第3話
期末試験が終わったことで夏季休暇となり、僕は実家へと帰省することになりました。
「クノウ、お帰りなさい」
「ただいま帰りました、お母様」
実家へ帰るとすぐに身重の母が迎えてくれました。手紙で母が妊娠したことを知っていたので驚きはしないですが、まだ兄弟ができるという実感が持てないでいます。
「体調は大丈夫なのですか?」
「ええ問題ありません。それよりクノウ、少し背が伸びたのではありませんか?」
そう言いながら、僕を抱きしめ頭を撫でてきます。もう10歳ですから母に抱きしめられるのは恥ずかしいので離れようとするのですが僕の力が弱いのか逃げられません。
「おっ、お母様、もう離してくれませんか?」
「………駄目です」
自分の力では逃れらせないと判断した僕は、離れるようにお願いしますが聞き入れてくれず数分間抱きしめられたままでした。
「ふぅ、満足です」
「…やっと終わった」
文句を言おうとしましたが母の満足そうな顔を見てやめておくことにします。
「さぁ夕食が用意されてますから、そこで学院でのこと教えてくださいね」
「はい」
そして僕は母に手を引かれ食堂へと向かったのでした。
次の日、聖女さまに会いに彼女がいる屋敷へ向かっています。もう僕は聖女さまの世話役ではないので、顔を合わすべきではないのですが、彼女と交わした約束があるため、会いに行かなければならないのです。
神学院に入学する前、聖女さまが僕を神学院に通わせまいと暴れたのですが、何とか話し合いに持ち込むことができ、ある条件を満たせば入学することを認めてくれたのです。
その条件とは、
1、長期休暇には会いにくること
2、2人きりの時は名前で呼ぶこと
3、卒業後はずっと一緒にいること
です。
1つ目は問題ないです。2つ目は他の人にバレてしまったら僕が酷い罰を受けることになってしまいますが、聖女さまと2人きりになることは無いですから大丈夫でしょう。3つ目は『ずっと一緒』といっても、聖女さまは勇者と魔王退治に行かれるのですから無理です。しかし聖女さまは7歳ですし、この約束は数年したら忘れると思うので問題にならないと考えました。ですのでこの3つの条件を呑み、僕は無事神学院に入学したのです。
「お兄様!」
屋敷に到着すると、わざわざ聖女さまが迎えに来てくれました。
「お久しぶりです、聖女さま」
「もうっ、遅いからこっちから逢いに行こうかと思ったよ!」
頰を膨らませ、怒っているフリをしている聖女さまが可愛く自然と笑ってしまったのでした。
「あはは、すみません」
「……まぁいいけど。今日はずっと一緒に遊べるのよね?」
「はい。何して遊びましょうか?」
僕の答えを聞き、目を輝かせている聖女さまは僕の腕に引っ付いてきました。
「いつもの部屋に行きましょう」
彼女の要望通り、僕と聖女さまがよく本を読んだり、おままごとをしたりした部屋へと向かいます。彼女は部屋に向かう最中も僕の腕から離れてくれませんでした。
「あなた達は部屋の外で待ってて」
遊び場ルームに着き、聖女さまはお付きの方たちを部屋から追い出していきます。お付きの方も仕事ですから食い下がってきますが、最終的には全て聖女さまの望み通りの結果となりました。彼らと聖女さまのやり取りを見て、なんだかいつもの聖女さまと雰囲気が違ったように感じたのは気のせいでしょうか?
「あの、聖女さま…お付きの方々を下げる必要はあったのですか?」
疑問を投げかけますが、じっとこっちを見て不満げな顔をされています。
「……名前」
「え?」
「2人っきりの時は名前で呼びあうのっ!」
「ああ、そうでしたね」
「…名前呼んで?」
どうやら名前を呼んで欲しくて付き人を追い出したようです。
「分かりました」
結んだ約束があっても呼ぶことはそうないだろうと思っていたのですが、こんなにも早く名前を呼ぶことになるとは予想できなかったです。教会には聖女の名前を呼んではいけないという暗黙のルールがあり、バレてしまったらどうなるのかは分かりません。ですが聖女さまとの約束があり、教典では聖女の願いはできる限り叶えるようにと書かれています。万が一にはこの理由で乗り切ろうと決めると、聖女さまの目を見て彼女の名前を口に出しました。
「ルーナ」
「なぁに?クノウ」
聖女さまは自分の名前を呼ばれたことが本当に嬉しそうでお返しとばかりに僕の名前を呼んできます。
「クノウ、クノウ」
名前を呼び合いたいのだと何となく察っしましたので聖女さまの名前を呼びます。
「ルーナ」
「えへへ、クノウ!」
「ルーナ」
「クノウ」
僕達は結構な長い時間、名前を呼び合い続けました。
夏季休暇は毎日聖女さまに会いに行き、空いた時間で孤児院の手伝いや母と買い物へ行くなどして過ごしました。そして夏季休暇が終わり2学期が始まって、いつも通りの学園生活に戻ったのでした。
授業内容は相変わらず家庭教師から習ったことのある内容で、予習や復習の時間が少なく済んでいるため、時間に余裕ができています。ですから、先生の頼まれごとやクラスメイトが授業で分からなかったところを教えるなどを率先して行い、着実に自分の評価を上げています。そんな事をしてもまだ時間が余っていて、何か趣味でも始めようかと考えるようになり、最近は1人で街に遊びにいくことにハマっていました。僕は人と一緒に街へ遊ぶのも楽しいのですが、なんとなく気を遣ってしまうのでのんびりできないのです。何も考えず1人で気ままに行動するとリラックスになると気づいてから、よく自分だけで街へ出かけています。
「では今日の講義はここまでとします」
今日最後の講義終了のチャイムが鳴り、先生が授業の終わりを告げると静かだった教室はすぐに賑やかになります。
放課後、教室を出ても当然のようにくっついてくるティアがいるので直ぐに街へ行くことはできません。彼女と別れるには寮へ帰る必要があります。2日に一度僕の部屋へ来るティアですが、今日はその日ではないので女子寮と男子寮の別れ道で彼女と離れることになります。別れてすぐ町に向かってもいいのですが、念のため自分の部屋に戻ってから街へ行きます。ティアに見つかるとついて来ようとするので、彼女がいない事を確認しながら今日も出かけました。
「お疲れ様です」
「お気をつけて」
いつものように門番の人に挨拶をしてから学院の外に出ていきます。
歩いて10分くらい、街に出て最初にすることは行きつけの出店で串焼きを買うことです。
「すみません1本ください」
「おっクノウ君、まいどっ!いつもありがとねー」
最近ずっと来ているので店主とも顔見知りになったおかげか、おまけに1本多く貰いました。串焼きを食べながら歩きます。ここ最近毎日のように街を歩いていますが、その日その日で出店が変わり、珍しいものが売ってあったり、大道芸をしていたりと見ていて飽きません。
「クノウさま」
「はい?」
陽が落ち始め、あと少ししたら学院に戻ろうと思っていたら見覚えのない女性に声をかけられました。
「えっと、あなたは?」
「失礼しました。私、ガルド様の部下のサラと申します」
彼女、サラさんは父の部下である証を見せてから、父からの伝言を伝えるために僕のところまで来たと言いました。
「それで、父は何と?」
「申し訳ありません。ここでは誰が聞いているか分かりませんので、落ち着いて話せる場所へご案内してもよろしいでしょうか?」
「ええ、分かりました」
もう少し歩き回りたかったですが、父からの伝言を聞くためですので仕方ありません。
サラさんについて行くこと15分程、人通りが少ないところにある民家に辿り着きました。
「どうぞ」
サラさんが扉を開けて中に入るように促してくれたので、お礼を言いつつ民家へ入ります。僕が家の中に入るとガチャっと鍵を閉める音がして……
あれ?
何故鍵を閉めるのか疑問に思い、後ろを振り返ろうとしたところで背後から抱きしめられました。
「あの…サラさん?」
スゥーと顔を埋めて匂いを嗅がれているようでゾワゾワしてきます。
「クノウクノウクノウ」
………ああ、これはアレですね。騙されたのでしょう。父の部下である証は見せて貰っていたので油断してしまいました。
どっ、どうしよう…
「やめっ」
「ふふふっ」
無理やり離れようとしますが、大人と子供では体格差があり離れることができません。
「……身代金目的ですか?」
父が枢機卿だと知っている人ですし、僕を狙う理由はそれだと当たりをつけます。
「え?違うよ」
じゃあ何が目的なのかとはてなマークを浮かべ、顔を埋めるのをやめたサラさんの方に首を向けます。
「っ!〜」
何故か抱きしめる力が増し、また僕の頭に顔を埋めてきました。ヤバイ、ヤバイです。頭がパニックになってきています。
「…ふふ、分からない?そうよね、まだ子供だしね」
観念してサラさんが落ち着くまで抱きしめられたまま待ちます。彼女はうんうんと頷きながら僕を抱っこして部屋にあるベッドに向かっていきました。
「よいしょっ」
ベッドの上に降ろされ、押し倒されます。
「駄目じゃない、可愛い子が一人で街に出るなんて襲ってくれって言っているようなものよ」
「まだ私だから良かったものの、奴隷商や男の変態とかに攫われることもあるんだから」
「はぁ〜可愛い。好き!」
両手で僕の頬を包み、ジッとこちらを見つめてきます。こっちを見てくる彼女の目が怖く感じて何もできないです。
「あれ?怖くないよ〜大丈夫大丈夫。ちゃんと私が教えてあげるからね〜」
それからは彼女のされるがままになりました。
気がつくと、僕は学院の保健室にいました。側にはティアがおり、僕が起きたことに気づくと泣きながら抱きしめてきました。
「クノウ君っ!ごめんね、ごめんね」
事の顛末についてはあえて聞かず、療養のため1ヶ月休学することになっていました。辛かっただろうと皆さん慰めてくれます。
しかし監禁されたことは初めてで怖かったのですが、サラさんにされた事は実家のお手伝いさんや学院の先輩方にされたことがあったので、あまり気にはしていないです。
というか迂闊に付いて行ってしまった僕が軽率だったのです。それなのにティアがあんなにも凹んでいるのを見ると申し訳ない気持ちになります。療養期間中は安静にすることを言い渡されたので、神学院の近くに出張に来ていた父と共に実家に戻ります。道中、日頃厳しい父が僕に優しくしてくれてなんとも複雑な思いになったものです。実家では母や生まれた弟達とのんびり過ごしました。
1ヶ月の療養期間が過ぎ、学院に復学するとクラスの皆さんが駆け寄ってきてくれたので、もう大丈夫であることをきちんと報告してからお礼を言いました。それからは通常の学生生活に戻りましたが、前以上にティアが僕の後をくっついてくるようになってしまいました。僕は聞かされていなかったですが、ティアは僕の護衛役としてこの学院に入学していたようで、事件の件について責任を感じているようです。ティアに隠れて街に遊びにいっていた僕としてはとても申し訳なく思っており、気にしないでくれと言ってもあまり効果はありませんでした。ティアを元気付けたいと思い、ティアの父親に相談すると今は彼女のさせたいようにさせてくれと頼まれましたので、それに従っているところです。
「クノウ君、朝ですよ〜」
ティアに毎朝僕を起こし、
「腕あげてくださいね」
制服の着替えを手伝ってもらい、
「美味しいねっ」
朝食は一緒に食べ、
「クノウ君」
授業も一緒、放課後も、
「今日も一緒に寝てもいい?」
夜眠る時も一緒に寝て1日を終えるようになりました。それが最近ずっとです。これが彼女のしたいことのようなので好きにさせています。何をするにしてもティアと一緒でそれが普通になってきました。
ティアも笑顔が増えてきたのでティアの父親の言う通りにして良かったです。
もう大丈夫そうだなと思ったので、夜一緒のベットの中に入っている時に事件前の生活に戻そうと提案しますが…
「嫌です。クノウ君とずっと一緒がいい」
ティアは涙目で嫌がりましたのでもう少しこのままの生活が続きそうです。
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