第038話 悪魔 ★



「ふむ……見事だ」


 ソファーに腰かける白髪の老人が真っ赤な魔剣を掲げながら頷いた。


「正真正銘のAランクの魔剣です。元帥の誕生日祝いに持って参りました」

「大層なものを持ってきたな、大佐。こんなもんは受け取れんぞ」


 普通は誕生日にこんなものは贈らない。


「では、別の物にしましょう」

「いや、もらう」


 拒否してくれたら自分のものにできたんだがな……

 まあ、これほどの魔剣なら軍に所属している者なら誰でも欲しいか。


「どうぞ……元帥、それでジークヴァルト・アレクサンダーとは?」


 こんな高い贈り物をしたにはちゃんと理由があるのだ。


「ジークヴァルトな……この国最高の魔法学校を首席で卒業した男だな。魔法使いの名門や名家、さらに実力者の弟子達が同時期に入学した最高の期である華の50期生の中で特に優れた男だ。まったく他を寄せ付けず、皆が2位争いしかしなくなったらしい」


 またすごい肩書だな。


「ジークヴァルトは庶民でしょう? よく貴族が黙っていましたね?」

「それほどまでに優れていたのだ。在学中に国家錬金術師と国家魔術師の資格を5級まで習得した」


 学生が国家資格を取ったのか。

 しかも、最難関と呼ばれる錬金術師と魔術師資格の5級……


「さぞ人気なんでしょうね」


 どこも欲しがるだろう。

 ウチだってそんな学生がいたら欲しい。


「無理だ。あの魔女の秘蔵っ子だからな」


 王都の魔女、クラウディア・ツェッテルか。


「そんな男がウチに来た理由は?」

「単純明白。他の人間と足並みを揃えることができなかったんだ。まあ、天才は孤独と言うしな」


 トラブルを起こして、左遷と聞いていたが、本当か。


「そこまでなんですか? リート支部に身内がいる部下の話では有能で人間性も良いと聞いています」


 ただ、ルッツいわく、その身内は心配になるくらいに人が良い娘らしいからその評価も微妙らしい。


「人伝に聞いた話だから詳しくは私も知らん。だが、ドレヴェス家とトラブったのは事実のようだな」


 ドレヴェス家……この国の大貴族だ。

 そして、魔術師のトップである魔術師協会本部長の家だ。


「ドレヴェスですか……それはあの魔女でもきついでしょうな」

「だろうな。だからこそ、そちらに避難させたんじゃないか?」


 自分の一番弟子を守ったわけか。

 しかし、そうなるとほとぼりが冷めたら王都に戻すつもりということだ。


「できたらジークヴァルトにはリートにいてほしいですな」


 錬金術の腕は確かだし、先日、火事があったらしいが、見事に魔法で消火させたらしい。


「どうかな……お前の話が確かならそこまで人格が破綻しているわけでもなさそうだ。そうなると他の町の者はドレヴェスとぶつかったから不当にそういう評価になっているだけだと思うぞ」


 他の町の錬金術師協会支部もジークヴァルトを欲しがるか。

 いや、魔術師協会もだろう。

 他にも貴族がお抱えにしようとする可能性もある。


「何とかしないといけないか……」

「まあ、頑張れ。これからその魔女と会うんだろう?」


 その約束を取り付けている。


「はい。そろそろ時間ですね……私はこれで失礼します」


 立ち上がり、一礼すると、退室した。




 ◆◇◆




 リートの大佐が部屋を出ていったのでもう一度、鞘から剣を抜き、掲げてみる。

 柄にも鞘にも装飾がなされており、美しい剣だが、この魅入るほどの赤い魔力がこもった刀身の前には何の意味もなしていない。


「ふむ……Aランクか」


 これはそんなレベルではない気がする。

 贈答品用だからだろうが、そこまでの魔力があるわけではないから実戦用の魔剣としては質が良いとは言えない。

 だが、魔力の純度が桁違いだ。

 これまで何本も魔剣を見てきたし、私自身も魔術師だからわかるが、これほどまでに綺麗な魔剣は見たことがない。


「私の立場上、北の戦地のためにも実戦用の魔剣を何本も作らせるようにしないといけないんだが……」


 はたして、それをあの魔女が許すか?

 魔法使いの世界において、師弟関係は絶対だ。

 実際、50歳を超えた私自身も90歳を超える師匠の婆さんにはいまだに頭が上がらない。

 ましてや、孤児のジークヴァルトにとってはあれが親代わりだろう。


「大佐が思っているように私もその男が欲しいな……ふむ、孫娘に期待するか」


 立ち上がるとデスクにある電話を手に取る。

 そして、電話をかけた。


『はい、こちら錬金術師協会本部です』


 呼び出し音がやむと若い女性の声が聞こえてきた。


「アデーレかい? お爺ちゃんだよ」

『お爺様? どうしたんですか? 私用の電話なら仕事終わりにしてほしいのですが』


 相変わらず、つれない孫だな。


「アデーレはリートに異動になったんだろ? そんな時間はないと思ってね」

『ハァ? それで何の用です? 私も仕事中なんですけど』


 本当につれない子だ。


「今夜、時間はあるかい?」

『いや、先程、ご自分でそんな時間はないっておっしゃっていませんでした? 荷造りや準備があるので無理です』


 可愛い孫娘だが、この他人行儀なところが玉に瑕だ。


「大事な話があるんだ。それに私は老い先短い。アデーレがリートに行ったら二度と会えないかもしれないだろう?」

『何をおっしゃっているんですか……ハァ、わかりました。時間を取りましょう』


 ため息……


「頼む。仕事が終わったら連絡をくれ。食事にでも行こう」

『わかりました。それでは』


 アデーレが電話を切った。


「あっさりした子だなー……」


 まあいいか。

 よくわからないが、ジークヴァルトがアデーレを誘ったらしいし、上手くいくことを願うだけだな。


 その後、アデーレと夕食を食べたのだが、いつも通り仏頂面で他人行儀だった。

 でも、別れ際には誕生日のプレゼントをくれたし、やっぱり優しい子なんだなと思った。




 ◆◇◆




 火事を消した翌日は休日である。

 なので、エーリカに渡すための料理のレシピを書いていた。

 すると、呼び出し音が鳴る。


「ん?」

『おーい、ジークくーん、あーそーぼー』


 玄関の方からドンドンという扉を叩く音と共に陽気なレオノーラの声が聞こえてきた。


「留守だー」

『いるじゃーん。開けてよー』


 立ち上がり、玄関の方に行くと、扉を開ける。

 すると、いつものようにへらへらと笑うレオノーラが立っていた。


「何か用か?」

「休日なのに部屋で籠っているジーク君をデートに誘おうと思ってね」

「デート? どこか行きたいところでもあるのか?」


 俺はない。


「市場に行こうよ。私の嫁がお菓子を作ってくれるらしいからその買い出し」


 そういうことね……


「ちょっと待ってろ。今、ちょうどレシピを書いてたところだからお前の嫁に作らせよう」


 そう言って、リビングにあるノートを取りに戻る。


「ああ、神様からの啓示ね。何か美味しいのある?」

「うーん……ヘレン、どれがいいと思う?」

「パウンドケーキが良いです」


 それは簡単だな。


「じゃあ、それで。レオノーラ、行こうか」

「エスコートしてくれたまえ」


 エスコート……

 そういえば、レオノーラって貴族令嬢だったな。

 いつもへらへら笑って、ふざけているから忘れてたわ。


「俺はヘレンをエスコートするのに忙しいんだ」

「つれないねー……やっぱり亭主関白だ」


 便利な嫁と足して2で割ればちょうどいいだろ。


「お前は何ができるんだ?」

「ひどいことを言う……では、とっておきの茶葉を提供しようじゃないか。帝国産の最高級品だよ?」


 知らねー。

 そして、違いが判らない男である俺にはどうせ差がわからん。


 俺達は市場に買い物に行き、エーリカの家でお茶会を楽しんだ。

 そのまま居座って夕食もご馳走になると、家に戻った。

 そして、風呂に入り、休日の最後の楽しみであるウィスキーを薄暗い寝室で飲む。


「ジーク様、この町はどうですか?」


 ヘレンが聞いてくる。


「何も思わんな」

「いや、何かあるでしょ」

「本当に何もない。都会が良い、田舎は嫌だ……前世から漠然とだが、ずっとそう思っていた。だが、実際にここに来てみると、田舎も都会も変わらん。どこだろうと俺の心に変化はないのだ」

「それは良いことなんでしょうか?」


 どうだろうか?

 少なくとも、悪いことではない気がする。


「さあな?」

「では、新しい職場はどうです?」

「それは悪くないな」


 断言できる。


「エーリカさんもレオノーラさんも良い人ですしね」


 支部長もな。


「昔、誰かに『どこに行くかではなく、誰と行くかが大事』って言われたことを思い出した。確かにその通りだ」


 エーリカもレオノーラも明るくて良い子だ。

 向上心もあるが、他人を蹴落とすような人間ではない。

 さらには性格がおおらかだから多少の暴言は流してくれる。

 そんな職場で働けているのは良いことだろう。

 それにヘレンがいてくれたらそれでいい。


「楽しそうですね」

「そうか?」

「はい。今日だって、休日なのに同僚とお茶会を楽しんでおられました。これまでのジーク様なら考えられないことです」


 それもそうだな……

 友人なんていないし、同僚とどこかに行ったこともないのが俺の2度の人生だった。


「楽しいのかね?」

「わかりませんか?」


 ヘレンが窓を見る。

 間接照明だけの薄暗くなっている部屋にある窓は鏡みたいになっていた。


「さあな……」


 窓に写る自分はもう出世欲に憑りつかれた悪魔ではないような気がした。





――――――――――――


ここまでが第1章となります。


これまでブックマークや評価をして頂き、ありがとうございます。

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また明日から第2章を投稿していきますので、今後もよろしくお願いいたします。

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