第20話

魔王討伐に成功し、王国への帰り道。

魔王城へ向かう道のりは、ほとんど徒歩での移動でしたが、帰りは馬車での移動となりました。

これも魔王がいなくなったおかげです。

魔物が目に見えて少なくなり、常に周囲を警戒する必要がなくなったので安心して馬車で移動ができるのです。

今は僕が馬の手綱を握り、その隣にはメルヒナさんが座っています。


「クノウ様、そろそろ手綱代わりましょうか?」

「まだそこまで時間は経ってませんし大丈夫ですよ」


馬車の操縦方法をティアに教わり、今日やっと馬車の操縦を僕に任せてもらえるようになったのです。メルヒナさんが隣に座って心配そうに見てますが大丈夫。上手くやれているはずです。


「……大丈夫そうで安心しましたわ」

「ええ、任せてください」


手綱を引いて馬車を動かすのは、ただ座っているよりも暇をつぶすのには丁度いいかもしれませんね。

それにしても魔王討伐後から身体が重く、寝ても寝ても疲れが取れていない気がします。

昨晩は一人一部屋で休めたのですが…。

張り詰めていた体が緩み調子が落ちてるのかもしれません。

僕以外もそうじゃないかと思ってメルヒナさんを見ても疲れているように見えません。

むしろ、なんだか元気が漲っているような…。

僕が貧弱なだけですね。


「クノウ様、ありがとうございました」


突然感謝の言葉を伝えるメルヒナさん。どの件についてか分からず素直に聞きます。


「えっと、何のことでしょうか?」

「カイト様のこと。ちゃんとお礼を言っていなかったと思いまして」


ああ。その件ですか。もう終わったことですし、どうでも良いことです。


「わたくしたちがカイト様をちゃんと見ておくことが出来ていませんでした」

「……どうして出来なかったのですか?」


メルヒナさんは一拍置き、話しました。


「カイト様と距離を近すぎないようにと心掛けていました。わたくしには心に決めた方がおり、その方以外の男性と仲良くするのはあまりしたくなかったのです。恐らくティアさんと聖女様もですわ」

「……そう、でしたか」


反省しているようですし、もう何も言いません。

それにメルヒナさんは元婚約者のことをきっぱり諦めて、違う人を想っているようです。……誰を想っているのかはあえて聞かず他の話題を提供しましょう。


「わたくしの想い人のこと、聞いてはくださらないのですか?」

「……………それはそうと王国に帰ったらメルヒナさんはどうするのですか?」

「むっ、強引に話を逸らしますわね。まあ、いいです。わたくしは一度長期休暇を貰ってから、前と同じように王宮魔法使いとして王国の力になりますわ」


意外です。メルヒナさんは王族に愛想を尽きていたと思っていましたが、変わらず王宮魔法使いのままでいて王族に仕えるみたいです。

僕が意外そうな顔をしているのに気づいた彼女はわけを話してくれました。


「拒まなければカイト様が王女と結ばれ、王になるはずです。勇者であるカイト様が治める王国をより良いものにする為に、力になれるのですから喜んで仕えますわ」


え、カイト様、王になれるんですか!しかも王女様と結婚が約束されている。

ん?カイト様が知っていたら僕に自慢していそうな事柄…。

ちらりと馬車の中で寛いでいるカイト様を見てから、小さな声でメルヒナさんに聞きます。


「この事はカイト様に伝えてあるのですか?」

「いいえ。王国に帰ってから王族が伝えるようで。ですのでカイト様には内緒でお願いします」


唇に人差し指を立て、しーっとポーズをとるメルヒナさん。耳をすませば僕達の話し声が分かるくらいの距離なのに平然と喋るのですから驚きです。

彼女がこんなイタズラするなんて珍しい。


「クノウ様はどうされるのですか?」

「僕も旅に出る前と同じ暮らしに戻るだけですね」


魔王討伐の功績でいろいろと厄介ごとがあるかもしれませんが、村での暮らしだけは死守するつもりです。


「もしシーア教会に愛想が尽きたら王国にいるわたくしのところまで来てください。クノウ様でしたらわたくしが一生支えてあげますわ」


メルヒナさん、微笑みながら結構重いこと言いますね。


「あ、ありがとうございます。頭に入れておきますね」








馬の手綱は順番で交代していき、また僕の番になると今度はティアが隣に座ってました。


「なんか旅が終わるのあっという間だね」

「そうだね」


魔王討伐の旅を始めて3年近く。最初の半年はギクシャクして体感的に長く感じていましたが、カイト様とじっくり話して仲良くなってからは確かに時間が過ぎるのが早くなったように感じました。


「もうこうしてみんなと一緒に居られないのかー。寂しいなぁ」


そう呟くと、ティアは僕の肩に頭を乗せ寄りかかってきます。


「ティア?」

「ちょっとだけ、このままでいさせて」


センチメンタルな気分なのでしょうか。

了承し、数分間このまま何も喋らず肩を貸しました。

なんだか学生時代を思い出します。ティアは普段明るく元気で僕を引っ張ってくれているのに、落ち込んでいる時はよく引っ付いて甘えてきました。懐かしいです。僕はあの頃と同じように彼女の頭を撫でます。


「何年かに一度くらいは勇者パーティーで集まりましょう」

「……うん」


ティアは返事をすると僕の肩に乗せていた頭を元の位置に戻しました。


「よし。ありがとね、クノウ君」

「どういたしまして」


どうやら気持ちを切り替ることができたようです。


「あっ、でもクノウ君とはまた一緒に居られる可能性はあるよね」


はて、神殿騎士のティアと普通の神父である僕が一緒に居られるとはどういう事でしょうか。


「クノウ君なら数年もすれば枢機卿は無理でも司教ぐらいならなれるよね!それでわたしがその護衛。これならずっと一緒に居られるよ!」


期待が重い。途轍もなく難しいことを言ってますよ、彼女。


「あの、それは難し「クノウ君」


僕の言葉を遮り、キラキラした目で見てきます。


「頑張ってね!」


……………。


「あはは、そうだね。僕なりに頑張ってみるよ」


まぁこの旅が終わったらもう会えないですし、適当に良い返事をしても大丈夫でしょう。ティアには悪いですが出世に興味がない僕は司教なんて目指しません。


「約束だよ。私も頑張るから」

「うん、善処するよ」









「おう、二人きりでどんな話をしてたんだ?」

「……他愛ない話ですよ」


ティアが馬車の中に戻ると、今度はカイト様が隣にやってきました。

彼はため息をついてから話し出します。


「結局、最後まで色気のある旅は出来なかったなぁ」

「あなたらしいですね」

「うっせ。クノウはいいよな。村とか街に滞在したらいつも女に誘われてたじゃん」

「断るの大変なんですよ」

「このイケメンめ」


仲良くなってからいつも通りのやり取り。このやり取りは結構好きです。友人と遠慮のない話をするのは僕もなかったのでカイト様には感謝してます。


「はぁ、おまえが女だったらなぁ」

「やめてください」

「あ、………ちょっと女装してみね?絶対似合うから」

「嫌ですよ」

「そうだな。俺が恋に落ちちゃうかもしれないしな」

「絶対しません」


ほんと馬鹿な話ばっかり。

だけど、人付き合いが下手だったカイト様がここまで話してくれるようになって嬉しいです。


「それより、秘密にしているだけでカイト様のこと好きな方がいるかもしれませんよ?」

「お、マジ?」

「ほら、王城にいた時に仲良かった人とかいなかったのですか?例えば王女様とか」


ちょっと露骨すぎましたかね。

メルヒナさんから聞いた話によると、カイト様は王女様と結婚するかもしれないのでその人の印象とか聞いてみたかったのです。


「んー、王女様か。可愛い子だったけど、そこまで話したことないんだよなぁ。俺より3歳年下で大人しい子だったよ。俺を好きって感じじゃなかったと思う」


なるほど。マイナスのイメージは無いようです。これは、王女様の事は可愛いと思っているようですし本当に結婚させられそうです。カイト様の結婚はカイト様自身で決める事ですから僕から何か言うべきではないでしょう。

さて、深掘りしても怪しまれるだけなので今回はここまでにして違う話に変えます。


「じゃあ違うようですね。それはそうと次に手綱を持つのはカイト様ですよね?」

「いやあっさり話変えんなよ!もっと俺のことが好きかもしれない人探そうぜ!?」


でも、もう時間…。

それにカイト様を好いてる人?………ごめんなさい、思い浮かばないです。


「時間ですね。それじゃカイト様、これ、お願いします」

「ちょっ、クノウ!」


手綱をカイト様に渡し、僕は馬車の中へ入りました。








「やっと見えた」


馬車からやっと王都が見える場所まで帰ってきて、あと少しで僕達の旅も終わるのだと実感しました。

もう1時間もすれば王都まで戻ることができるのでみんな身なりを整えます。勇者一行の凱旋となるため、王都は盛り上がっていることでしょう。王城に向かうまでに王都の人々から見られるわけですから、立派な格好をしなくてはいけません。それにカイト様は王となられるかもしれませんので、人々に顔を覚えてもらう必要もあります。


「なぁ、なんでお前は兜なんか被ってんだ?」

「必要なことなんです」


これまでの経験上、僕を勇者と間違える人が多すぎるので、王都の民が間違えないように僕は兜を被り顔を見られないようにしました。パーティーのみんなから不満そうな顔をされますが無視して兜を被り続けます。



勇者一行の凱旋は大いに盛り上がりました。そして王城で王様から労いの言葉を賜り、その夜には王都全体でお祭りが開催されました。

カイト様がお祭りだとはしゃいでおり、遊ぶ気満々のようです。

ただ、いろんな人が僕達に話しかけてきて、気楽にお祭りを楽しめないだろうと思い対処しておきました。

王城でメルヒナさんに貴族の方と、聖女様とティアには教会関係者の相手をして貰うように頼み、僕とカイト様はのんびり王都を回れるようにしておきました。犠牲にした三人には後でお土産を買っておきましょう。結構怒ってそうですから…。


「おいクノウ!あそこ見ろよ、手品やってるぞ」

「そうですね。って、箱からスライムがいっぱい出てきた!どうなってるんですか!?……魔法?」

「魔法は使ってないって!どうなってんだ」


三人が苦労している中、僕達は城下町でいろいろ見て回っています。


「ティア達も来れればよかったのになぁ」

「彼女達も残念がってましたよ」

「まぁ用事ならしょうがないし、俺らだけで楽しむしかないか」

「はい。じゃあ次はどこに行きますか?」

「そうだなぁ」


それから僕とカイト様は王都を数時間歩き回り、十分お祭りを楽しみました。そして夜も遅くなって賑わいも少しずつ収まってきた頃に僕はカイト様にお別れを告げました。


「そろそろ僕はマルロ村に帰ります」

「え?もう夜遅いし明日でもいいじゃんか」


僕もそのつもりだったのですが、シーア教のお偉いさんに今日出発してくれと頼まれたのです。おそらく聖女様がまた僕と一緒にマルロ村に行こうとするのを防ぐためでしょう。

聖女様からのお願いを1つ聞くという約束がある僕としても、彼女と会わずに王都を出ることは願っても無いことなので了承しました。

彼女のお願いは大抵僕にとって厄介なものなんですよね。

メルヒナさんとティアにはお別れを言っておいたので問題ないでしょう。


「すみません。あとこれ、聖女様達に渡しておいてください」


王都を回って買った三人用のお土産をカイト様に手渡します。


「……本当にもう行くんだな」

「はい」


最後に僕はカイト様に頭を下げ、お礼を言いました。


「勇者カイト様、この世界を救ってくださり本当にありがとうございました」

「あ、ああ。お、俺もクノウには助けて貰ってばっかりだった。こちらこそ…ありがとう」


頭を上げると泣きそうな顔をしているカイト様が見えました。


「何ですか、その顔は?」

「ぐすっ。うるせー」

「これからハーレム築き上げるのでしょう?そんな顔してたらできませんよ?」

「言われなくたって!……お前もあの笑える夢叶えるんだろ?途中で捕まんなよ!」


そう言い合うと互いに笑い合い、最後の言葉を交えました。


「クノウ、どっちが先に夢が叶うか競争だ!」

「ええ。ではまたいつか」


そして僕とカイト様は別れました。

一度振り返り、彼を見ます。

勇者カイトはこの世界に残り、ハーレムを築き上げるのだと意気込んでいます。この世界を救ったのです。それくらい偉い人に言えば叶えてくれるでしょうに、彼は自分の力で夢を叶えたいらしいです。馬鹿です。でも嫌いじゃない。

僕は止めた足を再び動かし、マルロ村へ向かいます。

さて僕もカイト様と同じような馬鹿な夢に向かって歩み続けることにしましょう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

悪役神父になるのはなかなか難しい nao @nao02

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ