第9話

これは後日、メルヒナさんから聞いた話です。注意してほしいのですが、メルヒナさんの主観が多分に含まれておりますので、話7割程度で聞いてもらえると助かります。


僕がメルヒナさんの悩みを聞いた翌日、彼女はキルヒ様と話をしにいきました。

いつもキルヒ様は鬱陶しそうにしながらも、一応婚約者であるからか話を聞いてくれるそうです。ただ今回キルヒ様のところへ行くと、彼はメルヒナさんのことを睨み、怒りを露わにして一方的に責め立ててきました。


「メルヒナ、お前アイリスに嫌がらせしてるんだってな」

「そっ、それは「言い訳はいい」


ちょうど今朝、彼はアイリスさんがメルヒナさんやその取り巻きに虐められているとの話を耳にしたようです。 


「いつも俺に王子として相応しい振る舞いをしろと言っておきながら、お前は俺の婚約者としての振る舞いができていないじゃねえか」


彼はアイリスさんの好感度を上げることができ、前から気に入らなかったメルヒナさんを一方的に言葉で殴りつけられると思ったのかそれはもう気持ち良さそうであったとのことです。


「メルヒナ嬢にはガッカリだぜ」

「ええ、キルヒ様の婚約者として相応しくありませんね」


それに便乗して王子の取り巻きのクリスさん、ナイルさんまでもがメルヒナさんを責め立ててきたそうです。メルヒナさんは家格が同格のナイルさんはまだしも、伯爵家のクリスさんに罵られたことは許し難いことだったらしく、内心怒り心頭にしていました。

長時間、言い返すことをせずキルヒ様達の言葉に耐えていると、部屋の外からノックする音が聞こえ、入室を許可するとアイリスさんがやって来ました。


「「「アイリス」」」

「ごめんなさい。どうしてもメルヒナさんに聞きたかったことがあったから来ちゃいました」 


アイリスさんはどうして自分を虐めたのか、メルヒナさんに聞いてきました。彼女の問いに答えようとしましたが、クリスさんが割って入り、


「それは簡単なことです。キルヒ様と仲良くしているアイリスさんが気に入らなかったからでしょう。まったく…」


と勝手に答えたそうです。


「そんな…」 


それを聞いたアイリスさんは悲しみで涙を流し、王子達が彼女に寄り添っていきました。キルヒ様達はそんなアイリスが可哀想だったようでメルヒナさんに謝るように命令してきました。キルヒ様達に命令されるのは癪だったようですが、アイリスさんには悪いと思っており、ここは素直に謝ったようです。メルヒナさんが謝ると、アイリスさんは泣いていたのが嘘のように満面の笑みを浮かべ、許してくれたようでした。


「うん、いいよ!メルヒナちゃん!」


アイリスさんの慈悲に感動したのか王子達は彼女を褒め讃えたそうです。

そして最後までメルヒナさんの弁明を聞いては貰えずに部屋から追い出され、この話は終わりました。


僕にその事を報告し終えると、前に言ったようにメルヒナさんはキルヒ様のことは諦めたようでした。というか、諦めたというより恋の熱が完全に冷めきったように感じます。

どこかのタイミングで婚約破棄を言い渡されるであろうとのことです。もしこの事で公爵家でも居場所がなくなってしまったのならば、シーア教の教会を訪ねてみてくれと勧誘すると、「それもいいですね」と返事が返されました。

王立学院での1年間は濃い日々でした。

何人かの女子生徒がシーア教に熱心になってくれて、僕によく話を聞きにきてくれるようになりました。特に熱心な方とは休日に一緒に教会まで行ったりもしたものです。1年間と短い期間でしたが、僕はシーア教の素晴らしさを教える事ができ、達成感と共に貴族の学院を後にしました。




そして1年ぶりに神学院に帰ってきました。1年間不在だっただけなのに何もかも懐かしく感じます。僕は今年で6年生になり、あと1年でこの学院ともお別れですね。


「クノウ君、おかえりなさい」


門を潜るとティアが待っていてくれました。少し背が伸び、大人の女性に近づいたように感じます。


「ただいま」

「少し、背が伸びたね」

「うん、ティアもね」

「1年間、貴族の学校はどうだったの?」


僕は仲良くなった人のことやシーア教の布教の成果、男子生徒を侍らしていたアイリスさんのことなど沢山の思い出を話しました。


「濃い1年間を過ごしたみたいだね」

「あはは、そうだね。ティアはどうだった?」


ティアの話を聞くと、なんと彼女は神殿騎士に内定したそうです。シーア教の神殿騎士は30名も居らず、精鋭中の精鋭だけが名乗れるのです。それ以外はただの騎士か神殿騎士見習いと言われています。学生のうちに神殿騎士の内定が取れたティアは相当凄いのでしょう。もしかしたらティアは物凄い大物になるのかもしれません。


「これでまたクノウ君のお世話ができるね!」


1年の間に成果を出した幼馴染が遠くに行ったように感じていたら、相変わらず世話焼きみたいでホッとしました。


「いや大丈夫だよ。貴族の学院では1人で出来ていたし」


まぁアベルさんや女子生徒が何かと助けてくれたけど…。そのことはティアには言いません。

その後もティアが神学院で起きたことを話してくれました。僕と再会したことが本当に嬉しそうでこっちまで嬉しくなります。思わず頭を撫でてしまったほどに。


「クっ、クノウ君!?」

「あっ、ごめん。思わず…」


パッと彼女の頭から手をどけます。気が緩みやってしまいました。


「あっ…」

「ティア?」

「…いや、なんでもないです。それより!クラスのみんなもクノウ君を待ってるよ」


背中を押され、急かされるように教室に向かわせられます。良かった。怒ってないみたいです。

僕達が教室に入ると一斉にクラスの人達がこちらに駆けつけてくれました。


「お帰りなさい 」「お久しぶりです」「 寂しかったですよ 」「クノウ様がいない1年間は地獄でした 」「やっと拝められる 」 


なんか変なことを言っている人もいるけど、僕が帰ってきたことに喜んでくれているようなので皆さんに挨拶しておきましょう。


「お久しぶりです皆さん、また1年間よろしくお願いします」




一応元生徒会長として後輩の様子を見に、生徒会室にやってきました。


「クノウ先輩!?」


生徒会室へ入ると、僕から会長を引き継いだルーク君が驚いた顔で僕を見ました。 


「やあルーク君、ただいま帰りました」

「あっ、お帰りなさい。思ったより早かったですね」

「ええ。それよりも会長の仕事は慣れましたか?」

「はい、なんとか。大変でしたよ、先輩こんな事何年もやってきたんですね」


彼から自分がどれだけ苦労したかを長々と聞かされました。話を聞くとルーク君は今期で会長を辞めるようです。


「そうだ、先輩また生徒会長する気はないですか?」

「僕ももう懲り懲りですよ。学院最後の1年間はゆっくり過ごそうと決めているんです」

「そうですか。じゃあミリアで決まりですかね」


どうやらミリアさんが次期会長となる予定らしいです。彼女なら卒なく会長をこなせるでしょう。


トントン


ルーク君と話しているとドアをノックする音がして振り向くと、話に出ていたミリアさんがやってきました。


「お久しぶりです、ミリアさん」


ミリアさんも少し見ないうちに背が伸び大人っぽくなったように気がします。 


「えっ、クノウ様!もう戻られていたのですね」


驚いている様子を見せた後、嬉しそうな顔を見せてくれました。 


「生徒会長に立候補するらしいですね」

「はい。お二方みたいに務まるかわからないですけど、頑張ってみたいと思いました」

「大丈夫だろ。俺よりも優秀だし、やっていけるさ」

「ええ、僕もそう思います」


僕もルーク君も、ミリアさんが生徒会長になることに心配はなく彼女になら任せられるという信頼があります。


「まあ、もう数ヶ月先のことだしまだまだ準備期間があるから不安なことがあったらなんでも聞いてくれ」 


本当、ルーク君は頼もしくなったなぁと思います。後輩が成長していて嬉しい気持ちになりました。




生徒会室を出て寮へ帰えると、ティアが僕の部屋の前で待っていました。 


「なんでいるの?」

「言ったじゃないですか。また前みたいにクノウ君のお世話をする為だよ」

「ええ…」


お世話しなくても大丈夫だと僕も言ったはずなのですけど…

やる気十分と言った感じでこちらを見てくるティアさんです。こうなったら何を言っても聞いてくれないことは分かっているので、お言葉に甘えてしまった方が楽でしょう。

ティアが部屋の掃除を始めて数分したタイミングで、扉をノックする音が聞こえました。


「はーい、今開けます」


扉を開けるとミリアさんがいました。 


「失礼します。クノウ様、部屋の掃除をしにきました」


そっ、そうでした。学院のお金を代わりに払う代わりに僕の身の回りのお世話をお願いしていたのをすっかり忘れていました。


「あー、大丈夫ですよ。ほら今日ここに着いたばかりですし」

「でしたら荷物の整理を手伝わせて貰います」

「それももう終わりましたからっ。今日は帰っていただいて構いませんよ」


なんとなくティアとミリアさんを鉢合わせたくないと思ったので、ミリアさんにはもう帰ってもらいたいのですが…。


「クノウ君、お客様ですか?」


おっと、ティアがこちらの様子を気になったのか来てしまったようです。


「「え」」


ミリアさんとティアはお互いをじっと見つめ合っています。


「あの、クノウ君、こちらの方は?」


そう言ったティアの様子は笑顔なのに凄く怖く感じてしまい、それを紛らわせるかのように僕は早口でミリアさんの紹介をしました。


「彼女はミリアさんで、生徒会の後輩です。えっと、前にティアの代わりに部屋の掃除とか手伝ってもらっていたんだ」

「……………そうですか。私にあれだけ大丈夫って言っておいて他の方に手伝ってもらっていたんですか」


……そうですよね。今の言い方だとティアが怒るのも無理はないですよね。


「ご、ごめんなさ「違うんです。お金に困っていた私をクノウ様に助けて貰いまして、代わりに色々とさせてもらっていただけなんです」

「色々…」


小さく呟いた後、ティアはミリアさんの方を向きました。


「すみません、挨拶が遅れました。ティアと申します。クノウ君とは幼馴染のような関係です。私が忙しかった時にクノウ君のお世話をしていただきありがとうございます。今後は私が全て行いますからミリアさんはもう来なくていいですよ?」

「いえいえ、私はクノウ様に恩がありますので、それを返すまでずっと来る所存です。ティア先輩こそ幼馴染だからって男女が2人きりで部屋で過ごすのは良くないですから、私に任せてください」


なんだかティアとミリアさんが言い争いを始めてしまっています。どうすべきか。2人に任せたことがよくなかったのでしょう。2人の話し合いに割って入り、謝罪をしてから、もう自分のことは自分でやると彼女達に言ってみました。


「駄目です」

「心配です」


とのことで即却下され、また2人で言い争いを再開してしまいました。

このままだと永遠に話し合うんじゃないかと思い、覚悟を決めて手を挙げ意見を出してみました。


「部屋の掃除のことはミリアさんに任せたい」


ティアがショックを受けたような顔をします。


「どうして?」


ミリアさんの方を向き、事情を説明していいかと尋ねると彼女は首を縦に振りました。


「ティアだから言うけど、彼女が学院に通うための費用を僕が代わりに出してあげているんだ」

「なっ!」

「その代わり、生徒会に入ってもらうことと、僕の世話をしてほしいと頼んでしまっていてね」

「なんでそこまで…」

「彼女が優秀だから。お金がなくて学院を去ることになるなんてあってはならないと思ったんだ。これもシーナ教のためさ」


ティアは不満そうにしているけど、シーナ教のためと言われ何も言い返すことはありませんでした。


「…………分かった」

「ティアには他に頼みたいことがあるんだ」

ティアは俯いてしまった顔を上げて僕を見ました。

「僕に剣の稽古をして欲しいんだ。王立学院で剣術の授業があってね。上達したいと思ったんだ」


ティアは不満そうな顔が一変、パァ!と喜びの表情へと変化しました。


「そうなんだ!任せて。私がみっちり稽古の相手をするから」

「うん、お願い」


一応両者納得してくれたみたいかな?今日は2人とも帰らせようとしたところでミリアさんが袖を引っ張ってきました。


「あのクノウ様…」

「ん、なんですか?」

「私と話す時も敬語で話さないでくれませんか?」


上目遣いでお願してきたミリアさん。それを凄い目で見てるティア、は見なかったことにしましょう。まぁ、断る理由をありませんし。


「うん、分かった。改めてよろしく、ミリア」

「はい!」

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