第058話 鼻高々な本部長
そそくさと出ていったアドルフを見ていた俺達は顔を見合わせる。
「ジークさん、そういうことになったので錬金術師協会に申請を頼むよ」
ルーベルトが苦笑いを浮かべた。
「わかった。引き取りは?」
「役所に置いておくのでまた取りに来てほしい」
「申請が終わったらすぐにでも取りにくる。じゃあ、この依頼はレンガの納品だけでいいな?」
「そうなっちゃうね。でも、水曜石の方を優先してくれると助かるよ」
まあ、そうだわな。
「わかった。軍からも依頼を受けているが、そちらは時間に余裕がありそうだからこちらの依頼を優先しよう」
「ありがとう。ああ、それとさっきのレンガとインゴットは問題なかったよ。また依頼料を振り込んでおくから」
「よろしく頼む。では、俺達も失礼する。レオノーラ、帰ろう」
そう言って立ち上がると、レオノーラも立ち上がった。
「うん。ルーベルトさん、またねー」
俺達は役所をあとにすると、支部に帰るために歩いていく。
「思ったより揉めなかったねー。最初は怒鳴り散らしてたけど」
「交渉のテクニックだろ」
「多分ね。役所やウチには効果がないと踏んですぐにやめたみたいだけど」
ウチや役所は営利組織ではないからいくら交渉されても無理なものは無理なのだ。
「俺が民間を選ばない理由がわかるだろ?」
「君は無理だろうね。とても頭を下げて営業なんてできないよ」
「協会は協会で色々とあるが、まだマシだわ」
「私が思うに君は王都で上を目指すよりこの町みたいな田舎でのんびりしていた方が人生は豊かになる気がするよ」
そんな気がしてきたわ。
こっちにはアウグストもいないし、貴族といえば、レオノーラ、アデーレ、支部長だ。
「レオノーラ、さっきのアドルフをどう思った?」
「最初から目的はウチの買い取りなんだろうなって思った。随分と古い機械だし、役所の補償がちょうどいいと思ったんじゃない?」
まあ、そんなところだろうな。
「あまり関わらない方がいい相手だな」
「その割には随分とケンカを売ってたね」
「売ってないし、いつも通りだったわ」
「あれがいつも通りなんだね……」
向こうがああいう対応だったからそれに応えただけだ。
「まあな。とにかく、早めに切った方が良さそうだからレンガの依頼は俺がさっさと終わらせるわ。数日残業することになるが、今週中には終わらせる」
「残業はいいけど、週末はダメだよ。アデーレとディナーに行くんでしょ」
それがあったな……
「それもそうだ」
「休日はデートだよ」
ヘレンのための釣りな。
「どっちみち、休日出勤なんかせんわ。まあ、来週になってもいいか」
「残業してまで急ぐことはないんじゃない? 面倒な相手かもしれないけど、たかが依頼の一つだよ」
「そうするか」
話をしていると、支部の前に到着したので立ち止まった。
「じゃあ、私達は水曜石だね」
「ああ、裏の2人と合流して作業をしておいてくれ。俺は本部に電話して、引き取りの手続きをしておく」
「わかった。裏で待ってるからね」
レオノーラはそう言うと、アパートの方に行ったので支部に入り、本部に電話をする。
『もしもし、こちら錬金術師協会本部です』
受話器からアデーレではない受付嬢の声が聞こえてきた。
「こちらリート支部のジークヴァルトだ。抽出機2つと分解機1つの引き取り要請を受けた。手続きを頼みたい」
『かしこまりました。では、係の者をそちらに向かわせます。えーっと……来週になりますけど、よろしいですか?』
「問題ない。勝手に査定して勝手に役所と交渉してくれ」
もはやウチの仕事ではないのだ。
『では、そのように……ジークさん、少々お待ちいただけますか?』
「ん? 何が……保留か」
耳元には保留音が聞こえている。
こっちの返事を聞く前に保留にしやがったのだ。
切ってやろうかと思ったが、嫌な予感がしたのでそのまま待っていると、保留音がやむ。
『おー! ジーク、元気だったかー?』
本部長の声だ。
しかも、すげー機嫌が良い。
「元気ですよ。でも、本部長に話があるなんて言ってないんですけど?」
『受付にお前から電話があったら繋ぐように言ってあったんだ』
「へー……何か用です?」
何もしてないぞ。
『リートで火事があったらしいな?』
なんで知ってるんだろう?
「ありましたねー。この電話はそれに関係することですよ。火事でダメになった抽出機2つと分解機1つの引き取り申請です」
『そうか。お前が消火したと聞いたが本当か?』
「本当ですよ。軍から要請がありましてね」
『そうか、そうか。お前がその要請を受けるなんてなー。はっはっは!』
機嫌いいなー……
「ロクな依頼をこなしていなかったリート支部は評判が良くないですし、受けた方が良いとヘレンが言うものでね」
『ほう……あの泣き虫猫も良いことを言うんだな』
泣き虫じゃねーっての。
「ヘレンや同僚の言うことを聞いた方が正解なことが多いんですよ」
『ほうほう……同僚ってアデーレか?』
「アデーレもですね。良い奴らすぎて自分の性格の悪さが目立ちます」
これまで俺の周りにいたのは皆、出世欲が強くて汚い奴らばかりだったからわからなかったが、あいつらと話をしていると俺の悪さが非常に目立つ。
例えるならこれまでの俺が見ていた世界は灰色だったから俺という黒が目立たなかったが、今は世界が真っ白だから非常に目につく感じだ。
『なるほどなー。とても良いことだと思う。この調子で頑張ってくれ』
「頑張ったら王都に戻れます?」
『戻りたいのか?』
え?
どうだろ……?
性格の悪さを直して王都に戻れば出世ができるしかもしれない。
でも、それが何になる?
うーん……
【私が思うに君は王都で上を目指すよりこの町みたいな田舎でのんびりしていた方が人生は豊かになる気がするよ】
俺の頭の中でさっきのレオノーラの言葉が反芻している。
「いや、それは今考えることじゃなかったです。とりあえず、リート支部がまともになるまで頑張ります」
『おー、そうしろ、そうしろ。抽出機と分解機はそっちで使っていいぞ』
「いいんですか?」
『そっちにはそういった機械が何もないだろ。だったらそっちで使え。あ、でも、査定員が来るまでは直すなよ』
査定が上がっちゃうからな。
「わかりました。ありがとうございます」
『全然いいぞ。じゃあ、頑張れよー』
本部長はそう言って電話を切った。
「なんかもらっちゃったな……何故か機嫌がよくて良かった」
良いことでもあったのかね?
「師匠兼母親は弟子兼子供が成長して、人のために動いたことが嬉しいんだと思いますよ」
「俺?」
「はい。他にいません」
ふーん……たかが火を消しただけでそんなに嬉しいのかね?
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