第12話

12話

「「神父さま、お邪魔します!」」


聖女様の機嫌が直った後、再び仕事に取り掛かっていると、6人の子供達がやってきました。


「いらっしゃい、みんな」


今日は子供達に勉強を教える日です。

前任だった神父が子供達に勉強を教えていたので、それを僕が引き継ぎ、今でも週に2回ほど行っています。

ですから今日の僕は通常の業務以外に、お菓子の用意や子供達一人一人に合った問題集の作成といった準備があったので疲れていたのです。

今教えている子供達は、前の実地講習の時にも会ったシャルちゃん、キース君、カレンちゃんの3人と、新たに加わった今年5歳になるミレイさんの妹のニノちゃんの計4人です。


「アレックス君とミレイさんも来てくれたんですね」

「……おう、手伝いにきたぜ」

「すみません、妹の付き添いで来ました」


勉強会を卒業したアレックス君とミレイさんも今日は来てくれたようです。

僕のことを苦手にしていたアレックス君と恥ずかしがり屋のミレイさんの2人は、たまに教えるのを手伝いに来てくれています。


「じゃあ俺たちはこれで…」「神父様、今日はありがとうよ」

「ええ、またお待ちしてます。聖女様、お見送りをお願いします」

「はい」


子供達が来たことで、教会に訪れていた人達は空気を読んで帰ろうとしてくれるので聖女様に教会の外まで見送ってもらいます。

聖女様が外に出るのを確認した後、子供達の為に準備をしようとしていたら、ニノちゃんがトテトテとこちらにやって来て、僕の服の裾をつまみ話しかけてきました。


「今日のお菓子なに〜?」

「こら、ニノ!すみません神父様」


ニノちゃんはいつもお菓子を楽しみにしてくれています。まだ5歳ですからね。勉強なんかよりもお菓子目当てで来ているようです。


「ちょっと待っててね。今お菓子の用意をしてきますから」


前と変わらずお菓子を食べた後に勉強をする流れとなっており、まずはお茶とお菓子の準備をします。アレックス君とミレイさんが皿を並べたりと手伝ってくれてすぐに用意が整いました。


「クッキーだぁ!」

「すごい。見ただけ分かる。これは美味しいよ!」


ニノちゃんとカレンちゃんがクッキーを見た途端テンションが上がっているようで

す。頑張って作った甲斐がありました。


「まだ聖女さまが来てないから手つけちゃダメだよ!」


ニノちゃんとカレンちゃんがクッキーに手をつけようとしたところをペチンと叩いて注意したキース君。彼は手を叩いたことを女子達に非難されています。可愛そうに……。

アレックス君もキース君に同情の目を向けているようです。

早く戻ってきてあげて、聖女様。


「お待たせしました」


想いが通じたのか外まで見送りにいっていた聖女様が戻ってきました。


「こんにちわ、聖女さま」

「はい、こんにちわ。あ、アレックス君とミレイさんもお久しぶりです」

「……………おう」

「こんにちわ。お邪魔します」


アレックス君は素っ気なく返事をし、ミレイさんはぺこりと頭を下げて聖女様に挨拶をしています。

アレックス君は僕のことが苦手なのに此処へ来ているのは、多分聖女様に会いたいからでしょう。チラチラと聖女様を見ており、気になっている様子が丸わかりです。

確か前のときは、ミレイさんのことを気になっていたように見えましたが、心変わりしたのでしょうか?あ、ミレイさんがアレックス君の態度に冷たい視線を向けています。


「では、みんな揃ったので頂きましょうか」

「やった!」


僕が許可を出すと、ミレイさん以外の子供達は一斉にクッキーへと手を伸ばし食べ始めました。

甘い物なんて村ではそんなに食べられないですから、がっつくのも無理はないです。ミレイさんが申し訳なさそうにこちらを見て謝ってきます。


「すみません、意地汚くて」

「いえいえ。遠慮せず食べてくれて嬉しいです。ミレイさんも食べてください」

「……はい、頂きます」


彼女はおずおずとクッキーを手に取り食べると目を輝かせ、またクッキーが乗っている皿へと手を伸ばしました。ただ、もうお皿には何も残っておらず残念そうにしています。

僕は席を立ち、追加のお菓子を用意します。


「まだありますから、今度は急がないでゆっくり食べましょうね」


僕が忠告した通り、我先にといった感じでお菓子を食べることは無くなり、みんなおしゃべりをしながらゆったりとお茶とお菓子を楽しむようになりました。


「でもよかった、勉強会が無くならないで」


話を変え、そう発言したシャルちゃんに反応したのはキース君でした。


「そうだね。僕も前の神父様が辞めちゃって、もう勉強出来ないのかと心配してたんだ」

「うんうん。文字の読み書きや計算とかできるのとできないのとじゃ、仕事選びの幅が全然違うからね」

「お兄ちゃんがこの村の神父様になってくれて本当に良かった!」

「ありがとね、神父様」

「ええ、どういたしまして。……まだお代わりありますよ」

「あはは、もういいよ!」

「神父さま照れてるー」


照れているのを誤魔化したつもりだったのですけど、上手くいかなかったようです。聖女様に助け舟を出してもらおうと視線を送りますが、微笑ましげに笑っていて助けてくれそうにありません。


「あたしも神父さまにお礼するっ」


ニノちゃんが僕の膝の上に乗ってきて、クッキーを僕の口に運ぼうとします。


「ちょっ、ニノ!?」

「神父さま、あーん」


口を開けてクッキーを食べました。


「どう、美味しい?」


コテンと顔を傾けて聞いてくるニノちゃん。


「美味しいよ。ありがとね」

「えへへ」


本当に嬉しそうに笑ってくれて、こっちまで笑顔になります。


「ニノちゃんはクノウのこと大好きですね」

「うん大好き!」


ニノちゃんは、聖女様の方を向いて答えた後、再びこちらを向き、言いました。


「だから大きくなったら結婚して!」

「え」「うわぁ」「ニノちゃん大胆…」「どうするんだ?」


……これは、どう答えるのが正解なのでしょう?一瞬周りを見ると、何故か笑顔のまま固まっている聖女様。他の子供達は僕がどう答えるのか興味津々といった感じです。

ニノちゃんの頭を撫でて時間稼ぎをしながら考えます。彼女は僕によく懐いてくれていてとても可愛い子です。まだ5歳。よく幼い頃に父親と結婚するとか言うようなものでしょうか。

真面目に断るのもなんですし、


「そうだね。大人になって、まだ好きでいてくれたら良いですよ」

「ほんと!約束だよっ」


まぁ、彼女が大人になる頃にはこんな約束なんて忘れるに決まっていますから大丈夫でしょう。あれ?なんか既視感がある気が……


「クノウ!」

「どうしましたか?聖女様」


聖女様は怒っているような焦っているような、そんな顔をしていました。


「そんな軽率に承諾してはダメです」

「え、そこまでいけないことでしたか?」


子供の言ったことですし、僕の発言は注意されるほどのことでしょうか?


「ええ!今のニノちゃんの告白は本気の「聖女さま」


ニノちゃんは聖女様の発言を遮りました。


「……何でしょうか?ニノちゃん」


聖女様は発言を遮られたことを気にしていない様子でニノちゃんに問いかけます。


「あたしの旦那さまにちかづかないで!」

「はい?」


思いもしなかった言葉を投げつけられ、頰をヒクつかせています。


「これは……修羅場ってヤツじゃないか」

「どうするの神父様」

「ドキドキっ」


キース君、シャルちゃん、カレンちゃんの3人は好き勝手言ってます。当事者じゃなかったら僕も内心で面白がっていたと思うので責められません。


「こ、こら!ニノ!すみません、聖女様」


ミレイさんが妹のニノちゃんを叱って、謝らせようとします。チャンスです。僕からも何か言ってちゃっちゃと問題を解決しましょう。


「ニノちゃん、彼女は僕の妹のような大切な存在なんだ。それにあんな酷いことを言う子は好きじゃありませんよ」

「うっ、聖女さまごめんなさい」


ミレイさんと僕が謝るように言うと素直に頭を下げてくれました。


「い、いえ。気にしないでください」


聖女様は許してくれたようでとりあえず一件落着でしょうか。ん?聖女様がなんかこっちを睨んできているのは何故なのでしょう。

そんなこんなでお茶会が終わり、メインの勉強会を始めました。

アレックス君とミレイさんが教える側に立ってくれているので、聖女様は通常の仕事に戻り、僕も普段の仕事をしながら合間合間に様子を見にくるだけで負担が大分少なく済んでいます。


「ミレイさん、皆さんの調子はどうですか?」


様子を見に来たらアレックス君はキース君に教えているようです。それ以外の子は集中して問題を解いており、ミレイさんが手持ち無沙汰のようだったので話しかけてみました。


「えっと…シャルとニノは順調そうで、カレンとキース君はちょっと苦戦してます」

「そうですか」


今回の問題は少し難しく作ってみたから2人は悪戦苦闘してるみたいですね。でもニノちゃんとシャルちゃんは、今回のレベルでも問題ないようで次回もこのレベルで良さそうです。次回の勉強会のことについて考えてると、ミレイさんがジッとこちらを見て何か言いたげにしていました。


「どうしましたか?」

「あの…ま、前は普通に喋ってくれてたから…前と同じで喋ってくださいっ」


確かに、前は敬語ではなくタメ口で喋っていました。ミレイさんは、勉強会の生徒では無くなったので、もう大人として接したつもりだったのですけど、ご不満だったようです。


「そう?じゃあ前と同じようにするね」


なんだか最近、敬語ではなくタメ口で話してくれと頼まれることが多い気がします。小さい頃からいつも敬語で話すように言われていた影響で、子供相手ならともかく仲がソコソコの相手にタメ口で話すのには躊躇いがあるのですが……


「ミレイさんは将来ご両親の仕事を手伝うの?」

「ま、まだ考え中です」


ミレイさんとアレックス君はもう13歳。平民ならそろそろ仕事に就く頃合いだと思います。


「せ、せっかく文字や計算を習ったので、街に行ってそれを活かした仕事がしたいなって思っているんですけど……」

「そっか。ミレイさんは計算とか早いし、商会とかで働くのもありかもね」

「えへへ。そうですかね」

「うん、応援してるよ」

「はい!ありがとうございます」

「ねぇ?ミレねえと神父さま、イチャイチャしてないで教えてー」

「イ、イチャイチャしてないからっ!」


ミレイさんと話していたら、カレンちゃんが分からない問題があったのか手を上げて合図を送っており、すぐに駆けつけました。






「ふう」

長い1日が終わり、夕食を食べ終えてゆっくりとしています。


「今日もお疲れ様」

「うん、ありがと」


聖女様が水を差し入れてくれたので受け取り少しずつ飲みます。隣に座った聖女様は頭を僕の肩に乗せ寛いでいるようです。

この生活にも慣れました。


「ルーナ」

「ん」

「話があるんだ」

「なーに?」


慣れましたけど……。

聖女様がいるせいか男女問わず教会に人がよく来ます。前の実地講習で働いていた時はこんなに忙しくなかったのです。僕はもっとのんびりとした生活を想像していたのです。ですので、のんびりとした生活を送りたいが為に聖女様にこの提案を呑んでもらう必要があります。


「シスターを派遣してもらいません?」

「ダメ」


即答。


「はぁ。このタイミングで言うかなぁ普通。結構いい雰囲気だったのに……」


聖女様は小声で何か言ってるようですが聞き取れませんでした。

そんな事よりも、人足りてないし、もっと余裕のある生活を送りたくないかと必死に説得してみました。あと、聖女様が結構サボっていることを知ってるんですよ!


「じゃあ、村の人たちにもうここに来ないでって言うよ!」

「それはやめてください。お願いします」


……わかりました。僕が頑張ります。





それから2年。

平和で忙しい日々を過ごしていました。

すっかり村で評判の神父となった僕は2年間の成果大変満足しています。

着実に信頼を築きあげていったお陰で、僕が悪事を働くと思うような人はこの村にいません。

あとは聖女様が村を出ていってくれたら、僕の夢を叶えるための準備が整うのですが……

いつも通りの朝、手紙が送られており文を見ます。

……ついにこの時が来ました。

その手紙の内容は、勇者が発見されたと書かれていたのでした。

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