第5話

あともう少しで4年生から5年生に進級するといった時期になりました。今日は4年生最後の行事の説明会です。少し騒ついていた教室ですが、教師が壇上に上がると驚くほど静かになりました。


「それでは実地講習の説明を行います」


先生の説明によると、実地講習とは学園付近の村の教会へ生徒を一人ずつ派遣し、学院卒業後に働く現場を経験させておくことを目的としているようです。


「期間は3日間。貴方達が卒業後に派遣される教会での仕事のイメージを掴むために実施されていますので1日も無駄にせず努めてください」


ここで生徒全員が返事を返していました。

普段授業を真面目に聞いてない生徒までしっかりと聞いており、それだけ今回は重要な行事であるのだと分からされます。


「掲示板にそれぞれの赴く教会と日にちを貼っておきますので各自確認しておいてください。以上で説明会を終わりにします」


教師が教室から去ると、生徒は今回の行事についての話題で騒つき始めました。

僕は自分の派遣される教会がどこか確認するため掲示板を見に行きます。


「あっ、あったよ、クノウ君。ほらあそこ」


僕の名前を探していると一緒に掲示板に来たティアが先に見つけてくれたようです。

学園付近の教会の数と一学年の生徒数では圧倒的に生徒数の方が多いですので、教会へ3日ごとに交代で生徒を派遣することになります。僕は1人目としてマルロ村にある教会へ赴くようです。


「マルロ村かぁ。ここからだと半日で着く村だね」

「そうなんだ。ティアはどこだったの?」

「カッポ村だよ。クノウ君が行く村の近くだから当日は一緒に行きたいな」

「そうだね」




そして実地講習が始まる日になり、僕はマルロ村の教会へと訪れました。

マルロ村は人口50人もいない小さな村で、そこにある教会も街にある教会と比べるとこじんまりとしています。


「君がクノウくんかい?」


マルロ教会では温和な雰囲気を持った高齢の神父が僕を待っていました。


「はい、クノウと申します。今日から3日間よろしくお願い致します」

「ええ、宜しく。見ての通りここの教会は私しかいなくてね。神学院の学生さんが来てくれるのは大助かりなんだ」


神父との挨拶を終えて、早速仕事に取り掛かりました。神父から任された仕事は掃除で、小さな教会とはいえ一人で行うと時間がかかりそうです。これを神父はいつもやっているのかと思うと尊敬の念を禁じ得ません。3日間と短い期間しかここで働かないのですから手抜かりなく完璧な仕事をすると決めており、掃除も丁寧に行います。


「おや、随分と綺麗になったなぁ」


掃除を開始してから2時間程経った頃に村を回っていた神父が戻ってきました。


「お帰りなさい。あと少しで終わりますので、その後は何をしましょうか?」

「え?…あはは、じゃあ掃除が終わったら休憩にしようか。私は紅茶とお菓子を用意しておくよ」


僕が返事をすると神父はキッチンへと向かっていきました。

数分後、掃除を終えた僕は指示された部屋に来るとテーブルの上に2人で食べるには多すぎる量のお菓子が用意されていました。


「クノウくん、お疲れ様でした。すぐ紅茶を淹れますので座っていてください」

「はい、ありがとございます。えっと、凄い量ですね…」

「そろそろ来る頃だからね」

「何がですか?」


僕が質問した直後に教会の入り口から声が聞こえてきました。


「神父さまー!来たよー」

「来ましたか。クノウくん迎えに行こうか」


教会の入り口の方に行くと、5人の子供がいました。


「いらっしゃい、みんな」

「神父さま、その人だれですか?」

「すごいカッコイイ!」

「そーか?」

「お兄ちゃんもここに住むの?」


知らない人に興味津々といった感じで子供達が僕の周りを囲んで来ます。


「この人はクノウくん。街の神学院の学生さんだよ。3日間だけこの教会のお手伝いをしてもらうんだ」


神父に紹介してもらい、改めて僕からも挨拶をします。


「初めまして、クノウです。今日から3日間だけこの村で過ごしますのでよろしくお願いします」


ほとんどの子供は僕を好意的に思ってくれたようで、色々と質問を投げかけてきました。


「じゃあクノウくんにも彼らを紹介するよ」


神父が5人の名前を紹介してくれました。

10歳で年長者のアレックス君とミレイちゃん。8歳のシャルちゃん、6歳のキース君とカレンちゃん。彼らは毎日教会に遊びに来るようで神父は寂しい思いをしないで済んでいるそうです。


「それではお菓子があるからみんなで食べよう」

「「「はーい」」」


子供達は慣れた様子で椅子に座っていきます。お茶している中で子供達に僕は質問責めにあいました。


「食べ終わったことだしそろそろ始めるよ」


神父は全員がお菓子を食べ終えたのを確認し椅子から立ち上がり子供達に何かの準備するように言います。すると子供達は返事をしてこことは違う部屋へと行ってしまいました。僕は神父に何を始めるのか訊ねると、


「週に何回か勉強を教えてあげているんだ。そうだ!今日はクノウ君が見てくれないかな?学院での成績もいいって聞いていたんだ」


断る理由もないので神父からの頼みを承諾して僕は子供達に勉強を教えることになりました。

一通り今までにどういったこと教えていたのかを聞いた後、子供達のいる部屋へと向かいます。


「あれ、神父様は?」


子供達は神父ではなく僕が来たことに疑問を感じている様子です。


「ごめんね、今日は僕が勉強を見るように神父様から言われているんだ」

「やった!」 「よろしくです」 「えー」「………」「おー」


年長のアレックス君は不満そうでしたが、他の子は歓迎してくれているので授業を始めました。なぜかアレックス君は出会った時から僕を睨んできており嫌われています。ここに来る前になぜ嫌われているのかと神父に相談したのですが言葉を濁されてしまいました。まあいいです。こうも露骨に嫌われるのは僕にとって初めてで貴重な経験をさせてもらっていると思えば悪くないです。そのうち彼らと接していけば自ずと原因もわかるかもしれませんし、真面目に仕事をしていきましょう。 


「お兄ちゃん、ここ教えて〜」

「ん?ああ、ここはねーーー」


授業を始めてから数十分が過ぎ、真面目に受けてくれないのではと心配していたアレックス君も集中して取り組んでくれていることに安堵しつつ、他の子たちが分からないところを教えています。今日は神父が事前に5人それぞれに合ったレベルの問題用紙を準備していたようで僕は問題で分からないところを教えるだけでよさそうでした。


「わかった!ありがとお兄ちゃん」

「次こっちきて〜」

「あっあたしも!」


よく質問して来るのはシャルさん、キース君、カレンさんの3人で、アレックス君とミレイさんは年長組の意地なのか自力で頑張ろうとしています。しかし問題用紙を配る前に問題を見ましたが、10歳が解くには難しい問題がいくつかあるのを確認していますので声をかけてこない2人の調子を見るために声をかけてみます。


「ミレイさん、調子はどうかな?」

「へあ!?え、えっと、その・・・」


ミレイさんに声をかけたところ、思った以上に驚かれてしまいました。顔が赤く目を逸らし落ち着かない様子です。こういう反応は学院の勉強会で女子生徒に声を掛けるとよくされてしまうのですが、どう対応したらいいのかいまだに自信がありません。


「急に話しかけちゃってごめんね。ミリアさん用の問題は結構難し目だったから気になっちゃったんだ」


できる限り優しく声をかけ相手が落ち着つのを待ちます。


「えっと、あの、この問題が分からなくて・・」


やはり分からない問題があったみたいです。どうやって解くのか丁寧に解説します。


「あっ、そっか…」


ミレイさんは僕の説明で分かったようで問題を解けたようです。


「ありがとうございます。また分からないところがあったら聞いてもいいですか?」

「もちろん。どんどん聞いてきくれて構わないよ」

「は、はい」


ミリアさんが控え目な笑顔を向けてくれて少しは距離が縮まったように感じます。

次にアレックス君のところへ行き、声をかけました。


「……必要ねえ」


答案用紙を見なくても声音や表情から強がっているのが分かります。さて、どうしましょうか。彼は僕を嫌っているようなので何を言っても聞いてくれないような気がします。


「アレックス君」


僕がどうするか悩んでるとミレイさんがアレックス君に話しかけていました。 


「強がらないでちゃんと聞いたほうがいいよ」

「………ああ」


なんとミレイさんの一言で渋々といった感じではありますが僕に質問してきました。


「先生、ココとココがわかんない」

「ええ、ここはですねーーー」


アレックス君の質問に答えながら周りを見ると、こちらをほっとした様子で見ているミレイさんと目が合ったので感謝の意を込めて笑顔を向けましたが、ぷいっとそっぽを向かれてしまいました。


「サンキュ」


問題の解説をし終えたらアレックス君からお礼の言葉をいただきました。嫌っている相手だとしても感謝の言葉を伝えることができるあたりいい子ではあるんですよね。

そんなこんなで年長者2人の様子を見ることができ、一応無事子供たちに勉強を教えることが出来ました。子供たちを帰す時間になり教会の外まで見送った後、神父に今日の仕事はおしまいと告げられました。

2泊3日、ここの教会で過ごすため、用意してくれた部屋で休みます。


「ふぅ」


やはり慣れない環境にいるせいか、思ったよりも疲れているようです。あと2日。神父からの評価も学院での成績に響きます。気を抜かずやり切ってみせます。





「クノウ君、おはよう。熱心だね」

「おはようございます」


神父はお祈りしている僕を見て感心しているようです。シーア教の信者でも週に数回お祈りするのが普通なのですが、僕はほぼ毎日お祈りをしています。別に僕は神様とか信じているわけではないのですが、お祈りのポーズをしないと朝が始まった気がしないので毎日行っているだけです。その為周りの方からは僕は熱心なシーア教の信者と認識しているようです。

2日目は初日に行った仕事の他に村を回って村人たちに挨拶していきました。村人たちはみんな歓迎してくれて果実や菓子などの差し入れをくれます。


「げっ!」


村の人たちと会話をしていると、嫌そうな声が聞こえたのでそちらに顔を向けたら、アレックス君と見知らぬ女性の方がいました。


「アレックス君、おはようございます」「・・・ん」


彼はまだ僕のことが苦手のようですが、ぶっきらぼうに挨拶を返してくれました。


「こらアレックス、ちゃんと挨拶しなさい」

「・・・はようございます」

「すみません、アレックスが」

「いえ、僕は気にしてませんので」


女性の方は僕と同世代か少し下くらいの年齢のように感じます。彼女はアレックス君を軽く小突いてから改めて僕の方へ向き合いました。


「初めまして、アレックスの姉のニーナです。昨日弟がお世話になったようなのでお礼が言いたかったんです」


アレックス君のお姉さんでしたか。髪の色とかは違いますがよく見れば顔立ちは似ていますね。


「クノウと申します。ここの村に滞在するのは明日までの短い期間ですがどうぞよろしくお願いします」

「あっ、そうなんですか。残念です」


明日までしか居ないことを話すとニーナさんは初対面であるのにも関わらず肩を落として残念がってくれており、良い人なのでしょう。


「………クノウ様は神学院の学生ということで卒業後に派遣される教会は決まっているのですか?」

「え?いえ、まだ決まっていませんが…そうですね、もしかしたらここの村に派遣されるかもしれません」


確か卒業前に行きたい教会へ希望を出すこともできるので僕が希望を出せばほぼ確実にその通りになると思います。考えてみるとマルロ村でいいかもしれませんね。村人は良い人ばかりだし、なにより高齢の神父が一人だけ。僕の夢の実現をするのにこの村以上に都合がいい場所を見つけるのは無理でしょう。うん、ここの村を第一希望にしようと思います。だから顔を覚えてもらえるように村の人と積極的に関わっていくことにします。


「わぁ本当ですか?楽しみです!!」


ニーナさんは本当に嬉しそうにしてくれています。アレックス君はちょっと嫌な顔してましたけど。ニーナさんはどうやら僕に良い印象を持ってくれたようで安心しました。この調子でどんどん村人と交流していきましょう。

その後、挨拶回りが大分長引いてしまったので急いで教会へ帰り、神父に遅くなったことを謝ってから残っている仕事に片付けて2日目は終了しました。





3日目、朝から教会に村人が訪ねてきました。初日や2日目はこんなに多くの人が来ていなかったものですから、今日何か特別な事があるのか神父に尋ねてみたところ、苦笑しながら答えてくれました。


「特にないよ。多分皆さんクノウ君目当てでここに来ているから相手してあげてね」


村の外から来た人を珍しがっているのでしょうか?神父にお願いされた通り、訪れてきた村人とお話をしていきます。


「ニーナさん昨日ぶりです。ミレイさんとシャルさんもいらっしゃい」

「えへへ、会いに来ちゃいました」

「お兄ちゃん!」

「どうもですっ」


ニーナさんとシャルさんは満面の笑みで。ミレイさんは恥ずかしそうにしながらも挨拶してくれます。


「皆さん僕に会いに来てくれたのですか?」

周りにいる人たちをちらりと見てニーナさんに質問してみます。

「ええ!村でカッコいい人が教会に来たって話題になってるんですよ。だから村の女の人はほとんど来ると思います」

「あっ、そうですか。うれしいです」


よく見ると女性の方がほとんどですね。話題にされるほどでは無いと思うのですが、なんだか気恥ずかしいです。せっかくですし、良い印象を持ってもらうように頑張ります。

村人たちの相手をしているだけで1日の時間が過ぎてしまいます。神父に教会の仕事をしなかったことを謝ると、


「いいんだよ。 村人の話し相手を努めるのも神父の仕事の1つさ」


とのことで、笑って許してくださいました。

これで3日間の実地講習は終わりを迎えました。僕が村を去る時には沢山の人が見送りしてくださり、神学院では学べないことを学べて良い経験となったと思います。



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