第8話・亭主元気で留守がいい?

エドワードと街を歩いてから2週間が経った。


「エドワード様、全くと言っていいほどに訪れませんね」


いつものように庭いじりをしていたらアンネが声をかけてきた。


「デイジーのことでそれどころじゃないんだろう」


じょうろを使って水やりをしながら俺は返事をした。


俺とアンネが暮らしている西の離宮には実質上、俺たち2人しかいない。


2人だけの生活で特に困っていることや苦労していることはないし、伝言があったら向こうが勝手にくるし、こっちの方で用事があったらアンネを使えばいいだけの話である。


俺が男だから近づきたくない、相手もしたくないと言うのもあるかも知れないけど。


そりゃそうだよな、婚約者の双子の弟と名乗る訳のわからない男がやってきたらそうなるよな。


「よし、こんなところかな」


水やりを終えると庭を見回した。


雑草だらけの無法地帯だったこの場所は丁寧に耕して整え、そして新たに植物を植えて手入れをしたこともあってかキレイになっていた。


ふとハーブのコーナーへと視線を向けると、エドワードが選んでくれたハーブが視界に入った。


好きな植物だって言ってたよな、これ。


覗きに行くとか何とか言ってたくせに、顔すらも出さねーじゃねーかよ。


そのハーブを引っこ抜いてしまおうかと思ったけれど、やめた。


別に王子のためじゃねーし、後で本当に覗きにきて文句でも言われたら困るだけの話だ。


そう言えば肥料がもう少しでなくなりそうだったなと、俺は思い出した。


「アンネ、街へ買い物に行ってくる」


そう声をかけた俺に、

「えっ、今からですか?」

と、アンネは驚いたと言うように聞き返してきた。


「ああ、肥料がもう少しでなくなりそうだから」


「お供いたしましょうか?」


「いや、1人で行ってくる。


道もわかってるし、夕飯前には帰ってくると伝えておいてくれ」


アンネの申し出を俺は断った。


「なるべく早く帰ってきてくださいよ。


レナード様が1人でお出かけになったことを王子が知ったら何か言われるかも知れませんよ」


「へえへえ」


アンネのお小言に向かって俺は適当に返事をすると、その場から離れた。


街へ出ると、2週間前と同じくそこは活気にあふれていた。


「何か言われるかもって、婚約者そっちのけで身分違いの恋をしているヤツが何か言う権利なんてあるのかよ」


俺はグチグチと呟きながら目的地へと向かって歩いていた。


今思うと、路上パフォーマンスしているデイジーを一目見たいからと言う理由で俺と一緒に街へ行くようにと提案したんだろうな。


「恋人に会いたいなら会いたいって、最初から言えっつーだんよ」


それを知らされた時は騙されたような気分になったし、正直なことを言うとエドワードと2週間も顔をあわさずに済んでいるので俺としてはせいせいしていた。


「とっとデイジーと結婚しちまえばいいのに」


それだと世間体もあるし、何より王族としての血が穢れるから彼女と結婚したくてもできないんだって兵士たちは言ってたな。


「レイチェル、クルトと駆け落ちして大正解だったよ」


果たして双子の姉に伝わっているかどうかはわからないけれど、俺はそう言わずにいられなかった。


ある意味、レイチェルが悪役令嬢になってしまったのも仕方がないのかも知れない。


婚約者は自分以外の女に夢中なうえに見向きもしてくれないと言う惨めな思いをして過ごした結果がレイチェルを悪役令嬢にさせたのかも知れない。


そんなことをブツブツと心の中で呟きながら歩いていたら、目的地が見えてきた。


「…ああ、ここだここだ」


さすが俺の記憶力である、あっと言う間に目的地である前回訪れた花屋に到着した。


「よーし、買えた買えた」


無事に肥料を買って花屋を後にした。


「ちょいと街を散策しますかな」


前回はエドワードと一緒で遠くの方へ行くことができなかったし、夕飯までまだ時間はある。


「ついでに働き口も探してみるかな」


どこかよさそうな店があって、そこで働き手を募集しているようだったら声をかけてみるか。


そう思いながら、俺はもう少しだけ街を歩くことにした。


「すっげーな」


貿易が盛んな街なだけあって、いろいろな商人たちが行き交っている。


せっかくだし、何か美味しいものでも食おうか…と思ったけれど、金はそんなに持ちあわせていなかったことを思い出した。


「肥料で全部使っちまったんだよな…」


また肥料を買いに行く機会があったら、今度は多めに持ちあわせを用意しておくか。


そんなことを思いながら、俺は街中を見て回った。


気がついた時には太陽は西の方に向かっていて、もうそろそろで夕飯の時間だと言うことを思い出した。


「ヤベ、急いで帰らねーとアンネに叱られる!」


そう思ったのはいいけれど、

「…あれ?」

と、俺は呟いて首を傾げた。


…俺、どこからきたんだっけか?


右を見ても左を見ても同じような景色が広がっているので、自分がどこにいるのかわからない。


散策をすることに夢中過ぎて何も周りが見えていなかった。


「…とりあえず、今きた道を戻ればいいか」


そうすればわかるよな、たぶん。


俺は自分が通った道を戻ることにした。


日が暮れる前に離宮へ帰らなければ。


「それにしても、結構歩いたな…」


初めて見る街の散策に夢中になり過ぎていたことを嫌でも思い知らされた。


「腹が減ったな…」


早いところ帰ろう、そうしよう。


そう思いながら歩いていたら、

「ーーいた!」


聞き覚えのあるその声が前から聞こえた。


「えっ?」


俺の前に現れたのは、エドワードだった。


えっ、何で?


俺は訳がわからなかった。


そうこうしていたらエドワードは俺の前に止まって、

「探したぞ!」

と、荒い呼吸をしながら言ってきた。


「お、おう…」


走ってきたのかと思いながら俺は返事をした。


「離宮を訪れたら君はいないし、アンネに聞いたら“街へ買い物に出かけた”って答えたから探したんだぞ!」


「す、すまん…ちょっと散策してたら遅くなった…」


俺は荒い呼吸をしているエドワードに向かって言った。


「さ、散策って…俺を誘えって言っただろ!?」


エドワードは信じられないと言わんばかりに怒鳴ってきた。


何じゃこいつは。


「ここ数週間は王子も忙しかったんでしょう?


現に離宮へ顔を出されてはいなかったですし、そう言うことなんでしょう?」


デイジーが大半だろうけれど…と、多少の嫌味を込めて俺はエドワードに言い返した。


「そ、それは…まあ、とにかく帰るぞ!」


「おう」


俺はエドワードと一緒に歩いた。


肩を並べて歩いているが、俺と彼の間には1人分の距離が空いていた。


その距離を俺はつめようとは思わないし、エドワードもつめる気はないようだった。


「それで散策は楽しかったか?」


エドワードが声をかけてきたので、

「楽しかったですよ、いろいろなところを歩いていろいろな景色が見れたので楽しかったです」

と、俺は答えた。


「そうか、よかった」


何が言いたいんだ、こいつは。


沈黙があれだったから何となく話しかけたって言うところだろうな。


別に無理して話しかけてくれなくてもいいし、王子も俺に構うくらいだったらデイジーを相手にしたいと思っているだろう。


そんなことを思って呆れていたら、

「レナード」

と、エドワードから名前を呼ばれたので俺は思わず彼の顔を見た。


「何だ、どうした?」


「えっ…えっと…」


「君の名前は“レナード”だろう」


「そ、そうですけれど…」


俺は気持ちを落ち着かせるために深呼吸をすると、

「俺の名前を覚えてくれていたんだなと思ったんです」

と、言った。


「それはどう言う意味だ?


まるで俺がお前の名前を覚えちゃいけないみたいな態度だな」


「そう言う意味で言ったんじゃないですよ」


何でそうなるんだよ、おい。


どこをどうやってどう進んだらそこへ行き着くんだよ。


「婚約者かと思ったらその双子の弟を名乗る人物が現れた訳ですし、そんなヤツの名前を覚えてくれることもなければ呼ばれることもないだろうなと思ったんですよ」


俺がそう言ったら、

「心外だな」

と、エドワードは言い返した。


「人の名前くらいは覚えるに決まっているし、話しかけることがあったら名前を呼ぶに決まっているだろう。


確かに双子の弟が現れた時は驚いたが」


エドワードは俺を見ると、

「婚約者はともかくとして、お前はお前だと思ってる。


だから、俺がお前の名前を呼ぶのは当然のことだろう」

と、言った。


「そ、そうですか…」


こいつ、顔がいいことと王族なことも相まってかずいぶんと名言めいたことを言ってくれるじゃないか…。


「お前は俺の名前を呼ばないのか?


まさか、名前を知らないなんて言うことはないだろうな?」


「エドワード」


呼ばないとか知らないと言われてカチンときたので、俺は彼の名前を呼んだ。


心外だな。


エドワードは信じられないと言った様子で目を丸くした。


俺が自分の名前を覚えているとは思ってもみなかったうえに、まさか呼ばれるとは思ってもみなかったのだろう。


本当に心外だな。


そう思いながらエドワードの顔を見つめていたら、彼の顔はみるみると紅く染まった。


「えっ、おい…!?」


何だ、どうした、何があった?


彼の肌が白いのでその紅さが映えている。


「何でもない…」


エドワードはそう言って俺から目をそらしたかと思ったら、

「まさか、お前に名前を呼ばれることにこんなにも破壊力があるとは思ってもみなかった」

と、そんな訳がわからないことを言ってきた。


何の話だ、変なヤツ。


そう思いながら首を傾げていたら、

「ついたぞ」

と、エドワードに言われて顔をあげたら西の離宮が見えてきた。


エドワードとしゃべりながら歩いていたら到着間近になっていたようだ。


「この間のハーブが育っているか見に行ってもいいか?


久しぶりに夕食も共にしたい」


離宮へと向かいながら歩いていたら、エドワードがそう言ってきた。


「構いませんよ」

と、俺は返事をした。


デイジーのことはいいのかよ…と言いたくなったけれど、ヘタに口に出して揉めるのも面倒なので言わないことにした。


2週間はデイジーのところへ行っていたかも知れないし、たまには俺のところへ顔を出さないといけない…と彼なりに思ったのかも知れない。


別にそんなことは気にしていないんだけど…まあ、仲良くする訳なんだからと自分に言い聞かせた。

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