2章:魔王討伐
第11話
マルロ村の神父となってからの生活にも慣れてきました。
以前、神学院での講習の際にお世話になった神父は引退してしまったので、僕と聖女様2人でこの教会を切り盛りしています。
早朝、教会の周りの掃除が終え、まだ眠っている聖女様を起こしにいきます。
「ルーナ、朝ですよ。起きてください」
彼女の部屋のドアをノックしながら声を掛けます。返事がないことを確認するといつも通りドアを開け、眠っている彼女の肩を揺すって起こそうとします。
「ルーナ〜、聖女様〜」
「う〜ん」
学生時代、どちらかと言えばお世話される側だった僕が今ではお世話する側になっています。最近は僕を世話してくれていた人達に、よくこんな面倒なことを率先して行なってくれていたなと思いながら感謝する毎日です。
今日は一段と起きない聖女様。ほっぺを突いてみます。早く起きて……。
ぷにぷに
「……ふふっ、やめて〜」
よし。
「起きましたね?ほら、二度寝しようとしないで」
布団を引っぺがし、起きる以外の選択肢を取らせません。
「……もうっ、クノウはいたずらばっかり!」
「そんなこと言うならもう起こしてあげませんよ」
ようやく聖女様が起きたので、着替えるように促してから彼女の部屋を後にします。
さてと……。彼女が部屋から出てくる前に朝食の準備をします。今日は聖女様を起こすのに時間が掛かってしまったので少し急がなくては。
「クノウ、いつもありがとうございます」
食卓に朝食を並べ終えた頃に聖女様が部屋から出てきました。身嗜みを整えたことにより清楚で可憐なイメージのある聖女様に様変わりしました。数分前まで二度寝しようとしていた人とはとても思えない程です。
「なんだか失礼なこと考えてない?」
「……いいえ、そんなことありません。それよりも朝食を頂きましょう」
「うん、いただきます。………ねえ、クノウ。たまには私が食事の準備するよ?」
「いえいえ、お構いなく。料理するのは好きですから。僕に任せてください」
好きだけど毎日料理するのは流石に面倒です。
だけどそれ以上に聖女様に料理させるわけにはいかないのです。前に彼女1人で料理させたことがあったのですが、その時出来たモノは人が食べていい代物ではありませんでした。もうあんなモノは食べたくありません。ですから聖女様がもうキッチンに立つことはさせません。
「そう?分かった」
今回は簡単に引き下がってくれたみたいです。ホッとしました。安心したらお腹が減ってきたので僕も聖女様の対面に座って朝食を頂きます。
僕が食べている姿をニコニコしながら見てくる聖女様。
「どうしましたか?」
「ううん、何でもない。ただ幸せだなぁって思っちゃって」
「はあ」
よく分かりませんが彼女が嬉しそうなので良しとしましょう。
朝食が終わったので今日も一日お仕事です。
僕たちの主な仕事内容は、村人の悩み相談、傷の治療、シーア教の教えを説いたりしています。
「聖女様、買い出しに行ってきますが、何か必要な物とかありませんか?」
午前中は、村の人も仕事で教会に訪れる人が少ないので、掃除や買い出し等の雑事を済ましておきます。
「それでしたら生花が不足していますので買ってきて貰えると助かります」
聖女様も僕と二人きりの時の言葉遣いとは違い、仕事中は真面目で丁寧な受け答えをしてくれます。
「生花ですね、分かりました。行ってきます」
花屋は確かアレックス君のご両親がやっていたのを思い出し、そこに寄ることを頭の中で描いていたチェックリストに入れました。
「あ、やっぱり私も行きます。ちょうど人も居ないことですし、久しぶりに2人で行きましょう?」
彼女はそう言うと、紙に何か書き始めました。何を書いてるのかと覗いてみると、少しの間留守にするといった内容が書かれています。それを教会の扉に貼ってこちらに寄ってきました。
「これで大丈夫ですねっ」
「……そうですかね」
子供達は大丈夫ですが、村の大人達が文字を読めるのか疑問です。まぁ教会を空けるのは30分から1時間程ですからそこまで気を使う必要はないでしょう。
「それじゃあ行きましょう」
上機嫌な聖女様と一緒に必要なものを買い込んだ後、最後に花屋に向かいました。
「あ、いらっしゃいま…クノウさん!?」
今日はアレックス君の姉であるニーナさんが店番をしているようです。
「ニーナさん、おはようございます。お花見ていっても良いですか?」
「ええ!勿論です。ゆっくりしていってくださいね」
ニーナさんは、ぱあっと花開いたかのような笑顔を向けて答えてくれました。そして二言三言雑談した後、ニーナさんに質問します。
「そういえばアレックス君はいないのですか?」
「はい。今日はミレイちゃん達と遊びに行っちゃったんですよー」
そうですか。聖女様がいるので彼にも挨拶しておきたかったのですが、残念です。
すると僕とニーナさんの2人で会話を続けているのが気に食わなかったのかニュッと聖女様が割り込んできました。
「ニーナさん、お邪魔しますね」
「あら、聖女様いたんですか」
一瞬、互いに冷たい視線を交わしているように見えましたが直ぐに表情を変えます。
なんだかこの2人、初めて会った時から仲が悪いような気がします。
どちらも理由もなく人を嫌うことは少なそう……いや聖女様は結構好き嫌い多そうですね。でも嫌いな相手にでも表情や態度に出さずちゃんと対応するようになったはずですが…どうしたのでしょう?
「ええ!今日は2人で買い物なんです」
「そっ、そうですかぁ。良かったですねぇ。どうせ聖女様が無理矢理付いてきたのでしょうけど……」
「そんな訳ないじゃないですか。かっ、彼から誘ってきたのですよ?」
聖女様、嘘は良くないです。
「あのニーナさん、やっぱりお花を見繕ってもらってもいいですか?」
見てられないので彼女たちの会話に割り込ませてもらいます。
「あ、はい。ちょっと待ってくださいね〜」
ニーナさんが花を見繕いに行ったのを確認してから軽く溜息をつき、聖女様の方を見ます。聖女様は嘘をついたことが後ろめたかったのか目を泳がしていました。……まあ、悪いと思っているようなので何も言わないこととします。それと今度からはアレックス君か、ご両親が店番している時に来ようと思います。
「……あの、クノウ。すみませんでした」
「今度から気をつけましょうね」
謝罪をするほどのことでもない可愛い嘘でしたのでポンポンと頭を撫で、気にしてないという素ぶりを見せます。
それよりも長く教会を空けるのは心配ですし、早く花を買って帰るとしましょう。
ニーナさんに見繕ってもらった花を買い、花屋を後にしました。
「クノウさん!午後、行きますね!」
店の外までニーナさんが手を振って見送ってくださっています。
「ええ、お待ちしています」
僕が手を振り返して答えてると、聖女様がムスッとした顔をしていることに気づき、どう宥めようか考えました。
昼食を終え、午後も仕事に取り掛かります。
「神父様きたよ!」
「ええ、こんにちわ」
午後は仕事が一段落ついた人が教会に訪れてきます。神学院の実習で、前にここで働いていた三日間は最終日を除いてそんなに忙しくなかったのですが、僕が赴任してから毎日10人以上訪れてきて忙しいです。人口がそんなに居ない村でここまで訪れる人がいるのは異常です。その原因はわかりきっていますが……。
「聖女様、この前はありがとうございました」「まさか傷痕一つなく治っちゃうなんて思わなかったです」「さすが聖女様!」
そう、聖女様です。
彼女がいるせいか男女問わず人がよく来るのです。良いことではあるんです…。あるんですけど……正直忙しすぎるんです。もっとのんびりとした村での生活を想像していただけにこの忙しさは精神的に来るものがあります。それに僕は体力があまり無いのです。
「クノウさん、大丈夫ですか?」
「あ、ニーナさん。来てくれたのですね」
午後行くと言ってくれたニーナさんが来てくれていたようです。
「すみません、気づかないで。どうぞゆっくりしていってください」
「ありがとうございます。それよりも何だかんだ疲れてるように見えますが大丈夫ですか?そうだったら村の人には帰るように私から言っておきますけど」
一瞬、手を顔に当て確認しそうになりました。そんな事をすれば疲れているのを認めてしまうことになるので、グッと堪えてなんでもないフリをします。
「あはは、大丈夫ですよ 確かに少し疲れがありますが、皆さんと交流していけば疲れなんて吹っ飛びますから」
それにしてもニーナさんよく気が付きましたね。疲れを見せないように気をつけていたはずなんですけど。
「…………嘘ついてるの、バレバレです」
突然、ニーナさんが僕の手を取りどこかへ向かおうとします。
「あの、ニーナさん?」
向かった先は懺悔室のようです。
「入って」
「あ、はい」
今の彼女には有無を言わせぬ迫力があり素直に従ってしまいました。
ニーナさんも懺悔室に入ってきて、椅子に座った様子でしたが無言のままです。
「どうしてここに?」
「……ここなら少しは休憩できると思って」
どうやらニーナさんは懺悔室ならサボっているとは思われず、数分だけでも僕に休んでもらいたいと思って此処に連れてきたようでした。
「ではお言葉に甘えて」
僕は目を瞑り、体力が少しでも回復するように休みます。今日は特に忙しかったので正直、有難いです。
数分後、大分楽になったのでニーナさんに声を掛けました。
「すみません、だいぶ楽になりました」
「それじゃあ、出ましょうか。クノウさんをずっと独り占めしていると後が怖いですし」
彼女は冗談を言いながら懺悔室から出て行こうとしますが、少し引きとめます。
まだ、ニーナさんに言うべき事を伝えていないのです。
「ニーナさん、心配してくださり、ありがとうございました」
「え、えへへ。どういたしまして!」
ただの知り合いにここまで良くして下さるなんてとても親切な方です。少し彼女のことを誤解していたようです。
部屋から出ると扉の近くに不自然なほど人がいました。その人達はニーナさんを一瞬
でどこかへ連れ去ってしまいました。
「随分長かったですねっ」
ぽかんとしていたら、聖女様がなんだか不機嫌そうに話しかけてきます。
「ニーナさんはとても綺麗な方ですし、狙っている男性は多いと思いますから要らぬ嫉妬をされるかもしれません。なので二人きりになるようなことは避けるべきです」
「はあ」
いきなりの忠告で気の抜いた返事を返してしまいましたが、考えてみると聖女様の言う通りかもしれません。
「確かにその通りですね。今後は気を付けます」
僕がそう言うと、聖女様は機嫌が直ってきたみたいです。
「……それで、クノウはニーナさんのこと、どう思っているのですか?」
僕は、彼女が真剣な表情をしながら見つめてくることに、不思議に思いながら答えま
した。
「とても親切な方です」
さっき助けてくれたエピソードを話して、いかにニーナさんが親切だったのか語りました。
「だからこそ2人きりになってはいけませんね。もし彼女に好きな人がいて、その人に誤解されてしまうことがあったらいけませんから。いい人ですから幸せになってもらいたいです」
「そうですか。そうですよね。確かに彼女には幸せになってもらいたいものです」
話の途中からニコニコとご機嫌になっていた聖女様。
「どうやら私の敵ではなかったようです」
それはそうでしょう。あなたの敵は魔王だけですとは突っ込もうとしましたがやめときます。どうやら完全に機嫌が直ったようで安心しました。
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