第084話 カー
「ルーベルトさんもお疲れみたいですね……」
「だろうな。新聞社が早期に今回の事件を報道したし、議員が放火なんて住民は怒るだろうから役所は大変だろう」
新聞社にリークするんじゃなかったな……
「ジーク君、あのテレーゼって人は同門なんだよね?」
レオノーラが聞いてくる。
「そうだな。4歳上の姉弟子だ」
「随分と気弱というか、オドオドした人だね」
「そういう奴としか言えんな。ロクにしゃべったことがない。アデーレはどうだ?」
受付嬢だったアデーレの方が話してそう。
「もちろん、話したことはあるけど、そんなによ? あの人、いつも廊下の隅を歩いてるし、後ろから挨拶をしたら逃げる時もある」
小動物だな。
「それはまた……すごいね。アデーレ以上のビビりだ」
タイプが違うビビりだけどな。
「ビビりって言わないでよ。とにかく、あんな人だけど、錬金術師としては超一流よ。本部の中でも1位、2位を…………2位、3位を争うレベルだったわね」
アデーレが俺を見て、言い直した。
「そんなにすごいんだ……」
「魔法学校の先輩だけど、首席で卒業した才女ね」
そういや、俺が受験する時に勉強を見てあげるって自信満々で言われたことあったな。
数分で自信喪失してたけど。
「そんな人を指名するなんてすごいね」
レオノーラが笑う。
「指名しとらんがな。しかし、会話難易度の高い奴が来たわ……」
俺が悪者に見えてしまう。
俺達が話をしていると、一通り燃えた支部を見終えたテレーゼが戻ってくる。
「どうだ?」
「かなり火力の強い火曜石を使われたみたいだね」
「だろうな。新築を建てるということでいいな?」
「そ、そうだね……というか、本部長がそうしろって……あと、防火壁だっけ?」
本部長もちゃんと話をしてくれているらしい。
「そうそう。俺達で間取りなんかを考えてる」
「自分達で考えたの?」
「仕事しやすい環境にした方がいいだろ」
働くのは俺達なのだ。
「まあ……いいのかな?」
「本部長はいいって言ってたぞ」
「じゃあ、いいか……」
テレーゼも納得したようだ。
「よし、じゃあ、ちょっと来い。外で話すのもあれだろ」
「あ、そういえば、ジーク君達はどこで仕事をしているの?」
「一応、在宅勤務になっている。この支部の裏に寮という名のアパートがあって、そこで暮らしているんだ」
「それは…………燃え移らなくて良かったね」
確かにな……
時間が時間だし、エーリカが気付かなったらヤバかったわ。
「まあな。そういうわけで俺達はエーリカの部屋で仕事をしているんだ。まあ、試験勉強だけど」
「エーリカ、さん?」
テレーゼが首を傾げながらエーリカとレオノーラを見比べる。
「あ、私がエーリカです。エーリカ・リントナーです」
「私はレオノーラだよ。レオノーラ・フォン・レッチェルト」
2人が自己紹介をすると、テレーゼが目を見開いた。
「ど、ど、どうも! テレーゼ・トレンメルであります!」
ありますって……
お前は軍人か。
「……俺、あいつの情緒不安定さについていけんぞ」
「……あの人、貴族が苦手というか怖いっぽいのよ。だから私にもあんなんなの」
そういうことね……
「テレーゼ、貴族なんかにビビるな」
「で、でも、逆らったら殺される……」
いつの時代の貴族観だよ……
「ひどい偏見だね」
「本部長の弟子の4級国家錬金術師なのにね……ジークさんを少しは見習って……ほしいわね」
アデーレがちょっとだけ言い淀んだ。
「そ、そんな……ジーク君みたいに貴族をバカにすることなんてできませんよ……」
テレーゼが手をもじもじさせる。
「実際、バカだろ。偉そうなことを言うくせに実力が伴ってない。それどころかあの5級止まりの無能野郎は足を引っ張ってきたぞ」
もちろん、アウグストのこと。
「なんか心が痛いね……」
「多分、アウグストさんのことなんでしょうけど、すごい突き刺さったわね……」
なんでお前らがへこんでいるんだよ。
「お前らは偉そうなことを言ってないし、足を引っ張ってないだろ」
レオノーラの帽子を取り、アデーレに被せる。
「弟子で良かったね」
「これからは胸を張って弟子を名乗るわ」
そうしろ。
「いいから行くぞ」
俺達はこの場をあとにし、支部の裏に回る。
そして、エーリカの部屋に入ると、テーブルについた。
「テレーゼさん、お茶とコーヒーがありますけど、どちらがいいですか?」
エーリカが善意100パーセントの笑顔で聞く。
「あ、コーヒーを……」
「わかりました」
エーリカはいつものように準備をし、コーヒーを用意してくれる。
「ただいま戻りましたー」
待っていると、窓からドロテーが入ってきた。
どうやら空の散歩から戻ってきたらしい。
「あ、ドロテーちゃん、迎えにきたよ」
「どうもー。さっき空を飛んでたのに無視したテレーゼさん」
いや、声をかけろよ。
おしゃべりなくせに。
「すみません……」
ほらー。
へこんだ。
「ドロテー、人は上に目がついてないんだよ」
「人間は死角ばっかりですねー。ジークさんもお気をつけて。人生は予想外なことの連続です」
知ってる。
なんなら刺殺されて、生まれ変わった俺が一番知ってるまである。
「ドロテーも気を付けた方がいいですよ。倦怠期ですし、いつクリスさんに契約の解除を言い渡されるかわかりません」
「クリス様は愛してくださってます! 鳥は自由な生き物なんですよ!」
猫もじゃないかな?
「確かにそうですね」
ヘレンは頷きながら俺の手に身体を擦り付けてきた。
「お、の、れー! ここにクリス様さえいれば、こんなバカ猫と社会不適合者にドヤ顔をさせないのにー!」
俺はドヤ顔してねーよ。
呆れているだけだよ。
「ケンカしないで。ほら、ドロテーちゃん、空の散歩で疲れたでしょ。蜂蜜あげる」
エーリカがストローが刺さった蜂蜜入りのコップを持ってくる。
「わーい。エーリカさんは優しいです。でも、エーリカさん、その優しさは食い物にされますよ。時には怒った方が良いです」
「なんで俺を見ながら言ってんだ?」
食い物になんかしてねーわ。
ただまあ、ドロテーの言っていることには若干、頷きたいとも思った。
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