第15話・悪役だって幸せになりたい

俺たちを見つめているミレイユのその目は、嫉妬に狂っていると言っても過言ではなかった。


「レナード様、あの人が…」


「ああ、例のミレイユだよ」


小声で話しかけてきたアンネに向かって、俺は返事をした。


「ミレイユ嬢、俺には婚約者がいると言ったはずだ」


そう言ったエドワードに、

「でも、その方は男じゃないですか!」

と、ミレイユは言い返した。


「何でバレた!?」


驚きのあまり、大きな声が出てしまった。


俺、レイチェルのフリしてミレイユのことを追い払ったよな!?


悪役を演じてミレイユを追い出したはずなのに、何で正体がバレたんだ!?


「あの後で使用人たちが話をしているのを聞いたんです」


ミレイユはそう言って前置きをすると、

「“エドワード様には今現在夢中になっている男の人がいる”と、使用人たちは話をしていました。


その方に夢中になっているから、前の恋人であるデイジー様と別れたと言うことも聞きました」

と、説明した。


「おいおい…」


思わず呟いた俺に、

「クソッ…」


エドワードは呟いた後で舌打ちをした。


まさか思わぬところから話が漏れるとは思ってもみなかった。


「その方が、エドワード様が今夢中になっておられる方なんですよね!?」


ミレイユは叫ぶように言った後でビシッと俺を指差してきた。


人を指で差すんじゃないよ、ヒロインだろうが…と、俺は心の中でツッコミを入れた。


「ミレイユ嬢、落ち着いてくれ」


エドワードはミレイユをなだめるために、彼女の前に立った。


「レナード、お前は下がっていてくれ」


「お、おう…」


エドワードの言う通り、俺は後ろへと下がった。


「まずは、ウソをついていたことと隠していたことを謝る。


本当にすまなかった」


エドワードはそう言って前置きをすると、ミレイユに向かって謝った。


「だけど、ミレイユ嬢の気持ちに対して応えることができないのは本当だ。


何故なら、俺はレナードのことが好きで彼のことを愛しているからだ」


そう言ったエドワードに、俺の心臓がドキッ…と鳴った。


ずっと言われていたことだけれど、改めて聞かされると何だか恥ずかしいものがあるな。


「だから、ミレイユ嬢の気持ちに対して応えることができない。


その気持ちに応えてレナードを悲しませたくないと心の底から思ってる。


レナードを大切にしたい、レナードと愛しあいたい、これから先の人生も俺の隣にいるのはレナードであって欲しいとそう思っているんだ」


よくもまあ、そんな恥ずかしいセリフがポンポンと口から出てくるなと言う話だが…それがエドワードの本心なのだろう。


それらを聞かされている俺は…嬉しさと恥ずかしさが入り交じっていて…もうどうやって気持ちを表現したらいいのかわからない。


「ーーそれはつまり…早い話が、私はこの方に負けた…と言うことなんですか?」


そう聞いてきたミレイユの声は震えていた。


「勝敗の問題じゃない、俺はレナードと一緒にいたいから言っているんだ」


「さっきも聞きました!


でも…私は絶対に許さないです!」


ミレイユが俺を見つめてきた。


その瞳は俺に対しての嫉妬と何より男に負けたと言う悔しさで満ちていて、見つめられた俺は萎縮してしまった。


女が怖いと思ったのは、今日が初めてかも知れない…。


ちょっと待て、ミレイユってこんなヤツだったっけか…?


俺が知ってるミレイユは健気な感じで、いかにも“ザ・ヒロイン”と言うタイプの女性である。


しかし、目の前にいるミレイユは嫉妬に狂っていて…ちょっと待て、ここへきてまさかの闇落ち展開ってヤツか!?


ヒロインが闇落ちするって、もはやどんな展開なんだよ!?


「私はこの方がエドワード様と一緒にいるのを認めない…!


エドワード様の隣に立っていいのは、この私よ!」


「ミレイユ嬢、落ち着いてくれ」


ミレイユの躰がガタガタと震えているのは怒っているから、なのだろう。


エドワードはそんなミレイユをなだめようとするが、今の彼女の耳に入っていない様子だった。


「許さない、許さない、許さない…!」


何で闇落ちしとんねん!?


今はそんなのん気にツッコミを入れている場合ではない。


ミレイユがドレスの裾から、何かを取り出した。


「あっ…!」


驚いたアンネの声は震えていた。


彼女の手に持っているそれに、俺は声すらもあげることができなかった。


「み、ミレイユ嬢、待て…そ、それを離すんだ…」


エドワードが説得にかかろうとしているが、ミレイユが手に持っているそれーー短剣を手放そうとしなかった。


「エドワード様と一緒にいていいのはこいつじゃなくて、この私よ…!」


そう呟いているミレイユの目は、あきらかに俺を捉えていた。


そうか、そう言うことだよな。


俺がエドワードから離れたらいい話だもんな。


「エドワード」


俺は彼の名前を呼ぶと、

「彼女と幸せになってくれ」

と、言った。


「何を言っているんだよ、レナード…?」


いきなりそんなことを言われたエドワードは訳がわからないと言った様子だ。


「俺たちは男同士だ、王族としての世間体もあるうえに血筋もある。


ここで穢す訳にはいかないだろう。


俺は1週間以内にこの離宮から出て行く、だからお前はミレイユを選んで幸せになってくれ」


「レナード…」


ああ、そんな目で俺を見つめないでくれよ…。


今さらながらに気づいてしまったこの気持ちから目をそらすことができない。


思い知らされたその気持ちからもう逃げ出すことができない。


「エドワード」


俺はもう1度、彼の名前を呼んだ。


「ーー俺も好きだったよ…」


自分の気持ちを正直に、エドワードに向かって伝えたら彼は驚いたように目を見開いた。


「短かったけれど、エドワードと過ごしたこの日々とても楽しかった。


こんな形で気持ちを伝える結果になってしまったけれど、エドワードにはちゃんと幸せになって欲しいんだ。


家を繁栄させて、国を守って、愛する人と幸せに暮らして欲しいんだ」


「レナード…」


名前を呼ばないで欲しい。


ここから離れるのがつらくなるから、悲しくなるから、今は俺の名前を呼ばないで欲しい。


歪んでしまった視界を隠すように、俺は微笑みを作った。


「さようなら、エドワード…どうか、お元気で」


一字一句、最後までちゃんと言うことができただろうか?


俺はエドワードに向かって微笑みかけながら、彼の前から立ち去ろうとした…が、

「待ってくれ!」


その声と同時に、俺は腕をつかまれていた。


「幸せになって欲しいだなんて、そんなふざけたことを言うな!


俺は、お前ーーレナードと一緒にいることが、俺の幸せなんだよ!


それなのに、俺に幸せになって欲しいからって言うよくわからない理由で勝手に俺の前から立ち去ろうとするな!」


「エドワード…」


「やっと、お前の本当の気持ちが聞けたのに…もうお前を手放したくないんだよ!」


エドワードに引き寄せられたかと思った次の瞬間、俺は彼の腕の中にいた。


その腕の中はとても心地よくて…エドワードから離れたくないと、そう思ってしまった。


「ーーバカバカしいことをしないでよ!」


その声に視線を向けると、顔を真っ赤にしたミレイユだった。


「さっきから私は何を見せられているの!?


黙って聞いてれば、2人して何を訳がわからないことを言いあっているのよ!?


私の気持ちだけじゃなくて、私の存在を無視するなんて最低よ!」


ミレイユは俺たちに向かって大きな声で怒鳴った。


別に忘れていたと言う訳ではないのだが…。


と言うか、ミレイユってこんなヒロインだったか?


自分たちの世界に入り過ぎたせいでミレイユを空気扱いしてしまったことに関しては申し訳ないと思っている。


「最初から何もかもに恵まれているあなたたちに、私の気持ちなんかわからないのも当然よね!


私はあなたたちみたいに何もかもに恵まれてる人間が大嫌いなのよ!


そうやって私みたいに恵まれない人間を無視してバカにして笑ってるあなたたちなんか死んじゃえばいいのよ!」


短剣を手にミレイユがこちらに向かって突進してきた。


「ま、待て…!」


そう言ったエドワードの声を聞く前に、躰が先に動いていた。


「レナード様!」


悲鳴のようなアンネの声が聞こえた。


「ーーッ…!?」


躰に衝撃が走ったせいで、声を出すことができなかった。


「ーーあっ…!」


目の前にいるミレイユは震えている。


まさか、俺を刺してしまうことになるとは思ってもみなかったのだろう。


「ーーッ…!」


彼女の手に持っている短剣が躰から出て行ったその瞬間、俺はその場に崩れ落ちた。


「レナード!」


「レナード様!」


俺を呼ぶエドワードとアンネの声が聞こえる。


「ーーあっ…あっ…あっ…」


血まみれの短剣を握っているミレイユは震えて、壊れたように声をあげることしかできないようだった。


我ながら、俺は何をやっているんだか…。


躰が勝手に動いたうえに、自分からヒロインに刺されに行くヤツがあるか…。


でも、俺は…と言うよりも、レナードは悪役だったもんな。


死亡フラグがなくなってラッキーとは思ったけれど、結局はその運命から逃れることはできないものなんだな…。


そんなことを思いながら俺は自嘲気味に笑ったら、意識が途切れた。


 *


目を開けると、よく知っている天井があった。


「レナード、大丈夫か?」


その声に視線を向けると、

「ーーエドワード、か…?」


エドワードが俺の顔を覗き込んでいた。


自室のベッドで俺は横になっているようだった。


「ーー俺、死ななかったんだ…」


そう呟いた俺に、

「医師たちの懸命な処置のおかげで、お前は峠を越えたんだよ」

と、エドワードは言い返した。


「そうなのか…?」


「ああ、そうだ…とにかく、死ななくてよかった…」


エドワードは目を潤ませると、洟をすすった。


その様子に俺はとんでもないことをしてしまったなと思って胸を痛めたが、気がかりなことがあった。


「ーーミレイユは、どうなった?」


俺を短剣で刺したミレイユがどうなったのかが気がかりだった。


「あの後で取り押さえて、今は牢屋に入れている。


今日で3日目だ」


俺の質問に、エドワードは答えた。


そうか、3日か。


俺は3日間も眠っていたらしい。


「心配するな、ミレイユの処分は…」


「処刑されるのか?」


エドワードの話をさえぎるように、俺は聞いた。


「ミレイユは、処刑される…のか?」


そう聞いた俺に、

「彼女がやったことは立派な殺人未遂だ、アンネも目撃している訳だからな」

と、エドワードは答えた。


「ちょっと待て」


そう言って躰を起こそうとしたけれど、傷が痛くて起こすことができなかった。


だけど唇を開くと、

「ミレイユを殺さないで欲しいんだ」

と、言った。


「はっ?


何を言っているんだ?


お前は彼女に刺されて死にかけたんだぞ?


医師たちが懸命に処置してくれなかったら、少しでも時間が遅れていたら、お前は死んでいたんだぞ?


それなのに、お前は何を言っているんだ?」


エドワードは頭にきているようだった。


俺が死にかけたうえに、俺を刺したミレイユが憎くて仕方がないのだろう。


「エドワード、彼女にだって幸せになる権利があるんだ」


俺は言った。


「お前からしてみたら彼女は悪役、憎むべき存在なのはわかっている。


でも、そんな悪役にだって幸せになる権利があるとそう思わないか?」


「ーーッ…」


エドワードは何も言えない様子だった。


レナードも物語のラストでは死ぬ予定だった…けれど、どう言う訳なのか俺がレナードに転生してしまっていた。


最初はどうして彼に転生してしまったのか物語の中の彼の立ち位置がわからなくて、どうせモブキャラだし物語に特に大きな関わりなんてないだろうと思って過ごしていた。


だけど、今になってわかったことがある。


前世の俺は22歳と言う若さで、人生はまだこれからだと言う時に電車の事故に巻き込まれて死んでしまった。


家族にも友達にもお別れのあいさつができないまま、その命を突然奪われることになってしまった。


俺の転生先がレナードだったのは、彼の運命を変えて欲しいと言う神様からの思いだったのだろう。


若くして亡くなった俺を同じく若くして亡くなる運命であるレナードに転生することで、その運命を変えて幸せになって欲しいと神様は思ったのだろう。


俺が内容をロクに覚えてなかったからと言うことも幸いして、レナードはその運命を逃れることができたうえに姉のレイチェルも結果的には悲しい運命から逃れることができた。


「エドワード、彼女にだって幸せになれる権利があるんだ。


まだ若いからいくらでもやり直しがきくし、人生なんてまだこれからじゃないか。


そう思わないか?」


俺はエドワードからの返事を待った。


沈黙の後で、

「ーーそうだな」

と、エドワードは言った。


「お前の言う通り、ミレイユ嬢は若いうえにやり直しはまだきくな。


その命を奪うのは、やはり心苦しいものがあるな」


「エドワード…」


エドワードは俺に微笑みかけると、

「わかった、ミレイユ嬢の処分はよく考えてから出すことにする」

と、言った。


よかった…と、俺はホッと胸をなで下ろした。


「それよりも…」


エドワードは俺の顔をじっと見つめると、

「告白は本当だと、解釈してもいいんだな?」

と、言ってきた。


えっ、告白?


そう思ったのは一瞬で、次の瞬間には顔がすぐに熱を持った。


「レナード?」


俺も俺で何を言ったんだと思ったけれど…でも気持ちに気づいてしまったうえに、その気持ちを彼に向かって伝えたのだ。


「ーーほ、本当だ…」


今度は俺が沈黙の後に答える番だった。


「俺は、お前が好きだよ…エドワード」


改めて、その気持ちを彼に伝えた。


エドワードは微笑むと、

「俺もレナードが好きだ、愛してる」

と、顔を近づけてきた。


ヤバい、キスされる…!


思わず目を閉じたら、チュッ…と額に彼の唇を感じた。


…えっ?


てっきり唇にくるだろうと思って目を開けたら、

「ケガ人に無理をさせる訳にはいかないからな」


エドワードは笑いながらそう言ったのだった。

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