第6話

5年生になりました。

僕は今までと変わらない学園生活を送っているのに対して、ティアは進級してから実習が増えているようで最近忙しそうです。

神学院に入ってから知ったのですが、彼女は自分の父親と同じ神殿騎士を目指しているようです。


「へえ、そうだったんだ」

と、僕がその事を知らなかったことに彼女がショックを受けていたようで、ちょっと申し訳ないです。

神殿騎士を目指す生徒は、普段の授業のほかに剣術の稽古、護衛の仕方など習っており、僕たち普通の生徒よりも多忙です。なのにティアは僕の世話や生徒会の仕事も行なっていたのですから頭が上がりません。


5年生になってからますます忙しくなったティアに、これからは僕の世話も生徒会の仕事もしないで自分の為に時間を使ってくれと頼みました。中々了承してくれなかったのですが、僕が真剣に頼みこんで渋々了承してくれました。

ティアに自分の為に時間を使って欲しいという思いは本当ですが、本命は別にあります。昔読んだ物語の悪役神父が行うような事を将来、僕は行おうと思っています。しかし、ぶっつけ本番でスマートに出来るとは思えません。ですから神父になる前に一度予行練習をしたいと思っていたのです。それを行うにはティアがいると出来ないので丁度良かったのです。生徒会長として学院で権力のある立場となり、先生方からも信頼されているお陰である程度自由に動くことが出来ます。


生徒会長の権限を利用し、学生の個人情報を見てみると、ある3年の女子生徒に目が止まりました。その子の名前はミリアと言い、平民でお金に困っているそうです。僕は先日、街に出たときに彼女が雑貨屋で働いているところを見かけていました。成績は良し。大人しい性格。脅しても誰かに言いつける勇気があるとは思えない。脅す内容も学園の規則で学園外での労働は禁止されており、破れば退学ということがあります。よし。このミリアさんに決めました!早速明日脅そうと思います。その為に諸々の準備を行う必要がありますね。僕は明日のための準備をしていきます。


翌日、脅すためにミリアさんがいる3年の教室にお邪魔します。


「失礼、こちらにミリアという方はいらっしゃいますか?」


教室の扉から近くにいた生徒に話しかけ、ミリアさんを呼んでくれるように頼みます。


「へ!?ちょ、ちょっと待っててください!」


上級生が来たせいか教室が少し落ち着かない様子を見せる中、ミリアさんがこちらにやってきました。 


「えっと、クノウ様が私に何のご用ですか?」


ミリアさんは周りがこちらの様子を窺ってくるからか居心地が悪そうにしています。

彼女にここで話せる内容ではないので、どこか二人っきりの場所で話したいから昼休み、生徒会室まで来るようにお願いしました。

何故か周りがさらに騒がしくなりましたが、要件は伝えたので気にせず教室を後にしました。


「休み時間どこへ行ってたの?」


僕のクラスに戻ると、ティアが不審げな顔で尋ねてきました。


「生徒会の仕事で3年の教室に行ってたんだ」


ジッとこちらを見てきます。嘘がバレてないか不安になりますね。


「…そうだったんだ。クノウ君がなんか3年生の女子に告白しようとしているとか噂が立っているんだけど」

「えっ?」

「違うんだよね?」

「う、うん。え、何でそんな話が広がっているの?」


まだ3年の教室に行ってから5分も経っていないのにそんな噂広まっているなんて信じられません。


「クノウ君だもん。みんな注目してるからね」


まぁ生徒会長ですし、そういうものなのでしょうか?………………いや、おかしいでしょう。なんかちょっと怖い。


「そ、そっか。あとそれで昼休みは忙しくなりそうだから食事は他の人と食べて」

「忙しいのなら私も手伝うよ?」

「大丈夫だよ。僕より全然忙しいんだから昼休みぐらいゆっくり休んで?」


危ない。ティアがいたら台無しになってしまいます。生徒会のみんなにも昼休みに生徒会室に来ないように言っておいたので取り敢えずこれで邪魔される心配は無くなったと思いましょう。



昼休み、ミリアさんも生徒会室で待っていると、コンコンとドアを叩く音がしたので声を掛けます。


「失礼します」

「ミリアさん、わざわざ来てくれてありがとうございます」

「いえ…それで、その、どういう要件でしょうか?」


この時期に僕が声を掛けて生徒会室に呼ぶことは生徒会に勧誘する可能性が一番高いというのにミリアさんは後ろ暗い事をしているせいか警戒しているようです。


「そうですね。単刀直入にいうと、君が街で働いているとの報告がありました。なので訳を聞こうと思ったんです」


彼女は最悪の想像が当たったようで顔を青くしていました。そして上擦った声で僕の問いに答えました。


「あの!おっ、お金がなくて…学園に通うためには働くしかなかったんです!そのっ、なんでもします。黙っていてもらえませんか?」


お願いはするが駄目だろうと自分は退学なるのだと諦めていそうです。彼女は体を震えさせ絶望した表情をしてから下を向いてしまいました。

うん、いいですね。いま僕はとても感動しています。僕が憧れた悪い神父のようなことを今から行えるのだと。武者震いが止まりません。


「言ったでしょう、報告が上がったと。僕以外にもミリアさんの行いは知られています。僕が黙っていても意味がないと思います」


ニヤつきそうな顔を抑えながら僕はミリアさんのそばまで近づきました。


「ですが、安心してください。まだ君が退学になるとは限らない」


できる限り優しい声でミリアさんに声掛けると、彼女は縋り付くような顔でこちらを見上げました。


「でっ、でも学園の規則だと退学って決まっていますし… 」

「大丈夫。君は成績も優秀で将来有望な聖職者の卵です。僕は生徒会長で色々と融通が効くんです。ですので君を退学させないようにしてみせます」


まぁこの件は僕が誰にも言わなければそれで済む話ですので何も苦労しません。報告が上がったとか、他の人も知られているとかは嘘です。


「本当ですか!」

「はい。ただし1つ条件があります」

「条件?」

「僕が卒業するまでの間、僕のお願いはなんでも聞いてもらいます」

「なんでも…」

「ええ、なんでも。どうしますか?あっ、あと街での労働は辞めてもらいますので、僕が足らない分のお金は用意しますよ」

「 …………何故私にそこまでしてくださるのですか?」


僕は少し考えるふりをしてから答えます。


「実はコキ使える後輩が欲しかったんです。運が良かったですね」


僕なりに悪そうな顔をして彼女が怯えるように演じます。するとミリアさんはクスッと笑って、


「分かりました。よろしくお願いします」


と、僕の提案を受け入れてくれました。なんかアッサリ承諾してくれて拍子抜けしましたが、僕ももういっぱいいっぱいでしたので話しを次に進めます。


「では最初のお願いを言います」


ちょうど彼女に頼みたいことがあったので早速お願いします。


「生徒会に入ってください」


こうしてミリアさんは生徒会に加入したのでした。





「会長、お茶をどうぞ」

「ありがと」


ミリアさんが生徒会に加入してから1週間が経ちました。僕の仕事がひと段落ついたタイミングでお茶をくれたりと、彼女は喜々として僕の世話をしてくれるようになりました。

なんでこうなったのか?

もっとこう、嫌々僕のお願いを聞くといった感じになるようにしたかったのですが…。1週間前の彼女のやり取りを思い出しながら僕は脳内で反省会をします。

ミリアさんの弱みを握り、僕の言うことをなんでも聞くように脅す。弱みを握られた彼女はこんな生活を早く脱したいと思いながらも退学にならない為に泣く泣く僕の言うことを聞くしかないと屈辱に顔を歪ませる。

事前のシュミレーション通りに事を進めることができたように感じています。この1週間彼女に前までティアが行ってくれていた僕の世話、生徒会の雑用など結構面倒なことをお願いしているつもりですが嫌な顔一つしません。本当は嫌がっているが気丈に振る舞っているだけの可能性もないわけではありませんがその可能性は低いでしょう。どこで間違ったのか?物語の悪役神父と同じようなやり方で脅したつもりですが全く彼女に悲壮感はないのです。なにが違うのか分からない。これはまずい。ここで問題点を洗い出さなければ本番でも同じ失敗をしてしまいます。


「会長?」


お茶を持ったまま飲まずに考えていたら不思議に思ったのか声をかけてきたので慌てて口につけます。


「うん、美味しい」


感想を口に出して笑顔をミリアさんに向けます。彼女の顔を見るとやっぱり僕の提案を受けたことを後悔してそうには見えません。


「どうかしましたか?」

「ん?いやミリアさんは気が利くなと思って」


本人に直接どうして嫌そうじゃないのかと聞くのは勇気のいることなので思わず誤魔化してしまいました。


「ふふっ。ありがとうございます」


お礼を言ってきた彼女に違和感というか、なんというか…。


「ミリアさん、なんだか前に比べて雰囲気が柔らかくなった気がしますね」

「それはクノウ様のおかげです。前はお金や勉強で切羽詰まっていましたけど、その殆どは改善してもらえましたから」

「はあ」


僕は首を傾けます。確かにお金は僕の小遣いから出し、勉強は部屋の片付けを手伝って貰うお礼として教えていますけど、それだけで変わるものなのでしょうか?


「その程度で?と思っているみたいですけど、平民にとってはこの問題は大きいのです」


そうなのかと、一応納得してみせますがあまりピンと来ませんでした。僕と彼女では生活環境が違いすぎて理解出来ないのかもしれません。その違いから僕が脅しても嫌がらない原因の一つなのでは無いかと思ってきました。


「それじゃあもう少し頑張ろうか」

「はいそうですね」


休憩は終わりにして生徒会の仕事を再開します。仕事をしながら僕は考えます。僕が悪役神父になるには平民の考えを理解する必要があると…まだまだ夢への道は遠いことを実感させられます。ですが、時間はまだありますし、平民のことをじっくり学んでいきたいと思います。

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