第7話・王子様と街デート

翌日、俺とエドワードは街へ行くことになった。


「すごいな…」


ここへきてから初めて訪れたその街はとても活気に満ちあふれていた。


「この街は貿易が盛んなようで、各国の商人たちが訪れるみたいですよ」


アンネが解説してくれた。


「へえ、それは道理で。


もしかしたら、珍しい植物のひとつやふたつは見つかるかも知れないな」


俺がそう言ったら、

「君は植物が好きなのか?」

と、エドワードが声をかけてきた。


「ええ、好きですよ。


実家にいた頃は庭師の手伝いをよくしていたもので、その関係から植物が好きになったんです」


俺は返事をした。


「なるほど、使用人たちが大騒ぎをしていた訳だ。


公爵家のご子息が離宮の草むしりをしているって、君のことは話題になっていた」


「あまりにもひどかったうえに耐えかねなかったので整備をしていただけですよ」


「レナード様、本来のご子息は汗だくになるまで草むしりなんてしませんから」


エドワードに返事をしたらアンネがツッコミを入れてきた。


「一応聞きますけれど、離宮の庭を俺の好きにしてもいいんですよね?」


「ああ、構わん」


「ありがとうございます」


そう言い終えると、俺はエドワードと一緒に花屋へと足を向かわせた。


「この街で1番大きな花屋だ」


「すっげー!」


「これは見事ですね…」


まるで植物園かと思うくらいの大きくて広い店内に、俺は声をあげてアンネは感心をした。


見たことがある植物はもちろん、異国から取り寄せたと言う珍しい植物もたくさんあって…どれから育てようか何がいいだろうかと迷ってしまう。


「まずは育てやすそうなものから選んで、それから数を増やすって言うのもありかも知れないな」


「そうですね、その方がいいですね」


俺とアンネは首を縦に振ってうなずきあうと、店内を見回した。


「これ、いいかもな」


苗木が目に入ったので俺は呟いた。


成長するとマリーゴールドのような植物になるらしく、ピンクや青の花を咲かせるらしい。


前世の世界ではマリーゴールドと言えばオレンジの花だったが…まあ、異世界なうえにライトノベルの世界だからそうなるか。


「今の季節はこの植物なんかもオススメみたいですよ、レナード様」


アンネが植物の種が入った袋を持ってきた。


これは…なるほど、あさがおみたいな植物らしい。


花は黄色にオレンジ…と、なかなか珍しい。


俺が知っているあさがおの花は、ピンクに紫に青だったな。


「いいな、育ててみることにしよう」


俺はアンネが持ってきた袋と先ほど目にした苗木を手に持った。


「レナード様、これは?」


苗木の存在に気づいたみたいだ。


「これは、こう言う植物らしい」


俺は苗木の解説を指差した。


「なるほど、こんなにもキレイな花が咲くんですね」


「ああ、育つのがとても楽しみだ」


俺とアンネが笑いながら言いあっていたら、

「君はハーブにも興味があるのか?」

と、エドワードが声をかけてきた。


「ハーブですか?」


俺が聞き返したら、

「せっかく育てている植物に悪い虫が寄ってくると面倒だ。


ハーブも買って育てた方がいい」

と、エドワードは言った。


確かにエドワードの言う通りだと思った。


虫除け対策にハーブのひとつやふたつくらいは買った方がいいかも知れない。


「そうですね、ハーブも一緒に育ててみましょう」


俺が返事をしたら、

「ハーブのコーナーはこっちだそうだ」


エドワードが案内をしてくれた。


「すごいな、ものすごい数のハーブがあるな」


俺がそう言ったら、

「同じハーブでも食べられるものがいいですね。


料理に使えるのはもちろん、茶葉として使ってみたりとか」


アンネが言った。


「それいいじゃん」


俺が褒めたらアンネはエヘヘと笑った。


「ミント系はどうだ?」


「いいですね、それにしましょう」


他に何か珍しいものがないかと見回していたら、ある苗木が視界に入った。


「あっ…」


その解説を呼んだ俺は、懐かしのあまり声を出した。


「どうした?」


エドワードが声をかけてきた。


「いえ、珍しいなと思っただけです」


「そうか」


解説に“料理の薬味にも使えます”って書いてあるところと絵の感じからして見ると、これって紫蘇だよな?


前世で馴染み深い植物をここでも見ることになるとは思ってもみなくて、ただただ懐かしい気持ちが胸の中に広がった。


「アンネ」


「はい」


「これもどうだろうか?


料理にも使えるそうだし、飲み物も作れるみたいだ」


「どれどれ…?」


アンネは解説を覗き込むと、

「いいですね、育てましょう!」

と、首を縦に振って大きくうなずいた。


アンネが苗木を手にした時、

「これもどうだ?」

と、エドワードが苗木を俺に差し出してきた。


「えっと、これは…?」


エドワードが解説を読めと言わんばかりに指差したので、俺はそれを覗き込んだ。


「香りは多少強いですが初心者でも育てやすいハーブです、か」


解説を読みあげた俺に、

「これは、俺が好きな植物なんだ」


エドワードは言った。


「そうなんですか?」


俺が聞き返したら、

「もし君がよかったら一緒に育ててくれないか?」

と、エドワードは言い返した。


自分が好きな植物を人に勧めて、そのうえ育てるように言ってくるなんて…何だ、かわいいところがあるじゃないか。


エドワードの意外なその一面に笑いが出てきそうになったが、

「わかりました、育てます」

と、俺は言った。


「ありがとう、公務の合間になるが覗きに行ってもいいか?」


「はい、構いません」


「楽しみにしているぞ」


俺の返事にエドワードは笑ったのだった。


その他にも植木鉢や肥料、培養土、鉢底石などの必要なものを購入すると花屋を後にした。


「いっぱい買いましたね」


両手いっぱいに荷物を抱えている俺とエドワードに向かってアンネは言った。


「今のところはこれくらいで大丈夫だと思う」


俺はアンネに返事をした。


「エドワード様、もしよろしかったら私がお持ちしましょうか?」


アンネがエドワードに声をかけたが、

「これくらいだったら俺でも持てるから気にするな」


エドワードは返事をした。


「店の場所もわかったことだし、次からは1人で買い物に行けそうだ」


そう言った俺に、

「それはダメだ」

と、エドワードは言い返してきた。


「えっ、何で?」


別に1人で出かけても問題ないような気がするんだが。


そう思っていたら、

「レナード様、1人で出歩くのは危険だと思います。


それに、カーソン家の名前を背負っていることも忘れないでください」

と、アンネは言ってきた。


「別に向こうにいた時も1人で出歩いていた訳だし、身分だって隠せばいいだけの話だし」


「ここと故郷では場所が違います。


街も広いうえに人も多いです、迷子になったらどうするんですか?」


「俺、少なくとも君よりも1つ上だぜ?」


アンネと言いあいをしていたら、

「また君と一緒に出かけたいんだ」


エドワードが間に入るように声をかけてきた。


「えっ…?」


思わず聞き返したら、

「今日はとても久しぶりに楽しい時間を過ごせた。


もしまた君が街へ出かけることがあるならば、その時もまた俺を誘って欲しいと言っているんだ」

と、エドワードが言った。


「ま、またですか…?」


「ああ、まただ。


次もその次も俺を誘って一緒に出かけたいんだ」


何だかよくわからないけれど、一緒に出かけたいから“ダメだ”なんて言ってきたんだな。


要は“1人で行くんだったら俺も誘え”的な意味なんだな。


全く、そうならそうとちゃんと言えばいいのに。


素直に言葉にしようとしないそんな王子の姿はとてもかわいいと、俺は思ってしまった。


「わかりました、また一緒に行きましょう」


そう言った俺に、

「ホントか!?」

と、エドワードは聞き返してきた。


「ええ、ホントですよ」


「約束だぞ」


エドワードは嬉しそうに笑った。


「レナード様、いいんですか?」


アンネがコソッと声をかけてきたので、

「いいだろ、王子と仲良くするんだから」


「そうですね…と言うか、そうでしたね」


俺が言い返したら、アンネは思い出したと言うように首を縦に振ってうなずいた。


しばらく一緒に歩いていると、

「あっ、すごい」


アンネがそう言ったので視線を向けると、路上パフォーマンスが繰り広げられていた。


アコーディオンとギターと太鼓をバックに、赤と黒のフリルがついたドレスを身にまとっている美しい女性がセンスを手に持って踊っている。


「すごいな…」


俺が感心したように呟いたら、

「デロリアンだ」

と、エドワードが言った。


「で、でろりあん?」


何だそれは…と思っていたら、

「演劇集団の『デロリアン』ですか?」

と、アンネが食いついてきた。


「ああ、そうだ。


旅芸人の集まりなんだが今は巡回中で、しばらくはこの場所に滞在するらしい」


エドワードがそう説明してくれた。


へえ、よく知ってるな。


そう思っていたら、曲が終わって女性の踊りも終わった。


「ブラボー!」


「デイジー様、素敵!」


「さすが『デロリアン』のトップだぜ!」


えっ、デイジー?


あちこちからあがってくる歓声の中から聞き覚えのあるその名前が出てきたことに、俺とアンネはお互いの顔を見あわせた。


確か、エドワードと身分違いの恋をしているデイジーと言う女の職業は“流浪の役者”だと聞いたことがあった。


「デイジーって、あの女の人ですよね…?」


「そのようだな…」


俺とアンネは声をひそめて会話を交わした後で、エドワードに視線を向けた。


エドワードの視線は、完全にデイジーの方に向けられていた。


それはもう慈しんでいると言っても過言ではないくらいの熱くて甘い視線に、見ているこっちが恥ずかしくてゲロが出てしまいそうだ。


恋人を目の前にすると、こんなにも変わるもんなんだな。


王子も人間なんだな。


演劇集団『デロリアン』のことを知っているのも納得だ、そのトップが恋人なんだから知っていても当然だろう。


「そろそろ行こうか、日が暮れる」


デイジーを見つめて気が済んだのか、エドワードが声をかけてきた。


「ああ、そうっすね…」


俺が返事をしたことを確認すると、この場から一緒に離れた。


「キレイな人でしたね」


「そうだな、確かに恋に落ちるのも納得だわ」


アンネと一緒に言いあうけれど、先ほどデイジーを見つめていたエドワードの視線が頭から離れなかった。

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