第6話・離宮での生活
さすが高級ベッド、寝心地がとても最高で朝の目覚めがスッキリとしていて気持ちがいい。
「あー、よく寝た!」
「おはようございます、レナード様」
「おはよう、アンネ」
アンネが部屋に入ってあいさつをしてきたので、俺もあいさつを交わした。
「お着替えの準備を…」
「そんなもんいらないだろ、男だと打ち明けたんだからドレスなんて必要ない」
俺はカバンから白のシャツと黒のズボンを取り出した。
「まあ、そうでしょうね…」
「向こうもよっぽどのことがない限り、こっちへくることなんてまずないだろう。
何せ、東の離宮には愛するデイジー様と言うお方がおりますから」
そう言った後でガハハハと笑った俺に、
「どんな笑い方なのよ…」
と、アンネは引いているようだった。
「それよりも、朝飯の用意はもうできているんだろう?」
「はい、できています」
「わかった、着替えたらすぐに向かうから一緒に飯を食おう」
「はい、かしこまりました」
アンネが部屋を出て行ったので、俺は寝間着から先ほど取り出した服に着替えた。
部屋を出てアンネと一緒に広間へと向かうと、すでに朝食が用意されていた。
「すっげー…」
「これはこれは…」
朝食は所謂“バイキング形式”とかと言うヤツで、あまりのすごさに俺とアンネは立ちすくんでしまった。
さすが王族、やることがすごい。
「余ったら昼飯でもいいくらいだな」
「いや、夕飯まで持つような気がしますよ」
「だよなー」
俺とアンネがヒソヒソと声をひそめて話をしていたら、
「お気に召しましたでしょうか?」
と、声をかけられたのでそちらへと向けた。
確かこの人は、メイド長の…誰だっけか?
「ええ、充分です。
これで1日は持つだろうと思います」
俺がそう言ったら、
「い、1日ですか?」
と、メイド長は驚いたようだった。
「これで1日行けると思うので昼と夜は作らなくて結構です。
足りないようだったらこっちで勝手に作るので。
王子にもそう伝えておいてください」
「は、はあ…」
メイド長は引きつった笑みを浮かべていた。
「レナード様、こっちで勝手に作ると言うのは…」
「心配するな、家の手伝いと外に出て働いた実績があるんだ」
俺はアンネに向かってウインクをすると、パンパンと左手で自分の右腕をたたいた。
「ですけど…お相手の方はこの仕事に誇りを持って働いている訳ですから、そう言うことを言うのはちょっと…」
「いいじゃないか、飯を食ったら離宮を探検するぞ」
「ちょっと、レナード様!」
俺はお盆を手に持つと、いろいろな料理を選び始めた。
*
「あー、食った食った」
「少なくとも5回は取りに行っていましたよね?」
「こう言うのはたくさん取りに行かないと損だぞ、こりゃ昼飯はいらないな」
ポンポンとお腹をたたいている俺にアンネは呆れたと言うように息を吐いた。
宣言通り、俺とアンネは離宮の中を歩いていた。
「本当に広いな」
「うっかりしたら迷子になっちゃいそうですね」
そう言いあいながら窓の外に視線を向けると、
「うわっ、何だありゃ!?」
と、俺は声をあげた。
「どうかしましたか?」
そう聞いてきたアンネに、
「見ろよ、雑草だらけだぞ!」
と、俺は窓の外を指差した。
雑草と言う名の雑草が生えていて、何が何だかよくわからない状態である。
「これは…お庭でしょうかね?」
アンネは首を傾げている。
「よし、決めた!」
俺はシャツの袖をまくると、
「草むしりをするぞ!」
と、宣言した。
「く、草むしりですか…?」
アンネは何を言っているんだ、こいつは…と言う視線を俺に向けてきた。
「草むしりだよ!
“庭の乱れは顔の乱れ、部屋の乱れは心の乱れ”って言うだろ?」
「…知りませんけど」
何じゃ、その変な名言みたいなヤツは…と言う顔で、アンネは言った。
「俺が作ったんだ」
「あんたが作ったんかい!」
アンネが大きな声でツッコミを入れた。
「どうせやることはないんだ、引きこもってばかりだと躰は鈍ってしまうえに気分も悪くなる。
外に出て太陽の光をしっかりと浴びて自然を感じるのが健康への近道だ」
「…レナード様って、若いのにたまに年寄り臭いことを言いますよね」
アンネが何かを言っている。
「そうと決まれば外に出るぞ!」
ダダッと走り出した俺に、
「ちょっと待ってください、レナード様!」
アンネが追いかけてきた。
先ほどの場所へ到着すると、
「…思っていた以上ですね」
「…もう何が何やらだな」
俺はまくっていた袖を下ろした。
虫が近づいてきたり、草で肌を切ってしまうと大変だ。
「アンネ、メイド長に手袋と鎌の貸出ができるかどうか聞きに行ってくれないか?
俺はこの辺りをもう少し確認する」
「はい、かしこまりました」
アンネの後ろ姿を見送ると、俺は辺りの捜索を始めた。
「これは…もしかしなくてもバラか?」
近くにあった草を手にとって確認する。
元々は季節の花がたくさん植えられていたけれど、手入れが面倒になって放置してしまった…と言うところだろうか?
「レナード様、貸出できましたー」
アンネが手袋と鎌を持って戻ってきた。
「よし、やるか!」
俺はアンネからそれらを受け取ると、手袋をつけた。
「それと、帽子も…」
「おう、ありがとう」
アンネがどこからか麦わら帽子を取り出してきたので、それを受け取ると頭にかぶった。
気が利くメイドだ。
「よーし、やるぞー!」
「はい、頑張ってー」
視界に入る草をえっちらおっちらと鎌を使って刈りまくった。
「何でレンガが…って、この辺りは花壇だったと言うところか」
結局手入れが面倒になったから放置したんだな、やれやれ…と、俺は心の中で呟いた。
「なあ、アンネ」
俺は刈り取った草を袋にまとめて入れているアンネに向かって声をかけた。
「何ですか?」
「草を全部刈り終えて手入れが終わったら何か植えようよ」
そう言った俺に、
「植えるって、何をですか?」
と、アンネは首を傾げた。
「恐らく、ここは庭園か何かだったと思うんだ。
バラらしい草もあったし、元々は季節の花がたくさん植えられていたけれど、手入れが面倒になったから放置したって言うところだと思う」
「なるほど」
「どうせだったら何かいろいろと植えてみようよ。
街で苗木とか植物の種とか買って…そうだ、肥料も買わないとな」
「街ですか?
エドワード様に頼めばいいじゃないですか」
アンネは何を言っているんだと言うように言い返した。
「どうせ向こうは愛人のことしか興味がねーんだし、頼んだところで無駄だと思う。
それに街がどうなっているのか見てみたいし、散策も兼ねて街へ買い物に行くのもいいと思う。
そうだ、働き口を探してみるのもいいかも知れないな。
離宮にこもってばっかだと気が滅入っちまうし、気分転換も兼ねて働きに出るのも悪くないかもな」
うんうん、我ながら名案だ。
カーソン家にいた頃と同じく、身分を隠して偽名を使えばいいだけの話だ。
「いや、偽名は使う必要はないかな」
俺を知っている人は誰もいないだろうし、身分だけ隠して働いてもいいかも知れない。
「…レナード様、何気に離宮での生活を謳歌していません?」
「そりゃそうだろ、妻としての役目はデイジーとかって言う女が全部やってくれるうえに王子は俺ーーいや、こう言う場合はレイチェルかーーに興味も関心もない。
いろいろと楽だし、アンネも一緒に謳歌すればいいじゃん」
「…どこまでポジティブなんですか、あなたは」
アンネは頭が痛いと言わんばかりに、人差し指でこめかみを押さえた。
*
夕方、俺はアンネと一緒に離宮の中へ戻った。
「あー、いい運動になった!」
「本来の公爵家のご子息は汗だくになるまで草むしりなんかしませんからね!
夕飯の前に早くお風呂に入りますよ!」
「へーい」
アンネに叱られながらバスルームへと向かおうとしたら、
「ーー楽しそうだな」
と、声をかけられたので視線を向けた。
「あっ…」
「おっ…」
そこにいたのは、エドワードだった。
離宮に思いも寄らない人物がいたので、俺とアンネはそろって声をあげた。
もしかしてとは思うけど、
「王子、ここは西の離宮です。
東の離宮と間違えていませんか?」
と、俺はエドワードに向かって言った。
「ちょっとレナード様、失礼ですよ!」
アンネは俺をたしなめた後、すみませんとエドワードに謝った。
「いや、間違えてない。
俺はお前に会うために西の離宮を訪ねにきたのだから」
エドワードはそう言った。
「俺に会うため…?」
何で俺に会う理由があるんだ?
よくわからないけれど、ちょうどいい。
「王子、ちょうどよかったです。
俺も王子に街へ出かける許可をもらいたいと思ってたんです」
俺はエドワードに向かって言った。
「街?」
訳がわからないと言うように聞き返した王子に、
「明日、街中の散策も兼ねて買い物へ行こうかなと思いまして。
庭に植えるための苗木とか植物の種とか肥料とかいろいろと買いに行きたいと思っていたんです。
もちろん、アンネも一緒に」
と、俺は説明した。
「えっ、私も行くんですか!?」
名前を出されたうえに一緒に行くとまで言われたアンネは聞き返した。
「アンネにも好きな花とか育ててみたい植物とかあるだろ?」
「あると言えばありますけど…」
「じゃあ、いいじゃん」
俺はアンネに向かって返事をすると、
「そう言う訳なので街へ出かける許可をください。
夕飯前にはちゃんと離宮へ帰ってきますので」
と、エドワードに言った。
「それなんだが…」
エドワードは口を開くと、
「俺も一緒に行くのはダメか?」
と、聞いてきた。
「…えっ?」
俺は何を言われたのかわからなかった。
「俺も一緒に行きたいと言っているんだが?」
「えーっと、お仕事の方は…?」
「休む」
いや、国を治める人間がそんな勝手に休みを決めていいもんなんかい。
「レナード様、エドワード様は街を案内すると言う意味で同行を希望しているんじゃないかと思います」
と、アンネが言った。
「あっ、そう言うことね!」
理由がわかったので、俺はポンと手をたたいた。
確かに、初めての街だから詳しい誰かと一緒に行った方がいいかも知れない。
「わかりました!
じゃあ、お願いします!」
俺はエドワードに頭を下げた。
「うん、わかった。
ついでに夕飯も一緒に食べたいんだが、いいだろうか?」
「夕飯ですか…?」
続けて言ったエドワードに俺は聞き返した。
デイジーのところへ行かなくてもいいのか?
俺の顔は見たし、街へ行く許可もとれたんだから俺としては早く行ってくれと言う話なんだが。
「レナード様、ここは一緒に食事をいたしましょう。
今後、エドワード様と仲良くしたいならばそうした方がいいですよ」
アンネが言ったので、
「まあ、そうか…」
と、俺は返事をした。
仲良くしようと宣言した以上はちゃんとつきあうべきだよな。
「わかりました、一緒に食べましょう」
そう言った俺にエドワードが笑った。
へえ、王子も笑う時があるんだな…と、俺はそんなことを思った。
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