第12話・男爵令嬢、ミレイユ・サザーランドの登場

創立記念パーティー当日を迎えた。


初日以来訪れることがなかったウェルズリー城内にある控え室で、俺とアンネはレイチェルになるための準備をしていた。


「レナード様、本当に同席なさるのですか?」


アンネは俺に化粧を施しながら聞いてきた。


「もう当日を迎えたからな、逃げも隠れもしない」


そう答えた俺だったが、正直なことを言うと気が進まないままだった。


だけども…パーティーに参加したら、何か理由がわかるかも知れないと思った。


それにしても…と思いながら、俺は目の前の鏡に映っている自分に視線を向けた。


やっぱり、双子の姉弟だよな…。


アンネに化粧を施してもらえばもらうほどに、だんだんと顔が俺からレイチェルへと変化していく。


「はい、終わりましたよ。


後はウイッグをかぶれば完成ですからね」


アンネがそう言って黒髪ウェーブのウイッグを持ってきた。


それが俺の頭にかぶられて…鏡の中の俺は、レイチェルになった。


身に着けているドレスはシャンパンゴールドのプリンセスラインドレスだ。


ボリュームがあるビッグスカートがとても柔らかそうだ。


「何だかエドワード様の瞳のような色のドレスですね」


そう言ったアンネに、

「そうか?」


俺は聞き返した。


確かにごのドレスはエドワードが用意してくれたものだが、言われてみればそのような気がする。


首にかかっているネックレスについている宝石は青で、それは俺の瞳の色を意味しているのだろうか?


…それはいくら何でも自意識過剰か。


そんなことを思っていたら、

「レナード、入るぞ」


コンコンとドアをたたく音がしたかと思ったら、エドワードの声が聞こえた。


噂をすれば何とやら…ってか。


「ああ、いいぞ」


部屋の外にいるエドワードに向かって俺は返事をすると、ドアが開いた。


「お前のその格好を見たのは初日以来だな」


レイチェルになった俺の姿に、エドワードはそんなことを言った。


「そうだな、あの後すぐに正体をバラしたから俺もこの格好をするのは久しぶりだよ」

と、俺はエドワードに向かって言った。


「懐かしいな、まるで昨日の出来事のようだ」


エドワードがそう言って笑ったので、俺も一緒になって笑った。


「それじゃあ、行こうか」


そう言って手を差し出してきたエドワードに、

「はい」


俺は返事をすると、その手に自分の手を重ねた。


エドワードと一緒にパーティー会場へと顔を出すと、多くの招待客たちでにぎわっていた。


「見て、彼女がエドワード様の婚約者のレイチェル様よ」


「本当に美しい人ね」


「さすが、由緒正しい公爵家のご令嬢様ね」


俺の姿に招待客たちはそんなことを言いあっている。


レイチェルじゃないんだけどな、何だったらホンモノはとっくの昔に駆け落ちをしたんだと言う話なんだけどな。


それでもバレないのは俺がレイチェルの双子の弟だからと言うこともあるけれど、ウイッグと化粧とドレスが俺をレイチェルにさせていると言うことなんだな。


「ーーんっ…?」


その招待客たちの中に、ひときわ目立っている人物がいた。


腰まである金色のストレートの髪に、パステルピンクの白いフリルがふんだんに使われているプリンセスラインドレスを身に着けた女性だった。


顔立ちはかわいらしくて、アイドルグループの中にいてもおかしくないくらいだ。


…何だ?


その女性を目にした俺は胸の中がザワザワとしていることに気づいた。


「レイチェル、どうした?」


エドワードが心配して声をかけてきた。


何で名前…そうだ、今の俺は“レイチェル”だ。


「い、いえ…何でもございませんわ、エドワード様…」


できるだけ声を高めにして、俺はエドワードに向かって返事をした。


「そうか、気分が悪くなったらすぐに言うんだぞ」


「はい…」


俺は返事をして先ほどの女性を探したが、そこにいなかった。


招待客も多いので、彼女がどこにいるのかもわからない。


もしかしたら先ほどの胸騒ぎは気のせいだったのかも知れないと、俺は自分に言い聞かせた。


パーティーは始まって、俺はエドワードと一緒に招待客たちにあいさつをしていた。


と言っても、俺はただエドワードについて行っているだけなのだが。


あいさつ回りがひと通り終わると、俺とエドワードは休憩に入ることにした。


「レナード、大丈夫か?」


会場の裏にある休憩室に入ると、エドワードは声をかけてきた。


「ああ、大丈夫だ…」


俺は返事をすると、ソファーに腰を下ろした。


「それにしても、疲れたな…」

と、俺は息を吐いた。


「これだけ人が多いと、俺も疲れるよ…。


もうあいさつも終わったことだ、後はゆっくりとすることにしよう」


エドワードはそう言うと、俺の隣に腰を下ろした。


何で俺の隣に座るんだよ…と思ったけれど、今は彼の好きなようにさせることにした。


「レナード」


エドワードが俺の名前を呼んだかと思ったら、

「抱きしめていいか?」

と、聞いてきた。


「えっ…」


何でそんなことを聞くんだ、疲れてるのか。


そう思っていたら、

「お前を抱きしめたいと思ったんだ」

と、エドワードは言ってきた。


「意味がわからないんですが…」


何じゃその理由は。


「すまん、俺も思っていた以上に疲れているみたいだ…」


「…いいですよ」


そう言った俺にエドワードは驚いた顔をした。


先に聞いてきたのはあんただろと思いながら、俺は両手を広げて準備をした。


「本当にするぞ?」


「どうぞ」


俺の返事が返ってきたことを確認すると、エドワードは俺を抱きしめてきた。


「ーーッ…」


ヤバいな、ただ抱きしめられているだけなのに心臓がドキドキと早鐘を打っている。


「レナード」


「はい…」


「こう言うのも、たまにはいいもんだな」


「そうですね…」


何を言っているんだ、俺は…。


そう思っているけれど、俺の両手はエドワードの背中に回していた。


何を変なことをしているんだ、俺は…。


「レナード」


エドワードが俺の名前を呼んだ。


「はい」


俺が返事をしたら、

「口づけをしたい」

と、エドワードが言った。


「はっ?」


今度は何を言い出したんだ、この人は!?


口づけって…要するに、“キスがしたい”と言うことじゃないか!


「お前が抱きしめ返してくれたと思ったら、今度は口づけをしたくなった」


「ーーッ!」


そんな理由で口づけをすることになったんだったら抱きしめ返さない方がよかったな、チクショー。


でも抱きしめ返してしまった俺も俺で…って、俺も俺で何でエドワードを抱きしめ返したのだろう。


「レナード」


「ーーッ…」


金色の瞳に見つめられて、低い声で名前を呼ばれてしまったせいで、躰がゾクッ…と震えた。


「ーーい、いいですよ…」


もう決めた、覚悟はした!


男は度胸だ、こうなった以上は最後まで責任をとる!


腹をくくった俺は目を閉じて、彼を受け入れる準備をした。


エドワードの顔が近づいてくるのを感じる。


もう少し、もう少し…その距離を確かめたいけれど、目を開けるのが怖い。


「ーーッ…」


お互いの唇が重なった。


ヤバい…俺、めちゃくちゃドキドキしてる…。


心臓がうるさ過ぎて…近距離にいるエドワードに聞かれていたらどうしようかと思った。


唇が離れたので、俺は目を開けた。


「ーーッ…!」


俺はすぐに目を開けたことを後悔して、エドワードから目をそらした。


だってさ…エドワードが熱っぽい目で俺のことを見てたんだもん…。


俺はチラリと、彼の顔に視線を向けた。


金色の目は熱のせいで潤んでいて、白い肌は桜色に染まってて…ああ、もうどうしたらいいんだよ…。


そう思っていたら、コンコンとドアがたたいた音がしたので俺たちは慌てて距離をとった。


「はい」


エドワードがドアの外に向かって返事をしたら、

「王様がお呼びですよ、エドワード様」

と、返事が返ってきた。


「ああ、今すぐに行くと伝えてくれ」


エドワードはドアの外に向かって返事をした。


「そう言う訳だ」


そう言ったエドワードに、

「わかった」

と、俺は返事をした。


「また…」


エドワードは俺の頬に顔を近づけたかと思ったら、チュッと唇を落とした。


「ーーッ…!?」


またキスしやがったな、おい!


エドワードは俺から離れると、休憩室を後にしたのだった。


「腹が減ったな…」


パーティーであいさつ回りをしたのはもちろんだけど、先ほどの出来事もあったので腹が減っている。


「何か食べに行くか」


俺はソファーから腰をあげると、休憩室を後にした。


パーティー会場に戻ると、俺は料理をいくつか摘んで口に入れた。


由緒正しい公爵令嬢が何をやっているんだと言う話だけど、招待客たちも多少は疲れているのか特に気にも止めていないようだった。


ある程度腹が満たされると、バルコニーに出ると夜風に当たった。


先ほどまで人が多くて苦しい場所にいたから、夜の冷たい空気がとても気持ちいい。


「あー、心地いいな…」


パーティーに戻りたくないな…と思っていたら、

「お前は誰だ?」

と、エドワードの声が聞こえた。


えっ?


何だ、エドワードもここにいたのかよ。


いたならば声をかけてくればよかったのに…。


そう思いながら彼の姿を探したら、

「あっ…」


俺はとっさに近くの柱に自分の身を隠した。


エドワードと一緒にいたのは…先ほど見かけた金髪の、パステルピンクのドレスを身に着けた女性だった。


「すみません、出口を探していたら道に迷ってしまいまして…」


そう答えたのは女性だ。


「…あれ?」


何かこのセリフ、聞いたことがあるような気がする…?


「そうか、出口は向こうだ。


俺が一緒について行ってやろう」


「そんな…とんでもございません」


「ーーッ…!」


頭が痛い…。


俺は人差し指でこめかみを押さえた。


ズキズキと、まるで脈を打っているような痛みだ。


「いいんだ、俺がしたいからそうしているんだ。


また道に迷ってしまったら、お前も困るだろう」


「ーーッ…!」


痛い痛い痛い…頭が割れるように痛い…。


今まで感じたことがない痛みに、気持ち悪くて吐いてしまいそうだ。


「それじゃあ、お言葉に甘えます」


おいおい、何を言っているんだよ…。


でも、どこかで聞いたようなやりとりである。


「お前、名前は?」


エドワードが質問した。


「はい、ミレイユです」


女性ーーミレイユが自分の名前を言った。


ミレイユ…?


どこかで聞いたことがある名前だ。


でも、どこでその名前を聞いたんだ…?


「ミレイユ・サザーランドと申します」


その名前を耳にしたとたん、俺の中で何かが弾けた。


「ーーミレイユ、サザーランド…?」


先ほどまでの頭が割れそうなくらいの痛みはもうなくなっていて、代わりに次から次へと情報が流れ込んできた。


「ミレイユか、いい名前だ」


エドワードが言った。


彼らがここから離れたが、俺はその場から動くことができなかった。


「ーーミレイユ・サザーランド…」


思い出した…。


この物語の結末とレナード・カーソンの正体を思い出した…。


レイチェルは、悪役令嬢じゃない。


いや、悪役令嬢に“された”と言った方が正しいかも知れない。


レナード・カーソンーー彼の正体は『両手いっぱいの愛を君に』に登場する悪役令息、物語における黒幕だ。

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