第7話
「王立学院に1年通ってほしいですか…」
ミリアさんとの過ごす時間を増やし平民のことについて学ぼうと思っていた矢先、職員室に呼び出された僕は先生からあるお願いをされました。それは王立学院に1年間通い、シーア教の素晴らしさを伝えてくるようにとのことです。
「ええ、そうなのです。残念なことに貴族の若者は信心深い方が少なくなってきており、ここで動かなくては将来王国でのシーア教の影響力が縮まってしまうのではないかと我々は危惧しているのです」
王立学院とはこの国にいる貴族の子女の殆どが通う学校です。神学院は10歳に入学して6年間通うことになるのに対して、王立学院は14歳〜16歳の間に入学して3年間通うことになります。ですから神学院を卒業してから王立学院に入学する貴族も少なくありません。なのでそういう方にお願いしたほうがいいのでは無いかと先生に提案したのですが…
端的に言うと「頼んでもやってくれない」と、先生はオブラートに包んでそう言いました。
「勿論、講師として神学院の先生も派遣します。ただそれだけでは足りないと判断したのです」
だから神学院の生徒を貴族の生徒の中に紛れさせ、授業内外問わず広めていこうと計画しているとのことでした。
「生徒会長でこの学院の模範となっているクノウ君にしか出来ないことなのです。頼まれては頂けませんか?」
僕は限りなく強制に近いお願いをされ、止むを得ず快諾することになりました。
教室へ戻るとティアが駆け寄ってきました。
「お疲れ様クノウ君。どんな用件だったの?」
僕は職員室であったことを話すと、ティアはショックで固まってしまいました。
「1年間…」
「うん。寂しいけどシーア教の未来の為だからね。頑張ってくるよ」
「1年間…」
「あと結構長くあっちの学院に通うことになるから生徒会の引き継ぎとかやっておかないと」
「……………………無理」
「ティア?」
王立学院に行く前にやらなくてはいけないことをチェックしていると、ティアがボソリと何かを言った後決心した顔で言いました。
「私も王立学院に行く!!」
「ええ…」
僕が突然のティアの発言に困惑していると、彼女は続けて言葉を発しました。
「1人より2人で、男子生徒だけではなく女子生徒もいた方がシーア教を広めるのに効率がいいと思う!それに貴族が殆どの学院にクノウ君一人を放り投げるなんて心配で仕方ありません」
こんな必死になっているティアを見るのは初めてでどう対応したらいいのか困ります。
「いっいや、僕だけじゃなく先生も派遣されるし、ここの学院の卒業生もいるからあまり心配いらないよ」
「でもっ…」
「それにティアは神殿騎士になるのでしょう?前にも言いましたが、今が頑張りどきなのですから僕の心配なんかせず自分のために時間を使って下さい」
「……………はい。クノウ君、敬語」
「あっごめん。真面目な話になるとついね」
少しいじけた様子のティアでしたが、すぐいつもの通りに戻ってくれました。
「そうですか。寂しくなりますね」
「すみません、誘った僕が1ヶ月も立たないで生徒会を離れてしまって。勿論、お金のほうは1年分渡しておきますので心配しないでください」
放課後、生徒会室に向かう途中でミリアさんに会い、一緒に向かっている最中の会話で僕が1年間王立学院に通うことになったのを話しました。普段、表情が変わることの少ない彼女が寂しそうな顔をしてくれて一応は信頼関係を築けているのだと感じました。
「あっ、いえ、気にしないでください。生徒会の仕事はやりがいありますから。お金の件は…その…ありがとうございます」
ミリアさんは申し訳なそうにぺこりとお辞儀をします。
「ではルーク君にもこのことを伝えて引き継ぎをしなくてはいけませんから急ぎましょう」
「はい」
ルーク君は僕の一個下の学年で副会長を務めています。次期生徒会長は彼がなりますので引き継ぎをしっかりとしなくてはいけません。
「ルーク先輩が次の生徒会長なんですよね…」
「おや、何か不安ですか?」
彼は真面目で欠点らしい欠点はなかったと思いますが…
ミリアさんはキョロキョロと周りを見て誰も人がいないことを確認してから口を開きました。
「その…何日か前に交際の申し込みをされて断ったのでちょっと気まずいのです」
「え」
全然予想できなかった答えに思わず固まってしまいました。ええ…ルーク君、そうだったんですか。全く気づかなかったですよ。
彼に注意しておくと言うとミリアさんは首を横に振り、
「まぁ、もう少し日が経てば気にならなくなると思いますので大丈夫です」
と言いました。
「そうですか。ミリアさんはモテるのですね」
「クノウ先輩程ではないです」
何故かミリアさんに呆れたような顔をされてしまいました。
ティアやミリアさん達との1年間の別れを済ませ、僕は王立学院へ入学しました。王立学院は神学院よりも新入生の入学時期が1ヶ月ほど遅く編入という形にならないで変に目立たずに済みました。
貴族の学生にシーア教を広めるため通うことになりましたが、正直に言うとあまりやる気が起きません。そもそも僕もシーア教の素晴らしさなんてものを分かっていませんから。僕の行動とかを神学院が監視しているわけでもありませんから最低限の布教を行い、後は適当に学園生活を過ごす予定です。
「クノウ君、一緒に行かないかい?」
声を掛けてきたのは前年度に神学院を卒業したアベルさんでした。彼の実家は伯爵家で信心深い貴族家として有名です。
「はい、行きます」
王立学院に入学してからはよくアベルさんと一緒にいることが多いです。
僕はシーア教の重役となる為に教育されてきたので貴族のマナーなどを学んでおり、スムーズに学園生活を送ることができています。ただ貴族の人間関係や派閥などには疎い為、アベルさんがいてくれて助かりました。
アベルさんと次の教室に向かっていると、物凄く目立った集団を見つけました。
「すみません。あの方々について教えてもらっていいですか?」
目立つ集団の真ん中にいるのは、この国の第二王子であることは分かっており、その方と仲が良さそうな人達について把握しておく必要がありそうだと感じました。
「ああ、まず眼鏡をかけている人は伯爵家で宰相の息子のクリスさん。左の彼は公爵家嫡男のナイルさん。最後は説明不要かもしれませんが第二王子のキルヒ様だよ」
クリスさんとキルヒ様が1年生で、ナイルさんが2年生との補足をされました。
「あの3人と公爵家令嬢でキルヒ様の婚約者のメルヒナさんの4人がこの学院で大きな影響力を持つことになるだろうね」
「そうなのですね。では後ほど挨拶に向かおうと思います」
一応声をかける為にめぼしい生徒は頭の中でチェックしていきます。彼らがもしシーア教に熱心になってくれるのならこの学院での布教も楽になるのだろうなと思いながら次の教室に向かいました。
昼休み、第二王子達に挨拶にいきます。アベルさんが言うには3人はいつも同じ場所で昼食をとっているのだとか、さっそく向かいます。シーア教勧誘という仕事を最低限しておかなくてはいけませんからね。嫌なことは最初に行ってスッキリさせておくに限ります。
一応キルヒ様達の従者に断りを入れてサロンに入室しました。キルヒ様は頬杖をつきながらつまらなそうにこちらに視線を向けます。
「昼食の最中申し訳ありません。私、シーア教枢機卿の息子クノウと申します。どうしてもキルヒ様方にご挨拶をと思い、こうして参った次第です」
「そうか、ご苦労なことだな。もう行っていいぞ」
キルヒ様は興味がないようでもう退室しろと言われましたが、もう少しだけ話をさせてほしいとお願いしてみます。
「キルヒ様が退出しろと言っているのだ。早く退きたまえ」
宰相の息子のクリスさんからも冷たい言葉を貰い、ここは諦めるしかないようです。
「はい。失礼いたしました」
5分もしないうちにサロンから追い出されてしまいました。シーア教に対して微塵も興味ない様子でした。
「さて…」
予想していた通りでしたのでショックとかは受けず次に切り替えます。次は公爵家令嬢のメルヒナさんのところへ向かいましょう。
メルヒナさんは女子生徒たちと別のサロンにおり、僕は第二王子の時と同じように挨拶をしました。
「気になさらないで。わたくし達も貴方とは一度お話ししてみたいと思っていましたの。ね、皆さん」
「ええ」
「はい、メルヒナ様。クノウ様もこちらに座って頂いてゆっくりお話しされては如何ですか?」
「そうですわね。クノウ様、遠慮なさらず座ってください」
予想外に彼女たちは、第二王子とは違い僕のことを歓迎してくださいました。
「それではお言葉に甘えて。失礼します」
彼女たちもシーア教には興味がなく、露骨にはならない程度に挨拶をしてすぐ僕を追い出すと思っていたのです。
「クノウ様はどうしてこの学院に入学してこられたのですか?」
「どの学科を受けているのですの?」
「ご趣味は?」
「好きな食べ物は?」
「好きな女性のタイプは?」
シーア教に対しての質問ではなく僕のことについての質問しかしてくれなかったとはいえ、影響力のある4人の中でメルヒナさんが1番シーア教を勧誘することができる可能性が高いように感じました。
「どうだった?」
メルヒナさんからまたお話ししましょうと約束を取り付けられた後、僕はアベルさんのところへ戻ってきました。
「第二王子には無下にされてしまいましたがメルヒナさんとそのお友達の方々とは仲良くなれたと思います」
「…まあ、そうだろうと思っていたよ」
なにやら予想通りだとでもいうようなアベルさんが気になり、彼の発言について疑問を投げつけます。
「…クノウ君はさ、自分や他人の容姿とかに全く無関心だけど他の人はそうじゃないんだよ」
「はぁ」
「そんなことより明日さ、ーーー」
僕がした問いに対しての答えになっていないのではないかと聞けるような雰囲気ではなく、そのまま他の話題へと移り変わってしまいました。
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