第14話

勇者、聖女、剣士、魔法使いの4人が揃い、早速魔王討伐の旅に行こうというわけにもいきません。


勇者は人生で一度も剣を持ったことがなく、加えてこの世界の常識も知らないのです。

そんな事では魔王にたどり着くことさえできずに力尽きてしまうでしょう。

ですので、この国の王や教会のお偉いさんは、ある程度納得のいくまで王城で特訓するようにと命じました。


勇者の師はパーティーメンバーではなく、幾人もの教え子を持つベテラン指導者が付くようです。

なので聖女様たちは自由な時間が多く、暇を持て余ししているようで、ティアとメルヒナさんは僕に剣や魔法の指導をしようしてきます。


「ほら、右がガラ空きだよ」

「ゔっ」


僕はティアに腹に一撃入れられて蹲ってしまいます。


「もー、2年間さぼってたなぁ?」

「いや、その…仕事が忙しくて暇がなかったんだよ」

「クノウ君、剣の才能凄いあるんだよ。本格的にやれば神殿騎士を目指せるくらい」


そんなこと言われても僕にはそこまで必要としていないものですから、さぼってしまうのを仕方のないことだと思うのです。


「まぁ!剣術もそうなのですか?クノウ様、魔法使いとしても一流になれる才能があるんですよ」


そう言ってこちらに近づいてきたメルヒナさん。

2人共、僕には才能があるとか言って容赦なくシゴいてきます。

剣術も魔法も、村を襲ってくる魔物や盗賊を追い払える程度扱えたらそれで十分なんですけど…。


「ほら、剣の稽古の時間は終わりです。今度は魔法の練習を致しましょう」


ええ…。

30分も剣の稽古させられ、立つことさえ出来ないのですけど。


「ちょ、ちょっと休ませて貰ってもいいですか?」

「へ?まだ30分しか経ってないよ?」

「いや30分も経ったんだよ」


こんなに身体を動かすことはほとんどなかったので、自分の限界が分からず限界以上に頑張ってしまいました。


「うーん。クノウ君は、剣術や魔法の稽古よりも体力をつける方が先かも?」

「それと男性にしては細すぎです。女性に見間違われてしまいます」

「それはクノウ君だからね。仕方ないよ」

昔から筋肉がつきにくい体質なんです。

「よし。明日から朝と夕方、走り込むよ!」

「えっ」


ティアが余計なことを言い出しました。ここは断固として断るべき場面です。


「大丈夫です。それより僕に構わず2人は魔王討伐のために少しでも鍛錬するべきだと思います!」


絶対走りたくない。


「ここまで拒絶しているクノウ君初めて見たよ…。そんなにやりたくないんだね」

「クノウ様、そういう訳にはいかないのです。わたくし達がクノウ様を鍛えている一番の理由は、聖女様の頼みだからです」


なんで聖女様が?と一瞬思いましたが、この前の夜に聖女様と一緒に居られるように努力すると約束してしまったからでしょう。

一緒にいる為には強くならなくてはいけないから、この2人にお願いしてくれたということですか。


…………ならば、頑張るしかないですね。

気力で立ち上がり2人にお願いします。


「分かりました。ご指導お願いします」


聖女様、すみません。正直魔王討伐の旅に同行する気なんてさらさらなかったです。

でも2人に頼んでくれた貴方のために少しだけ努力しようと思います。


「うん!強くなって聖女様を驚かせよう!」

「わたくしもサポートしますから頑張りましょう」


2人が僕がやる気になったことに喜んでくれていると、訓練場に勇者様が入って来たのに気づきます。


「おーい。ティア、いるか?」

「あ、カイト様。どうしました?」

「あ、ああ。剣の手本を見せてほしくて。………なぁ、そっちの奴とどんな関係なんだ?」


3人で会話していたことが気になったのか、勇者様が僕のことを指差し、関係を聞いてきます。


「クノウ君とは幼馴染みたいなものですよ。小さい頃知り合って、学校でもずっと同じクラスだったんです」

「わたくしは1年間だけ王立学院で仲良くさせていただきました」

「ふーん」


勇者様は僕の顔をじっと見つめ、何かに気づいた様な顔をしました。


「あれ?そういえばそいつ、ルーナの後ろにいたよな。てことはルーナとも仲がいいのか?」

「ええ。幼少期からのお世話係だったそうです。わたくし達3人の中で彼と1番付き合いが長いのは聖女様ですね」


それを聞いたところ勇者様は僕を一瞬睨みつけ、敵意を向けた様に感じました。嫌われてしまったのでしょうか?


「そうなんだ。……それよりティア、俺の剣の腕見てよ」

「いいですよ。じゃあ安全の為、クノウ君とメルヒナさんは少し離れて貰っていいかな?」


僕とメルヒナさんが距離を取ろうとしたところ、勇者様が待ったをかけます。


「んー、ここじゃなくて俺が使ってる訓練室に行かないか?そこの方が広いしさ、思いっきり試したいんだよ」

「構いませんよ。では移動しましょうか」

「おう。あ、メルヒナも来いよ。俺の剣がどんくらい上達したのか見せたいからさ」


予想通り、僕には話しかけてくれませんね。まぁ、部屋を移動する体力も今はない状態ですのでいいのですけど。


「いえ、わたくしはクノウ様に魔法の特訓をつけようかと思っておりますので」

「メルヒナ様。僕に気を遣わず勇者様の方へ行ってください。勇者パーティーで友好を深める方が大事なことですから」


勇者様の誘いを僕を理由に断るなんてやめて欲しいです。これ以上好感度下がったらどうしてくれるんですか。


「ほら、そいつもそう言ってるし行こうぜ」

「分かりました。………クノウ様、わたくし達がいなくてもしっかり訓練するのですよ?」

「勿論です」


勿論やりません。

3人がこの部屋から去るのを見送り、気力だけで立っていた僕は限界が来て床に寝転がりました。


「ふぅ」


10分くらいこのままでいましょうか。思った以上に僕の体力は少ないようで若干凹みます。瞼を閉じ、自分の部屋まで辿り着けるくらいの体力まで回復するのを待ちます。

やっぱり少しだけ走り込んでから帰ろうかなぁ………………………………………………。






「クノウ、クノウ!」

「……ん、聖女、様?」


誰かが声を掛けてくるのに気が付き、目を開けると聖女様が僕の横に座っていました。


「やっと起きた。おはよう」

「おはようございます。……結構寝ちゃってました?」

「うん。私、30分くらい前にここに来てたんだけど、全然起きなかったんだよ」


ちょっと目を閉じて休むだけの予定だったのに熟睡してしまったようですね。それだけ疲れていたのでしょう。仕方ない。


「驚いたよ。様子見に来たら倒れてると思って焦ったんだから。もうっ、休むときはちゃんと部屋に帰って休みなよ?」

「あはは。すみません」


体力がなさ過ぎて部屋に帰れなかったと話すのは情けなさ過ぎるので言わずにいましょう。


「ぐっすり寝たんだからまた特訓しなさい」

「そうですね。もう少し頑張ります」


また部屋に帰れなかったらいけませんので、チョロっと走り込んで終わりにしましょうか。


「お疲れ!クノウ君。聖女様もお疲れ様です」

「しっかり訓練していたようですね」


そんな甘ったれた考えをしていたところで、勇者様と特訓しにいったティアとメルヒナさんが戻ってきました。


「あれ、もう戻ってきたんですか?」

「もうって、2時間だよ?十分過ぎるよ」


ティア達がここから出ていってから2時間が経過していたようです。大分寝ていたようですね、僕。


「時間が過ぎるの早いなぁ」


そう言ったらメルヒナさんはうんうんと頷いています。


「集中しているとすぐに時間は過ぎるものです。クノウ様がそれだけ熱心に取り組んでいた証拠ですわ」


どうやら僕の発言は特訓に夢中になり過ぎてあっという間だったみたいな解釈をされたようです。まぁ、誤解を解く必要もありませんし、このままでいいですよね。


「いえ、メルヒナさん。クノウ、寝てただけですよ」


聖女様、余計なこと言わないでください。


「「クノウ君(様)? 」」


怖い。


「そ、それより勇者様はどうでしたか?」

「露骨に話逸らしてきてる…。カイト君はすごい頑張ってるよ」

「ええ。つい最近まで剣初心者だったとは信じられないほど成長されましたわ」


おお。それじゃあ旅に出る予定が早まったりするかもしれませんね。


「クノウも負けてられないね」


ニコッと笑って聖女様が発破を掛けてきます。

…………。


「はい。僕も僕なりに頑張っていきます」


2時間も寝ましたし、今日はもう少し頑張ろうと思います。 


「メルヒナ様。魔法の特訓、お願いしてもいいですか?」

「!ええ。では始めましょうか」


僕は勇者様達が旅に出るまでは努力し続けようと改めて決意しました。






王城で過ごすこと数ヶ月。

予想よりも勇者様の特訓が進んだため、1週間後に魔王討伐の旅に出ることが決まりました。

旅の支度などは使用人の方が準備してくれるみたいで勇者様達は王城生活最後の1週間をのんびりと過ごせるみたいです。


今日も4人でお茶会を楽しまれているようです。命がけの旅になりますから、ゆっくり休んで英気を養って貰いたいです。


聖女様が勇者様に何か言わないか気が気じゃなかったですが問題ないようで、このまま何事もなく4人で魔王討伐に行ってもらえるかもと思えてきました。


僕は日課となったランニングが終わると、剣の稽古を行う為にいつもの訓練場に行きます。途中メイドさんからタオルを差し入れを貰いながら訓練場に着くと男の人が立っていました。


「おう、クノウ。来たか」

「はい、教官。今日もよろしくおねがします」


この方は勇者様の指導を行っていた教官で、僕が一人で特訓しているのを見かけて無償で指導してくれるようになりました。

ティアやメルヒナさんと同じように僕の才能を見込んだようで熱心に指導してくます。

そのおかげでメキメキと腕を上がっている実感があります。


「いやぁ、末恐ろしいな。世の中こんな才能ある奴が隠れているんだから」


教官と剣の打ち合いをしていると、突然褒められました。


「教官の教えが良いからです。僕一人だったらこんなに上達できなかったですから」

「はっはっはっ。お前はほんと可愛いな。そう言ってもらえると教え甲斐があるよ」


その後も真剣に稽古を行なっていると、唐突に訓練場のドアが開きました。

僕らはそちらの方に目を向けると、勇者様達4人がこちらにやって来ました。


「カイトか。4人一緒に来てどうしたんだ?」

教官が質問すると勇者様は一歩を前に出て答えます。

「今日は教官じゃなくてそっちの……クノウだったか?そいつに用があるんだ」


嫌な予感がします。逃げ出したいところですが、勇者様に失礼な態度を取るわけにもいきませんのできちんと応対します。


「僕にどのような用件でしょうか?」


僕が発言すると勇者様は目つきが鋭くなりながらもちゃんと答えてくれました。


「ルーナがな、お前も旅に同行させようって言ってきたんだ。ティアもメルヒナもそれに賛成のようなんだけど、俺はお前のこと何も知らないからな。どんな奴なのか見にきたんだ」


恐れていたことが起こってしまいました。

やはり聖女様が提案しましたか。

あのまま聖女様が何も言い出さず、4人は魔王討伐の旅に出て、僕はマルロ村に戻るという流れが一番良かったんですけど理想通りにはいきませんね。


「あー、やっぱ話するより実力を試した方がいいよな?クノウ、俺と模擬戦しようぜ」

「え?」

「俺達は魔王討伐に行くんだ。足手まといになられても困るからな」


そう言うと、勇者様は聖剣を鞘から抜き僕の方へ突き出します。

聖剣を初めて見ましたが、なんだか妙に惹かれるものがあります。


「実戦形式だ。真剣同士でやり合おうぜ。大丈夫、ルーナがいるから即死しなけりゃ完璧に治して貰える」

「カイト!やめなさい。万が一死んだらどうするんだ」

「魔王討伐はこの何倍も危険なもんだろ?これくらい出来なきゃ駄目だろうが」

「しかし!」

「教官。大丈夫です。僕やりますよ」

「クノウっ……………ちょっと来い」


教官に腕を引っ張られ勇者様からだいぶ離れたところ小声で話しかけてきました。


「違うんだ。クノウの心配をしていたわけじゃない」

「え」

「カイトとクノウ。どちらの剣の腕が上かと言えば明らかにお前の方が上だ。今ここで試合をすれば絶対にカイトの自信が無くなる。それを危惧しているんだ」


なんと。それは勇者様には言いにくいですね。


「あの、僕はどうすれば…」

「あー。上手く負けてやれないか?」


まぁ、それしかありませんよね。ただ、そういう演技が僕に出来るかといえば自信がないです。


「頑張ってみます」

「頼む!大丈夫。あいつ鈍いからバレやしねぇよ」




「おー。作戦会議は終わったか?」

「はい。待ってもらってありがとうございます。全力で参ります」


肩に聖剣を乗せ待ってもらっていた勇者様にお礼を言ってから僕も剣を鞘から抜きます。


「じゃあ私が合図するからね」

「おう」「うん」


ティアが片手を上げると、僕と勇者様は剣を構え戦闘態勢に入りました。


「始め!」


まず様子を見ていると勇者様がこちらの方へ突っ込んできました。


「はあ!」


剣を振り下ろしたところを受け止め、鍔迫り合いとなります。どうやら力の押し合いは彼の方が上みたいです。なので早々に剣を受け流し反撃に転じます。


「ちっ!」


何度も斬りかかり、勇者様を防戦一方の展開にします。ただ僕は勝ってはいけないので、何度目かの打ち合いをした後に隙を作ります。


「ウォォ!!」


僕の作った隙に気づいた勇者様は、そこから反撃に出て僕を斬り、勝負がつきました。


「俺の、勝ちだな」

「……はい。参りました」


聖女様が直ぐにこちらにやってきて、斬られた傷の治療を行ってくれます。聖女様には悪いですが、これで僕は旅に同行出来ず村へ戻れることでしょう。


「すみません、聖女様」

「ううん、気にしないで。それに大丈夫だと思うから」

「?」


聖女様と会話していると勇者様がこちらに近寄って僕に話しかけてきました。


「ま、まぁまぁだな。でもこの程度じゃあ旅の同行に許可するわけには「カイト様」

「ん、なんだ?メルヒナ」

「クノウ様は剣術に加え、魔法、神聖術を扱うことが出来ます」

「は?」

「それだけ出来るのですからパーティーメンバーとして十分だと思いますわ」


ちょっと、メルヒナさん?

だ、大丈夫。勇者様、僕は負けたんですから堂々と同行できないと言ってくれて良いですから。


「う〜ん」


勇者様は頭を抱え思い悩んだ末、決断したようです。


「わ、分かった。よろしく頼む、クノウ」

「え、ええ。お願いします、勇者様」


同行させたくない勇者様と同行したくない僕2人の利害は一致しているはずなのに、女性との約束や良い目で見られたいなどの理由で希望とは逆の意見が通ってしまいました。 


そして1週間後、魔王討伐の旅が始まりました。


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