⑩突破口
始業前の廊下をわたしはよたよた歩いていた。肩にかけたかばんの重さも手伝って足取りがおぼつかない……。
「ちょっと咲良、大丈夫?」
隣のリズが心配そうにわたしを覗き込んでくる。
「うう……だ、大丈夫……」
「全然大丈夫そうに見えないんだけど。昨日も遅くまで作業してたでしょ」
「ああっ、ごめん! 起こしちゃった? って、あの、リズ……?」
リズは不満そうにじとーっとわたしを睨んでいた。
あ、あれ、何か変なこと言ったかな……? 夜中に起こしちゃったから怒ってる?
でもそれは違ったみたいで、リズは大きくため息を吐いた。
「そんなことはいいの。ちょっと目が覚めただけだし。何より私たちのプロジェクトのために頑張ってたんでしょ。ていうか、そのかばんの中身ってホルホルの蔦?」
「う、うん……」
わたしが頷くとリズは眉間にしわを寄せた。
「危ないから夜に一人で扱っちゃダメだって言ったじゃない」
「ごめん……。でも、保管箱から出すときは必ず明るいところでやったし……」
「それでもうっかりってことがあるでしょ。もし今度やるなら、絶対に声かけて。私がそばに付いてるから」
「でも……それはリズに悪いよ」
「別にいいの。仲間でしょ」リズはもう一度ため息を吐いた。「……それで、ホルホルの蔦の件はまだうまくいかなさそうなの?」
「うん、なかなかいい方法がなくて……」
ホルホルの蔦の問題を解決するために色々試してもうまくいかなくて、時間はあっという間に過ぎてしまった。物を作るってこんなに時間がかかるんだ……。
「アルはなんて言ってるの?」
「えっと……」とわたしが答えようとしたとき、隣に誰かの影が現れた。
「ホルホルの蔦を材料に物作りをした文献や論文をあたってみたけど、ほとんどがホルホルの蔦が地面に生えた状態のまま使ってる」
隣に現れたのはアルだった。
「あなたもひどい顔ね……」
リズの言葉通り、アルの目元にも大きなクマができていた。
「ひょっとしたら僕たちが試しているのは、先人が試してうまくいかなかったことなのかもしれない」
アルの声には疲れがにじんでいる。表情も厳しかった。
「つまり、私たちは無駄なことをしてるってこと?」とリズが眉を顰める。
「その可能性はある。そろそろ発表も近づいてるし、実用にはほど遠いけど、今の仕組みのまま完成度をあげるしかないかもしれない」
「そうね……。確かにあれから二週間も経ってるし、残り二週間じゃ難しいかも……」
アルとリズの言葉にわたしは「えっ」と声を漏らして立ち止まる。
歩いていく二人の後ろ姿を見ながら、胸が締め付けられるような気持ちになる。
諦めて、妥協しなくちゃいけない……? せっかくみんなで目標に向かって頑張ってるのに……? すごくいいものができるかもしれないのに……?
「ちょ、ちょっと待って!」わたしは思わず叫んだ。
「「咲良?」」と二人が歩みを止めて怪訝そうにわたしを見つめる。
「もうちょっとだけ頑張ってみようよ! いい方法が見つかるかもしれないし!」
その言葉に二人とも沈痛な面持ちになって、やがてアルが口を開いた。
「僕も今のやつで納得してるわけじゃない。でも、これ以上やってもうまくいく見通しがないように思う。咲良には具体的な勝算があるの?」
「し、勝算……!? それは、ない、けど……」
わたしの言葉は尻すぼみになる。論理的に考えればアルの言ってることは正しい。でも、そんなの悔しいよ――そう言おうと口を開きかけて、やめた。
アルの手がぎゅっと握り締められて、小さく震えていたから。その隣のリズも唇を噛みしめて俯いていた。そうだよね……アルもリズも悔しくないはずがない。毎日、あんなに頑張ってるんだもん。
「……ここで決めることじゃないわ。あとで工房で話し合いましょう」
確かにリズの言うとおりだ。こんな大切なこと、立ち話で決めるべきじゃない――と、そのときだった。
「目障りよ」
背後からそんな声が投げかけられた。さらに「ブロウ」という声が響いて、ほとんど同時に強い風が襲ってきた。
「わっ!?」
振り返ろうとしていたわたしは突風に押されてバランスを崩し、その場に倒れ込んでしまった。
「いたた……」
涙目になりながら強かに打ったお尻をさする。それから廊下に倒れたときに落とした鞄を見て「ひえっ」と悲鳴を上げそうになった。鞄から保管箱が飛び出して、蓋の隙間からホルホルの蔦がはみ出していた。朝でよかった……。
「ちょっと何するのよ!」
リズの剣呑な声が廊下に響く。それを鼻で笑うのは――
「廊下の真ん中で邪魔なのよ」
クレアがわたしたちを見下すような笑みでこちらを見ていた。
「そう言う問題じゃないでしょ。人に対する魔法攻撃は校則違反よ!」
「攻撃だなんて人聞きの悪い。私はただ手で押しのける代わりに魔法を使っただけよ? それに校則違反って話なら、寮に魔法植物を持ち込むのはどうなのかしら?」
クレアは廊下に落ちたホルホルの蔦を見て勝ち誇ったような笑みを浮かべる。取り巻きの子たちも「そうよ、危ないじゃない」「気色悪いぜ」なんてはやし立ててくる。
「あなたたち変なものを作ってるらしいわね」
「それがなに?」
リズがクレアに素っ気なく返す。
「あなたたちの失敗で事故が起きて学園の名前に傷がつくのが嫌なだけよ」
「余計なお世話。私たちは失敗したりしないから」
「ふうん? さっきの言い合い、筒抜けだったわよ」
リズが苦々しそうに顔をしかめた。さっきの会話を聞かれてたなら、失敗しないっていうのはちょっと無理があるよね。うう、わたしが大声で二人を止めたばっかりに……。
でも、リズはそんなクレアの嫌味にも負けない。
「私たちが成果を出すのが怖いの?」
「何ですって?」
あわわわわわ、二人がどんどんヒートアップしていく。ど、どうしよう……。
助けを求めるようにアルを見ると、彼は小さく頷いて一歩進み出た。
「二人とも、そのくらいに――」
「あなたは黙ってて!」
「メガネは引っ込んでなさい!」
リズとクレアに一喝されて、アルは眼鏡をくいっと押し上げて「彼女たち、冷静さを欠いているな」と呟いた。
……あああっ、だ、だめだった! アルは冷静沈着すぎてこういう状況には向いてないのかも! こうなったらわたしが……!
そうこうしているうちに、ついにクレアがリズに向かって魔杖を向けた。
「目障りね。これだから田舎者は」
「やるつもり?」
リズが腰に手を伸ばして、でもその手は空を切った。今日は魔杖学の授業がないから杖を持ってないんだ。リズもそのことを思い出したのか顔をしかめた。
「リ、リズ、やめようよ」
その隙にわたしはリズを止めようとしたけど、頭に血が上ってるのか全然耳に入っていないみたいだ。リズは足下に転がっていたホルホルの蔦を手に取った。
「ど、どうするの、それ!?」
わたしが驚いていると、クレアがバカにするみたいに笑った。
「ああら、田舎者らしいわね。鞭なんて野蛮だわ。魔法に敵うと思ってるのかしら?」
「鞭? 都会のお嬢様は物を知らないのね。これはこうやって使うのよ」
リズが蔦をぎゅっと握り締めた。そこからうっすらと光が漏れる。
直後、クレアが悲鳴のような声を上げた。
「何よそれ!」
ホルホルの蔦がうねうねと蠢いていた――まるで蛇みたいに。
わたしも他の子たちも目を丸くした。でも、
「どうして……」
わたしの驚きの理由と、クレアや他の子たちの驚きの理由は違うと思う。
たぶん、この場でそのことに気づいているのはわたしと、もう一人――
「どうなってる……」
アルが呟く。
やっぱり彼も気づいたんだ。この異常な現象に。
リズの持つ蔦が、獲物でも探すみたいにクレアに向かってしゅるしゅると這い寄っていく。それに対し、クレアはじりっと一歩下がった。次の瞬間、
「何をしているんですか!」
唐突に鋭い声が廊下に響いた。
教師らしき人がこちらに歩いてきているのが見える。
「やべっ、先生だ」
「クレア様、行きましょう」
「えっ? え、ええ」
クレアとその取り巻きの子たちがその場を足早に去っていく。
「ちょっと、待ちなさいよ」とリズがそれを追おうとしたけど、わたしは慌てて止めた。
「わたしたちも逃げよう、リズ!」
「えっ? ちょ、ちょっと、咲良!」
がっしりとリズの手を掴み、そのまま有無を言わせず走り出した。ぐいぐいとリズを引っ張って、でも途中からは二人で並んで走る。どんどん走る。嘘みたいに廊下の景色が流れていく。階段を駆け下りて、迷路みたいな庭園を走り抜けて――
「に、逃げ切れ、た~」
工房に飛び込んでわたしはずるずるとその場にへたり込んだ。ぜえぜえと肩で息をするけど、同じくらい走ったはずのリズは少し息が上がっているくらい。
「な、なんで、そんなに、平気そう、なの?」
途切れ途切れに聞くと、リズは「鍛え方が違うからね」とすました顔で言ってから、ぷっと噴き出して、声を出して笑い始めた。わたしはきょとんとしてしまったけど、次第に何だかおかしくなってきて一緒に笑ってしまう。
ひとしきり笑ってから、リズは目の端に浮かんだ涙を拭いながら口を開く。
「ごめんね、咲良。私、つい熱くなっちゃって」
「ううん。わたしも腹が立ってたし。それに……ちょっと楽しかった」
「楽しかった?」リズが驚いたようにわたしを見る。
「うん、わたし、先生から走って逃げたのなんて初めてで」
またおかしくなってきて思わず笑ってしまう。
「そういえば、私も先生から逃げたのは初めてかも。ふふっ」
リズはそこで何かに気づいたように「あっ」と声を漏らした。
「どうしたの?」
「アル……置いてきちゃったね……」
「ああっ!? そういえばいなくなってる! いっしょに逃げたはずなのに!」
「あいつ、インドア派だし、咲良より眠そうだったしね……」
と、そのとき工房のドアがゆっくり開いて、真っ青な顔のアルが「気持ち悪い……」と入ってきた。
「わわわっ、アル、大丈夫!?」
「うん、なんとか……それよりも、アレは?」
「アレって……あ、そーだったっ!」
わたしが大声を出すと、リズがびくりと肩を揺らした。
「どうしたの咲良? 急に大声なんて出して」
「リズ、さっきの何!?」
わたしが詰め寄ると、リズは戸惑ったみたいに首を傾げた。
「さっきのって?」
「ホルホルの蔦、動いてたよね!? 明るいのに!」
そう、わたしとアルがあの場で驚いていたのは、それが理由だ。
体温に反応するホルホルの蔦。でもそれが動くのは暗い場所だけのはずだ。それなのにさっき明るい廊下で蔦は動いていた。
「えっ……と、あれは……ね……」
リズが視線を逸らして言い淀む。どうしたんだろう、リズにしては珍しい態度だ。
少し間を置いて、リズはふっと短く息を吐いた。迷いを吐き出すみたいに。
「私の故郷ではね、自然の魔法材料を採集して、それを使って暮らしてるの」
「魔法材料を採集……」
「もちろん、この学園や他の国でも似たようなことをしてるわ。でも私たちの一族はもっと生活に密接してる。他の国では知られてないような材料や使い方を知ってるの」
「じゃあ、さっきのホルホルの蔦も……?」
「そう。私たちの一族に伝わる使い方。ホルホルの蔦は魔力を外から与えると、明るい場所でも動くの。それに蔦の動きも、魔力の与え方でコントロールできる。ちょっと動かすだけでも、かなり練習が必要なんだけどね」
「そんなことができるのか……」アルが驚きを隠せずに呟く。「調べた文献にはそんなことは一言も書いてなかった」
「疑うの?」とリズが眉をひそめる。
「いや、すごいな。面白い。あとでもっとやって見せてくれないかな」
「え、ええ……」リズが苦笑する。「でも、魔杖を使うのと同じくらい疲れるからほどほどにね」
わたしもアルと同じ気持ちだった。さっきは先生に止められてしまって少ししか見られなかったから、もうちょっと観察したい。でも、それより――
「わたしは解剖したい」
「か、解剖!?」
リズがびっくりした様子で自分の身体を抱き締めている。
どうしたんだろう、とわたしが首を捻って数秒。
「ち、違うよ! 解剖するのは蔦の方! リズじゃないから!」
見るからにほっとするリズ。って言うか、わたしそんなことするって思われてるの!?
「でも、何のために? そんなことしてる余裕ないんじゃないの?」
「えーっと、それは……」
リズに聞かれて焦ってしまう。確かに課題発表までの時間は残り少なくて、解剖なんかしている余裕がないという言葉ももっともかもしれない。でも――
「咲良には何か仮説があるんだよね」
迷っているとそんな言葉が投げかけられた。アルだ。
「考えがあるの? それなら教えてよ。せっかく授業サボったんだから」
今度はリズが笑顔でそう言ってくれる。二人の言葉がわたしの心を決めてくれた。
「うん……ひょっとしたら、さっきリズが見せてくれたホルホルの蔦の使い方は、問題解決の手がかりになるかもしれない。そう思うの」
顕微鏡で覗くとたくさんの細胞が見えた。細胞壁に囲まれたたくさんの長方形。その中にある丸い核。細胞質は見たこともない虹色の小胞が浮かんでいる。
これが、ホルホルの蔦の組織……!
わたしは意を決して、即席のプレパラート――ガラスに薄切りにしたホルホルの蔦を置いたもの――に魔力を込めた。
そして、息を呑んだ。
「やっぱり、そうだったんだ……」
顕微鏡の視野でホルホルの蔦の細胞が伸びたり縮んだりしている。
わたしは席を譲り、二人にも順に顕微鏡を見てもらう。顕微鏡はまだ歴史の浅い実験器具らしくて二人とも不慣れな様子だった。顕微鏡を覗いていたリズが顔を上げる。
「すごいわね。顕微鏡ってこんなふうに見えるのね……。だけど、これがどうしたの? 確かに魔力を込めたときに、この……細胞? が動いてるのは見えたけど……」
「あのね、注目してほしいのは、動いてない部分なんだ。もう一度覗いてみて?」
「動いてない部分? ……ああ、確かに動いてない細胞もあるわね……」
「何だって!?」
アルが声を上げてリズを押しのけ、接眼レンズを覗く。しばらく無言のまま観察して、顔を上げてわたしを見る。
「本当だ……。そうか、そういうことか……」
「そういうことって……どういうこと? 分かるように説明してくれない?」
リズが不満げにわたしとアルを見る。
「あのね、つまりホルホルの蔦には二つの機能を持つ部品があるってことだと思うんだ」
「二つの機能? それって……」
「一つは、今魔力を込めたときに動いた細胞たち。これは蔦が実際に動くための筋肉みたいなもの。じゃあ、動かなかった部分は?」
「さあ……何のためにあるの?」
「まだ仮説だけど、たぶんこれがホルホルの蔦のセンサーなんだと思う」
「センサー? それってつまり、光や温度を感じる部分ってこと?」
リズの質問にわたしは頷いた。
「そう。でもね、光と温度を感じる部分だけじゃ、ホルホルの蔦が動く現象はまだ説明できないの」
わたしの言葉にリズがあっと声を漏らす。
「……魔力ね?」
「そう! リズが見せてくれたように、ホルホルの蔦の筋肉は魔力で動く。だからきっと、このセンサーは魔力の導線でもあるんだと思う。周りが暗くて、かつ温度を検知したときにだけ魔力を筋肉に伝える、ね」
「なるほど……よく分かったわね、そんなこと」
そこまで言ってからリズが首を傾げる。
「だけど、ホルホルの蔦の仕組みとプロジェクトの繋がりがまだ分かんないんだけど」
「うん、えっとね……それは今から試してみようよ!」
言葉で説明しようとしたけど、まだ仮説の段階だし、こういうのは見た方が早い。
わたしは実験台のひきだしから古いホルホルの蔦を取り出した。
「そんなからからに乾いた蔦、どうするの?」
リズの言葉通り、それは二週間以上前に使った蔦で、もうすっかり乾いてしまっている。暗いところに置いても、魔力を込めてもぴくりとも動かない。
「まあまあ、見てて見てて」
実験台の隅にあった魔石と魔光素子を魔力導線を使ってつなぐ。当たり前だけど、魔力が流れ始めて魔光素子から光が発せられた。
「うん、問題なさそうだね」
今のは単に魔石や素子がちゃんと機能するかを試しただけ。今度は魔石と魔光素子の間に干物みたいになってしまったホルホルの蔦を置いて、魔力導線で直列につなぐ。
光は――出ない。
「ねえ、何してるの?」
リズが不可解そうに聞く。アルはわたしの手元をじっと見ていた。たぶん、アルはわたしが考えていることを分かってる。
「今は光らなくて正解。アル、部屋を暗くしてくれないかな?」
アルは何も言わずに頷くと、鎧戸を閉じた。部屋が夜みたいに真っ暗になる。
そして――
「「「光った……!」」」
三人の声が綺麗にそろう。
魔光素子が光を出して、部屋全体を仄かに照らし出していた。みんなの目が光を反射してきらきらと輝いてるように見えた。
「ちょっと隠れてみよっか」
わたしは驚きの表情を浮かべているリズを連れて棚の後ろに隠れた。アルも同じように別の棚の後ろに隠れる。どちらもホルホルの蔦からは見えない位置だ。
すると、部屋を照らしていた明かりが消えた。
暗闇の中でリズが息を呑むのが伝わってくる。
わたしが棚の後ろから出ると、魔光素子がぱっと点灯した。
明るく輝く魔光素子を見て、興奮のようなものがじわじわこみ上げてくる。
「やった……! 実験成功だよっ!」
暗いところで、人がいるときだけ点灯する。人感センサー付き照明として完璧な機能だ。しかも使っているのはすっかり干からびてしまったホルホルの蔦だから、課題だった蔦が乾燥して使えなくなる問題もクリアしてる。
「咲良、すごい!」
リズが走り寄ってきてわたしを抱き締めた。それから少し離れてわたしの顔をまじまじと見つめる。魔光素子の淡い光の中でも分かるくらい興奮で頬が赤く染まっていた。
「何が起きたの!? なんで蔦を回路に入れただけで人感センサーができたの!?」
「あ、あのね……」リズの勢いに負けそうになりながらわたしは口を開く。「ホルホルの蔦は乾燥で動かなくなっちゃうけど、それは動くための部分がダメになっちゃうだけで、センサーと導線を兼ねた部分ははまだ機能するんじゃないかなって思ったの」
「ああ! つまり、回路の中でホルホルの蔦は、暗闇で温度を感じたときだけ魔力導線として働くってことね!」
感心するリズの隣で、アルが小さく呟く。
「すごいな、咲良は……」
「そんなことないよ、気付けたのは偶然だし、アルだって気付いてたよね」
「いや、僕はリズが明るいところで蔦を動かしたのを不思議に思っただけで、その先には思い至らなかった。咲良はあの現象からホルホルの蔦が動く仕組みを想像して、顕微鏡を使ってそれを確かめた。そのうえそれを人感センサー付き照明に応用してみせた」
「で、でも、アルももう少し時間があれば気付いてたことだと思うよ……?」
本当にそう思う。わたしは前の世界で勉強した多くの知識を持っていたから、アルより少しだけ早く答えに辿り着けただけで。
「それにアルが蔦を動かしてスイッチを入れる方法はだめだって調べてくれなかったら、わたしはずっと元のやり方にこだわってたかもしれないし。あ、それを言ったらリズが材料集めや先生たちとの交渉をしてくれなかったら――」
今日までみんなで頑張ってきたことが頭の中に蘇ってきて、言いたいことがいっぱいになってしまう。
「と、とにかく、成功したのはわたしがすごかったからじゃないよ! みんなの力が合わさったからで、」
「分かったわよ」
「むぐっ!」
リズがわたしのほっぺたを両手で挟み込む。
「いいのよ、こういうときは素直に褒められておけば」
「で、でも……」
「僕もリズも、三人それぞれが頑張ってることは分かってる。だけど、誰かがすごいことしたら、その人のことを評価しないとおかしいと思うよ」
それは確かに……そうかもしれない。
「あなた、技術のこと以外でもたまには真っ当なことを言うのね」
「たまには、って……」
アルが微妙にショックを受けたような顔をしたのがおかしくて、わたしとリズは思わず噴き出した。やがてアルも首の後ろをかきながら「参ったな」なんて顔を綻ばせた。
工房に三人の笑い声が響く。
それから照明が完成したのは二週間後のことだった。
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