第018話 実力主義者


 エーリカの家で夕食をごちそうになった俺達は礼を言い、自分達の家に戻ると、風呂に入り、就寝した。

 そして翌日、支部に出勤した俺は魔導石の最後のチェックをする。


「どうですか?」


 エーリカが聞いてくる。


「問題ないだろう。これで文句は言えん」


 さすがは俺だ。

 人間的にはあれだが、実力はバッチリ。


「じゃあ、詰所に行きますか?」

「ああ、悪いがついてきてくれ」

「わかりました」


 魔導石が入った木箱を空間魔法にしまい、エーリカと共に支部を出ると、詰所に向かう。


「エーリカ、ついてきてもらって悪いな」

「いえ、一緒に行きますよ」


 本当は俺一人でもいいのだが、ちょっと色々と自信がなかったのだ。

 もちろん、嫌われることである。

 俺が嫌われることは百歩譲って仕方がないことだが、支部の現状を考えると、俺の評判がそのまま支部の評判になりそうだし、ここはおだやかで人当たりの良いエーリカを前に出した方が良いと判断したのだ。


「すまんが、エーリカが話してくれ。もし、少佐が出てきたら俺が話す」


 あれには嫌われても良いだろう。

 すでに嫌われているだろうし、請求書を渡したらキレそうだもん。


「わかりました」


 俺達が話し合っていると、詰所に到着した。

 そして、エーリカを先頭に中に入り、受付に向かう。


「ルッツくーん」


 エーリカが受付内にいるルッツに声をかけた。

 すると、こちらに気付いたルッツがやってくる。


「やあ、エーリカにジークさん。どうしたの? やっぱり3日はきつかった?」

「いや、ジークさんがもう作っちゃってね。納品にきたんだよ」

「はい?」


 ルッツが首を傾げたので空間魔法から木箱を取り出し、カウンターに置いていった。


「これが納品書だ。確認してくれ」


 すべての木箱を置き、最後に納品書をルッツに渡す。


「え? 本当にもうできたの?」

「ジークさんは優れた錬金術師なんだよ」


 そうだ、そうだ。


「へ、へー……とにかく、確認するよ」


 ルッツは納品書を見ながら木箱に入っている魔導石を一つ一つ確認していく。


「ねえ、この納品書に鑑定印が押してあるんだけど?」

「俺が鑑定した。鑑定士の資格も持っているんだ」


 鑑定して、質を保証しないとマジで何を言われるかわからんしな。


「す、すごいね……えーっと、確かに魔導石が100個だよ……ごめん、ちょっと待ってくれる?」


 ルッツがそう言うと、奥に行き、部屋に入った。


「エーリカ、下がれ。少佐が出てくる」

「わ、わかりました」


 エーリカが下がったと同時に奥の扉が開き、ルッツと共に少佐が出てきて、こちらにやってくる。

 少佐はこの前と同様に偉そうに腕を後ろで組んでいるが、雰囲気的に不機嫌そうだ。

 緊急依頼ということで3日の期日なのに2日で納品にした者にする態度ではない。


「ルッツから納品に来たと聞いたが、何かの間違いであろう?」


 少佐が受付越しに俺の前に立つと、バカにしたように聞いてくる。


「いえ、本当です。魔導石を100個、確かに納品させていただきます」

「ありえん……あれから2日だぞ」

「そんなことはありませんよ。ご覧のようにちゃんと揃えていますし、ルッツ殿に確認してもらいました」


 そう答えると、少佐の眉間が険しくなる。


「買ったのか?」

「はい? どういう意味でしょう?」

「3日では用意できないと踏んで、市場で買ったんだろう?」


 バカかな?


「なんでそんな赤字が出ることをしないといけないのですか? 魔導石は質にもよりますが、市場で1個10万近くはしますよ? ウチが大赤字になるじゃないですか」

「そうじゃないとありえないのだ」

「そうですか……まあ、そちらがどう思おうが自由ですよ。こちらとしてはそちらが依頼した品物を期日内に納めた。その事実だけで十分です。こちらが請求書になります」


 請求書を少佐に渡す。


「500万エル……? 高すぎるわ!」


 少佐が請求書をカウンターに叩きつけ、怒鳴った。

 そのせいで受付内にいる兵士や職員がビクッとする。


「正当な値段ですよ」

「ふざけるな! 魔導石ならば1万エルが相場だろう! それが100個で100万エルだ! 何故、5倍になっている!?」


 この人、人の話を聞いてなかったのか?


「それは正規の場合です。それも協会が提示する安めのものです。今回は緊急依頼かつ、3日という少佐ご自身がありえないと認識されるほどの緊急依頼です。当然、その分、料金は跳ね上がりますし、事前にそう言ったではありませんか」

「貴様……! おい、これは本当に魔導石なんだろうな!?」


 少佐がルッツに怒鳴った。


「確かに魔導石です。しかも、鑑定印付きの納品書もこちらに……」

「見せろっ!」


 少佐がルッツから強引に納品書をふんだくり、読みだす。


「おい……鑑定した者の名が貴様の名になっているが?」

「私が鑑定しましたからね」

「ふざけるな! こんなもんいくらでも偽造できるはないか!?」


 は?


「少佐、その言葉は即刻、取り消してください。私は鑑定士の資格を持っています。これは国王陛下から認められた国家資格です。これを侮辱するのは大罪ですよ」


 鑑定士は錬金術師の資格と同様に国家資格だ。

 つまり、国王陛下の名のもとにその技量があるという証明でもある。

 これをその辺の庶民がいちゃもんをつけるならまだしも、貴族であり、少佐の地位につく者が批判するのは許されない。


「っ! 冗談に決まっておるわ! しかし、500万エルは高すぎる!」


 少佐もさすがに訂正した。

 冗談で済まないんだけどな……


「事前に相談もなく3日と期日を決めたのはそちらです。以前も言いましたが、民間であればもっと高いです」

「くっ……貴様、これをどうやって用意した!? 10級やそこらの錬金術師が用意できるものではない! 不正が疑われる!」


 不正したからなんだよ。

 そっちには関係ないだろ。


「少佐、私は3級の資格を持つ国家錬金術師です。この程度ならすぐです」

「さ、3級!? 嘘をつけ!」

「本当です」


 そう言って、資格証となっているネックレスを空間魔法から取り出し、少佐に見せる。


「黄金の鷲……」


 錬金術師の資格証は鷲のネックレスである。

 そして、10級から7級が銅、6級から4級が銀、そして、3級以上が金なのだ。


「言っておきますが、これは国王陛下より直々に頂いた物です。偽物と疑うのは許されません」


 3級以上は本当に陛下より直接手渡される。

 だから当然、疑うのは陛下を疑うことになり、大罪だ。

 もっとも、偽証罪はもっと重くなる。


「3級がなんであんな潰れかけの支部に……!」


 左遷されたんだよ。

 絶対に言わないけどな。


「とにかく、請求書は置いておきますよ。減額申請をしたいなら上を通してください。そちらの上官とウチの支部長で話し合いでもしてくださいね」

「――その必要はない」


 後ろから声がしたので振り向くと、白い軍服を来た初老の男が正面玄関に立っていた。

 その男は立派なカイゼル髭をしており、どう見てもかなりのお偉いさんのように見える。


「た、大佐!」


 少佐がそう言うと、この場にいるすべての軍人が敬礼をし、座っていた職員も慌てて立ち上がり、敬礼をした。

 すると、初老の男が姿勢良く歩き、俺とエーリカの前に立つ。


「錬金術師協会の者達だな? 私はカールハインツ・ヴェーデルだ。階級は大佐になる」


 大佐……リート軍のトップか。


「私は錬金術師協会リート支部のジークヴァルト・アレクサンダーです」

「お、同じくリート支部のエーリカ・リントナーです」


 俺が自己紹介をすると、エーリカも慌てて続いた。


「うむ。この度の依頼のことはラングハイム支部長から聞いている」


 支部長、ちゃんと手回しをしてくれたか。


「さようですか。減額申請をなさいますか? こちらからその旨を支部長に伝えます」

「いらん。請求書通りでいい」

「た、大佐……しかし……」


 少佐が明らかに動揺しながら大佐を止める。


「緊急で魔導石が必要なのだろう? ならば仕方がないことだ。ルッツ、処理をして、協会に支払え」

「はっ!」


 ルッツが敬礼をする。


「しかし、少佐、緊急とは何だ?」

「え? それはその……」

「ふむ……下の者には言えん話か。後で私のところに来い」

「は、はい……」


 あーあ……

 当たり前だけど、大佐は気付いているわ。

 まあ、どうでもいいな。


「エーリカ、仕事は終わったし、帰るぞ」

「え? あ、はい」


 俺達は正面玄関の方に歩いていく。


「少し待て」


 玄関の扉を開けようと思ったら大佐が止めてきたので振り向いた。


「何でしょう? 私達も暇ではないのですが?」


 そう言うと、肩にいるヘレンが見えないように尻尾で背中を叩き、エーリカが服を掴んでくる。


「それは申し訳ない。実は仕事を頼みたいのだ」


 あ、依頼だった。


「どのような依頼でしょうか?」

「剣を一本作ってもらいたい」

「剣、ですか?」


 武器屋に行け。


「できんか?」

「可能ですが、錬金術師協会に頼みますか?」


 何度でも言おう。

 武器屋に行け。


「アレクサンダー3級国家錬金術師は王都でも指折りの実力と聞いた。その腕を見込んでのことだ」


 は? 舐めてんの?


「指折り? 指は一本で十分でしょう」


 そう答えると、ヘレンがまたもや尻尾で背中を叩き、エーリカが袖を引っ張る。


「大層、自信があるようだな……」

「自信? 事実です。あんな口だけの2級、1級共――」

「ジーク様、黙りましょう」


 ついにヘレンが苦言を呈してきた。


「失礼。それで剣作成の依頼をしたいというのはわかりました。どういった剣でしょう?」

「ふむ……実は来月に王都で知り合いの祝いがあるのだ。それの贈り物だな。最低でもCランクの魔剣を用意せよ」


 昇進という言葉はもう嫌いだわ。


「1つ承知してもらいたいことがあります」

「何だ?」

「質は保証しますし、鑑定書も付けましょう。ですが、装飾はできませんよ? 私はそういう美的センスは皆無なもので」


 剣の贈り物には鞘や柄に色んな装飾をするものだ。

 だが、俺はそういうのがものすごく苦手。


「その辺りは別の業者に頼む。貴殿に頼みたいのは刀身だ」

「それならば問題ありません。期日は?」

「2週間で頼みたい」


 余裕だな。

 エーリカのインゴットの面倒を見ながら地道にやるか。


「かしこまりました。見積もりは必要ですか?」

「いらん。依頼料は500万エルだ」


 高い……

 Cランクなら300万の見積もりを出すつもりだった。


「500万エルということはCランクでよろしいということですね?」


 そう聞くと、大佐が目を細める。


「Bランクなら800万出す」

「なるほど……」


 Bランクで良いわけだ。


「……Aなら1000……いや、1500万エル出そう」

「かしこまりました。では、そのように。失礼します」

「失礼します……」


 俺達は軽く頭を下げると、詰所をあとにした。

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