第045話 前の席が埋まったな……


 アデーレの歓迎会をした翌日、支部に出勤すると、すでに3人娘が来ていた。

 ただし、エーリカは支部長がこの前の休日に設置してくれた電話で何かを話している。


「へー……そうなんだー。ありがとうねー」


 敬語娘がタメ口でしゃべっているところを見ると、ルッツかな?


「よう、おはよう」


 電話中のエーリカは置いておいて、アデーレとレオノーラに挨拶をする。

 なお、レオノーラはいつものでかい三角帽子を被っていない。


「おはようございます」

「ジーク君、おはよー……」


 そこそこ飲んでいたアデーレは普通だが、レオノーラは顔が青い。


「レオノーラ、大丈夫か?」

「頭が痛いよぅ……」


 だから帽子がないのか?


「ほら、二日酔いの薬だ」


 レオノーラのところに行くと、丸薬を渡す。


「何? わざわざ買ってきてくれたの?」

「俺が作ったんだ。市販のものよりも効くぞ」

「ありがとー……持つべきものは優しい旦那様だなぁ……」


 レオノーラがしみじみ言いながら薬を飲んだ。


「亭主関白だけどな」

「ジーク君、地味に根に持つなぁ……」

「持ってないわ。それより、たいして強くもないんだから控えろよ」

「わかってるよ。あの店のワインがちょっと濃かったんだ。レディーキラーだね」


 ホント、あのナンパ本が好きだな、こいつ……


「確かにワインはちょっと濃かったわね。まあ、食事を勧めるためじゃない?」


 アデーレ的にも濃かったらしい。


「ふーん……まあ、ほどほどにな」

「――おーい、ジークー! ちょっといいかー?」


 声が聞こえたので階段の方を見ると、支部長がいた。


「どうかしました?」


 歩いていき、支部長に近づきながら聞く。


「昨日も言ったが、俺はこれから出張だ。留守を頼んだぞ」


 そういや、そんなことを言ってたな。


「どこに行くんです?」

「王都に2週間ほどだな。色々と人に会わないといかん」


 支部長もちゃんと仕事があるんだな。


「ついでに本部長のところに行って、人を寄こせって言ってくださいよ」

「お前が言ったらどうだ? 師匠だろ?」

「もう言いましたよ」

「まあ、本部長とも会うから言っておくが……あ、なんか言付けはあるか?」


 言付け?


「ないですね」

「そうか……お前らしいな。じゃあ、行ってくるわ」

「あ、支部長。ちょっといいですか?」


 そう言って、階段を降りていく。


「ん? 何だ?」


 支部長もついてきてくれ、1階の誰もいない寂しいエントランスまで降りてきた。


「支部長ってこの町の飲食店に詳しいですか?」

「まあ、そこそこな。酒は控えているが、一人で行くこともあるし、会食なんかもある」


 やっぱりか。

 天下り支部長だからそういう店を知ってると思った。


「どっか良い感じの店を紹介してくれません?」

「良い感じって何だ?」


 え? 何だろ?


「実はアデーレと食事に行く約束をしてましてね。俺、昨日の店しか知らないんです」

「昨日の店でいいじゃないか。あそこは安くて美味いぞ」

「アデーレは貴族令嬢ですよ?」

「あー、そういうこと……ん? 付き合ってないんじゃなかったか?」


 なんで付き合う話が出てくる?


「付き合ってないですよ」

「そうか……付き合ってはいないわけか……うーん、俺もそういう店はそんなに知らんぞ」


 そういう店って何だ?


「私よりかは知っているんでしょ」

「まあなー……一番はやっぱりサイドホテルだろ」


 ん? 俺が初日に泊まったホテルか。

 アデーレに優待券をもらったやつ。


「ホテルじゃないですか。人の話を聞いてました?」

「いや、あそこの最上階にレストランがあって、そこは宿泊客じゃなくても利用できるんだよ。天気が良い日は屋上にも出られるし、人気だな」


 そういや、屋上にレストランがあるって、ホテルの人が言ってたな。


「高いんです?」

「まあ、そこそこするな」


 アデーレのためにそこまでするか?

 いや、約束したし、社交辞令とはいえ、俺から誘ったわけだしなー。

 それに優待券のことを考えたらそれくらいは出すべきか……


「予約とかは?」

「電話しろよ。部屋を取るなら早い方が良いぞ。休みの前日なんかは混むからな」

「部屋なんか取りませんよ」


 そこまで離れているわけじゃないし、普通に帰るわい。


「そうか……まあ、頑張れ」

「ハァ? 頑張ります」


 何を?

 金か? そんなに高いのか?


「じゃあ、俺は行く。支部のことはお前に任せるが、何かあったら連絡しろ。王都の家の番号はエーリカが知っている」


 王都の家?

 この人、王都出身なのか……


「わかりました。お気をつけて」

「ああ。土産は買ってくるぞ」

「どうも」

「じゃあ、あとは任せた」


 支部長がそう言って、出ていったので2階に戻る。

 すると、エーリカがすでに電話を終わらせて、席についていた。


「あ、ジークさん、おはようございます」


 俺も席につくと、エーリカがいつもの笑顔で挨拶をしてくれる。


「おはよう」

「支部長は出られました?」

「ああ、2週間ほど留守だってさ。電話は何だったんだ?」

「あ、それです。さっきはルッツ君からでしたが、その前にも役所のルーベルトさんから電話がありました」


 やはりルッツだったか。

 それにルーベルト……


「依頼か?」

「はい。依頼をしたいから来て欲しいそうです」


 同時にきたかー……

 まあ、俺の営業成果だと思おう。


「レオノーラ、頭は大丈夫か?」

「意図はわかるけど、暴言に聞こえるね」


 確かに聞こえるな……


「優しい師匠が気を遣っているんだよ」

「ありがとうねぇ……良い師匠を持って嬉しいよ。薬が効いたのか頭痛は引いたし、倦怠感もなくなった」


 さすがは俺の薬だな。


「悪いが、役所に行って依頼内容を聞いてきてくれ。ついでにアデーレを案内してやれ」

「わかった。軍は?」

「俺とエーリカが行く」


 従妹を連れていった方が良いだろう。


「ん。じゃあ、アデーレ、行こうか」

「ええ」


 レオノーラとアデーレが立ち上がる。


「俺らも行くか」

「はい」


 俺とエーリカも立ち上がると、1階に降り、支部を出た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る