第8話
入学してから数週間、今日もメルヒナさんからお茶会の誘いがあり、それに参加させていただいています。
「あら、それではクノウ様は剣術も魔法もしたことがなかったのですか?」
「はい、幼少期から神聖術しか扱ってきませんでした」
話題は魔法や剣術といった貴族の嗜みについての話になったのですが、僕はそれを習ったことがないと発言したらみんなに驚かれました。なんでも僕の魔力量は貴族の中でも多いようで、当然魔法を扱えるものだと思われていたようです。
「そうでしたか。魔法で良ければ僭越ながらわたくしがお教えしましょうか?」
「あら」
「まぁ」
メルヒナさんの発言に取り巻きの令嬢達が声に出して驚いています。
「ですが、メルヒナ様のお時間を頂くのは申し訳なく「遠慮なさらず。こう見えて魔法はこの学院一という自負があります」
メルヒナさんは小さい頃から魔法が得意なことで有名で、王国の宮廷魔法使いの一人に勝ったこともある凄い人なのだと取り巻きの人が教えてくださいました。
「ではお言葉に甘えさせていただきます。メルヒナ様、よろしくお願いします」
「ええ、クノウ様なら直ぐに上達することが出来ますわ」
確かに将来、村の教会で働くことになって盗賊や魔物なんかが村を襲ってきたときに自衛くらいは出来るようになった方がいいかもしれません。魔法は貴族の血が流れていないと扱えませんが幸い、僕は両親ともに貴族の血が流れており魔法を扱うことができるので教えてもらいましょう。
この話は終わり、次々と話の内容が変わっていきます。彼女達の話についていくのには苦労しますが、有益な情報をいくつも貰えるので有難いことです。
「メルヒナ様、そういえば来週から新たに編入してくる生徒がいらっしゃるそうですわ」
「あら、初耳ですわね」
「なんでも子爵家の方で事情があって入学してくるのが遅れたようです」
「そうですか。この時期ですと、ある程度グループが固まってしまい生徒の輪に入ることが難しいかもしれませんね。その方が困っていましたら気にかけてあげて下さい」
「はい、勿論!」
「さすがメルヒナ様ですわ」
こういう所があるからメルヒナさんはみんなに慕われているのだと感じます。
今日のお茶会がお開きになり、全員がサロンから出ようとする中で僕はこっそり取り巻きの一人に小声で呟きました。
「それでは後で」
「……はい」
今日最後の授業が終わり、アベルさんに別れの挨拶をしてから校門へと向かいました。
「すみません、待ちましたか?」
「いっ、いえ私も今着きましたから!」
待っていたのはメルヒナさんの取り巻きの一人であるナナリーさん。今日は彼女と約束を取り付けていました。
「それでは行きましょうか」
「はっ、はい…」
なんとナナリーさんはシーナ教に興味を持ってくれたようで王都にある教会へ一緒に行かないかと誘ってくれたのです。
人の多い王都であるため教会もとても大きく、退屈はしないでしょう。
王立学院から歩いて数十分で着きました。教会の中へ入ると礼拝に来た信者、ここで働いているシスターや神父がおり、賑わっています。
「わあ、結構人がいますね」
「ここは王国の中で1番大きな教会ですから。遠くから王都に来た人が観光でここに来たりもするらしいですよ」
ナナリーさんは教会に初めて来たらしく物珍しそうに周りを見渡しています。
「ここは主聖堂。メインで使われている聖堂です。この教会にはあと2つの聖堂があってそちらは小聖堂と言います」
あと奥に神様へ祈りを捧げるための聖壇が設置されていることも説明しておきます。
「せっかくですから一緒にお祈りしましょうか」
「はい!」
信者が聖壇前で順番待ちをしているので僕達もその列に並び、その間に教会内の壁に掲げられている神様や教祖シーアと思われる絵画、雄大な自然を描いた絵画についての説明をしていきました。ナナリーさんは熱心に僕の目を見て聞いてくれて、説明のし甲斐があります。
聖壇前が空き、僕達の番になったのでお祈りを捧げます。僕の祈りはいつも同じで、悪い神父になれますようにです。神様にお願いすることではないと思われるかもしれませんが、教典に書かれている神様は寛大な方らしいので大丈夫でしょう。
祈りを終え、横にいるナナリーさんの方へ向くと彼女もこちらを見ていたらしく目が合いました。
「あっ」
どうやら自分の祈りが早く終わってしまってどうしたらいいかわからなかったのでしょう。微笑ましく思い、僕は声は出さずに笑ってしまいました。
「すみません、お待たせしまって」
「いっ、いえいえ!!」
何故か挙動不審になっている…。
「待っている方もいますし早く退きましょうか」
ナナリーさんの手を引き、聖壇から離れます。
「あっ…うへへ」
次はどこを案内しようか少し迷っていたら背の高い神父の方が話しかけてきました。
「おっ、クノウ君じゃないか!」
「ズンフ司祭様」
「今日もお祈りかい?熱心だねぇ」
「それも有りますが今日は彼女に案内をしているんです」
「そうか、それじゃあお邪魔しちゃ悪いね。ゆっくりしていってね」
そう言うとズンフ司祭は僕達から離れ、他の信者に話しかけにいきました。
「クノウさんはここの司祭とも仲良しなのですね」
「ええ、休日はここに来るようにしていますから。ここで働いている方とは全員顔見知りになりました」
「…凄いです」
「では気を取り直して他のところも見ていきますか」
「そうですね。あっ、クノウさん、あっちの部屋はなんです?」
「あそこは告解室と言って自分の罪を告白し神様に許しを得るための部屋ですね」
神父と信者の方が別々のドアを開き中へ入っていったのを見たからか興味が湧いたようです。
「へぇ、そういうのもあるんですね」
ナナリーさんは疑問に思ったことを遠慮せず次々と問いかけてくれるので僕も気合いを入れて答えていき、シーア教のことを深く伝えることが出来たと思います。
「そうだ、このあと小聖堂で神父様のお話が聞けるらしいです。良ければ行きませんか?」
「是非!」
次の日、教室に入るとアベルさんから詰め寄られました。
「クノウ君、昨日ナナリー嬢とデートしたんだって?」
「えっ?いえ、ナナリーさんと教会の見学に行っただけですよ」
「それだけか?2人で食事をしているところを見たって言う人がいるんだけど」
「あー」
思わず目を逸らしてしまいました。確かに教会見学の後、ナナリーさんに食事でもどうかと誘われ、一緒に夕食を食べたのでした。
それを見た生徒の方がいたようで噂が広まり、主に男子生徒が騒ぎ立てているようです。
そこまで騒ぐようなことではないと思ったのですが、どうにもナナリーさんは男子生徒からの人気が高いらしいです。というかメルヒナさんの取り巻きだと思っていた3人は全員人気が高いご様子。ナナリーさんはメルヒナさんの取り巻きの一人としか見ていなかったのでそこまで人気だったとは予想外です。
アベルさんには例の布教活動だと言って納得してもらえましたが、他の男子生徒に恨まれていそうなので今後はもう少し慎重に行動しようと思います。
メルヒナさんに魔法を教わったり、シーア教の布教を行ったりしていると時間が過ぎるのが早く感じます。
シーア教の布教は、影響力がある4人がシーア教に熱心になってくれたら布教活動が楽になったのですが、4人共あまり興味がないようなので地道にやっていっています。一般生徒にも何度かアプローチしており、話しかけシーア教に対してどう感じているのか探ったりもしてみました。
男子生徒はあまり興味がない様子で、女子生徒は僕に熱心に話しかけてくれて男子生徒よりもシーア教を伝えられる可能性は高いように感じました。僕がこの学園にいるのは1年間しかなく、そこまで期待していないと思うのでシーア教の勧誘はそこそこで貴族の学校を楽しもうと思っていたのです。しかし布教に手応えを感じ、やりがいが出てきてしまった僕は結構真面目に布教活動を行なうようになっていました。
そんな学園生活を送っていたのですが、3ヶ月が経った頃、何か学院の様子が変わったのに気づいたのです。
「ここ最近なんだか女子生徒の機嫌が悪くないかい?」
「……アベルさんも気づかれましたか」
女子生徒がなんだかおっかない雰囲気です。男子生徒はそんな女子生徒を刺激しないように気を使っています。
「原因はアレですかね」
「そうだね」
2人でその原因であろう人たちを見ます。
「ははっ、アイリスは面白いな」
「えっ、そうかな?」
「ええ、私たちにはない視点を持っていてとても興味深いです」
「そうだ、今度みんなでその店に行ってみるか」
なんとアイリスと呼ばれる子爵家令嬢の生徒が第二王子キルヒ様、宰相の息子のクリスさん、公爵家嫡男のナイルさんの3人を侍らせているのです。あの大物3人がたかが子爵家の令嬢に言い寄っているものだから、他の令嬢はそれはもう不満そうでどこか学院中全体がピリピリしているように感じます。
「凄いですよね、彼女。どうやってキルヒ様達とあんなに仲良くなったのでしょうか」
「ああ、全くだ。こっちはそれで居心地が悪くなってるってのに呑気なものだよ」
アベルさんが嫌味を言ってしまうほど、あの4人以外の空気は最悪です。
「まぁまだクノウ君が取られてないからこの程度なんだろうけど」
僕はあの3人にどうやってあんなにも好かれたのか興味が湧き、アイリスさんが一人の時を狙って話しかけてみました。
「アイリスさん、少しいいですか?」
ちょうど僕が話しかけたタイミングで、周りがざわつきはじめて何かあったのか気になりましたが、今はアイリスさんとの会話を優先します。
「あっ、あなたはクノウさんですよね」
「はい。覚えてもらえてるとは光栄です」
「あはは。クノウさんは目立つから…っじゃなくて目立ちますから」
敬語じゃなくて話しやすいように喋って構わないと言うと、「じゃあ…」といつもの彼女の話し方で喋ってくれました。
彼女は話し方や素ぶりがあまり貴族らしくなく、それを指摘したらその事情を話してくれました。
「私って9歳まで孤児院で暮らしていて、子爵家には養子として迎え入れてもらったんだよね」
「なるほど」
大貴族の彼らは貴族や使用人以外と関わった事がないからか、周りとは違う貴族らしからぬ彼女に惹かれたのかもしれません。
「だから、まだ貴族とのやり取りなんかは苦労してるんだ。あはは」
やはり貴族家令嬢として相応しくなさそうな笑い方をしているアイリスさんですが、彼女に惹かれたキルヒ様達の気持ちも分かった気がします。
「そうですか。困ったことがあれば僕も力になります」
「うん、ありがと。なんだろ?クノウ君はなんか話しやすい!」
「それは僕が貴族ではないからですかね」
「そうなんだ…ねえまた2人で話そうね」
「はい、喜ん「おい、アイリスと何を話している!」
彼女と話していると第2王子のキルヒ様が話に割り込んできました。アイリスさんが僕と話しているのを見かけてすっ飛んできたようです。
「少し彼女と雑談していただけです」
「そうか、じゃあもういいだろ。アイリス、行くぞ」
挨拶をしにいった時は僕に微塵も興味がない様子でしたが、今は僕に凄い敵意を向けてきています。それほど彼女は大切な存在となっているのですか。
「う、うん。じゃあね、クノウ君」
「ええ、さようなら」
別れ際、キルヒ様に小声で彼女に関わるなと言われてしまったので、これ以上アイリスさんには近づかないようにしようと思いました。
「あれ?」
2人が去るのを眺めながらふと思ったのですが、キルヒ様は公爵家令嬢のメルヒナさんの婚約者じゃなかったのかと…。
ーーこの状況を利用できる手はないか
シーア教にとってどう行動するすれば利益となるか考えますがまだ思いつきません。
とりあえずメルヒナさんとはこれまで以上に仲良くしておこうと思います。
アイリスさんと話してみたら、良い人ですが、ちょっと貴族について勉強不足なようです。もし仮にメルヒナさんと婚約解消して、アイリスさんがキルヒ様の婚約者になってしまったら、この国は苦労しそうですね…。
ナナリーさんと教会に行って以降、お茶会には呼ばれることが少なくなりましたが、メルヒナさん個人とはそれなりに接する機会があり、親しい間柄となったように思います。ただ最近は何かと忙しいようで2人で会うことも無くなっていました。そんな折、久し振りに2人で会いたいとの事で、いつも使っているサロンに呼ばれました。サロンに入ると、歓迎されましたがメルヒナさんはどこか元気が無く感じました。
「呼び出してしまって申し訳ないありません。クノウ様に相談に乗って欲しいことがありまして」
「お呼びいただけて光栄です。自分でよければ構いません」
僕が快諾すると彼女は話してくれました。キルヒ様との婚約について 。5歳の頃に初めて会った頃から好きになって、彼の婚約者として恥ずかしくないように頑張ってきたのだと。それなのに貴族として何も努力してきていないような娘に熱を上げているキルヒ様を見て、彼に一度注意したが聞き入れてもらえず、つい魔が差してアイリスさんに意地悪をしてしまったとのこと。
これは……。
数秒考えた末、僕は好きな人のために努力してきた事は褒め、子爵家令嬢に対して行った事はいけないことであると諭します。そして第2王子と話し合うべきだと言いました。なんというか人並みのことしか言えていなくて自己嫌悪してしまいそうです。
「あなたの好きな人の為、何年も努力してきた事は誰にでも出来ることではありません。あなたはとても立派な人です」
「……」
「自分より頑張っていない方がキルヒ様に気に入られて腹が立ってしまうのも仕方のないことだと思います。意地悪だってしてしまうかもしれません。ですが、それは貴方が何年も努力してきたことの1つを台無しにしている行為なのではないでしょうか?」
彼女の手を両手で握る。
「僕は日々努力してきた方には報われてほしいと思っています。貴女がすべきなのは婚約者であるキルヒ様と話し合い続けることだと思います。何年も婚約し続けていたもの同士分かり合っているつもりでも言葉にしないと分からないことだってありますから」
彼女の目を見ながら僕なりに真剣に答えると、顔を赤くしてか細い声で「…はい」と返事が返ってきました。
「あの…ありがとうございました」
「いえ、力になれたのならば嬉しいです」
「クノウ様に相談に乗っていただけで良かったですわ。もう一度キルヒ様と話してみようと思います」
一度キルヒ様に注意している彼女がまた無視されて傷つくかもしれませんが、メルヒナ様は好きな人の為ならば何度でも諦めず努力できることでしょう。
「それでも駄目でしたら諦めることとします」
「え?」
諦めちゃうんですか。あんなに頑張ってきたのに…。
「ふふっ、驚いた顔も素敵ですわね」
冗談を言っている彼女に問います。
「いいのですか?」
「はい。キルヒ様とは縁がなかったのだと諦めますわ。……それにもっと魅力的な方がいるかもしれませんからね」
そう言って、彼女はこちらを見て微笑みました。
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