第10話
学院最後の年は時間が過ぎるのが早く感じますね。
夏季休暇前の期末試験が終わり、ミリアさんが無事生徒会長に就任しました。
夏季休暇はいつも通り実家へ帰省して聖女さまと過ごし、休暇が終わると最終学年の僕らには神学院を卒業するための最終試験が待っていました。
家庭の事情や学年末試験を突破できなかった者達が退学していき、入学時点で100人以上いた生徒数は今や半分ほどとなっています。この学院は将来シーア教の重役を担う者を育てることを目的としているので、エリートの中のエリートしか卒業することを許されていません。
今残っているのは過酷な試練を乗り越えてきた人たちですので、皆さん今回の試験も突破できることでしょう。
「そういえば今回は勉強会を開かないの?」
「うん。最後は自分だけの力でやるべきだから」
僕が主催で開いていた勉強会はもう必要ないでしょう。というか正直面倒なんですよね。準備とか…。
ティアは神殿騎士に決まっていることで最終試験は免除されており気楽そうです。
「クノウ君も免除で良かったと思うのだけど」
「あはは、僕もその方が良かったんだけどね」
学院の要請で王立学院にシーア教の布教活動へ赴いたのですからティアと同じように免除してくれるのではないかと期待していたのですが、前例が無いため駄目だったようです。
「まぁ、頑張って合格してくるよ」
最終試験当日。
試験の内容は筆記、面接、神聖術の行使でした。これでも僕は優等生でしたので、どの科目も自信を持ってやり切ることが出来たと思います。
2日後、掲示板に合否が張り出され、僕は合格することができたようです。
これで後は卒業するだけです。
神学院を卒業するまで6年生は自主学習となり、僕は主にティアとの剣術の稽古や近くの孤児院に赴き手伝いをして過ごしました。
そして春になり、神学院を卒業することとなりました。僕は首席での卒業となった為、卒業生代表として挨拶しました。
「スピーチお疲れ様」
「ありがと」
卒業式が終わった後は卒業パーティーが行われ、僕はティアと一緒に楽しんでいます。
「パーティーが終わったらすぐ出発するの?」
「…うん」
ティアは神殿騎士としてもう仕事が入っているらしく、明後日から働き始めるそうです。
「僕らの代で1番偉くなるのはティアかもしれないね」
「そうかな?クノウ君は出世とか興味ないの?」
「ないよ。僕は村の教会でゆっくり過ごしたいんだ」
「………そっか」
僕の教育に力を入れてくれた両親には申し訳ないけど、司教や枢機卿を目指すつもりはないのです。それよりも優先することが僕にはありますから。
そして、長かったような短かったような学生生活が終わりました。
派遣される教会が決まるまで実家に戻り英気を養います。僕が帰ってきたことで父母は勿論、年の離れた弟たちも喜んでくれています。弟と妹は双子で僕が学院に入学した次の年に生まれました。
「クノウ、卒業おめでとう」
「ありがとうございます、お父様」
「しばらくはゆっくりできるのよね?」
「ええ。教会に派遣されるのは2ヶ月後ですので、それまで羽を伸ばそうと思います」
「やったぁ!じゃあじゃあ、いっぱい遊びましょ」
学院で兄弟の話を聞いていると仲が悪かったり、口も聞かない関係の人もいるみたいですが、僕は年の離れた兄弟である為か、可愛くてしょうがなく甘やかしていたら凄く懐いてくれました。弟たちに手を引かれながら部屋へ行こうとしましたが、父に少し引き止めらます。
「すまんな。3日後、クノウには行ってもらわなくてはいけない所がある」
「えー」「そんなぁ」
弟たちはシュンと残念そうにしてくれます。
「あなた、もう少し後でもいいんじゃありませんか?」
弟たちの様子を見た母が父にそう問うと、
「私もそうしたいのは山々なのだが、あの方がクノウに会いたがっているからな」
あの方?……ああ、聖女様のことでしょう。弟たちがいる手前、聖女様と口に出すのは憚れるのでそう呼んだのですね。
「分かりました。それじゃあ明日と明後日はいっぱい遊ぼう?」
「…ん」「はい…」
ワガママを言わずきちんと言うことを聞いてくれた弟たちの頭を撫でます。
「兄様、夜一緒に寝ましょ?」
「学院でのお話聞かせてください」
素直に甘えてくれる弟たちが可愛いです。
「いいよ。じゃあ夜、僕の部屋へおいで」
「「はい!」」
3日後、弟たちと遊びまわったことで若干疲れを感じていますが、気合いを入れ直し聖女様に会いに行きます。
「馬車を用意させてある。それに乗り向かってくれ」
「クノウ、気をつけてね」
「兄様、いってらっしゃい」
「いってらっしゃい」
家族全員に見送られながら馬車に乗り、聖女様が住む屋敷へ向かいました。1時間程で到着。学院の長期休みにはいつも訪れていた場所である為、ここで働く人達にも僕の顔を覚えられており、すれ違った人達と軽い挨拶をしながら目的の場所まで移動します。
「クノウ」
後ろから鈴を転がすような声で名前を呼ばれ、振り向くと聖女様がいました。
「聖女様、お久しぶりです」
「はい、夏以来ですね」
彼女はこちらに柔らかな微笑みを向けてくれました。活発だった聖女様も自分が何者なのか自覚したことで落ち着いた雰囲気を纏うようになりました。
「あちらへ行きましょう」
案内された場所は、僕が学院に通う前に彼女のお世話をしていた時に使っていた部屋でした。彼女は人払いをし、僕と聖女様2人だけとなりました。
「聖女様「違うでしょう。2人の時はどうするのでしたか?」
「…ルーナ」
「はい。ほら、此方に座って」
ソファに2人で座り、聖女様は僕の肩に頭を乗せてきました。
「ふふ」
嬉しそうに微笑み、僕の手を取り恋人同士が行うような手繋ぎをしてきます。
「ルーナ?」
「なぁに?クノウ」
「えっと、これはどういう事ですか?」
人払いをして2人っきりになったのも久しぶりであるし、その後の行動も不可解だったので僕は疑問を投げかけました。
「ただ私がこうしたかっただけです。あの約束からずっと我慢してきたのよ?」
「約束…」
「ふふっ、わかっているのでしょう」
彼女はいつもと違う笑みを浮かべ、僕を見つめてきます。13歳がしていい表情じゃありません。分かるのだけど分かりたくない。
「神学院に通うのに約束したよね?卒業後はずっと一緒だって」
そう言いながら僕の正面から抱きつき、上目遣いで僕の方を見てきます。そう。聖女様が僕の学院入学を認めてくれなかった為交わした条件です。すぐ忘れるだろうと安易に約束をしただけだったのですが、まだ忘れていなかったのですか。どうしましょう。なんとか断る方法はないか。
「ずっと一緒って事はもう恋人のようなものよね。本当に待ち遠しいかったのよ。クノウが私のものになるのを…」
ギュッと抱きしめる力が強くなる。これは…断れないかな?受け入れてしまったらどうなるか。まず最悪なことに魔王討伐の旅に同行する羽目になります。かなりの確率で僕は死ぬことになりそうです。そうなれば僕の夢は果たされません。ここが僕の踏ん張りどころ……!
「申し訳ありません」
「なんで謝罪をしたのですか?」
目に光が宿っていないように見える。怖いので聖女様を抱きしめ、顔を見えないようにします。
「ひゃあっ」
「僕は聖女様と一緒にはいられません。僕は神父として多くの人の助けになりたい。その為に様々な教会に派遣してもらい経験を積んでいきたいのです。約束をしたにも関わらず申し訳ありません。ですが、どうか僕の我儘を聞き入れてもらえませんか?」
言い終わり覚悟を決めて聖女様の顔を見ると怒っているのか顔を赤くし、目を潤ませていました。真剣な顔を作り、もう一度お願いしてみます。
「ルーナ、お願いします」
「〜〜っ」
聖女様の機嫌を損ね、お偉いさんに知られてしまったら僕はどうなるか分かりません。内心ビクビクです。でも…ここで引くわけにはいかないのです。
「ううぅ〜〜」
彼女は数十秒悩んだ後、決断したような顔となりました。
「……………ではこうしましょう。クノウの派遣先の教会に私も同行します。これなら問題ないですね」
おっと、そう来ましたか。お偉いさんの許可は出るのか聞くとなんとかするとのこと。僕としては聖女様はここに残り、僕一人で派遣先に行くことが理想でした。しかし、ここまで言わせてしまったらどうすることもできません。それに聖女様が譲歩してくれたのだからこの提案を飲まないわけにはいかないでしょう。僕は彼女の提案を受け入れました。僕一人でのびのびしたかったのですが仕方ないです。あと、2年後の魔王討伐はどうするのかとか聞いてみたい気もしますが、僕の都合の悪い答えが出てくるような予感がして聞くに聞けません。もし魔王討伐に同行するように言われたら何としてでも断れるように準備する必要が出てきましたね。
「私、ここ以外で暮らすのは初めての経験です。楽しみだなぁ」
ワクワクとしている聖女様。僕はこれからのことを考えると目眩がしてきましたが、表には出さず聖女様を見ながらニコニコしています。
「ずっと一緒にいましょうね」
そう言う彼女はとびきりの笑顔をこちらに向けました。
「クノウさん、手紙来てますよ〜」
「ありがとうございます」
聖女様の屋敷に暮らして1ヶ月、手紙で僕の派遣される教会について知らされました。
「クノウ、何が書いてあったのですか?」
手紙を見ていたら、気になった聖女様がこっちに来ました。
「派遣先の教会が決まりました」
予想通り、講習で行ったマルロ村に決まったみたいです。希望していた教会に派遣されることとなり、ホッとします。真面目に頑張った甲斐があったというものです。手紙には、以前実地講習でお世話になった神父が引退する為、僕一人だけで教会を管理することになるようです。
「マルロ村ですか。どんな所なの?」
「村人は良い人ばかりで、のどかな村ですよ。きっとルーナも気に入るはずです」
聖女様はいろんな人の反対を押し切り、僕についてくる事になりました。彼女も今まで文句を言うことなく聖女の仕事をこなしてきたおかげなのか、このような我儘を聞き入れてもらえたのでしょう。
「クノウがそう言うなら安心して過ごせそうですね」
「ええ。仮にルーナに危害を加えるような輩がいたとしても僕が守ります」
「そっ、そう?頼りにしてます」
聖女様に傷でもついたら僕が教会に殺されるので命がけで守るしかありません。今死ぬか後で死ぬかの違いしかないですからね。
「ではルーナ、マルロ村に行くまでにちゃんと勉強してくださいね」
「ゔ、………はい」
返事をした聖女様はすごすごと勉強室に戻っていきました。後で差し入れを持ってくとして…先にマルロ村に派遣されるまでに準備しておくべきことをリストアップします。僕一人だけなら適当にやっていましたが、聖女様が一緒に来るのです。準備不足にならないようにしなくてはいけません。手紙には、彼女が不自由な生活を送ることは許されないと付け加えられています。
「はぁ」
これからの苦労する生活を考えたらつい溜息を零してしまいました。僕の夢が叶うのはまだ先のようです。
*ここまでお読みいただきありがとうございます。ストックがつきましたので、再開までしばしお待ちください。
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