第1話・転生先は悪役令嬢…の、双子の弟でした

ガタンゴトンと、電車が揺れている。


最寄り駅まで後少しだなと思っていたら、グラッと車両が大きく傾いた…。


「ーーうわああああああああっ!?」


突然のことに俺は悲鳴をあげて勢いよく躰を起こした。


「レナード、大丈夫!?」


「えっ…?」


横から声が聞こえたので視線を向けると、ウェーブがかかった黒い髪にかわいらしい顔立ちの少女がいた。


ーーあれ、何かどっかで見たことがある感じの顔だな…?


「き、君は…?」


俺が彼女に向かって声をかけたら、

「レナード、わからないの!?


わたしよ、レイチェルよ!


レイチェル・カーソン、あなたの双子の姉よ!」

と、彼女ーーレイチェル・カーソンは叫びながら俺に言った。


「レイチェル、カーソン…?」


…何かどっかで聞いたことがある名前だ。


「レイチェル様、落ち着いてください。


レナード様は頭を強く打ったせいで、自分のことがわからなくなっているかも知れません」


そう言ってレイチェルに声をかけてきたのは赤毛の少年だった。


年齢は少女と同い年か少し上と言うところだろう。


「頭を強く打った…?」


俺はさっきまで電車に乗っていたはずなのだが…?


そう思いながら周りを見回すと、そこは見知らぬ場所だった。


「ど、どこだここは…?」


どこか西洋な感じがする部屋の雰囲気に俺は戸惑うことしかできなかった。


「く、クルト、早くお医者様とお父様とお母様を呼んでちょうだい!


レナードがおかしなことになっているわ!」


「わ、わかりました、レイチェル様」


赤毛の少年ことクルトはレイチェルに言われて急いで部屋を出て行った。


「レナード、大丈夫よ。


わたしがいるから、ね?」


レイチェルが俺の顔を覗き込んできた。


彼女の碧い瞳が俺を見つめて…そうか、ここはどこだかわかったぞ!


ウェーブがかかっている肩までの黒い髪に碧い瞳が特徴的なこの彼女はレイチェル・カーソン、『両手いっぱいの愛を君に』に登場する悪役令嬢だ!


さっきの夢は、俺が過ごした最期の光景だ!


 *


前世の俺は22歳の日本人男性、就職活動と卒論で大忙しの大学4年生だった。


無類の読書好きである3歳上の姉が特に熱心に読んでいたライトノベル、それが『両手いっぱいの愛を君に』だった。


簡単にあらすじを説明すると、王子・エドワードと男爵令嬢・ミレイユの王道ラブストーリーだ。


国の創立記念パーティーでミレイユとエドワードは出会い、恋に落ちる…のだが、そんな彼らを快く思わない王子の婚約者が邪魔をする。


その婚約者と言うのが公爵令嬢のレイチェル、この物語に登場する悪役だ。


突然現れたうえに王子と恋に落ちたミレイユの存在が気に入らないレイチェルは彼女に突っかかったり、ありとあらゆる嫌がらせをしたりする。


けれども、2人は嫌がらせに屈することなく結ばれる…と言う、姉に勧められて何となく読んだだけだったので確かこんな感じのストーリーだったと思う。


 *


その後でクルトに呼ばれて、白衣を身に着けている初老の男と2人の男女ーー医者と両親だろうーーが部屋に入ってきた。


医者と両親曰く、レイチェルと一緒に乗馬のレッスンをしていた時に俺が乗った馬が突然暴れ出し、俺は馬に振り落とされて地面に頭を強く打ちつけたらしい。


それから1週間ほど意識不明の状態が続いていたそうだ。


どうやら頭を強く打ったショックで、俺は前世の記憶を思い出したみたいだ。


あの日は確か、就職活動の真っ最中で電車に乗って会社の説明会へと向かっている途中だった。


最寄り駅まで後少しだと思っていたその時に、俺が乗っていた車両が大きく傾いて…そこで記憶がなくなっていると言うことは、俺は電車の事故に巻き込まれてこの世を去ってしまったと言うところだろう。


そして…どう言う訳なのか、ライトノベル『両手いっぱいの愛を君に』の世界に転生してしまった。


確かに転生ジャンルのアニメや漫画や小説が大流行していたことは俺もよく知っていたし、それらを目にしたこともあった。


そんなものは現実的にありえないと思っていたし、そんなことが決して起きる訳がないと思っていた。


だけども、まさか自分が物語の世界へ転生してしまうとは思わなかった。


その転生先と言うのが、

「悪役令嬢の双子の弟って、どう言うことなんだ…?」


両親と医者、レイチェルとクルトがいなくなって1人になった部屋で俺は呟いた。


悪役令嬢に転生してしまったなら話はまだわかるが、俺が転生してしまったのは双子の弟と言う何かよくわからないポジションだった。


と言うか、

「レイチェルに双子の弟がいたのか…?」


そう呟いた後で俺は『両手いっぱいの愛を君に』のストーリーを振り返った。


…やっぱり、そんな登場人物は存在しなかったような気がする。


いや、姉に勧められるままに何となく読んだだけなので実は存在してして俺がそれを見落としてしまった可能性も…なくはないな。


「仮に存在していたとしても、もし俺が見落としていたとしても…物語にそんなに大きく関わることはないよな」


あの話は王子と男爵令嬢のラブストーリーなんだし、悪役令嬢の双子の弟が登場することなんて決してないうえにもし登場したとしても物語に関与することことなんて一切ないだろう。

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