第5話・初めまして、王子様

エドワードに関する思わぬ情報がわかり、このままいい方向へと進めそうだと思いながら翌日を迎えた。


アンネの手によってレイチェルに変装すると、馬車に乗ってウェルズリー城へと出発した。


「レナード様、嬉しそうですね」


揺られる馬車の中でアンネが声をかけてきた。


「何とかなりそうだと言うことがわかったからな。


妻の役もそのデイジーと言う女がやってくれることがわかったし」


後はエドワードに素顔を見せて事情を説明して…と言うところだな。


「エドワードの驚いた顔が楽しみだ」


ククッと笑いながら呟いた俺をアンネは気味が悪いと言った様子で見つめていた。


 *


夕方、俺は無事にウェルズリー城に到着した。


アンネと一緒に城内へと足を踏み入れると、そこにいたのは長身の男だった。


エドワード・ウェルズリーだ。


1回もカラーリングをしたことがないであろうツヤのある黒髪に金色の瞳、端正な顔立ちはまるで俳優のようだと思った。


確か年齢は…俺より4つ上の22歳だったよな。


「レイチェル・カーソン嬢、遠路はるばるようこそきてくださった。


我々はあなたを心より歓迎する」


そう言ったその声は低くて、耳に心地いい。


いい男は声までいいんだなと、我ながら場違いではあるが俺はそんなことを思った。


「お出迎えいただき、誠にありがとうございます。


レイチェル様は喉の具合がまだよろしくないので、代わりに私がお礼を申しあげます」


アンネがそう言った後で、俺は淑女の礼を披露した。


重臣たちとあいさつを交わして、エドワードとの食事を終えると、俺とアンネは西の離宮へと通された。


ここが俺とアンネが一緒に過ごす場所のようだ。


部屋のベッドはキングサイズかと思うくらいに大きいうえに天蓋つき、チェストもソファーもテーブルもかなりの高級品だと見た。


クローゼットもこの中で生活ができるんじゃないかと言うくらいに広くて、一生分の服や靴やアクセサリーを置いてもまだ余裕があるんじゃないかと思った。


さすが王族だ、窓のカーテンも敷かれている絨毯も高級品だらけで目が回りそうだ。


公爵家の息子として高級品に対しての免疫がついたかと思っていたけれど、中身は庶民のままなので何だか情けなくなってしまった。


「あー、疲れた」


アンネはソファーに腰を下ろした。


「まだ終わってないだろ、これから王子がくるんだろ?」


そう言った俺に、

「ああ、そうでしたね」

と、アンネは思い出したと言うようにソファーから腰をあげた。


「エドワード様がお見えになりました」


メイドが部屋の外から声をかけてきた。


さあ、もうすぐだ。


エドワードが従者を伴って部屋の中に入ってきた。


「レイチェル、少し話があるんだ」


ほら、きた。


どこか緊張している表情を浮かべながら声を出したエドワードに、俺は笑いがこみあがってくるのを感じた。


俺とエドワードは向かいあうようにしてソファーに腰を下ろした。


何かを言いたいと言わんばかりに口を開けたアンネを俺は手で制すると、

「ーーデイジー様のことですよね?」

と、言った。


「ーーえっ…?」


エドワードと従者たちは驚いた様子だった。


レイチェルが愛するデイジーの存在を知っていたこともそうだが、男のような低い声を出したことにも驚いただろう。


「ちょっと、レナード様…!」


アンネが慌てて止めに入ろうとしたが、うっかり俺の名前を呼んでしまったので口を隠すように手でおおった。


俺はニッと歯を見せて笑うと、ウィッグに手をかけて外した。


「ーーなっ…!?」


突然明かされたその素顔に、彼らは目と口を大きく見開いて驚いていた。


「初めまして、王子様。


レイチェル・カーソンの双子の弟のレナードと申します、以後お見知りおきを」


俺はそんな彼らに向かって自己紹介をした。


「ふ、双子…?」


「ええ、双子です」


まるで珍妙なものでも見ているかのような視線をエドワードは俺に向けてきた。


レイチェルかと思ったら、彼女の双子の弟を名乗る人物だったんだから当然の反応だろう。


「驚かれるのは当然のことでしょう…ですが、これには深い事情と言うものがあるのです」


俺はそう前置きをすると、

「ここにくるのが1週間ほど先延ばしになった理由は、レイチェルが体調を崩したから…と言うことでしたよね?」

と、彼らに向かって言った。


「そう聞いているが…」


エドワードは何が言いたいんだと言わんばかりの顔をした。


「実は、1週間前に姉が男と一緒に家を出て行ったんです。


早い話が“駆け落ち”と言うヤツですね」


「か、駆け落ち…!?」


エドワードは信じられないと言うように声をあげて、従者たちも同じ理由でお互いの顔を見あわせていた。


「あらゆる手を尽くして出て行った姉を探したのですが見つからず、そうこうしている間にも約束の時間がきてしまう。


このままだとカーソン家は世間の笑い者になってしまうーーこのことを恐れた両親に“お前がレイチェルの身代わりとして嫁いでくれ”と命じられた訳でございます」


「は、はあ…」


エドワードと従者たちは俺にどう声をかければいいのかわからないと言った様子だった。


そりゃそうか、俺も彼らと同じ立場だったら同じようなリアクションをするだろう。


「まあ、そう言う訳ですので…」


俺はコホンと咳払いをすると、

「俺のことはどうかお気になさらず、あれだったら俺の存在はいないものだと思ってくれて構いませんので、デイジー様とお幸せになってください」

と、エドワードと従者たちに笑いかけた。


「もちろん、妻として必要な役がきた時はしっかりと変装したうえでちゃんと演じさせていただきます。


その代わり、王子様はどうかデイジー様とお幸せになってください」


「あっ、えっと…」


エドワードは何を言えばいいのかわからないと言った様子だ。


「デイジー様のことは誰にも口外いたしませんし、彼女の存在をほのめかすようなこともいたしません。


デイジー様がいると言う東の離宮へも一切近づきません。


ですけど、その代わり…」


俺はジロリとエドワードと従者たちに視線を向けた。


「ひっ…!?」


向けられた視線に従者たちは声をあげて、エドワードはビクッと身を震わせた。


「あなた方も約束を守ってくださいね?


姉が駆け落ちをしたこと、その身代わりとして弟が嫁いできたことを口外はもちろん、存在をほのめかすようなことも決して言わないように…。


基本はあなたたちの味方ではいますが、もしこのことを何者かに口外したら…」


「わ、わかった、何も言わない!


約束をしよう!」


エドワードは両手を前に出してどうどうとなだめるように、俺に向かって言った。


「ご理解いただけたみたいで何よりです」


俺はペコリと頭を下げた。


「そう言う訳ですので、男同士仲良くいたしましょう。


これからよろしくお願いします、王子様」


手を出して握手を求めた俺に、

「あ、ああ…」


エドワードは引きつった笑顔を見せながらも握手をしてくれた。


交渉は成立だ。


「それじゃあ、ありがとう…きょ、今日はゆっくりと休んでくれ…」


「はい」


エドワードと従者たちは引きつった笑顔を浮かべながら、部屋を後にしたのだった。


彼らが部屋から去ったのを確認すると、

「ちょっと、レナード様!」

と、アンネが叱ってきた。


「何だよ、遅かれ早かれこう言うのはバレるんだ。


早いところ、正体を明かして後はうまくやっていけばいいだけの話だろう」


俺は言い返すと、アンネにウィッグを渡した。


「それはそうですけれど、半分脅しのようなやり方だったじゃないですか。


しかも話を盛るだけ盛って」


「別にいいだろ、利用できるものは何でも利用すればいい」


俺は両腕をあげて伸びをした。


「あー、疲れた。


レイチェルの身代わりとして嫁げと言われた時はどうなるかと思ったけれど、何とかなりそうでよかったよ。


エドワードとも仲良くやっていけそうだし」


「…やりかたが強引でしたけれどね」


アンネは呆れたように息を吐いた。


「カーソン家の世間体は守られるし、妻としての役目は全部デイジーとかって言う女がやってくれるんだし、いろいろと何とかなったから結果オーライだろ。


よーし、ここへ嫁いできた以上は好き勝手にさせてもらうぞーい!」


「…あなたのそのポジティブな姿勢は、果たして見習うべきなのかそうでないべきか」

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