第072話 王都に帰りたい…… ★
役所のルーベルトとやらに査定書を届けた後、町を見て回った。
そして、夕方になり、ホテルにチェックインすると、最上階のスイートルームから町を見渡す。
すると、部屋に設置されている電話が鳴った。
「はい」
『お客様、王都から電話が来ておりますが、繋げましょうか?』
本部長だな。
「頼む」
『かしこまりました。少々、お待ちください……』
窓から外を眺めながら待つ。
すると、すぐに保留音が止んだ。
『こちらクラウディアだ。クリスか?』
やはり本部長だ。
「はい。クリストフです」
『そうか。予定通り、リートに到着したんだな』
「ええ。昼間に着き、査定を終えました」
『ご苦労さん。ジークはどうだった?』
口を開けば、ジーク、ジーク……
この人、本当にジークのことが好きだな。
まあ、気持ちはわからないでもない。
世話がかかる子ほど可愛いと言うし。
「元気そうでしたし、相変わらず、生意気でしたよ」
付き合いが長いが、あいつから敬意を感じたことは一度もない。
『そりゃ良かった。生意気じゃなかったら逆に怖いわ』
確かにね。
左遷で相当へこんでいることになる。
「本部長、あいつは良い意味でどこに行っても変わりませんよ」
我が強すぎる。
『かもな。でも、悪い意味では変わってもらわなければ困る』
「そちらの方は変わろうという思いを感じましたよ」
あいつの口から円滑という言葉が出るとは思わなかった。
『そうか……火事を消したというし、本当に変わろうとしているんだな』
この町で火事が起き、それをジークが止めたというのは王都に来ていたリート支部支部長から聞いている。
なんの冗談かと思ったが……
「こっちの地方新聞に特集が組まれていますよ。【王都の天才錬金術師】だとか【国一番の魔法使い】とか絶賛ですね」
『ほう……! その新聞を持って帰れ』
はいはい……
「昔、本部長が言っていた国家錬金術師の心構えも言ってますね」
棒読みだったけど。
『ようやく私の想いがあのバカに通じたか』
まあ、ある意味、似ているな。
自分の考えを曲げようとしないところなんてそっくりだ。
「かもしれませんね。まあ、詳しくは読んでください。1週間くらいで戻りますんで」
『わかった。リート支部はどうだった?』
「報告通りです。錬金術師が4名。水曜石を作っているらしく、外でやっていましたが、おかげで支部は空でした。夜逃げの後かと思いましたよ」
いくらなんでも受付には人を置くべきだろう。
『支部長を入れても5名だからな』
「さすがにありえませんよ」
『希望者がいないんだから仕方がないだろ。強制的に送ってもジークのバカとぶつかるだけで良いことなんてない』
この状況では誰がどう考えてもリート支部に赴任させられるのは左遷と思うだろうし、その先にはジークがいるからな……厳しい。
「ジークに頑張ってもらいますか?」
『それができる奴だ。私はできない者にできないことを命令せん』
本部長はジークをものすごく高く評価している。
いや、私を始めとする同門の者は皆、そうだ。
そして、それ以上にあいつの人間性もものすごく低く評価している。
「大丈夫ですかね? 平気で人を見下す奴ですし、それを隠しもしない奴ですけど」
『変わろうとしているんだろ。それに期待だ。同僚はどうだった? 弟子にしたとかいう3人』
「一人はエーリカとか言うこの町出身の錬金術師ですね。ぱっと見は優しい雰囲気の子でしたのでジークとは相性が良いかと」
まあ、相性が良いというか、ジークの暴言を流してくれそう。
『ふーん、アデーレは知っているが、もう一人は?』
「レオノーラ・フォン・レッチェルトです。西の方の港町の領主の娘ですね。ちょっと親子関係が悪いようで情報はあまり得られませんでした」
『仲が悪いのか?』
「レオノーラ自身が錬金術師になりたくて、親御さんの方は良いところの嫁に入れたかったようですね。それで仲違いです。まあ、貴族ではよくある話ですよ」
親は子供の幸せを願っているのかもしれないが、それが子供が思う幸せとは限らない。
『ふーん……人間性はどうだ?』
ハァ……姑みたいだ……
「町で聞き込みをしましたが、エーリカとレオノーラの評判は良いですね。アデーレは日が浅いので特にありません」
美人と評判だったが、これは関係ないので言わなくてもいい。
『評判が良いとは? 女の評価はまず見た目になるから参考にならんぞ』
「真面目に仕事をしているようですよ。それに明るい子達ですし、役所からの評判も良かったです」
ルーベルトとかいう職員に聞いたが、絶賛だった。
『じゃあ、問題はなさそうだな』
過保護な人……
何が悲しくてこの忙しい時にジーク周りの身辺調査なんかしないといけないのか。
「大丈夫だと思いますよ。仲良さそうに仕事をしていましたし」
『わかった。3人の実力は?』
「アデーレが9級、他2人は10級ですね。ですが、水曜石を作っていましたし、エンチャントはできるようです。すぐには上がるんじゃないでしょうか?」
エンチャントは6級の壁だ。
そして、10級や9級にやらせるような仕事じゃない。
まあ、人が少ないからゆえだろうな。
それにジークは子供の頃からエンチャントができていたし、その辺の常識がない。
『ジークが師匠だからな……あいつは資格を取らせそうだ』
だと思う。
資格のランクはわかりやすい指標だし、出世欲の強いジークは弟子にもそれを押し付けるだろう。
「でしょうね。調査は以上です。もういいです?」
『いや、もう1つ頼まれてくれんか?』
えー……
「あの、私も暇じゃないんですけど……」
本部長に調べてこいと言われたからわざわざこの町に寄ったが、出張に行かないといけないのは事実なのだ。
『大丈夫だ。1日は24時間あるし、1週間は168時間ある』
緊急依頼を出す時の常套句……
「何をすれば?」
『その町の貴族や有力者を調べてくれ』
役所に行けばすぐか……?
「わかりました」
『あ、あとついでに弟子3人をもうちょっと調べてくれ』
姑め……
「了解です。では、これで」
『ああ、頼むぞ』
電話を切ると、窓の外にカラスが見えたので窓を開けた。
すると、そのカラスが窓から部屋に入ってくる。
「ただ今戻りましたー」
カラスが羽ばたきながらテーブルに着地した。
使い魔のドロテーだ。
「おかえり。ジーク達は?」
「ずっと仕事をしていました。泣き虫ヘレンは寝てましたね」
「会話は?」
「普通にしゃべってましたよ。あのジークさんですらしゃべってました。あの人ってああいう雰囲気の子達が好きなんじゃないです? 自分を否定してこない感じの女性」
どうだろ?
ジークがそういうことをしゃべっているの見たことがない。
「そうか……ドロテー、悪いが、本部長からの仕事だ」
「何でしょう?」
「その女性陣の身辺調査」
「え? それ、私がするんですか?」
すごく嫌そうだ。
「私は出張だ。終わったら王都に飛んで帰ればいいから」
「遠っ……」
「仕方がないだろ。本部長の命なんだから」
私だって嫌だ。
「クリス様……本部長さんに『姑みたないことをする暇があったら自分の旦那探しをしたらどうだ?』って言うべきですよ」
「言えるわけないだろ……」
殺されるわ。
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