第046話 軍からの依頼


 支部を出た俺達は左に向かって歩いていき、役所でアデーレとレオノーラと別れた。

 そして、軍の詰所に向かって、エーリカと歩いていく。


「なんか嬉しそうだな」


 エーリカはいつも笑顔だが、今日は一段と笑顔な気がする。


「アデーレさんが来てくれましたからね。斜めも埋まりました。これで死角はありません」


 俺が来る前はレオノーラが出張中で一人だったわけだから嬉しいんだろうなー。


「良かったな」

「はい! それにアデーレさんも良い人そうで良かったです。昨日話をしてみて、気配りができそうで優しそうな人だと思いました。さらには今朝、私より早く来て、お花の水を替えてましたよ」


 へー……すごいな、

 俺なんか『花なんてあったっけ?』って思っているというのに。

 まあ、俺とヘレンも見送りにきた時は天使じゃないかと思ってたくらいだしな。


「上手くやれそうなら良かったわ」

「ジークさんはどうですか? わだかまりは取れました?」


 やはりあの質問は俺のためか。


「実は昨日、あれからアデーレと話をしたんだが、もう大丈夫だ。ずっとなんで来てくれたんだろうと気になっていたが、理由を聞いたらなるほどって思えたわ。復讐じゃなくて良かったな」

「本気でそれを思っていたんですね……すみませんが、皆、そんなに暇じゃないと思いますし、ジークさんがよく言うメリット、デメリットで考えたらデメリットすぎますよ」


 まあな。

 でも、それをしてきたのがアウグストなのだ。


「ちょっと自分のしてきたことに自信がなくてな。話は変わるが、エーリカはサイドホテルの屋上のレストランに行ったことあるか?」

「あー、ありますよ。家族で昼のランチを食べに行ったことがあります。眺めが良いんですよね」


 ランチか……


「夜は?」

「夜はないですね。値段も高いですし、敷居がちょっと高いです」


 敷居……


「ドレスコードがいる感じか?」

「いえ、宿泊客もいるでしょうし、そこまでじゃないです。ただ、家族連れで行く感じでじゃないですねー」


 ランチがいいな……

 でも、ディナーって言われたし。


「そうか……」


 うーん、どうしよ?

 俺って初めての店とかに行こうと思わない人間だし、他を探すのも面倒なんだよなー。

 サイドホテルなら一回行ったことがあるから行ける気がする。


「夕食を食べに行くんですか?」

「社交辞令が現実になってな……アデーレをディナーに連れていかないといけない」

「あー、なんかヘレンちゃんと話してましたね。この町出身の私としては御二人にあそこからの夜景を見てもらいたいと思います。すごい人気なんですよ。行ったことないですけど……」


 観光地というのは地元民は意外と行かないって聞いたことあるな。


「エーリカが9級に受かったら連れていってやるよ」


 まあ、それくらいはいいだろう。

 どうせ他に金を使うことないし。


「ホントです? 行きたいです」


 レオノーラも連れていくべきかねー?

 まあ、差をつけるのは良くないしな。


「レオノーラも……何だ?」


 ヘレンが猫パンチしてきた。


「一人ずつ連れていくべきだと思います」

「なんで? 一回にまとめた方が良くないか?」

「御二人と行ったらアデーレさんがお留守番になっちゃうじゃないですか」

「アデーレも連れていったらいいだろ……あ、いや、待て」


 もし、エーリカだけが受かって、他の2人が落ちたら気まずいわ。

 いかんな……試験に落ちたことがない俺はそういう頭がなかった。

 賢すぎるのも考え物だな。


「すまん。やはり1人ずつだな。エーリカ、2人で行こう」

「やった……勉強頑張ります!」


 頑張れ。


 俺達が話をしながら歩いていると、軍の詰所にやってきた。


「もう少佐はいないだろうからエーリカに任せる」

「わかりました」


 エーリカを先頭に詰所に入ると、すぐにルッツを見つけたので受付に向かう。


「ルッツくーん」

「やあ、エーリカ。ジークさんもおはよう」


 ルッツがさわやかな笑顔で挨拶をしてくる。

 このさわやかな笑顔はリントナー家の血だろうか?


「おはよう」

「よう」

「2人かい? 新人が入ったって聞いたんだけど」


 ん? アデーレか?


「そうだけど、なんで知ってるの?」

「なんか噂になってた。すんごい美人だって」


 へー……


「うん。王都の本部にいたすんごい美人だね」


 いや……ハードルを上げてやるなよ。


「よくそんな人が来たね?」

「ジークさんがスカウトしてきた。魔法学校からの友達なんだって」


 それは違う。

 友人になったのはつい最近だ。


「へー……まあ、何にせよ人が増えて良かったね」

「ホントだよー。あ、それで依頼って?」

「ああ……その前にジークさん、この前の火事はありがとう。おかげで被害を最小限にできたよ」


 あー、あれね。

 忘れてたわ。


「ウチの評判は上がったか?」

「そりゃもう上がってるよ。町のヒーローさ」


 ホントかよ……


「まあいいわ。原因はわかったか?」

「それはまだ調査中だね。こっちも忙しいよ」

「大変だな」

「まあね。でも、これが仕事だから仕方がないよ。さて、依頼だったね。回復軟膏を100個納品してほしい」


 回復軟膏か……

 できるか?


「回復軟膏って何です?」


 エーリカが聞いてくる。


「擦り傷なんかを治す軟膏だな。ポーションよりも効果は低いけど、ちょっとした傷なんかは回復軟膏を使う方が安いから良いんだ。持ち運びが楽だし、携帯しやすいんだよ。ほら、ポーションは瓶に入った液体だろ? こけたら割れる」

「なるほどー」


 エーリカがふむふむと頷いた。


「兵士は必ず携帯することが義務付けられているんだよ。外だとちょっとした傷を放っておくとマズいからね」


 ルッツが補足説明してくれる。


「へー……ジークさん、大丈夫そうです?」

「技術的にはたいしたことない。ポーションとたいして変わらん。だが、材料に魔力草を使う。市場にあるか?」


 例の魔力ポーション納品の緊急依頼の時は魔力草が市場からなくなったから俺達がわざわざ町の外に行って採取してきたのだ。


「どうでしょう? なければまた森ですか?」

「そうなるな……」


 うーん、めんどい。


「魔力草についてはこちらが用意することになってるから安心してほしい」


 ん?


「そうなのか?」

「君ら、この前、3人で森に行ったでしょ? 門の兵士からとても心配になる光景だったって報告が上がっているよ」


 あー、レオノーラだ。

 俺とエーリカもだろうけど……


「5級の魔術師に何を言うんだ」

「実戦経験なかったじゃないですかー」


 まあな……


「とにかく、そういうわけでこちらで用意することになっている。どう? やれそう?」

「まあ、やれるな。でも、ちょっと待ってくれるか? 実は同じタイミングで役所からも依頼が来ているんだよ。それを今、レオノーラとアデーレが俺達と同じように話を聞きにいっている」

「あー、なるほどね。じゃあ、それを聞いてから判断してくれ。別にこっちは急いでいないからね。納期はひと月ってところ。依頼料は30万エル」


 納期は十分に余裕があるな。

 依頼料も普通だ。


「わかった。支部で相談して、電話するわ」

「了解」


 ルッツが頷く。


「じゃあ、エーリカ、帰ろう」

「はい。ルッツ君、またね」

「ああ」


 俺達は詰所をあとにし、支部に戻ることにした。

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