第071話 人は失敗してなんぼ
査定を終えると、2階に行き、クリスに査定書を作ってもらう。
「こんなところで働いているんだな」
俺の席につきながら査定書を書いているクリスが顔を上げる。
「最初は個室のアトリエが欲しかったけど、諦めた」
「同僚としゃべるのか?」
「向こうから話しかけてくる。明るい奴らだわ」
「昔、私達が話しかけても無視してただろ。お前は使い魔としか雑談をしないイメージだ」
そうだったっけ?
「無視は良くないということに気付いたんだ。職場での関係は円滑にした方が良いだろ」
「そうだな。お前、何歳だっけ?」
「22歳だが?」
知ってるだろ。
俺だってこいつの年齢を覚えてる。
5歳上の27歳だ。
「そうか……この支部の人間はどうだ?」
「3人娘は裏表がなくて良いな。支部長は貴族で元軍人だが、天下りみたいで専門外の人だ。口を出さないし、貴族の力で助けてくれるから良いな。どっちも敵にならん」
「敵、か……普通、同じ職場の者に対して使わなくないか?」
は? 何を言う?
「同じ職場だからこそ敵だろ。出世の椅子を争うライバルだ」
「ジーク、悪いことを言わんからこの町で一生過ごせ。お前は田舎でのんびり生きた方が良い。そちらの方が心にゆとりを持てた良い人生になるぞ」
「それ、レオノーラにも言われたな」
あいつはエーリカと違って、見る目はあるからなー。
どうしてもあの言葉が気になってしまう。
「お前を見ているとそう思ってしまう。静かで良い町じゃないか。同僚にも恵まれているし、良いと思うぞ」
「まあ、考えておくわ」
「そうしろ……ほら、査定書だ」
クリスが査定書を渡してきたので読んでいく。
「まあ、こんなものだな。じゃあ、これを役所のルーベルトに渡しておいてくれ」
「私がか?」
「俺達はその役所から緊急依頼を受けているから忙しいんだよ。どうせ飛空艇が出るまで暇だろ」
「まあ、今日はオフにして、観光でもしようと思っていたから構わんが……」
サボりじゃん。
「じゃあ、頼むわ。俺達も今回の仕事からさっさと縁を切りたいんだ」
「ふーん、わかった。では、渡しておく」
「悪いな。ちなみにだが、抜かれていた魔石の補充はできるのか?」
「それはさすがに無理だな。お前が作れ」
作るのか……
まあ、それが一番安上がりだが、今は時間がないな。
「わかった。本部長によろしく」
「ああ」
俺達は1階に降り、支部から出ると、その場で別れた。
そして、裏に戻り、レンガ作りを再開する。
「あれ、クリスさんは?」
アデーレが首を傾げた。
「査定が終わったんで役所に査定書を届けに行ってもらった」
「よくあの人をそんな使い走りみたいにできるわね。お偉いさんじゃないの」
「たいしたことないだろ」
同じ3級だし。
「プレヒトって王都の貴族でかなり上の方じゃない?」
レオノーラが聞いてくる。
「そうなのか?」
貴族のことはあまり詳しくないのでアデーレを見る。
「プレヒト家は王都の有力貴族の一つよ。クリスさんはそこの末っ子ね」
「へー……」
「なんであなたが知らないのよ……」
同門の家のことなんか知らんし。
「あまり関係ないし、興味ないからな。他にも貴族の奴はいたと思うが、全然知らん」
「あなたって本当に他人に興味がないのね」
「昔の話だ。今は興味というか、その人を尊重するために理解しようと頑張っている」
エーリカは料理が好き、レオノーラは読書が好き、アデーレは音楽が好き。
ちゃんと覚えている。
「とても良いことね。それでクリスさんがなんでわざわざ来たの? ちょっと身構えちゃうんだけど……」
「いや、東の町に出張のついでに寄っただけみたいだ。ちょっと観光したら出るんだと」
「へー……じゃあ、食事とかはできないのね」
「いや、出るのは明日って言ってたし、今日の夜は空いているんじゃないか? 食事に行くのか?」
たまに話すだけって言ってたのにそんなに仲が良かったんだろうか?
「なんで私がクリスさんと食事に行くのよ……あなたよ、あなた。同門の兄弟子でしょう? 積もる話も…………ごめん、忘れて」
うん、そんなものはないね。
「あいつと飯食っても気まずいだけだな……お前らと食べるわ」
「ジークさん、女性としか食べないしね」
ひどい誤解だ。
「支部長とでもいいわ」
「支部長とこの前のサイドホテルに行ける?」
うーん……俺と支部長……
悪い談合にしか見えんな。
「今、ようやくアデーレが言ってた雰囲気の意味がわかったわ」
俺と支部長だったら安い居酒屋がお似合いだ。
「そうですか。では、次に期待しましょう」
……次があるの?
あ、いや、アデーレも8級に受かったら奢らないといけないのか。
あれ? 同じ場所でいいのか?
うーん、支部長が帰ってきたら相談してみよ。
「仕事もですけど、勉強も頑張らないといけませんね」
「だね。楽しみだなー」
エーリカとレオノーラも楽しみにしてるっぽい。
俺、サイドホテルの人に覚えられているけど、どう思われちゃうんだろうか?
「お前ら、もうちょい魔力を上げろ。それだけしゃべれる余裕があるならできるだろ」
「一緒に水を被ってくれます?」
「師匠なら当然だよ」
「ジークさんは優しいから付き合ってくれるでしょう」
別に水を被るくらいはいいんだが、こいつら、なんでこんなにも自信がないんだろう?
「錬金術師なら失敗を恐れるな。その失敗が次の成功に繋がるんだよ」
失敗は成功の母と言う。
失敗なくして、成長はありえないのだ。
「おー、師匠っぽいです」
「良いことを言うねー」
「ジークさんが言うと、ものすごく説得力があるわね」
はいはい。
失敗しまくった人生ですよ。
あと、ヘレンはテーブルの下に逃げるんじゃない。
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