「表だ」
俺達はエーリカの部屋を出ると、支部の表に回る。
すると、5人の男達が立っていた。
「久しいな、ジーク。左遷された地で放火に合うなんて本当に運のない奴だぜ」
1人の若い男が前に出ると、声をかけてくる。
「別にそんなことない」
えっと……誰だ?
明らかに知り合いの雰囲気を出してるが……
「ふん。備考欄に偉そうなことを書きやがって……おかげでウチの部長が『あの若造がっ!』ってキレてたぜ」
本部にはいくつもの部署があり、そこからチームに分かれている。
こいつらは建築部であり、俺は開発部にいた。
つまり元同僚とはいえ、ほとんど知らないはずなのだ。
なのにこの気安い感じ……
本当に知り合いなのかもしれない。
「それは悪いことをしたな。しかし、本部の建築部なら1週間といわず、3日でもできるだろ」
「やるだけだったらな。今は戦争時だし、飛空挺を作りまくってるせいで資材が高騰しているから調達も難しいんだよ。本部長のゴリ押しがなかったらひと月はもらわないとやれねーよ。本当にお前らの流派の『1日は24時間ある』っていう無茶ぶりは最悪だわ」
『1日は24時間ある』、『1週間は168時間ある』というのは本部長がよく言うセリフなのだ。
だからその弟子である俺達もよく言う。
「支部がないと仕事にならんのだ」
「相変わらず、自分勝手な奴だぜ」
相変わらず……
絶対に知り合いだ。
だが、まったく記憶にない。
俺は助けを求めて、チラッとアデーレを見た。
すると、アデーレが近づいてきて、耳打ちをしてくる。
「……私達と同じ魔法学校を卒業した同期よ」
同期……
「……同級生?」
耳打ちを返す。
「……クラスは違うけどね。ヴォルフ・バーデンよ」
クラスメイトじゃなくて良かったー。
クラスが違うなら知らんでも仕方がない。
「お前ら、何をイチャイチャしてんだ?」
ヴォルフとやらはいらついているのか眉をひそめた。
「イチャついてないわ。ちょっと相談だよ」
「そうね。ヴォルフさん、どれくらいかかりそうですか?」
アデーレが聞く。
「3日って答えたいが、さすがに残骸を撤去して更地にしないといけないからもうちょっと時間をもらうことになる」
「そうですか……」
アデーレが見てくる。
「こればっかりは仕方がないだろ」
撤去だって時間がかかる。
「まあ、そうね」
「ヴォルフ、俺達は明日から王都に行くから何かあったら支部長と相談してくれ」
「王都? 何かあるのか?」
えー……
「国家錬金術師の資格試験を忘れるなよ。というか、お前は受けないのか?」
「あー、そういや明後日だったな。俺は次で受けるから今回は受けないんだ。ということは支部長さん以外は留守にするのか? お前も?」
「俺は試験じゃなくて、本部長に仕事を頼まれたんだ」
「ご愁傷様。弟子は大変だな」
別にそうでもない。
抽出機と分解機をくれるのだからお釣りがくるくらいだ。
「そういうわけだから後は頼むわ。良いものを作れよ」
「その煽り癖をどうにかしたらどうだ? 良いものを作るに決まってるだろ」
別に煽ってないんだけどな。
建築部の職人連中はうるさいわ。
「はいはい。じゃあ、よろしく」
「あいよ。やるか……」
ヴォルフをはじめとする5人の錬金術師達が作業を始めた。
「支部長、そういうわけでお願いします」
「わかった。お前らはいつ帰ってくるんだ?」
「試験が明後日ですのでその翌日の夜でしょうね。ただ、俺は本部長から仕事を頼まれていますのでさらに数日かかります」
「ふーむ……せっかくだったらエーリカ達も休んで王都を観光でもするといい。どうせ帰ってきてもそんなに仕事はないわけだろ?」
いいのかね?
「偽出張にしてもいいです?」
「魔剣を作りにいくんだろ? その手伝いでいいだろ。弟子なんだから当然と言えば、当然のことだ」
という体なわけだ。
「どうする?」
3人娘に聞く。
「お手伝いというか見学してます。あと観光」
「良いと思うなー」
「まあ、どうせなら新しい支部で仕事を再開したいしね」
賛成か。
「じゃあ、支部長、ちょっと空けます」
「ああ、そうしろ。お前達も試験を頑張ってくれ」
支部長が3人娘に声をかけた。
「ありがとうございます!」
「頑張りまーす」
「後のことをよろしくお願いします」
俺達は支部長と別れると、寮に戻り、勉強会を再開する。
そして、夜になると、翌日以降の準備をし、早めに休むことにした。
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