⑯グループ発表

「ほら、咲良急いで!」

「ま、待ってよリズ~、も、もう限界……」


 ぜえはあ息をしながら、わたしは陽の差し込む廊下を走っていた。

 夜通し歩いて学園に到着したのは授業が始まる時間だった。

 ララ校長の話では明け方に着くはずだったらしんだけど、わたしの体力のなさが想像以上だったらしい。そんなこと言われても……うう……。

 というわけで、わたしは疲れ果てた身体に鞭を打って教室に急いでいる。リズは全然平気そう。すごい体力だ。


「――このような仕組みで暗い場所で人を検知することが――」


 廊下を走るわたしたちの耳に、教室から漏れた声が聞こえてくる。

 聞き慣れた男の子の声だ。


「も、もう始まってるよ!」

「咲良、早くっ!」


 リズに引っ張られてよろよろと廊下を走る。

 そのとき、教室から他の子たちの声が聞こえてきた。


「それって本当なの?」

「本当なら実際に見せてよ」

「そうだよね~。言葉で説明だけされてもちょっと信じられない」

「ていうか、なんで一人なの? グループ発表なのに。単位大丈夫?」


 ああああっ、まずい、まずいよ! 変な空気になってるっ!

 わたしは力を振り絞って教室に飛び込んだ。


「い、い、います……!」

「遅くなってすみません」


 わたしは息も絶え絶えに、リズはとってもクールに到着を宣言した。

 教室の視線が一気に集まる。


「先生、すみません。発表に参加してもいいですか?」


 リズの問いかけにルイス先生は「認めます」と頷いた。


「無事でよかった」


 教室の前で発表していたアルがわたしたちのところに歩いてきた。


「うん、何とか、リズのおかげで……心配かけてごめんね」


 息を整えながらわたしはアルに謝る。


「これ、採ってきたよ」


 わたしは机の上に木箱を置いた。

 アルはそれを見て目を丸くした。


「本当に採ってきたんだね。ありがとう」


 アルは木箱を開けてホルホルの蔦を取り出した。


「乾燥もさせてきたんだね」

「うん。それは帰ってくる途中でララ校長に魔法でやってもらったんだ」

「センサー付き照明を提供するのと交換で引き受けてくれたわ」


 その言葉にアルが苦笑を浮かべる。


「さすがリズ」

「まあね」


 リズが少し悪戯っぽく笑った。


「他の部品は組み立てるだけの状態にしてある。蔦の繊維があれば完成させられるけど、咲良、頼めるかな」


 アルに言われて、でもわたしは首を振った。アルは意外そうな表情を浮かべる。


「でも、君が採ってきた蔦だ。自分でやりたいって言うと思ってたけど」

「その作業はアルの方が上手だから。それに、実はもうふらふらで限界なんだよね……」


 昨日までのわたしだったら、自分でやると言っていたと思う。やりたいからというより、責任を取ろうという理由で。でも、今はちょっとだけ違う。


「製作はアルにお願いしてもいいかな。あと、リズには発表をしてもらいたいな。手伝えることがあったら言って」


 わたしの言葉にリズは満足そうに笑い、アルは不思議なものを前にしたみたいにわたしを見たけどすぐに「分かった」と頷いた。

 それからの発表は圧巻だった。

 アルがホルホルの蔦を捌いたり、てきぱきと照明を組み立てたりしていく。その様子をリズが分かりやすく説明する。もちろん、蔦が暗闇で体温を検知して動くための細胞や、回路の設計なんかについても、昨日アルが作ってくれておいた図解資料といっしょに解説しながら。

 わたしは椅子に座って身体を休めながら、アルに必要な道具を手渡したり、リズにそのときどきの発表資料を渡したりした。

 クラスのみんなは興味深そうにそのプレゼンテーションに見入っていた。


「なんか、すごくない?」

「全然知らないことばっかり……魔術回路とか、まだ習ってないよね」

「でも分かりやすいよ。どうやってホルホルの蔦を使おうなんて思ったんだろ……」


 照明が壊される前は完成品を持ってきてそれを見せるだけの予定だったけど、部品の組立てから実演する方式になってかえってよかったのかもしれない。人感センサー付き照明の原理とか構造がよく伝わってる気がする!

 この二ヶ月、三人で頑張ってきた成果が、いまこの瞬間に凝縮されていた。


「完成だ……!」


 わたしは思わず呟いた。あり合わせの材料で作ったから、壊される前の照明の洗練された外見とはいかないけど、それでもシンプルでかっこいい仕上がりになってる!


「それでは実際に点灯テストをします」


 アルが視線を送ると、リズが教室のカーテンを颯爽と閉じていく。その横顔にも足取りにも、疲れてる様子なんか微塵もない。ほんとにすごい体力だなあ。同じ距離歩いて帰ってきたはずなんだけどなあ。

 なんて思っていると、部屋が真っ暗になった。すると――


「うわあ……!」

「すごい、きれい……!」

「さっきまで光ってなかったのに、暗くなったら光ったぞ!」


 たった今作り上げた照明が暗闇に浮かぶみたいに柔らかく光っている。

 教室のみんなの目がその灯りに照らされてキラキラ輝いていた。

 それから人感センサーを覆って照明をオフにしたり、みんなに近くで見てもらったり、質疑応答をしたりして発表の時間が終わった。

 みんなから大きな拍手をもらって、ルイス先生の講評が始まる。


「なぜ人感センサーという方式にしようと思ったのですか?」

「ホルホルの蔦を使った理由は? どうやって魔力の伝導性に気付きましたか?」

「コスト面での採算目処はありますか? 量産の想定は? 歩留まりは?」

「回路の精度は? 照度の安定性は? 他の魔法への干渉は? 発火の危険は?」


 びっくりするくらい鋭く専門的な質問が飛んでくる。わたしたちは必死でその質問に答えていったけど、そもそも検討できてなくて答えられないようなものもたくさんあった。

 えっ……想像の百倍くらい厳しいんだけど!?

 ひょっとして、わたしたちの発表、全然だめだったのかな……?

 教室も先生の厳しい質問にざわつき始める。

 ルイス先生はそのざわつきを気にしたのか、小さく咳をして場を静めた。


「失礼。少し夢中になってしまいました」


 ん……?

 ルイス先生は言葉を続ける。


「一年生の中間試験とは思えない、大変興味深く独創性の高い発表でした。六年生の卒業研究にあっても不思議ではない内容です」


 その言葉に教室がまたざわめく。さっきとは少し違う雰囲気で。

 わたしたち三人は顔を見合わせた。


「まだ研究の足りない部分もありますが、この人感センサー付き照明の有用性は極めて高い。さらに、ホルホルの蔦を利用した人感機構は恐らくこれまでに報告例のない発見であり発明です。今後の魔法工学と魔法植物学の分野に大きな影響を与えるでしょう」


 ルイス先生の話の途中でリズがわたしに耳打ちしてくる。


「ねえ咲良、なんか色々難しいことを言われてるんだけど……」

「たぶん褒められてるよ。すごく」


 わたしは苦笑いしながらそれに答える。

 そのときだった。


「ルイス先生」


 先生の言葉が途切れたタイミングで、あの子が――クレアがそう声を発した。


「はい、何でしょう、クレア・ガーネットさん」

「発表はよかったかもしれません。でも、あの二人は遅刻してきました。そんなことが許されるんですか?」


 教室が静まりかえり、わたしとリズに視線が集まる。


「アルバートさんは合格でもいいと思いますが、咲良さんとリズベスさんの合格は他の方に示しがつかないのではないかしら」


 教室がまたざわつく。クレアの意見に頷く子もいたし、そうじゃない子もいた。


「ちょっと、あなたね、むぐぐぐ!」


 クレアに反論しようとしたリズの口をアルが塞いだ。


「止めといた方がいい」

「でも……!」

「大丈夫だから」


 え、とリズが疑問符を頭の上に浮かべたとき、ルイス先生が咳払いをした。


「確かに遅刻は減点対象で、今回の場合、不合格とまではならなくとも、いくらかのペナルティが与えられるでしょう」


 その言葉にクレアが嫌らしい笑顔を浮かべてわたしとリズを見た。リズがうなり声を出して怒りを露わにする。でも、それも次の瞬間に逆転した。


「ですが、それは通常の状況であれば、です。今回は事情を考慮してペナルティ無しと私は判断します」

「な……」クレアが顔を赤くする。「何でですか!」

「彼らの工房に何者かが侵入し、破壊行為を行いました。春野さんとレッドウォルフさんはその際に足りなくなった材料を確保するため遅刻することになりました」


 ルイス先生の説明はクラス中に衝撃を与えた。


「そんなことがあったの?」

「それなら仕方ないよね」

「ていうか犯人、誰なの?」


 ざわめきが広がっていき、誰かが「そういえばクレアってあの二人のこと嫌ってたよね」と小声で言った。

 全員の視線がクレアに集まる。


「わ、私じゃないわ! あなたたち何の証拠があって――」


 クレアが顔を真っ赤にして反論しようとしたとき、


「サイレント」


 ルイス先生の宣言が響いて教室から音が消えた。全員が落ち着いたのを確認して魔法を解除する。


「根拠のない憶測は止めなさい。それは恥ずべき行いです」


 ルイス先生の冷え冷えとした言葉にクラス中が息を呑んだ。そのくらい先生の語気は厳しかった。


「この件は、学園で正式に調査を行います。今回は評価の根拠を明らかにするために事情を説明しましたが、いたずらに騒ぎ立てないように」


 そこで先生は一息ついてわたしたち三人を見た。

 それまでの厳しい表情が緩んで、口元にほんの少しだけ笑みのようなものが浮かんだ気がした。すぐに消えてしまったけど。


「講評に戻ります。と言っても、もうおしまいですが。春野咲良さん、リズベス・レッドウォルフさん、アルバート・ブライス君」


 ほんの少し、間が空いて。


「評価Aプラス。期待以上の成果でした」


 一瞬の静寂のあと、教室が拍手と歓声で沸いた。

 わたしたちは顔を見合わせて、誰からともなくハイタッチをする。

 高い音が教室に響いた。

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