第083話 姉弟子


 本部長と電話をして、数日が経った休みの日もエーリカの家で勉強会をした。

 試験まで1週間を切ったが、これまでの頑張りもあり、受かるには十分だと思う。

 あとは本番の時にいかに自分の実力を出せるかだろう。


「今週も勉強でいいですかね?」


 休みも終わり、今日からまた仕事が始まる朝に朝食を用意してくれたエーリカが聞いてくる。


「そうだな。ただ週末は王都に行くから準備を忘れるなよ」


 俺はたいした準備はないが、女性陣は準備が多いだろう。


 俺達は朝食を食べ終え、一息つくと、仕事という名の勉強会を始める。

 といっても、ここまで来ると、これまでに覚えたもののおさらい程度だ。


「あ、ドロテー、支部の看板を表にしといてくれ」


 あれを表にしないと客がここに来ない。


「あー、あれですか。いいですよ。窓を開けてください」


 確かにドロテーは窓を開けられないなと思い、窓を開けた。


「ついでに遊んできていいぞ」

「いえーい! 風を感じてきますー!」


 ドロテーがご機嫌に窓から飛び出していく。


「空を飛ぶのって気持ちいいのかね?」

「ちょっと憧れはしますけど、怖いですね」


 まあ、落ちたら死ぬしな。


「でも、空を飛びたいと思ったから飛空艇ができたんじゃないかしら?」


 前世でも飛行機はあった。

 どこの世界も人間が考えることは一緒なのかもしれない。


「ジークさーん」


 あれ? ドロテーが戻ってきたぞ。


「どうした?」


 ドロテーが窓のサッシにとまったので聞いてみる。


「支部の前にお客さんですよー。知らないおじさまとテレーゼさんです」


 テレーゼ?


「テレーゼってあのテレーゼか?」

「はい。同門のテレーゼ女史です」


 ふーん……


「あいつが来たか……」

「ジークさん、テレーゼさんって?」


 エーリカが聞いてくる。


「同門の姉弟子だな。4級錬金術師だ。とりあえず、行ってみよう」

「わかりました」


 俺達は立ち上がった。


「アデーレ、テレーゼさんって知ってる?」


 レオノーラが聞く。


「まあね。あの人かー……」


 さすがに元受付嬢のアデーレはテレーゼを知っているらしい。


「どうかしたの?」

「いや、まあ、会えばわかるわ」


 俺達はエーリカの部屋を出ると、支部の表に向かう。

 すると、燃えた支部を見る2人の男女がいた。

 男の方はルーベルトであり、女の方は伏し目がちな黒髪の若い女性だ。


「あ、皆さん、お揃いで……なんかすごい久しぶりな気がするよ」


 ルーベルトが声をかけてくる。


「確かにな。依頼の件で話があったんだが……」


 役所に電話しても全然いないし。


「それは悪いね。例の件でてんてこ舞いだよ。住民からの問い合わせも絶えないし、あちこちに説明したり、調査で残業続きだよ」

「ご愁傷様。それで時間ができたのか?」

「いーや、全然だね。今日は錬金術師協会本部の方を連れてきたんだよ。まあ、知ってるかもだけど」


 ルーベルトがチラッと隣の女性を見た。

 それにつられて俺も女性を見ると、目が合う。

 しかし、女性はすぐに目線を落とし、俯いてしまった。


「おい」

「ひっ!」


 声をかけただけなのにめちゃくちゃ怯えられてしまった。


「ジーク様ぁ!」

「ジークさん!」


 すぐにヘレンが顔に飛びつき、アデーレが腕を掴んでくる。


「俺が悪いのか?」


 何もしてなくないか?


「テレーゼさんはデリケートなんですよ」


 知るかよ……


「アデーレ、任せた」


 俺は話さない方がいいだろう。

 そもそもそんなに話したことない奴だし。


「うん……テレーゼさん、お久しぶりです」

「え? あ、はい……お久しぶりです」


 テレーゼはおどおどしているが、挨拶を返した。


「テレーゼさんが来られたんですね」

「はい……ジーク君からのご指名だそうで……」


 は?


「お前なんか指名してないぞ」

「ジーク様ぁ!」


 またもやヘレンが顔に張りついてきた。


「何だよ」

「柔らかく! 柔らかくです!」


 めんどくせ。


「あ、あの、だ、大丈夫ですから……ジーク君、久しぶりだね」


 テレーゼの方から声をかけてきた。


「そうだな。元気……か?」


 こいつはわからん。


「元気、だよ。ジーク君も元気そうで良かった……」

「お前、目を見て話せよ」


 どこ見てんだ?


「あなたがそれを言う?」


 アデーレの声がちょっと冷たくなった。

 地雷を踏んだようだ。


「すまん……テレーゼ、指名って何だ?」


 ジト目のアデーレに謝罪し、テレーゼに聞く。


「さあ? 『ジークがお前がいいって言ってたから行ってこい』って本部長が……」


 言ったか?

 というか、こいつの存在自体が記憶の引き出しの奥にあったぞ。

 どうもテレーゼは印象に残りにくいのだ。


「ジーク様、バカは嫌いだからぐだぐだ言わない仕事ができる奴にしろって言ってませんでしたか? それでテレーゼさんなんだと思います」


 あー……言ったな。

 それでテレーゼか……

 確かにグダグダ言わない奴だし、仕事もできるんだろうが……


「俺が言うのもなんだが、あまりいい人選じゃないな」

「すみません……」


 テレーゼがへこんだ。


「ジーク様、言い方、言い方」

「あー、すまんな、テレーゼ。俺は性格が良くないし、物事をはっきり言うからお前を傷付けるだけだと思ったんだ」


 正直、俺とこいつは相性が良くないと思う。


「あ、そういう……私は大丈夫」


 ホントかよ……


「まあいいわ。お前一人か?」

「うん。支部の状況を見て、建て直し計画を立てることになってる。それを本部に報告して、人員を派遣する」


 なるほどねー。


「どう思う?」


 全員が同時に燃えた支部を見た。


「う、うん……建て直すというか、更地にして、新築だね、これ……」

「見事に燃えたからな」

「うーん……ちょっと見てみるね」


 テレーゼが燃えた跡地に入っていく。


「気を付けろよー」

「う、うん……」


 大丈夫かね?


「ルーベルト、役所が半分出してくれるんだよな?」


 テレーゼが調査を始めたのでルーベルトを見る。


「そうなるね。色んなところから支部に過失はないっていう言葉と共に圧力がかかってるよ」


 その1つは支部長だろうな……


「迅速に建て直さないとマズイんだよ」

「わかってるよ。それで依頼の話って? もう戻らないといけないんだけど、次はいつ話せるかわからないから今のうちに聞くよ」


 本当に忙しいんだろうな……

 家に帰れているんだろうか?


「火曜石の依頼が残ってるだろ? ちょっと納期を延ばしてほしい」

「あー、それか。もちろんいいよ。火曜石は急ぎじゃないし、こっちも受け取っても忙しすぎて倉庫に投げておくことしかできない。とりあえず、もうひと月延ばすよ」

「悪いな」

「いいよ。それに君達が無事で良かった。じゃあ、またね」


 ルーベルトは手を上げると、役所の方に戻っていった。

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