第4話・神は俺の味方だ!

次の日を迎えた。


俺は頭に黒髪ウェーブのウィッグにツバが広い青い大きな帽子、青と黒のレースとフリルがついたドレスを身に着けていた。


ドレスが首元まであるうえにフリルもついているので喉仏が上手に隠されている。


「体調を崩されて大変でしたね」


カーソン家の門の前でウェルズリー家の使いの者が父親に声をかけていた。


「この1週間で体調はよくなったが、まだ喉の調子がよくないもので…娘に何か話があったら侍女のアンネを通してください」


「はい、わかりました」


…全く、よくもそんなことが言えたものだ。


アンネも俺と同じことを思ったのか父親を呆れた様子で見ていた。


「レイチェル、幸せになるんだぞ」


そう声をかけてきた父親に、俺はコクリと首を縦に振ってうなずいた。


俺とアンネが馬車に乗ったことを確認すると、ウェルズリー城へ出発した。


途中で1泊するので俺たちが城に到着するのは明日の夕方だ。


「ーー大変なことになったな…」


「なりましたね…」


2人きりの馬車で、俺とアンネは声をひそめて話しあった。


「まさかレナード様が代わりに嫁がれることになるなんて…」


俺とは1歳下のアンネはやれやれと息を吐いた。


「ある意味、レイチェルが嫌がったのもわかるような気がするな」


「どう言う意味ですか?」


そう言った俺にアンネは訳がわからないと言うように聞き返してきた。


「公爵家としての世間体と王族との繋がりのことしか考えてない父親とそんな夫を止めるどころか言いなりになっている母親にレイチェルは利用されたくなかった。


だから、クルトと駆け落ちをしたんだろうな。


クルトはレイチェルにとって、初めて自分を対等に見てくれた人で初めて恋に落ちた男だったから。


家のために両親のために自分の人生を捨てるくらいならば、この先の人生がどんなに過酷なものだったとしても自分が心の底から愛する男と一緒にいることを選んだんだろうな」


「…なるほど」


俺とアンネはお互いの顔を見あわせると息を吐いた。


「一体、どうなってしまうのでしょうか…?」


「それは俺も知りたい…」


せめてレイチェルの結末を思い出すことができたら何とかなりそうな気がするのだが、何となくで読んだ結果がこれなので思い出すことができない。


「エドワード様が話のわかるお方だったらいいのですが…」


そんな都合のいい婚約者だったら誰も苦労しないことだろう。


ともかく…まずはレイチェルの結末を思い出して、そこからどうやって状況を打破していくのかを考えなければ。


 *


その日の夕方、俺たちは無事に本日の宿泊先に到着した。


夕飯を済ませると、俺とアンネは部屋に入った。


「それではごゆっくりなさいませ、レイチェル様」


従者たちは部屋を後にした。


ここにいるのは俺とアンネの2人だけになった。


「レナード様、もうよろしいですよ」


「ああ」


俺は帽子と一緒にウィッグを外した。


道中で、それも1泊だけとは言え、宿の部屋は広かった。


「問題は明日だな」


そう言った俺に、

「明日ですね」


身に着けているドレスを脱がしながらアンネは言い返した。


明日の夕方に城に到着して、婚約者のエドワードと顔をあわせることになっている。


それまで何とかならないものだろうか…。


「こうなったら逃げるしか他がないのだろうか…?」


「それは難しい話ですよ、先ほども見ましたでしょう?


見張りの数が多かったじゃないですか」


「だよなー…」


外にいる見張りの数が多いとなると、逃走は困難なようである。


「とりあえず、先に風呂に入る」


「後で着替えをお持ちいたします、ごゆっくりと」


アンネに見送られて、俺はバスルームへと足を向かわせた。


湯舟に浸かってシャツとズボンを身に着けると、バスルームを後にした。


「どうぞ」


「ああ、ありがとう」


ソファーに腰を下ろしてアンネが淹れてくれた冷たいミントティーを口に含むと、火照っていた躰が落ち着くのを感じた。


「レナード様」


「何だ?」


「私がレイチェル様の身代わりになると言うのはいかがでしょうか?」


そう言ってきたアンネに、俺は手に持っていたカップを落としそうになった。


「…それ、本気で言っているのか?」


そう聞いていた俺に、

「本気です。


元はと言えば、私がレイチェル様とクルト様のことを黙っていたせいでこのような結果になってしまったのですから」

と、アンネは答えた。


「ちょっと待て、だからと言って身代わりになると言うのはおかしいだろう。


いろいろな意味で大問題になる可能性もある。


それに、まだエドワードがどんなヤツかまだ決まった訳じゃない。


もしエドワードが話のわかるヤツだったらこの状況を理解してくれるだろうと思うし、もしかしたら何とかなるかも知れないぞ」


「そうですけれど…でも、話のわからない人だったらどうするんですか?


レナード様のお命はもちろんのこと、カーソン家も一体どうなることやら…」


「アンネ、落ち着け」


思いつめた顔をしているアンネを俺はなだめる。


「そうだ、アンネも風呂に入ってこい。


風呂から出たらまた話しあいをしよう」


「はい…」


アンネは着替えを両手で抱えるようにして持つと、バスルームへと足を向かわせた。


風呂に入れば、アンネも気持ちが落ち着いて冷静になれるだろう。


「…外の空気でも吸うか」


俺はソファーから腰をあげると、バルコニーの方へ足を向かわせた。


ガチャッと窓を開けると、心地よい風が吹いていた。


両腕をあげて軽く躰を伸ばしながらバルコニーへと出ると、

「ーーレイチェル様もかわいそうだな」

と、声が聞こえてきた。


えっ?


その場に座り込んで確認をすると、ウェルズリー家の兵士たちが何やら話をしているようだった。


「何がかわいそうなんですか?」


「何だよ、知らないのかよ」


「知らなくて当然だよ、こいつはまだ新人なんだから」


一体、レイチェルの何がかわいそうだって言うんだ…?


そう思いながら俺は息を殺して彼らの話に聞き耳を立てた。


「エドワード様には愛するお方がいるんだよ」


…何だって?


「その女性の名前はデイジー様と言ってな、流浪の役者なんだ」


「何でもエドワード様が身分を隠して舞台を見に行った時に、舞台上におられたデイジー様と恋に落ちたのだそうだ」


まるでドラマか漫画のようななれそめだ…って、この世界もライトノベルな訳なのだが。


「ところが流浪の役者であるデイジー様の身分を周りはひどく反対したんだ。


それで彼女を東の離宮に囲ってエドワード様はそこに通われていると言う訳だ」


「えっ…じゃあ、もしかしなくて今も…?」


「ああ、今も間違いなくそこにいるだろうな」


「だから、レイチェル様はかわいそうなんですね…」


「夫である男は自分以外の女に夢中な訳だからな」


…なるほど。


俺はそっとその場から離れると、音を立てないように気をつけながら窓を閉めた。


「レナード様、何をされているんですか?」


アンネが風呂から出ていた。


俺は早足でアンネに歩み寄ると、

「アンネ、神は間違いなく俺たちの味方だ」

と、言った。


「えっ、どう言うことなんですか?」


「まあ、聞け」


俺はアンネをソファーに座るようにと促した。


アンネがソファーに腰を下ろしたことを確認すると、俺は先ほど兵士たちから聞いたその話を彼女に聞かせた。


「それはつまり…」


「ああ、そう言うことだ」


「まさかエドワード様に愛するお方がいただなんて…」


アンネは信じられないと言った様子だ。


そんな反応をするのは当然のことだろうな。


「アンネ、この事実を逆手に取るんだ」


そう言った俺に、

「えっ?」


アンネは訳がわからないと言った様子だった。


「エドワードはそのデイジーとかって言う女に惚れている。


つまり、事実上の妻は彼女だと言うことだ」


「そうですね」


「そう考えたら、俺は何もしなくていいと言うことだ。


まあ、必要な時の妻は俺…と言うよりも、レイチェルになるかも知れないけどな」


「なるほど」


そう説明した俺にアンネは首を縦に振ってうなずいた。


「どうなることかと思ったけれど、何とかなりそうでよかったな」


「ホントですね、エドワード様に愛するお方がいるとなったら心配ありませんね」


俺とアンネは一緒に笑いあった。


「あーあ、ホッとしたら何だか眠くなってきたな」


「今朝は早かったですものね、明日も早いそうなので今日のところは就寝しましょう」


「おう、そうだな。


アンネも早いところ休めよ」


エドワードに関する思わぬ事実がわかったが、それが俺にとっていい方向へと向かったので結果オーライだ。


「…あれ?」


俺は気づいた。


エドワードと恋に落ちることになる女の名前って、“ミレイユ”って言う名前の男爵令嬢じゃなかったか…?


「ま、いっか」

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