第9話・こんな話じゃなかったはずだろ!?

えーっと…これは一体、どう言う状況なんだ…?


こんなシーンなんてどこにもなかったはずだぞ…?


「何を考えてる?」


エドワードに声をかけられたが、俺はどう返事をすればいいのかわからなかった。


離宮に到着すると一緒に食事をして、育てているハーブの見学もして…と言うのはまだよかった。


それがどう言う訳なのか、エドワードは俺の部屋に行きたいと言い出した。


デイジーのところへ行かなくていいのかと言いたくなったが、何か話をすることでもあるかも知れないと思いながら俺は彼を自分の部屋へと連れて行った。


「何か話でも…」


エドワードに話しかけた俺の声はそこで途切れた。


何故なら、俺はエドワードの手によってベッドに押し倒されてしまったのだから。


ちょっと待て、何で王子に押し倒されたんだ!?


エドワードは俺が逃げないようにと言わんばかりに俺の上に跨った。


参ったな、どうしろと言うんだよ…。


とりあえず、まずはこの状況から脱することを考えよう。


「何のジョーダンでしょうか?」


俺がそう聞いたら、

「俺がジョーダンで君を押し倒すと思うか?」

と、エドワードが聞き返してきた。


そう思ったから聞いたんだと言う話である。


まさかとは思うけど、俺をデイジーと間違えている訳じゃないよな…?


と言うか、こんな展開なんてあったか?


王子がベッドに押し倒すシーンなんてなかったと思うんだが…。


こんな展開になるならば、俺が悪役令嬢の双子の弟と言うよくわからないポジションに転生するくらいならば、もう少し読み込んでおけばよかったな…と、今さらのように後悔が胸に押し寄せてきた。


「あのー」


「何だ?」


俺はエドワードに向かって声をかけた。


まずは相手を刺激しないように丁寧に慎重に…。


「俺、男ですよ?」


「知ってる」


うん、俺が男だと言うことはわかっているみたいだ。


そもそもエドワードは同性愛者と言う設定ではなかったはずだ。


「レイチェルじゃないっすよ?」


「わかってる」


双子の姉ではなく、双子の弟だと言うこともわかっているみたいだ。


そもそも性別が違うので当然だ。


「デイジー様と間違えてません?」


「間違えてない」


そうですよねぇ、さすがに愛するお方と間違える訳がないですよねぇ…じゃないんだよ!


何で俺はお前に押し倒されているんだと言うことを聞きたいんだ!


「レナード」


エドワードが俺の名前を呼んだかと思ったら、大きくて華奢なその手が俺の頬に触れてきた。


あっれれー、おっかしいなー?


エドワードは同性愛者でもないし、俺を双子の姉と間違えていなければ愛するデイジーと間違えている訳でもない。


某少年探偵よろしくなセリフを心の中で言って頭の中でいろいろと推理を試みる。


「自分でもどうかしていると思う」


そんなことをしていたら、エドワードは言った。


「俺はお前に対して、この気持ちを押さえることができないんだ」


「はあ…」


いや、そんなことを言われましても。


「お前が好きで仕方がないんだ」


「お、おう…」


知らんがなとしか言いようがない。


「今すぐにお前と口づけを交わしたい、今すぐにお前を抱きたいんだ…」


ちょっと待て、俺が抱かれる前提なのか!?


ジョーダンじゃないぞ、俺はただの異性愛者だぞ!?


何が悲しくて男にキスされて男に抱かれないといけないんだ!?


神様、俺は何かしましたか!?


マズいぞ、早いところ逃げなければ俺の貞操が大変なことになる!


突然訪れた貞操の機器から脱出しなければ!


こう言う場合はどうしたらいいんだ!?


エドワードを殴ればいいのか股間を蹴りあげればいいのか!?


いやいや、相手は王子だぞ?


そんなことをしたらいろいろな意味で大変なことになりかねないぞ?


あー、どうすればいいんだ…!?


頭をフル回転させてピンチから脱出しようとする…けれど、

「レナード、俺の気持ちを受け入れてくれ」


そうささやいたエドワードの整った顔立ちが近づいてきた。


あ、ヤベ…と、思った時はもう遅かった。


「ーーッ…」


俺の唇はエドワードの唇と重なっていた。


これはもしかしなくても…キスをされているんだよな!?


「ーーちょっと待てー!」


俺は唇を離して腹の底から大きな声を出すと、エドワードの肩を力いっぱい押した。


「うわっ…!?」


まるで漫画かアニメか…いや、この世界はラノベだったわとそんな訳のわからないことを言っている場合ではない。


力いっぱい肩を押されたエドワードは、それはそれは大きく吹っ飛んだ。


こりゃ、ケガしても文句は言えないな…と思いながら吹っ飛んでいるエドワードを見ていたら、彼は地面に着地する寸前に受け身をとったのだった。


あ、すごい…と、感心している場合ではない。


「デ…」


「で?」


「デイジー様が黙ってないと思います!」


我ながらこんなところで女の名前を出すなよ…と言う感じだが、今はそんなことを気にしている場合ではない。


エドワードは地面から腰をあげると、

「別れたんだ」

と、言った。


「はっ?」


別れたって、どう言うことだ?


「ここ2週間、俺がレナードのところへこなかったのはデイジーに別れを告げてきたからなんだ」


「…はい?」


別れたって、何で?


「先日に街へ一緒に出かけた時に、俺はお前のことが好きだと言うことに気づいたんだ。


お前は俺を王族だからと言って丁寧に扱わずに1人の人間として見てくれた。


俺に興味や感心がないどころか気にもかけていないところがよくて…気がついた時には、俺はお前のことを好きになっていたんだ」


「えっ…?」


そんな理由で俺を好きになったと言われましても…。


「だから、デイジーと別れたんだ。


まあ、あいつはこのまま閉じ込められるよりも役者として躰を動かしていろいろなところを見て回るのが好きだから…と言う理由で別れを受け入れてくれたよ。


今朝にはもう離宮を出て行ったよ」


「そ、そうなんすか…」


と言うか、別れを受け入れてくれたみたいで何よりなうえにもう出て行ったのかよ。


デイジーのヤツ、どんだけ行動力があるんだよ。


そんなことを思っていたら、

「レナード」

と、エドワードに名前を呼ばれた。


「これで心置きなく、俺はお前のことを愛すことができる。


だから、俺の気持ちを受け入れて欲しいんだ」


「無理だろ」


そう言ったエドワードに向かって俺は言い返した。


「愛するデイジー様と別れましただから俺を好きになってくださいと言われて、はいそうですかと返事をして気持ちを受け入れるなんて無理だから」


俺は言った。


「身代わりで双子の弟を差し出したカーソン家の嫌がらせなのか王族としての世間体なのかどうかはわかりませんけど、婚約破棄をしたいんだったらとっと婚約破棄をしてください。


俺はそんなことであんたを恨みませんし、両親にはやっぱりバレて婚約破棄をされたと説明しておきますので」


「本当にそう思っているのか?」


どこから出しているんだと聞きたくなるくらいの低い声でエドワードは聞いてきた。


「そう言う、ことですよね…?」


ちょっと待て…俺、何か変なことを言ったか?


「俺は嫌がらせのつもりで言っている訳でもなければ王族としての世間体で言っている訳でもない。


本当にお前のことが好きだと思ったから伝えているんだ」


「えーっ…」


マジっすか、そうなんすか…。


「ですけど、俺はあんたのことを好きじゃないと言うか…あんたに対してそんな気持ちを抱いたことがないと言うか…あんたのことは友人のようなものとしか思っていないと言うか…」


「男同士で仲良くしようと最初の時に言っただろ」


「それは言いました、でもそれは“友人”として仲良くしようと言う意味で言ったんです」


「友人…なるほど、そうか…」


「何が?」


何じゃこいつ、何じゃこいつは…と、ツッコミを入れるのも疲れてきた。


「要するに、俺に恋愛感情を抱かせればいい…と言うことなんだな?」


「はっ?」


何の話だ。


「わかった」


「いや、勝手に話を進めないでくれる!?」


もうどうしろって言うんだ!?


何をした方が正しいと言うんだ!?


そもそもこんな話だったっけ!?


こんな展開はなかったはずだし、もしあったとしても聞いてないぞ!?


もうこんなことになるならば本当に読み込んでおけばよかった!


ツッコミを入れたいのか自分に呆れたいのか、もう自分でも何がしたいのかどうしたらいいのかわからない。


「レナード」


両手で頭を抱えたくなっていたら、いつの間にかエドワードが俺の前にきていた。


「は、はい」


俺が思わず返事をしたら、

「宣言する」

と、エドワードは華奢なその指で俺のあごをつかんできた。


…今度はどう言う状況なんだ?


そう思っていたら、

「お前を必ず俺の方へと振り向かせる。


友人から恋人に昇格するのはもちろんのこと、結婚相手にする」


エドワードは俺の目を見ながら、そう言ってきた。


「えっ…?」


「今日はこのくらいで我慢する」


エドワードはそう言ったかと思ったら、俺の頬に自分の唇を落とした。


ほっぺにチューされたんだが…。


それまであごをつかんでいたその指を離すと、

「この辺で失礼する」

と、言ったかと思ったら俺に背中を見せた。


バタン…と、ドアを閉めたその音が部屋に大きく響いた。


「えーっ!?」


俺は悲鳴をあげると両手で頭を抱えた。


こんな展開じゃなかったはずだぞ!?


何でこんな展開になっちゃったんだ!?


どこかで間違えたから何かよくわからない展開になったんだよなそう言うことだよな!?


「一体、どこで選択ミスをしたんだ…?」


いろいろと心当たりを考えてみるけれど、思い出すことができない…と言うことは、間違ってはないはずだ。


「ちょっと待て、王子は誰と恋に落ちて誰と結ばれたんだっけ…?」


まずはあらすじと俺のポジションを確認しよう。


レイチェルは悪役令嬢で、俺は彼女の双子の弟と言うポジションだ。


物語には何の関わりはなかったはずだし、仮にあったとしても俺はモブだ。


流浪の役者だったデイジーと身分違いの恋をしていたけれど、最後は結ばれる…と言うあらすじだったはずだ。


だけど、悪役令嬢だったレイチェルはクルトと駆け落ちをしてしまったうえにデイジーとは別れたと言う謎展開である。


「本当にどうなっているんだ!?」


盗んだバイクに乗ってどこかへ家出したらしいぞほなコーンフレークやないかい…と、そんな訳のわからないことを言ってる場合じゃない!


「何じゃコーンフレークって!」


もうどこをどうツッコミを入れて元の展開に戻せばいいんだ!?


「こんな話じゃなかったはずだろ!?」

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