第052話 隣の芝生は青い
翌日、支部に出勤すると、すでに3人がデスクについていた。
「ジークさん、今日はどうするんですか? 昨日、水曜石を皆で作るって言ってましたけど」
席につくと、エーリカが聞いてくる。
「今日は外でやろうと思うんだ」
「外ですか?」
「ああ。水曜石は失敗しても火曜石のように爆発することはないんだが、水が噴き出して水浸しになる。室内はマズいだろ」
掃除がめんどくさいし、書類や本が多いここでは絶対にやってはいけない。
「確かにそれは嫌ですね……え? 私達、これからびしょ濡れになるんですか?」
「それはお前らの腕次第だ。まあ、寒い時期じゃないし、家が近いからいいだろ。そういうわけで寮の前でやるぞ」
そう言って立ち上がると、3人娘が顔を見合わせながらも立ち上がった。
そして、1階に降り、支部を出ると、玄関に昨日用意しておいた【裏にいますので御用の際は裏までお越しください】と書かれた看板を立てかける。
「やっぱり受付が欲しいねー」
「いくつかの支部に行ったことがあるけど、受付に誰もいないところは初めてよ」
「今は呼び鈴で対応してますけど、受付に誰もいないのは少し寂しいですよね」
3人娘が看板を見ながらしみじみと言う。
「お前らの誰かが座ったらどうだ? アデーレは経験者だし、エーリカとレオノーラは物腰柔らかだからできるだろ」
俺は無理。
「嫌だねぇ……」
「二度とやりたくないわね」
「というか、皆さんは上で作業しているのに一人であそこで作業するのはそれはそれで寂しいですよ」
うーん……どっかから雇うか?
別に受付なら特殊な技術はいらんし。
支部長が帰ってきたら相談してみるか。
「まあ、いいや。裏に行こう」
俺達は支部の横の細い道を通り、裏にやってくると、2つのアパートの間の広間にやってくる。
「ここでやるんですか?」
エーリカが聞いてくる。
「ここは道に面してないし、人通りもないからな。さっきも言ったが、水曜石は錬成に失敗すると水で濡れる。傍目から見てると水遊びをしているように見えるかもしれんからサボっていると思われるだろ。それに目の前に自分達の部屋があるわけだし、着替えたかったらすぐだ」
「なるほどー」
「そういうわけで作り方を教えてやる」
そう言って魔石が大量に入った木箱を取り出し、地面に置いた。
「水曜石は魔石に水属性をエンチャントすればいいのよね?」
アデーレが確認してくる。
まあ、これは知識として魔法学校でも習うことだ。
「そうだな。同じように火曜石は魔石に火属性をエンチャントすればいい。作業工程としてはそれだけだし、説明は非常に楽だ」
「言うは易く行うは難しの典型だねぇ……エンチャントは非常に高度な技術だよ。君は簡単にやって魔剣を作ってたけど」
レオノーラが言うようにエンチャントは非常に難しいとされている。
「これが6級の壁だ。前にアデーレにどんなバカでも努力次第で7級まではなれると言ったが、逆に言うと努力でどうにかできるのが7級までなんだ。その壁がこのエンチャントだ。これができる奴は才能があるし、できない奴はない。錬金術師の資格証である鷲のネックレスが7級から6級で銅から銀に代わるのはこれが理由だ。8級と7級はそんなに変わらんが、7級と6級は大きな壁がある」
同じように銀から金に変わる4級と3級に壁がある。
俺はまったく感じなかった壁だがな。
「で、できますかね?」
「不安になってきたよ……」
「できなかったら才能がないという烙印を押されるわけね……」
3人娘のテンションがあからさまに下がった。
言葉を間違えたのだろうか?
でも、これは事実だし、そんなところで止まってもらっては困る。
「見る限り、そんなところで躓くようには見えんから安心しろ。お前らはその歳で10級もしくは、9級に受かったんだから才能がないことはない」
受からない奴は30歳を超えても10級の資格を得ることはできない。
20代前半で受かるのは相当早い方だ。
俺は(以下略)
「そ、そうですかね?」
「ジーク君はエンチャントで躓かなかったの?」
レオノーラが聞いてくる。
「躓くわけがないだろ」
「だよねー……かっこよすぎて眩しいよ」
俺はお前らの人当たりの良さが眩しいわ。
「まあ、正直なことを言えば、たいした壁ではないと思っている。でも、それは俺が魔術師でもあるからエンチャントを得意としているからだな」
魔術師は剣だったり矢だったりにエンチャントをする。
だからエンチャントは本来、魔術師の領分であり、同じ魔法使いでも生産職である錬金術師がこれをするのは非常に難しいのだ。
「そういえば、あなたは5級の魔術師だったわね……よく両立できると思うわ。しかも、どっちの分野でも学校で3年間不動の1位だったし」
魔法学校の1位なんかどうでもいい。
俺は世界最高の魔法使いなはずだからあんな狭い世界ではトップで当然なのだ。
「努力の結果だな。日々の勉強が生きたわけだ」
まあ、同級生のアデーレの手前、こう言っておこう。
「ジークさんの嘘ってわかりやすいですよね」
「絶対に当然って思ってるよ」
「まあ、実際、同級生なんて眼中にないって感じだったわね」
なんかこいつら相手には言葉を選ばなくてもいい気がしてきたな……
「10級も取ってない奴らなんだから仕方がないだろ。俺は在学中に教師連中よりも上の5級まで取ったんだぞ。1位じゃない方がおかしいわ」
きっと先生達もやりにくかっただろうし、何なら俺のことが嫌いだったんだろうな。
「5級!? ジークさんって本当にすごいんですねー」
「それは人のことを無能って思うわけだよ。実際に君基準で考えれば皆、無能だもん」
「もはや嫉妬すら沸かないわよね」
俺はお前らの人間性をすごいと思ってるわ。
「まあ、俺のことはどうでもいい。つまりエンチャントは1つの壁なわけだが、それを教えていく。これができるようになれば6級も見えてくるわけだ。6級になればそれこそ引っ張りだこだぞ」
すべてのチームから拒否された3級もいるが、こいつらは大丈夫だろう。
「私はリートがいいですけどね」
「私もー」
「まあ、良い町よね。自然も多く、賑わっている。住むにはとても良いところだと思うわ」
こいつらは出世に興味がないんだなー……
まあ、エーリカは地元志向が強いし、レオノーラとアデーレは貴族だから生活にも困っていないうえに自分のやりたいことをやりたいんだろう。
要は出世なんかよりもやりたいことがちゃんと別にあるんだ。
ちょっと羨ましいと思うな。
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