⑪完成! ……と思いきや

「や、やっと、できた……っ!」

「うん、できた」

「できたわね!」


 実験台の上では一通りのテストを終えた照明が光を発していた。模様の入った球状の磨りガラスが魔光素子の光を綺麗に反射し、夜の工房とわたしたち三人の顔を照らす。

 みんな疲れ切っていて、でもそれはとても心地好い疲労だった。


「いよいよ明後日が発表だね。こんなにぎりぎりになっちゃうなんて思ってなかったよ」


 ホルホルの蔦を魔術回路に組み込めばいいことが分かってから二週間。もう余裕だと思っていた制作はそのあとも色々とつまづいて、結局、完成は発表直前になってしまった。


「うん。僕もあんなに課題が出てくるとは思わなかった。発表が終わったら改良したい部分がたくさんある」


 アルの言葉にリズがげんなりした表情を浮かべる。


「材料……また集めないとね……。予算、大丈夫かしら……」


 制作をしていて分かったのは、アルはかなり凝り性だということだった。完璧を目指して試作品をどんどん改良していく。そのための発想力や知識もすごくて、今の照明の完成度があるのはアルのおかげだと思う。ただ、なかなか終わりが見えなかったのもアルがどんどん改良点を見つけるからだったんだけど……。


「ふわ~」


 急な眠気に襲われて、わたしは大きなあくびをしてしまった。それにつられたのか他の二人もあくびをする。


「発表の準備は明日にしましょ……眠くなってきた。明日は休みだし、昼前に集まって発表の準備しない?」


 リズの言葉にみんな頷いた。このままじゃ、これまで溜めに溜めた疲れと、間に合ったという安心感で、今にも眠ってしまいそうだった。

 それからわたしたちは簡単に片付けをして工房を出て、寮へと戻った。


「じゃあ、おやすみ咲良」

「うん、おやすみ、リズ」


 部屋の灯りを消してベッドに入ると、氷が温かいお湯に融けるみたいにふわりと意識が薄れていく。

 その日は、とても久しぶりにぐっすり眠ったのだった。


 翌日、わたしとリズはいつもより遅い時間に起きて、朝ご飯とも昼ご飯ともつかない食事をのんびりとって、工房へ向かった。


「咲良、顔色がいいね」

「あはは。よく寝たからね。リズも調子よさそう」

「そうね……。でも発表が終わったらもう少しのんびりしたいかも」

「あ~、うん、そうだね~」


 制作に没頭してる期間はとても充実していたけど、それでもそれが二ヶ月も続くとまとまった休みが恋しくなる。


「そんなこと言って、咲良はまたすぐに工房に入り浸りそうだけど」

「うっ……」


 それは否定できないかも。だって工房でみんなと一緒にものを作るのは面白いから。

 そんなふうにのんびり話ながら工房に近づいた、そのとき――


「あれ?」とリズが怪訝そうに呟いた。


「どうしたの? って、アル……?」


 工房の前にアルが立っていた。ドアは開いていて中を見つめている。

 アルの表情がとても固く、その目が冷たい刃物みたいに鋭く細められていることが、わたしに胸騒ぎを起こした。


「咲良、リズ」


 アルがこちらに気づく。その表情はとても苦しそうに見えた。


「どうしたのよ」


 リズも異変を察知したんだろう、声がいつもより固い。

 わたしたちは工房に駆け込み――そして、目の当たりにしてしまった。


「そんな……」

「何よ、これ……」


 滅茶苦茶だった。棚のガラス戸が割れて床に散らばり、棚の中にあった材料や部品も全て床に散乱して壊れていた。実験台の上に置かれた工具類も散らばって壊れている。

 アルがわたしたちの横を通って、実験台の前で立ち止まる。


「アル……?」


 アルはこちらに背を向けて立ち尽くしてしまった。決して振り向こうとしない。微動だにしない。それが最悪の事態を想像させた。


「ちょっと咲良、危ないわよ」


 リズの制止も聞かず、わたしは床に散らばる物を避けてアルに近づく。

 実験台の上を見て、どうしてアルが立ち尽くしていたのかを理解した。


 わたしたちの作り上げた照明が、無残に壊れていた。


 きれいな模様の磨りガラスは見る影もなく割れ、魔光素子にはひびが入っている。台座は割れてしまい、魔術回路はホルホルの蔦ごと、ずたずたになっていた。

 嘘のような光景に、視界がぐらりと揺れた。

 床にへたり込みそうになったところを、リズが支えてくれる。


「……こんな破片だらけのところで倒れたら洒落にならないわよ」

「ご、ごめん。ありがとう。もう大丈夫だから……」


 わたしたちが必死で作った照明は完全に壊れてしまっていた。

 胸の奥が突き刺されたみたいに痛む。


「何があったの」


 リズが震える声で聞くと、アルは首を振った。


「分からない。僕も今来たところなんだ。ドアを開けて、こんなふうに滅茶苦茶になってるのを見つけた。昨日、僕たちが工房を出たあとに誰かがやったんだろうけど……」

「誰かが? 何のために?」

「そんなの僕が知るわけない!」アルにしては珍しく強い口調で言う。「……ごめん。だけど、さっき言ったように僕も今来たばっかりなんだ」

「……ううん。私こそごめんなさい。ちょっと混乱しちゃって……。でも、どうやって? 鍵だって締まってたはずなのに」

「そういえば、僕が来たときには鍵は開いてた……」


 鍵が開いてた――?

 そのやり取りを聞いて、わたしは嫌な予感がして鞄に手を入れてがさごそと中を漁る。

 だけど、そこにあるはずのものは一向に見つからない。

 自分の顔から血の気が引いていくのが分かった。


「わたしの、せいかも……」


 アルとリズが怪訝そうにわたしを見る。


「鍵がないの……。鞄に入れといたはずなのに……」


 工房の鍵は三人が一本ずつ持っている。

 昨日の夜、みんなで工房を出るときにはわたしの鍵はあった。だって、鍵を締めたのはわたしで、そのことは記憶にしっかり残っているから。


「あのあと落としたのかも。それで誰かが拾って、こんなことに……」


 声が震える。二人の顔を真っ直ぐ見ることができない。もし想像どおりだとしたらわたしのせいだ。わたしの不注意で、みんなの頑張りが――


「咲良のせいじゃない」


 ぎゅむっと頬を手で挟まれて、わたしの顔は強引に前へ向けられた。リズがわたしの顔をじっと見つめていた。


「でも、わたしが鍵を落としたせいで……」

「関係ない。どう考えたって、悪いのはこんなことをする奴の方でしょ。だいたい、そんなこと言ったら、私もアルも工房の鍵を締め忘れたことくらい、普通にあったわ」

「リズ……ごめん……」

「だから謝らないの! 咲良は悪くないんだから」


 ぎゅっとリズに抱き締められる。わたしは泣きそうになって、でも必死で涙を堪えた。


「でも誰が、どうしてこんなことを……」


 リズが怒りに満ちた声で言った。


「それはあとで考えよう」とアルが言う。


「でも……」

「工房に無断侵入して物を壊した。明らかな不法行為だよ。学園に訴えて調査してもらう方が効率がいい。それより僕たちは発表をどうするか考えるべきだ」

「修理できそう?」


 リズの質問に、だけどアルはゆっくり首を振った。


「修理は厳しいと思う。材料が足りないんだ」


 その答えにリズが「なんだ」と頬を緩める。


「じゃあ今から集めればいいわ。ガラスだって魔力導線だって在庫はまだあるし、足りない材料は急いで集めれば何とかなる。急ごしらえだから少し粗が出るかもしれないけど、明日の発表用ならそれでも――」

「ホルホルの蔦がもうないんだ」


 アルの言葉にリズとわたしは息を呑んだ。人感センサー付き照明のいちばんの鍵で、しかも簡単には手に入らない希少な材料。それが「ない」とアルは言ったんだ。


「ど、どうして? ホルホルの蔦は工房に保管してあったはずでしょ?」


 慌てるリズに対して、アルが離れた床を指差す。

 そこにはホルホルの蔦を保管していた木箱が落ちていた。蓋は開いて、周囲には黒く焦げた炭のようなものが落ちている。


「そんな……」リズが震える声で呟く。

 それがホルホルの蔦の燃えかすだということは一目見て明らかだった。

 ここに入った誰かが、ホルホルの蔦を燃やしてしまったんだ。

 どうしてここまで……?


「レベッカ先生に頼んで取ってきてもらえば……」とリズが言う。


「だめだ。先生はおとといから出張で学園にいない。一週間は戻らない」

「……そうだった」


 リズが悔しそうに唇を噛む。


「今回の発表は実物はなしにしよう」


 アルの言葉が工房に響いて、わたしとリズは彼を見つめた。言わないで欲しいと願いながら、でも他にどうしようもないと理解して。


「理論や設計だけでも十分な発明だと思う。発表資料を準備して、練習しよう」


 決定的な言葉だった――他でもない、いちばん照明の完成度にこだわっていたアルの提案に、わたしたちは反論なんてできなかった。

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