第13話・もしもの話

『両手いっぱいの愛を君に』の登場人物、レナード・カーソンはレイチェルの双子の弟だ。


彼は幼い頃から躰が弱かったため、常に姉に守られていた。


そのため姉を心の底から崇拝しており、姉に危害を及ぼす人間は悪、その相手が例え両親だったとしても手にかけるーーと言う過激な考えを持った人間に育った。


姉の婚約者のエドワードが国の創立記念パーティーで男爵令嬢のミレイユ・サザーランドと出会い、彼らが心の底から愛しあう関係になったことを知ったレイチェルは自分と言う存在がいながら他の女性に目を向けた彼にショックを受けた。


そのことを知ったレナードは姉に危害をくわえたとしてミレイユを徹底的に潰すことを誓った。


周りを先導して嫌がらせを行ったり、レイチェルに入れ知恵をしたりして、ミレイユを身体的にも精神的にも追いつめてレナードは彼女を徹底的にいじめる。


これだけのいじめにミレイユは屈しないうえに嫌がらせの件はエドワードの耳にも入ることになり、彼はレイチェルに婚約破棄とミレイユへの今後一切の接触禁止令を出した。


これに対してレナードは男たちを金で雇い、ミレイユを身体的にも精神的にも傷つけて排除しようと企んだ。


しかし、タイミングよくエドワードと彼が率いる騎士団が現れたことによってミレイユは助け出されてレナードや雇われた男たちは捕まってしまった。


レナードが捕まったことによってカーソン家がこれまでに行ってきた悪事が全て世間に明かされることになり、カーソン家は爵位を剥奪されたうえに一家離散になった。


さまざまな悪事を働いてミレイユを傷つけたレナードは処刑されて、目の前で弟を失ったレイチェルは廃人になってしまった…と言うのが彼らの結末だった。


 *


「ーーどうすりゃいいんだよ、おい…」


創立記念パーティーから一夜が明けたが、俺は両手で頭を抱えることしかできなかった。


このまま話が進んでしまったら、俺は処刑される展開ーーいわゆる、死亡フラグであるーーじゃないか!


俺がここ最近見るようになった悪夢は『両手いっぱいの愛を君に』のこの先のストーリーだった。


そして、昨日の創立記念パーティーでエドワードがミレイユと出会ったことがきっかけで物語の結末とレナードの正体を全て思い出した。


「ーーどうするんだよ、マジで…」


両手で頭を抱えてバカのひとつ覚えみたいに同じことを呟くことしかできない。


コンコンとドアをたたいた音がしたので、

「どうぞ」

と、俺はドアに向かって声をかけた。


「失礼します」

と、言って入ってきたのはアンネだった。


「何だ、アンネか…」


「何か失礼ですね」


アンネと掛けあい漫才をしている場合ではない。


「エドワード様が先ほど訪ねてこられまして…」


「えっ?」


次にアンネの口から出てきたエドワードの名前に俺は聞き返した。


「な、何で訪ねてきたんだ?」


「そりゃ、用事があるからに決まっているじゃないですか」


「…だよな」


用事がなかったらこないと言う話である。


「それで、エドワードは何だって?」


俺が聞いたら、

「しばらくここにくるのを控える、だそうです」

と、アンネは答えた。


「えっ?」


俺はまた聞き返した。


ここにくるのを控えるって…まさか、ミレイユと“そう言う仲”になったと言うことなんだよな?


「仕事で忙しいとかそんな感じなんですかね…って、レナード様?」


「えっ、おっ…」


「何か急に顔色が悪くなったような気がするんですけど、どうかしましたか?」


「い、いや、別に…」


どれだけ観察眼が鋭いんだよ…。


「そうか、王子も大変だな」


俺がそう言ったら、

「何かレナード様、ここ最近おかしいような気がします。


少し前まではエドワード様のことを何とも思っていなかったじゃないですか」


アンネは言い返してきた。


本当に観察眼が鋭いな、おい。


「何かあったんですか?


私にも言えないようなことでもあったんですか?」


…何も言わないと言う選択権はなさそうだな。


ヘタにシラを切り通したところで、彼女の観察眼が火を吹くだけである。


「実は…」


俺は口を開くと、昨日の出来事をアンネに説明した。


「エドワード様に新たな恋人が、ですか!?」


説明を終えると、アンネは驚いたと言わんばかりに聞き返してきた。


「名前はミレイユ・サザーランド、男爵令嬢だ。


昨日の創立記念パーティーでバルコニーで彼女と話をしているのを見かけたんだ」


「それじゃあ、もしかしたら…エドワード様は彼女と結婚するかも知れない、と」


「そう言うことだな、しばらくここにこれないのもミレイユのことがあるからかも知れない」


俺はそう言い終えると、息を吐いた。


「もし…」


アンネは口を開くと、

「もし、エドワード様がミレイユ様と結婚されることになったら…レナード様は、どうなると思いますか?」

と、聞いてきた。


「当然のことながらここを出ることになるだろうな。


まあ、俺は元々レイチェルの身代わりとしてここへ嫁いできた訳だからやっと役目が終わってラッキーと思ってるけど」


「そう言えばそうでしたね、レナード様があまりにも離宮での生活を謳歌しているからお役目のことをすっかり忘れていました」


「おい」


俺がツッコミを入れたら、アンネは笑った。


「役目終了、ですか…」


そう呟いたアンネだが、俺の心は…と言うと、モヤモヤとしていた。


アンネと話をしたせいもあってか、俺は冷静を取り戻していた。


よくよく考えてみたら、俺が知っている『両手いっぱいの愛を君に』のストーリーと今の展開は全くと言っていいほどに違うと言っても過言ではない。


俺がこの物語をロクに読んでいなかったことと話の展開を覚えていなかったこと、レイチェルがクルトと駆け落ちをしたと言う訳がわからない展開も起こったから違うものになってしまったのかも知れない。


そして何より、本来のレナードと性格が違い過ぎるーー彼の中の人が俺だからーーこともあったので物語が違うものへと変化してしまったのだろう。


このままだと死亡フラグへ進むことになってしまうかと思ったけれど、物語も展開も違うものになったからそうならないようだ。


すでにフラグは回収された訳だから…後はこのまま物語が順調に進んで、エドワードがミレイユと結婚したら俺はお役御免と言うヤツで離宮を出て行くことになるだろう。


「でも待ってください」


アンネは思い出したと言う顔をすると、

「もしまた身分差の問題で…となったら、どうしますか?」

と、聞いてきた。


「身分差…ああ、そうか」


そのことを思い出した俺はパチンと手で額をたたいた。


そうだ、エドワードの前の恋人のデイジーは流浪の役者と言う身分で血筋が穢れるとか王族としての世間体にも関わるからと言う理由で結婚しなかったんだっけな。


「そうなると、またかつての生活に逆戻りって言うヤツだろうな」


俺がそう言ったのと同時に、心のモヤモヤがどこかへと消えた。


アンネと話をしたからだろう。


「結局、離宮を出ることはできない…と言うヤツですね」


「そう言うことだな、でも特に不自由な思いはしてないからいいけど」


「そうですけどね」


俺とアンネはお互いの顔を見あわせると、フフッと一緒になって笑った。


変化がないのはいいのか悪いのかよくわからないけれど…まあ、死なないだけでもまだいいと思った方がいいかも知れない。


「これで不自由を強いられてたら、間違いなく発狂しただろうな」


「でもレナード様のその性格だったらどんな不自由でも乗り越えれそうな気がしますけどね」


「いや、乗り越えれないものは乗り越えれないわ。


後、その性格ってどう言う意味なんだよ?」


俺はアンネから何者だと思われてるんだ?


そう思いながら聞き返したら、

「ポジティブ大魔王、と言うところですかね」

と、アンネは答えた。


使用人で主に向かって正直に答えることができるアンネもアンネのような気がするんだが。

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