第037話 消火


 ルッツが運転する車に乗り込み、出発する。

 すると、道の先に燃え盛る炎が見えてきた。

 それと同時にたくさんの野次馬とそれを制する兵士の姿も見える。


「結構、炎が大きいね」


 後部座席でエーリカと並んで座っているレオノーラがつぶやいた。


「火曜石だからなー……ちゃんと管理しとけっての」


 燃えるのを防ぐ道具もある。


「管理ミスは確かだろうね。しかし、なんで火が出たのか……タバコの不始末?」

「タバコであんなに燃えるか? 放火か何かの事故だろ。まあ、その辺はルッツ達の仕事だ」


 俺とレオノーラが話をしていると、燃え盛る倉庫がはっきりと見えてきた。

 すると、ルッツが少し離れたところに車を停める。

 俺達が車を降りると、周囲には慌ただしく動く兵士や消防隊も見え、消火栓から伸びるホースやバケツリレーで消火作業をしていた。


「焼け石に水だな。魔術師はどうした?」

「まだ来ていないんだよ。緊急依頼をしないといけないんだけど、この時間だと協会に人がいないから連絡に時間がかかるんだ」


 明日が休みだしなー。


「ルッツ!」


 俺達が周囲を見渡していると、ルッツと同じ制服を着た30代の男がこちらに向かって走ってきた。


「大尉! 錬金術師協会の者を連れてきました!」


 ルッツが上官と思える男に敬礼をする。


「うむ! しかし、本当にいけるのか? あの支部だろ?」


 どの支部だよ。


「ジーク殿は5級の国家魔術師です。他の魔術師が来るには時間がかかりますし、ジーク殿に頼みましょう」

「そうか……ジーク殿、錬金術師協会の者の領分ではないだろうが、頼みたい」


 大尉が軽く頭を下げてきた。


「町のためですし、所属は関係ないでしょう。この町に住む者として当然のことです」


 そう言って、チラッとヘレンを見ると、ヘレンが満足そうな顔で頷いた。


「すまん……見てもらえばわかるが、かなり火が強い。火曜石に引火したせいだ」


 大尉が言うようにただの火事ではなく、燃え盛っている。


「隣接する倉庫にも火曜石があると聞きましたが?」


 隣の倉庫を見ると、まだ燃え移ってはいないが、火の勢い的に時間の問題だろう。


「ああ。本来なら中にある火曜石を運び出したいのだが、この状況ではそれも危険だ」


 運んでいる時に火が飛んできたら燃えるもんな。


「わかっています。隣の倉庫に燃え移る前に火をどうにかしましょう」

「できるのか? 貴殿にはそちらに燃え移らないように時間稼ぎを頼みたいのだが……」


 悠長な……


「すぐに消しましょう。ただ、承知願いたいことがあります」

「何だ?」

「倉庫の中にある魔道具関係はすべてダメになりますが、よろしいですか?」

「どういう意味だ? いや、時間がないし、そんな問答は不要か……このままではどうせ燃えてしまうのだから問題ない。それよりも火を消すのが最優先だろう」


 当然だ。

 だが、言質はもらっておかないと、倉庫の管理者に後で何を言われるかわからん。

 世の中、バカが多いからな。


「では、消しましょう」


 そう言って、燃え盛る倉庫に近づいていく。

 炎が暑いし、飛んでくる火の粉が怖かったので防御の魔法を使い、倉庫の正面まで来た。


「ど、どうするんですか?」

「暑くない?」


 後ろを見ると、エーリカとレオノーラまでついてきていた。

 一瞬、車のところまで戻っていろと言おうと思ったが、支部の評判を上げる目的のためには近くにいた方が良いと判断し、言うのをやめる。


「まずはお前らにも防御の魔法をかける」


 2人に火を防ぐ魔法をかける。


「暑くなくなりました!」

「すごいねー」


 5級ならこのくらいはできる。


「消防隊が頑張っているが、火が消えない理由は火曜石のせいだ。あれはそう簡単には消えん」

「コンロやお風呂場はもちろん、野営なんかにも使うやつですね」


 火曜石は様々なところで使われている。


「どうするの?」


 レオノーラが聞いてくる。


「簡単だ。火曜石は魔石の一種にすぎん。要は魔力が籠った石だ。ならば、その魔力を取り除けばいい」


 空間魔法から杖を取り出した。

 杖は金色の装飾がなされ、先端には竜の彫刻が施されている。

 非常に趣味が悪いし、使いたくないが、これは国家魔術師の10級に受かった時に師である本部長にもらったものだから仕方がない。


「見とけ……ディスペル!」


 倉庫に向かって魔法を使うと、何かが弾けた感触がする。

 すると、目に見えて火の勢いが落ちた。


「あれ? 炎が弱くなりましたよ?」

「ディスペル……魔力を消し去る上級魔法だね……5級が使える魔法じゃないよ」


 そりゃ意図的に5級で止めているだけだからな。


「こんなもんはたいした魔法じゃない」


 まあ、せっかく作った魔道具を壊してしまうから錬金術師が嫌いな魔法ではあるけどな。

 だから大尉に言質を取ったのだ。


「すごいですねー!」

「さすがは私達の旦那様だね!」


 亭主関白だけどなー。


「さて、あとは残った火を消すか」


 そう言って、杖を掲げる。

 すると、燃えている倉庫の上に大気中の水蒸気が集まり、水の塊が現れた。

 その塊は徐々に大きくなり、すぐに倉庫よりもずっと大きい球体に変わっていく。


「ウォーター……名前を何にしようかな?」

「球体だからウォーターボールでいいんじゃない?」


 それでいいわ。


「ウォーターボール!」


 レオノーラの案を採用し、魔法名を言うと、水の球体が倉庫に落ち、火を消していく。

 だが、かなり火の勢いは落ちたが、まだ完全には消えていなかった。


「もう一回だな」


 同じように大気中の水蒸気を集め、巨大な水の球体を作る。


「ウォーターボール!」


 もう一度同じ魔法を使うと、水の球体が倉庫に落ち、完全に火を消した。

 まだ煙が立ち込めているが、もう十分だろう。


「よし、終わった。帰るぞ」

「すごいです!」

「ジーク君は何でもできるなー」


 2人が拍手をしてくれる。


「たいしたことじゃない。このくらいは余裕だ」


 そう言って、2人と共にルッツと大尉のもとに戻る。


「貴殿は本当に錬金術師か?」


 大尉が信じられない様子で聞いてきた。


「そっちが本職ですし、そちらの方が得意ですね。では、後はお任せします。ルッツ、支部まで送ってくれ」

「あ、ああ……」


 俺達はルッツと共に車まで戻ると、この場をあとにする。

 そして、支部に戻り、そのまま家に帰ると、解散し、風呂に入って寝た。

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