第14話・悪役令嬢VS男爵令嬢

国の創立記念パーティーから…と言うよりも、エドワードがミレイユと出会って今日で10日を迎えた。


俺はエドワードがこなくなったこの生活に特に不満はなく、今日も庭の手入れをしながらのんびりと離宮での生活を過ごしていた。


「ミレイユ様との関係は順調みたいですね」


そう話しかけてきたアンネに、

「そのようだな」

と、俺は返事をした。


「アンネ、もう育ったぞ」


俺は紫蘇の葉をいくつか千切ると、アンネに渡した。


「わーっ、こんなにも立派に育ちましたね」


アンネは紫蘇を見ながら嬉しそうに言った。


俺は庭を見回すと、

「見違えるほどにキレイになったな」

と、言った。


この間までは草がボーボーに生い茂って足の踏み場すらもなかったこの庭が今では日々の手入れのおかげでキレイになっていた。


当然のことながら視界に入るものがある。


エドワードが好きな例のハーブだ。


「見に行くって言ったじゃねーかよ…」


これを見るたびに、どうしてもエドワードのことを思い出してしまう。


視界に入れるのも嫌だから抜いて、どこかへ捨ててやろうかと思ったけれど…やめた。


我ながら女々しいうえにあきらめが悪いものがある。


「まあ、物語ではミレイユとくっつくことになる訳なんだし」


死亡フラグが消えただけでもよしとするかと自分に言い聞かせると、俺はハーブから目をそらした。


その日の夜、エドワードが10日ぶりに離宮を訪ねてきた。


「レナード、頼む!」


離宮を訪ねてきて早々、エドワードは俺に向かって頭を下げてきた。


「えっ…?」


「さあ…」


俺とアンネはお互いの顔を見あわせた。


「あの…まずは頭をあげて欲しいんだが…」


俺が声をかけたらエドワードは下げていた頭をあげた。


「何があったのか、事情を説明して欲しい」


俺がそう言ったら、

「ミレイユに言い寄られて困っているんだ」

と、エドワードは言った。


「はい?」


俺は訳がわからなかった。


ミレイユに言い寄られて困っているって…えっ、どう言うことなんだ?


「…それは一体、どう言う意味なんですか?」


俺が聞いたら、

「創立記念パーティーで道に迷っていたところを声をかけて出口まで案内したんだ。


そしたら彼女に何か勘違いされたみたいで言い寄られるようになったんだ」

と、エドワードはやれやれと息を吐いた。


その様子はあきらかに迷惑がっているようだった。


「勘違いされた、と言うのは…?」


俺が続けて聞いたら、

「どうやら彼女は俺のことを好いているみたいで、自分に気があるんだと勘違いしているらしい」

と、エドワードは言った。


そりゃそうだろ、相手はヒロインだぜ?


自分に気があるのは当然の展開だろうよ。


でもエドワードは心の底から迷惑だと言わんばかりの顔をしていた。


「俺はただ彼女に対して親切に接しただけだし、婚約者がいることも彼女にちゃんと伝えた。


だけど“結婚している訳じゃないから別にいいじゃないですか”って、さらに言い寄られているんだ。


この10日間は彼女の説得を頑張っていたんだけど…もうどうにもできなくなったんだ」


「それで、俺に“頼む!”って頭を下げてきたんですか」


「そう言うことだ」


…いや、“そう言うことだ”と言われましてもと言う話である。


ミレイユがお前に気があるのはヒロインなんだから当然だろうと言う話である。


「一応聞くけど、エドワードはミレイユのことをどう思っているんだ?」


「迷惑だと思ってる」


即答だった。


「俺はレナード、お前しかいらない。


お前以外のヤツらはどうでもいいと思っているし、お前しか愛せない」


…何がどうしてこうなってこんな展開になったんだよ、おい。


悪役令嬢のレイチェルが駆け落ちするわ、エドワードは俺を好きになったうえにミレイユを嫌っているわで…もう何でこんな展開になったんだ?


「レナード様」


アンネが声をかけてきた。


「エドワード様もお願いしている訳ですし、協力してあげた方がいいんじゃないですか?


この様子だと相当なまでに迷惑されているみたいですし」


悔しいけれど、アンネの言う通りだった。


ただでさえややこしい展開になっているのに、これ以上ややこしい展開になってしまったら面倒である。


今だって収集がつかなくなっているって言うのに、これでまた余計に収集がつかなくなってしまったらどうすればいんだと言う話である。


「わかった、協力する」


俺が返事をしたら、

「ありがとう、助かったよ」

と、エドワードは嬉しそうに言った。


「それで俺はどうすればいいんだ?」


そう聞いたら、

「レイチェル・カーソンになって欲しいんだ」

と、エドワードは答えた。


「レイチェルに?」


「婚約者がいることを彼女に証明することと彼女を追い返すために嫌な態度をとって欲しいんだ」


「い、嫌な態度?」


ミレイユに…って言うことだよな?


「お前はエドワードの嫁にもウェルズリー家にもふさわしくない人間だ、今すぐに私たちの前から消えろ…みたいな感じでミレイユを追い払って欲しいんだ」


「要は悪役として振る舞え…ってこと?」


「そう言うことだ。


悪役になってミレイユを追い払って欲しいんだ」


「えーっ…」


俺はアンネの方に視線を向けた。


まさか王子から直々に悪役を頼まれるとは思ってもみなかった…。


「いいんじゃないですか?


これくらいのことをしたら、ミレイユ様も理解してくれると思いますよ。


今はつきまとっている程度で済んでいますけれど、このまま行為がエスカレートすると面倒なことになりかねませんよ」

と、アンネは言った。


確かにアンネの言う通り、このままだとミレイユがストーカーになってしまうのも時間の問題である。


そうならないためにもこの辺りで止めておくのが正解だろう。


「レイチェルになって悪役としてミレイユを追い払えばいいんだな?」


俺が確認のためにそう言ったら、

「そうだ、荷が重いとは思うが頑張って欲しい」


エドワードは返事をした。


「わかった」


俺が首を縦に振ってうなずいたら、

「ありがとう、レナード!」

と、エドワードは俺を抱きしめてきた。


「ちょっ…ちょっと待て!」


「10日もお前に会えなかったんだ、これくらいのことはさせてくれ」


やっぱり断った方がいいのか、これ。


エドワードに抱きしめられながら、俺は引き受けてしまったことを後悔していた。



レイチェルになった俺はエドワードにエスコートされながらミレイユの元へ向かっていた。


「レナード、ちゃんとやってくれよ」


「わかってる」


そう言いあっていたら金髪が見えてきた。


ミレイユ・サザーランドだ。


「エドワードさ…」


エドワードの姿を視界に入れたミレイユは嬉しそうな顔を見せたが、その隣りにいた俺の姿に顔を曇らせた。


やっぱり、ヒロインだな…。


アイドル級にかわいいこのヒロインを今からいじめるんだよな…。


悪役な訳なんだけど、こんな愛らしい姿を見たら心が痛むものがあるぜ…。


でもエドワードに頼まれた以上はちゃんと演じ切らなければ。


エドワードと一緒にミレイユの前に立った。


「ミレイユ嬢、彼女が以前に話していた俺の婚約者だ」


エドワードが俺ーーレイチェルを紹介した。


「初めまして、ご紹介に預かりましたレイチェル・カーソンと申します。


エドワード・ウェルズリー様の婚約者です」


俺が自己紹介をしたら、

「み…ミレイユ・サザーランドと申します…」

と、ミレイユは自分の名前を言うと頭を下げた。


「図が高いですわね、それが王族に対する態度なのかしら?」


「あっ、えっと…」


「エドワード様にご迷惑をかけているそうですわね?」


ミレイユは俺から目をそらすようにうつむいた。


「そもそも人の婚約者に手を出すなんて、あなたのところはどう言う教育を受けているのかしら?」


「そ、それは…」


ジロリとミレイユをにらみつけたら、彼女はビクッと躰を震わせた。


「エドワード様は私、レイチェル・カーソンの婚約者です。


男爵家のご令嬢が王族に近づいたうえに人から婚約者を奪おうとするなんて、なんてやらしいのかしら」


「ご、ごめんなさい…」


俺がにらみつけながら言ったら、ミレイユはビクビクと躰を震わせながら小さな声で謝った。


「わかったなら、金輪際エドワード様に近づかないでちょうだい」


「はい…」


「もし少しでもエドワード様に近づいたら…あなたの実家を潰すのはもちろんのこと、あなたやあなたの家族をこの国から追い出すわ。


いいわね?


もう2度とエドワード様に近づかないことよ」


原作で言っていたセリフだけど、こうして口に出して言ってみると結構ひどいものがあるな…。


ミレイユ、もうマジで泣きそうな顔してるじゃないか…。


そりゃ、エドワードが怒っても文句言えないっつー話だよ…。


「は、はい…わかりました、本当にすみませんでした…。


もう2度と、エドワード様にもレイチェル様にも近づきません…」


ミレイユは小さな声で謝ると、頭を下げた。


「早く私たちの前から消えてちょうだい、本当に虫唾が走るったらありゃしない」


最後にミレイユに向かってそう言うと、彼女は泣きそうな顔で俺たちの前から立ち去ったのだった。


ミレイユの後ろ姿が見えなくなったのを確認すると、

「おい、あれでよかったのかよ」

と、俺はエドワードに話しかけた。


「ああ、いいんだよ。


名演技だったぞ、レナード」


エドワードはそう言って褒めると、俺に向かって手を伸ばしてきた。


「ちょっと、ウィッグがずれる」


よしよしと言うように頭をなでてきたエドワードに、俺はその手を払った。


「レナードのおかげだ、これでミレイユ嬢が近づいてくることはあるまい」


「だといいけど…正直なことを言うと、結構心苦しいものがあったぞ。


本当に近づいてこないことを祈るしかないな…」


そう言って息を吐いた俺に、

「大丈夫だ」

と、エドワードは笑ったのだった。


何を根拠に言ってるのかはよくわからないが、エドワードがそう言ってるならば大丈夫だろう。


「レナード、離宮へ戻ろうか」


「はい」


俺はまたエドワードのエスコートで離宮へと戻った。


離宮へと戻ると、

「お帰りなさいませ、レナード様」


アンネが俺たちを迎えてくれた。


自室に行ってウィッグを外して、ドレスも脱いで着替えを済ませると、再びエドワードの前に現れた。


「アンネ、しばらくレナードと2人で話がしたいから席を外してくれないか?」


俺が顔を見せて早々、エドワードはアンネに向かって言った。


「はい、わかりました。


ごゆっくりどうぞ」


アンネはそう言うと、俺たちの前から立ち去った。


何だ、話って。


「エドワード、どうした?」


俺が声をかけたら、エドワードは抱きしめてきた。


「ちょっと、何だよ」


俺が声をかけたら、

「やっぱり、レナードはレナードのままがいいなって思ったんだ」

と、エドワードは言った。


「何だそれ」


俺は俺だろ、何を言ってるんだ。


「少なくとも女の格好をしているお前よりも、そのままのお前が俺は好きだぞ」


「ーーッ…」


こいつ、“好き”と言えば許されると思ってるのか?


とは言え、エドワードに抱きしめられて“好き”と言われることに嫌悪感を感じないどころかそれらを嬉しく思っている自分がいた。


俺、ノンケのはずだぞ?


いや、そう言う点ではエドワードも一緒のはずだ。


そんなことを思っていたら、

「困ります、何なんですか!?」


悲鳴のようなアンネのような声が聞こえたので、俺たちは躰を離した。


「何があったんだ?」


「さあ…」


俺とエドワードは首を傾げたが、アンネの様子を見るために向かった。


「アンネ、どうした…」


声をかけて顔を出した俺は驚いた。


「お、お前…」


エドワードも同じように驚いている。


それもそのはずだ。


「ーーやっぱり、婚約者がいたなんてウソじゃないですか」


そこにいたのは、ミレイユだった。

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